EX ダストとゆんゆん 結

「結局ゆんゆんのやつ帰ってこなかったな……」


 夜。宿のベッドで横になりながら俺は呟く。


 朝に頭のおかしい爆裂ロリっ子と出かけてから、ゆんゆんは宿の部屋に帰ってきていなかった。

 ジハードが寂しがってるからと、爆裂ロリっ子にゆんゆんどこ行ったか聞いたら、知りませんよと不機嫌に言われるし。リーンに聞きに行ったら今だけは会いたくない言われて部屋の前で門前払い食らうし。いろいろと訳が分からない。


 そのうち帰ってくるかと思ったら結局夜になっても帰ってこない。その上ジハードもアクアのねーちゃんにゼル帝の誕生日だって言われて連れてかれた。今日は夜通しパーティーだそうだ。

 あのねーちゃんは未だにジハードをゼル帝の子分扱いしてるしそろそろ決着を付けないといけないかもしれない。……問題はあのねーちゃんが一応は俺の命の恩人で、ジハードもジハードで子分扱いされてるのをそんなに嫌がってないことだが。


「ま、やることもねぇしさっさと寝るか」


 本当はバニルの旦那の話についてゆんゆんに意見を聞いときたかったんだがな。

 流石に子供作れなんて話は荒唐無稽すぎるが、俺にとってもゆんゆんにとっても旦那は特別な存在だ。その夢のために他に何か出来ることがないかくらいは考えたかった。


(でも不思議なのは、何でこのタイミングであんな話をしたのかってことなんだよなぁ……)


 俺にしてもゆんゆんにしても、ああ言う話をすれば意識せざるを得ない。旦那の望む未来に大きく影響を与えると思うんだが、言っても大丈夫だったんだろうか。

 確実に旦那の望む方向に進むという確信があったのか、それとも──


「──てか、あれ? もしかして旦那が言ってた俺に出来る恋人ってゆんゆんのことだったのか?」


 見通せない未来で出来るって言ってたしそういうことになるのか?

