第8話 紅魔族をネタ一族扱いするのはやめましょう

――ゆんゆん視点――



「そういや、ゆんゆん。少し聞いていいか?」

「はい? マンティコアとの一騎打ちで疲れてるんで明日にでもして欲しいんですが…………ダストさんは後ろで応援してただけだから元気が有り余ってるでしょうけど」


 クエストを終えた帰り道、ギルドまであと少しという所。後ろを歩くダストさんの言葉に私はそう返す。

 グリフォンとの一騎打ちよりかはマシだったけど、マンティコアもグリフォンに近い力を持った魔獣だ。解毒ポーションを用意してるとは言えマンティコアの毒を食らうのは危ないし、体力や魔力的にはそこまで消耗してないけど精神的には結構疲れてしまった。

 ……ダストさんが盾役ちゃんとしてくれたら結構楽だったと思うんだけどなぁ。この人下級職の戦士だって言ってサボってるけど、タゲ取りして私の詠唱の時間稼ぐくらいは余裕な気がする。このチンピラさんは避けるのが無駄に上手いから私も喧嘩の時に魔法とか当てるの苦労するし。


「……悪かったよ。今日は俺の奢りでギルドで飯食っていこう」


 そんな私の考えてることが顔に出てたんだろうか。ダストさんはなんだかバツの悪いような感じでそう言う。

 ……一体全体何を考えてるんんだろう? これくらいのことで悪かったとか思うような殊勝な人じゃないと思うんだけど。

 また何かろくでもないことを考えてて私が不機嫌だと都合が悪いとかそんな感じかな。


「私が一人で頑張ったクエストの報酬で奢られてもお得感皆無なんですが…………ダストさんが奢ってくれるなんて天変地異の前触れとしか思えないですし」

「…………とりあえず報酬をルナから受け取ってくるから先に座っといてくれ」


 ちょうどついたギルドの入り口。私の警戒した言葉に苦虫を踏み潰したような顔をしたダストさんは、そう言って中へと入っていく。


「…………本当に何を考えてるのかな?」


 なんだかダストさんらしくないなぁと思いながら。その様子が少しだけ気になった私は素直にその言葉に従うことにした。





「それでダストさん。聞きたいことってなんですか?」


 一通り飯の注文を終えた所で私は話を切り出す。


「ああ、別に大したことじゃねぇんだが、あのドラゴンの卵がどうなってるかと思ってな。様子とか名前を決めたかどうかとか聞きたくてよ」

「え? それが聞きたかっただけなんですか?」

「だとしたらなんだよ」

「いえ……別にだからどうという話はないですけど」


 ……てっきりまたお金なくて貸してほしいとかそんな話だと思ったんだけど。このチンピラさんが下手に出るのってだいたいお金と女性が絡んだときだけだし。

 

「様子なら昨日バニルさんに見てもらいましたよ。今の調子だと雷属性のブレスを使うブラックドラゴンが産まれるみたいです」


 とりあえず盗賊団の集まりやダストさんに付き合わないといけない時はウィズさんが。それ以外の時は私が卵を温めるという話になった。その場合だとまず間違いなくブラックドラゴンが産まれるというのがバニルさんの話だった。


「ブラックドラゴンか…………。なぁ、ゆんゆん。生まれそうってなった時は俺を呼べよ?」

「えー……ダストさん生まれたドラゴンの子を奪って売り払ったりしそうなんですけど……」


 まぁ、売り払うなら幼竜よりも卵の時のほうが高いみたいだから本当にそうするとは思わないんだけど。

 ただ、なんていうか理屈ではしないと分かってても感情的には全く信じられない。…………根っからの悪人ではないって分かってはいるんだけど、だからなんだというくらいには碌な目に合わされてないし。例外は本当に卵のことくらいだ。


「…………まぁ、どうなってもいいというなら知らねぇが」

「ふふっ……嘘ですよ嘘。そんなにふてくされた顔しないでください。一応ダストさんからプレゼントされたものですからそんな礼知らずなことはしません」


 まぁ、だからこそその例外のことに関してだけは少しだけ譲歩してもいいのかなって気持ちはある。この人に甘い態度をとってもつけあがるだけなのは分かっているけど。

 ……私の言葉にちょっとだけ残念そうな顔をしたダストさんを見ると、そんな気持ちが強くなってしまった。


「……ふてくされてなんかねぇよ」

「やっぱりふてくされてるじゃないですか。……あ、後一応ドラゴンの子の名前は決めてますよ。バニルさんにドラゴンの話を聞いてて閃いたんです。もしかしてダストさんもドラゴンに名前つけたかったんですか?」


