EX ダストとゆんゆん 承
──ゆんゆん視点──
「うぅ……おでこ痛い……」
トボトボと街中を歩きながら私は膨らんだおでこを擦る。カズマさんのヒールで擦り傷は治ったけど、途中で抜け出したせいか腫れまでは治っていない。
「でも、あれ以上あの場所に居続けるのは無理……」
屋敷の木を頭でへし折り、バインドを使われるまで暴れた私が、素直に治療を受け続けるのはいろいろ恥ずかしすぎる。木は絶対に弁償するとだけ言い残して逃げ出すのも仕方ないと思う。
「でも、そっか……私はダストさんが…………あぅぅぅ……」
意識してしまえばもうダメだった。きっと今私の顔は真っ赤になっている。今すぐにでもベッドの中に潜り込んで悶たい。
(でも、ダストさん今日は一日部屋で寝てるって言ってたし……)
今の状態でダストさんに会うのは無理過ぎるし部屋には帰れない。
というか、なんで私はダストさんと一緒の部屋なんだろう。どう考えてもおかしい。
「はぁ……今更どうしようもないか。こうなったら落ち着けるまでリーンさんの所に…………っ!」
そこまで口にして私は思い出す。
私が好きだと認めてしまった人のもう一つの名前を。
そして、その人のことを好きだと公言していた人がいたことを。
選択肢は二つ。気づいてしまったこの気持ちを諦めるか。それとも──
「リーンさん、今大丈夫ですか?」
リーンさんの泊まる宿の部屋。今はロリーサちゃんと一緒に住んでるというその扉をノックをして私は返事を待つ。
「ほいほい、ん? どったのゆんゆん?……って、ほんとにその頭のたんこぶどうしたの?」
「頭のたんこぶに関しては聞かないでください……」
思い出したらリーンさんの部屋の扉を破壊しそうになるんで。
「そ、それより、大切な話があるんです。今、大丈夫ですか?」
「? まぁ、野菜スティック齧ってるだけで暇してるからいいけど。とりあえず入りなよ」
リーンさんに促され、私は部屋に入る。
「あれ? ロリーサちゃんはいないんですね」
「うん、ダストとかキースの所行った後は喫茶店でバイトしてくるって」
「そ、そうですか。それならちょうど良かったのかな」
リーンさんの口からダストさんの名前が出て一瞬心臓が跳ね上がる。
けど、ロリーサちゃんがこの場にいないのは有り難い。今からする話は出来れば2人きりでやりたかったから。
「それで、大事な話って何?」
ベッドに二人並んで座った所で。リーンさんがそう聞いてくれる。
正直自分からは話せる気がしなかったのでありがたい。
「リーンさん…………私、リーンさんに謝らないといけないことがあるんです」
「謝らないといけないこと?」
なんだろうと首を傾げるリーンさん。きっと私がリーンさんに酷いことをするとは思ってないんだろう。その顔には負の感情は見えない。
…………その信頼を裏切ることは辛いけど、ここで言わないのはもっと酷い裏切りだ。私は息を飲み込んで口を開く。
「リーンさんごめんなさい。……私、ダストさんのことを好きになってしまいました」
リーンさんの恋を応援するって言ったのに。
偉そうにダストさんに告白するときは相談してなんて言ってたのに。
……なのに、私はダストさんのことを好きになってしまった。
「あ、それ本当だったんだ。なんか街で噂になってるし、気になってたんだよね。……で? ゆんゆんは何を謝ってるの?」
「え!? 街で噂になってるってどういうk……じゃなくて、リーンさん、怒らないんですか!?」
街での噂がすごい気になるけど、それを抑えて私はリーンさんの気持ちを確かめる。
「怒るも何も……ダスト好きになっちゃったんでしょ? むしろご愁傷さまというか……」
……リーンさんの可哀そうなものを見るような眼が痛い。
「あの……リーンさんはダストさんのことが好きなんですよね……?」
そういう話だったはずなんだけど……。
「あたしがダストなんか好きになるはずないじゃん。あたしが好きなのはライン兄だよ」
「だから、ダストさんが好きってことですよね?」
未だに認めたくないというかチンピラ過ぎて信じきれてないけど、ダストさんの正体はライン=シェイカーという隣国の元英雄だ。
最年少でドラゴンナイトになった天才で、その上国一番の槍使いでもあったという元貴族。
……やっぱりダストさんとは違う人のこと言ってるとしか思えないなぁ。いや、ダストさんがドラゴンナイトなのは分かってるし、槍の腕前が凄いことも認めてるし、金髪で貴族の要素あるのも分かってるんだけど。
「違うよ、ゆんゆん。確かにダストの正体はライン兄だけど……でも今のダストは私が好きだったライン兄じゃない。だから、ゆんゆんが謝ることなんて何もないんだよ。これがダストじゃなくてライン兄が好きになったって言うなら決闘だけどさ」
「……本当にいいんですか?」
確かにリーンさんが『ダスト』さんを好きだと言ったことは一度もない。でも……。
「いいよ。ダストはゆんゆんにあげる。でも、ライン兄はゆんゆんにもあげたくない。……あげちゃったらあたしには何も残らないからさ」
「正直私はライン=シェイカーだった頃のダストさんは知りませんから何とも言えないんですが…………ダストさんとラインさんってそんなに違うんですか?」
なんでそんなに区別するんだろう。どんなに変わっても同じ人のはずなんだけど。
「ぜんぜん違うよ。ダストは今いる。ライン兄は過去にしかいない。…………ほら、ぜんぜん違うでしょ?」
「それじゃ、リーンさんは…………」
思い出の中の人が好きって……今いない人相手に決して叶わない恋をしてるってこと?