 でも、旦那は守備範囲内の美人って言ってたし…………ダメだ。訳分かんねえ。


 考えても仕方なさそうだしやっぱりさっさと寝るか。


「でも……寝てもいい夢はもう見れねぇんだよな……」


 色んな意味で、バニルの旦那とも決着をつけないといけないかもしれない。








「『アンロ……って、あれ? 鍵かかってないし……。もう、ダストさんってば不用心なんだから……」


 寝てから何時間か経った頃だろうか。霞がかった意識の中、俺は扉を開いて誰かが入ってくる気配を感じる。


「んー……お前がいつ帰ってくるか分からなかったからだろうが……うぅん……」

「ダストさん起き……って、これ完全に寝ぼけてるというか半分以上意識は夢の中ですか」

「……お前もさっさと寝ろ……すぅ……」

「嫌ですよ。まだ確かめたいこととやりたいことが残ってるんです」


 そう言いながらもゆんゆんはベッドの中に入ってくる。そして──



「うん。凄く落ち着くけど…………ちゃんとドキドキする」



 ──仰向けに寝る俺の胸に自分の顔をつけるようにして抱きついてきた。



「……ゆんゆん? お前何してんだよ?」


 ゆんゆんの謎の行動に、霞がかっていた意識は一瞬で覚醒する。


「何って……ダストさんに抱きついてるんですよ」


 その理由を聞いてんだよ。


「ダストさん、ハーちゃんはどうしたんですか?」

「……この状況でそれを聞くかよ。ジハードならアクアのねーちゃんのところだよ。明日の朝には帰ってくるはずだ」

「そうですか…………なら、調度良かったのかな」


 うんうんと頷くゆんゆん。抱きつきながらそんな事するから細かな振動が胸に来てくすぐったい。


「てか、いつまでお前は抱きついてんだ。年頃の娘がベッドで男に抱きつくとか襲ってくださいって言ってるようなもんだぞ」


 守備範囲外じゃなければとっくに襲ってる。



「襲ってくれないんですか?」



「……おまえ、何を言ってんだ…………?」

「あ、ダストさんの鼓動が少し早くなった。何って言われても……流石に私もその覚悟がなければ、夜にベッドの中で男の人に抱きついたりしませんよ?」


 ゆんゆんの言葉が理解できない。ただ分かるのはゆんゆんの言葉は俺を意識の外から大きく揺さぶっている。

 それくらいこの状況はいきなりで、不可解で……刺激が強すぎた。


「また鼓動が早くなった。……良かった。ダストさんもちゃんと私にドキドキしてくれるんですね」

「お前おかしいぞ……ゆんゆんはこんな大胆なことできるやつじゃないだろ」


 無意識の行動であればいくらでも出来るかもしれない。

 追い詰められれば覚悟を決めて大胆な行動ができるやつでもある。

 ……でも、自分から意識してこんな行動ができるゆんゆんを俺は知らない。


「別におかしくないですよ。だって一年間ずっとこの時を想像して過ごしてきたんですから。……覚悟も決まりますよ」

「お前本当に何を言ってんだよ…………」


 一年前にそんな様子全然無かったろ。俺に対する態度が変わったのはエンシェントドラゴンと戦ってからで……それにしてもここまで意識的にやってたとは思えない。




 それから先、ゆんゆんは何も喋らず、俺もかける言葉が見つからず静かな時間が流れる。

 ……静かと言っても俺は自分の鼓動がうるさかったし、俺の胸に顔をつけてるゆんゆんもそれは同じだっただろうけど。


 そんな時間がどれくらい過ぎただろうか。このまま朝まで続くんじゃないだろうか。俺がそう思い始めてた所でゆんゆんが口を開く。



「ダストさん。私ダストさんのことが好きです。付き合ってください」



 その言葉が来るというのは流石の俺でも分かってた。けれど来ると分かっていてもその言葉はあまりに衝撃で、息や心臓が止まったんじゃないかと錯覚するくらいに頭が真っ白になる。


「…………、俺が好きとか正気かよ」


 だから俺の口から出たのはそんな子どもみたいな憎まれ口で、


「そこはせめて本気かって聞いて欲しいですよ。……もちろん正気ですし本気です」


 覚悟を決めてきたらしいゆんゆんには簡単に返される。



「……趣味が悪いやつだな」

「それは否定できませんけど……好きになっちゃったんだから仕方ないじゃないですか」


 好きって言葉をそうさらっと言わないでくれ。その度に心臓止まるかと思うんだから。


「なんで俺なんかを好きになっちまったんだよ……」


 こんなチンピラじゃなくてもっとマシな奴いるだろ。


「そんなことも分からないからダストさんはいつまで経っても童貞だったんですよ。あなたが私にしてきてくれたことを思えば好きになってもおかしくないです」

「……分かんねぇよ。俺がお前にしてやれたことなんて友達作ってやったことくらいだろ」


 それにしてもこいつ自身の人柄があったこそ出来た友達ばかりだ。俺がやったことなんて、こいつが俺にくれたものに比べれば本当に大したことがない。


「それだけでも十分だと思いますよ。人が人を好きになる理由なんて。……でも、ダストさんが納得してないみたいですから、もう少しだけ──」


 そうして、ゆんゆんは嬉しそうに語り出す。



「私に遠慮せず、私に遠慮させない、対等に喧嘩してくれるあなたが好きです。

 私が泣いていたら、私を泣かせた人に本気で怒ってくれるあなたが好きです。

 私と一緒にいてくれて、私に寂しい思いを感じさせないあなたが好きです。

 ……大好きです」



「…………お前、チョロすぎんだろ」


 たったそれだけのことで俺みたいなやつのこと好きになってんじゃねえよ。


「そうですか? 少なくとも私の回りにいる男の人でそんな人はダストさんだけですよ」


 だったらそれは運が悪かっただけだ。俺みたいなやつじゃなくてもっといいやつがゆんゆんにはいていいはずだ。


「それよりダストさん。早く返事をください。…………さっきから私心臓がバクバクしてて死にそうなんですから」

「……奇遇だな。俺も心臓破裂しそうだよ」


 その理由はきっと微妙に違ってて、本質的にはきっと同じものなんだろうけど。



「多分…………いや、多分いらねぇか。…………俺も、お前が好きだよ」


 ここまでされなきゃ自分の気持ちにすら気づかない自分の鈍感さには呆れ果てるしかないが、それでもこの気持ちは……ゆんゆんを愛おしいと思う気持ちはいつからかずっと俺の中にあったものだ。