 ちなみにめぐみんはまだ名付け親になるのを諦めていないらしい。決めたと言っても諦めないって本当どうなんだろう。


「いや……ちゃんと考えてるならそれでいい。ドラゴンの名前は人と違って変えられない。その名前で何百何千という時を過ごすんだ。変な名前つけられたら可哀想だからな」

「…………もしかしてダストさんってドラゴンについて詳しいんですか?」


 今の口ぶりといい、昨日のバニルさんの話で出てきたことといい。なんだかそんな雰囲気がある。


「別に詳しくはねぇよ。これくらいは常識だし。ま、年の功だ。クソガキよりはいろいろ知ってるかもな」

「それじゃ、ドラゴン使いとかドラゴンナイトって知ってますか?」

「………………それくらい誰でも知ってるだろう。……っと、そうか。この国には紅魔族がいるからお抱えはいねぇのか」

「知ってるんですね。バニルさんとの話の中で気になったんですけど上位種のドラゴンは魔王軍の幹部クラスなんですよね? それでドラゴン使いはその力を何倍にも強化する。……そんな人達がいるならなんで魔王軍に攻められる現状はないと思うんですけど」


 今現在魔王軍と正面切って戦っているのはこのベルゼルグの国だけだ。それは国境が魔王軍の領地と接しているのがこの国だけという理由はもちろん、魔王軍と真正面から戦えるような精強な騎士や冒険者がこの国にしか揃っていないからだと聞いている。他の国は物資や精鋭を送ることでその支援をしているという話だけど、バニルさんの話が本当なら上位ドラゴンをつれたドラゴン使いの人たちが送られてきていれば戦況が膠着している今はないと思う。


「ま、実際そうだな。……いや、そうだった、が正しいか」

「どういうことですか?」

「ゆんゆんの言った通りだ。上位ドラゴンを連れたドラゴン使いなら魔王軍の幹部相手にも優位に戦える。上位ドラゴンと契約できるようなドラゴン使いは少ないが、それでも各国のドラゴン使いが集まってベルゼルグに協力してれば魔王軍と戦えばとっくの昔に戦いは終わってただろうよ」

「……実際はそうならなかったんですね」


 この国ではドラゴン使いやドラゴンナイトという職業の人を見たことがない。いないということはないんだろうけど本当に数えるくらいなんだろう。


「ドラゴン使いは国の最高戦力だ。それこそ上位種をつれたドラゴン使いともなればその一組だけでその国の半分以上の戦力を意味する。……それが失われるのを恐れた王族や貴族は温存したのさ。魔王軍を倒した後……国同士の戦争を見越して」

「でも、最初はそうだったにしてもこれだけ魔王軍に攻められてるなら国も改心するんじゃないですか?」


 そういう理由で戦力を出し惜しみするのは納得はできなくても理解は出来る。でもつい最近まで魔王軍に押されていた状況でも出し惜しみていたのはどういうことなんだろう。この国が落ちれば他の国も危ないだろうに。ドラゴンとドラゴン使いがどんなに強くても国という広大な範囲を全て守りきるのは出来ないのだから。


「はっ、ねえよ。王族や貴族ってのはどいつもこいつも糞ばっかりだ。この国はララティーナみてーな貴族もいるし、あったことはねーが王族は割りと好感持てる。だが他の国はひでぇもんだぜ。最悪民はどうなろうと自分たちさえ助かればそれでいいって奴らばっかりだからな。それに改心したとしてももう手遅れだ。そんな国に呆れ果てた頭のいい上位種のドラゴンたちはみんないなくなっちまった。ドラゴン使いとの契約を破棄しいなくなったやつ、ドラゴン使いとともにいなくなったやつ…………今じゃどの国にも上位ドラゴンはいねぇ。ドラゴン使いこそ変わらずお抱えしてるがそれと契約してるドラゴンは良くて中位種、下位種のドラゴンがほとんどだぜ」


 そう言えばめぐみんのエルロードの土産話だと、あの国は王族貴族がギャンブルに遊び呆けて財政破綻寸前だったんだっけ。それを魔王軍のスパイが立て直してあげていたそうとか。

 …………うん、ダストさんの言ってる意味とは違うんだろうけど、他の国の王族や貴族がろくでもないだろうなっていうのは想像がつく。一応エルロードの王子様は改心したという話だけどその前は魔王軍と取引しようとしていたみたいだし。


「でも、お抱えってそういう意味なんですね。それでこの国には紅魔の里があるからドラゴン使いのお抱えはいないと」

「あの里は色んな意味で頭おかしいからな……中位種と契約したドラゴン使い分隊と同じくらいの戦力はある。単純なステータスだけでみれば魔王軍幹部8人を同時に相手してもお釣りが出る計算だ。…………ほんとに人間なの? お前ら」

「これでも紅魔族なんで売られた喧嘩は買ってもいいんですからね?……けど、ドラゴンとドラゴン使いのコンビがそんなに強いならなんでこの国はドラゴン使いをお抱えしないんですかね? 紅魔族や『チート持ち』って言われる人たちがいるから必要には迫られてないのかもしれませんけど」