「ゆんゆんがそんな顔しないでよ。確かに一時期はライン兄を好きでいること辛かったけどさ。……ゆんゆんと出会ってからはそうでもないんだから。あの馬鹿、ゆんゆんに出会ってから……特にジハードちゃんが生まれてからはどんどんまともになっていったでしょ?」
「……まぁ、マッチポンプをナンパと言い張ったり借りたお金を返してくれなかったり、女性関係とお金関係は相変わらずですけど、それ以外は確かにそれなりにまともになってる気はします」
今にして思えば、私が出会った頃のダストさんは大好きなドラゴンと触れ合えずむしゃくしゃしていたんだろう。
ハーちゃんが生まれてからは無闇矢鱈に自分から喧嘩売ることもかなり減っていった。……代わりに私と喧嘩すること増えたけど。
無銭飲食もしなくなった。……代わりに私に飯食わせろと言ってくるけど。
…………ま、まぁ、他人に迷惑をかけることは少なくなったし、比較的まともになっていったのは確かだと思う。
「そんなあいつ見てたらライン兄と二人で一緒に過ごしてた頃思い出せてさ…………結構嬉しかったりすることあるんだよ。…………たいていは馬鹿な行動にムカついてる気がするけど」
「まともになってもダストさんの馬鹿な行動は全然減ってませんもんね」
…………かっこいい所もそれなりに増えてる気もするけど。
「それにあたしだっていつまでもライン兄に囚われてるつもりはないんだから。ライン兄より強くてかっこ良くて優しい人を見つけたら、ちゃんと区切りをつけるよ」
「最年少ドラゴンナイトで火の大精霊を撃破した凄腕の槍使いより強い人なんて……人間だと片手で数えるくらいしかいないと思うんですけど」
というか私は最高品質のマナタイトを大量に持っためぐみんしか知らない。
「ライン兄よりかっこ良くて優しい人なら結構いるんだけどねぇ……強いってなると難しいよね。ライン兄より強くてカッコ良い人なんてあたしは一人しか知らない」
「一人いるだけでも十分すごいですよ。この際少しくらい優しくないのは目を瞑ったらどうですか? 付き合ったら優しくなってくれるかもしれませんし」
本当に私が言うのはどうかと思うけど。出来ればリーンさんには過去に囚われず新しい恋をしてもらいたい。
過去の人を想って報われない恋を抱き続けるなんて、そんなの辛すぎるから。
少し前の私ならともかく、今の私はそれが想像できてしまうだけに、本当にそう思う。
「ないない。そいつって筋金入りのチンピラだしさ。…………あたしと一緒にいても腐っていくだけだもん」
「リーンさん……」
あなたはやっぱり……。
「てことだからゆんゆん、あたしのことは気にしないでいいから。あんな馬鹿なチンピラ、ゆんゆんの好きにしていいよ」
そう言ってリーンさんは私に優しく微笑んでくれる。
「あの……っ! リーンさんさえ良ければ私はリーンさんと一緒でも……っ!」
けど、その微笑みがどこか寂しそうに見えてしまって…………私は思いついたことを叫ぶ。
「ダメだよゆんゆん。……あたしはそれでも幸せになれるかもしれないけど…………ゆんゆんは違うでしょ? ゆんゆんは友達増えてもまだまだ寂しがり屋なんだからさ」
私の考えの足りない叫びをリーンさんは優しく否定してくれる。
変わらない微笑みは、けれどやっぱり寂しそうで…………リーンさんが私のために自分の想いを諦めようとしてくれているのが分かってしまった。
「ご、め……っ…ごめん……なさい……っ…………ダストさんのこと好きになってごめんなさい……っ…」
「ああもう……だから何を謝ってるのよゆんゆん。ゆんゆんは何も謝ることないんだって。ほら、泣かない泣かない」
リーンさんは優しく私の頭を抱えて、撫でてくれる。
「ごめんなさい……っ…ごめ…っ……なさい。リーンさんの気持ちを知ってるのに、諦められなくてごめんなさい……っ」
諦める。その選択肢はあったはずなのに。でも私の中にはなかった。
謝って許してもらう。そんな自分にとって都合のいい選択肢しか私は選べなかった。
そして今、私は本当に許されそうになっている。
だから今、私は罪悪感で潰されそうになっていた。
「ほんとゆんゆんは泣き虫だよね。これでいざという時は芯の強い所見せるっていうんだから…………勝てないなぁ……」
その声が少し震えてることに気づいた私は、言葉にならない謝罪を繰り返す。
「ゆんゆんが謝ってばかりだからあたしは感謝の言葉を言ってあげるね」
私の頭を撫でながら、リーンさんは震える声で、けれどはっきりと言葉を紡ぐ。
「あたしのために泣いてくれてありがとう」
違います。リーンさんが優しすぎるから泣くしかないんです。
「あの馬鹿のこと好きになってくれてありがとう」
なんで、ありがとうなんて言うんですか。裏切りなのに……リーンさんには怒る権利があるはずなのに。
「ちゃんと伝えに来てくれてありがとう」
伝えに来たのは、ただ楽になりたかっただけなんです。裏切ることは出来ても裏切り続けることはできなかったから。
「ゆんゆんと親友になれて本当に良かった」
私は当分泣き止めそうになかった。
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