「じゃあ……!」

「だけどよ……やっぱり、俺はお前のことをまだ女性としては見れねぇ」


 ずっと守備範囲外と言ってきたことは、ゆんゆんのことを好きだと自覚しても、簡単に俺の意識を変えてはくれない。

 …………こいつに手を出さないように、そうずっと自分に言い聞かせてきたんだから、簡単に変われるはずもない。


「だから1年……いや、半年でいい。待っててくれねぇか。ちゃんとお前のこと女性として見れるようにするからよ」


 今のまま付き合い始めれば、俺は無神経な言葉でこいつをきっと傷つけちまうから。


「嫌ですよ。1年も待ったのに更に半年も待てるわけないじゃないですか」

「そう……か。そうだよな。半年も普通は待てねぇよな」


 だとしたら、ゆんゆんはどうするのか。女性としては見れない俺と無理やり付き合うのか。それとも……。


「ダストさん。私の顔、ちゃんと見てくれますか?」

「……恥ずかしいから無理」


 我ながら情けないが……こんな状況は初めてだから仕方ないだろと開き直る。


「いいから見てください!」


 そう言ってゆんゆんは俺の顔を無理やり自分の方へと向ける。

 月明かりに照らされたゆんゆんのその顔は──


「……お前、ゆんゆん…………だよな?」


 ──今朝見送った時とは少し違う……俺がいつも夢の中で見るゆんゆんそのものだった。


「ダストさん……私18歳になりましたよ。それでも守備範囲外……女性としては見れませんか?」


 俺の馬鹿みたいな質問には答えず、ゆんゆんは訳の分からないことを言う。


「お前何言ってんだよ……1日で1歳も歳を取れるわけ無いだろ」


 そんなわけはない。けれど、目の前にいるゆんゆんは確かに18歳の姿をしていて…………夢の中にしかいないはずの、俺が女性として意識し続けてきたゆんゆんだった。


「普通の手段じゃ無理ですね。だから普通じゃない手段を使いました」

「…………なんで、そんなことに『お願い』を使っちまうんだよ」


 エンシェントドラゴン……人知を超えたあの竜であれば、1日で1つ歳を取らせることくらい可能だろう。そしてゆんゆんはエンシェントドラゴンに願う権利を使わずに取っていた。


「どんなお願いでもいいって言われましたから。この世界よりもずっと時間の流れが速い世界に連れて行ってもらって、そこで1年を過ごしてきました」

「馬鹿にも程が有るだろ……なんで寂しがり屋のお前がそんなことしてんだよ」


 俺やリーン、めぐみんに会えない。そんな中で1年もこいつは過ごしてきたという。

 ぼっちのこいつにとってそれがどれだけ辛いかは考えるまでもない。


「ダストさんに守備範囲外のクソガキ言われ続けて、見返したかったって気持ちも結構ありますけど……一番の理由はそれを理由に少しでも保留とかされるのが嫌だったから。あなたに私の気持ちを受け入れてもらいたかったからです」


 そう言って微笑むゆんゆんは本当に可愛く綺麗で……月光に照らされるその姿は幻想的ですらあった。



「ダストさん。もう一度言いますね。…………私はダストさんのことが好きです。付き合ってください」


 俺の顔を見てはっきりと言ってくるゆんゆんに、


「……本当に俺でいいんだな? 後からやっぱなしって言っても認めねぇぞ」


 俺は最後の確認をする。


「ダストさんいいんです。あなたとずっと一緒に──っ」


 ゆんゆんの言葉を途中で遮るように、俺はその身体を抱きしめて唇を奪う。


「……お前は今から俺の女だからな。嫌だって言っても離してやんねぇぞ」

「はいっ。私を離さないでください」


 ……ほんとに、なんでこいつはこんなどうしようもないチンピラに、俺の女言われて嬉しそうにしてんのかね。 





「えーと……とりあえず今日は寝るか?」


 多分興奮して眠れないような気はするが。でも、今の状態で気の利いた話なんて出来る気しないし……一晩眠って落ち着いてからいろいろ話したほうが良い気がする。

 まぁ、話はしないにしても恋人になったゆんゆんを抱きしめて寝るくらいはしてみたい。

 ………………それくらいは許されるよな?


「ねぇダストさん。私達恋人同士なんですよね?」


 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか。ゆんゆんはそんなことを聞いてくる。


「ああ。まぁ…………恋人だな」


 改めて口にすると恥ずかしすぎるけど。


「二人っきりで同じベッドに入ってますよね?」

「そう…………だな?」


 だから、俺も抱きしめて眠りたいと思ってるわけで。





「…………襲ってくれないんですか?」






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