 戦力はいくらあってもいいと思うんだけど。他の国から派遣してもらえないならベルゼルグの国自身がドラゴン使いをお抱えするってことはないんだろうか。


「そのあたりはまぁこの国にはもともとドラゴンがいなくてドラゴン使いもいなかったってのが一番の理由だな。ベルゼルグの元は遠い昔の勇者が作った国らしいし」

「? まぁ、そうですね。その後比較的穏やかに周辺の村や里を吸収して領土を増やしていったって話ですけど」


 なお比較的穏やかな領土拡大だけれど、その方法はその村や里が困ってる魔物や敵対国を武力で排除することで取引として行ったというのがイリスちゃんから聞いた話。…………この国の王族ちょっと武闘派すぎませんかね。実際それだけ強い王族が率いる国に庇護されるのは魅力的ではあるんだろうけど。


「で、そこで問題なんだが、ドラゴン使いがそもそもレアな職業だってのは知ってるか?」

「ドラゴンナイトが超レアな職業だってのは聞いていますけど……ドラゴン使いもそうなんですか?」


 まぁ、簡単になれるんだったらもう少しこの国でも知られて良さそうではあるけど。


「ドラゴン使いもプリーストと同じでステータスがあっても適正がなきゃなれないクラスだからな。ぶっちゃけドラゴン使いの適正持ってるやつはプリーストの適正持ってるやつの10分の1くらいだ。ドラゴンナイトはその適正持ってる上でソードマスター、クルセイダー、アークウィザード、アークプリーストになれるだけの高いステータスが必要だから超レア職業だって言われてるんだ」


 ……上級職4つを極めたら勇者になれるとか里の言い伝えにあるんですけど、ドラゴンナイトは勇者の職業なんですかね?


「とりあえず、ドラゴン使いとドラゴンナイトが凄い珍しい職業なのはわかりました。でも、それだけなら少ないだけでもう少しいてもいいと思うんですけど」


 ドラゴンナイトは難しいかもしれないけどドラゴン使いはいても良さそうな気がする。


「そうだな。なりにくい職業ってだけならもっとドラゴン使いはいただろうさ。…………1番の問題はドラゴン使いはドラゴンいなけりゃただの一般人と変わらねーとこなんだよ」

「………………えー」


 なんだろう、ここまで散々凄そうな感じだったのに、そう言われると凄い残念な職業に思えてくる。


「ただでさえドラゴン使いになれるやつは少ないのに、ドラゴンいなけりゃ意味のない職業。しかもドラゴンは買うとしたら恐ろしく高い値段になる。…………貴族が運良くドラゴン使いの適正持ってりゃなろうかなって感じのクラスなんだよドラゴン使いってのは」


 ……まぁ、普通の冒険者にはドラゴンなんて買えませんよね。


「でも、だったら国がドラゴンを買って上げてドラゴン使いになりたい人に支給してあげればいいんじゃないでしょうか?」

「まぁ、実際ドラゴン使いが憧れの職業として知られてる国じゃそういう制度があるな。ドラゴン使いやドラゴンナイトには資格を与えて、その資格に見合った国の保有するドラゴンと契約の機会を与える」

「じゃあ、この国もそういう制度を作ればいいんじゃないですか?」


 既にある制度なら真似すればいいのに。


「この国の財政事情なんて俺は知らねーけどよ。多分そうするだけの金がねーんじゃないか?」

「…………なんでしょう、なんだか凄くロマンのない話になってしまった気がします」


 ドラゴンナイトのくだりはなんだか興奮したんだけどなぁ。


「……そうだ。ダストさんはこの街に最年少でドラゴンナイトになった凄腕の槍使いの方がいるって噂を知ってますか?」


 どうやらダストさんはドラゴンやドラゴン使いのことについて私よりも詳しいみたいだし。なんだかんだで顔の広い人だから知ってそうな気がする。

 イリスちゃんは多分他の街に行ったと思ってるみたいだし、めぐみんもあんまり乗り気じゃない。私もイリスちゃんと同じような感じではあるんだけど…………それでも、こうして聞いてしまうくらいにはあの話はロマンチックだった。ドラゴンナイトという職業がどれだけなるのが困難なものか知ってその気持ちは更に強くなっている。


「俺は――」


「――大変よ! 大変なのよ! 大事件なの!」


 私とダストさんが話してる横を見覚えのある青い髪が通り過ぎ、その髪の持ち主はお仕事終了時間間際のルナさんの机を叩いてそう叫ぶ。


「お、落ち着いてくださいアクアさん。一体全体どうしたんですか?」

「これが落ち着いてられるもんですか! ゼル帝が攫われたのよ!」


 その瞬間、少しだけ緊張が走っていたギルドに元の空気が流れた。『ああ、なんだあのひよこか』と。

 ……アクアさんあのひよこを本当に溺愛してるからなぁ。


「緊急クエストよ! 緊急クエストを出してちょうだい!」

「は、はぁ……まぁクエストを出すのはいいですけど…………アクアさんでも駄目な相手なんですか? それとクエストを出すとしたら報酬はいくらいくらい出せますか?」

「あいつら変な道具でジャイアントトードを操ってるのよ。あのカエル相手じゃ手も足も出なくて…………それと、報酬はその…………5000エリスくらいでおねがいします」


 人間相手の奪還クエストで5000エリスかぁ…………普通にジャイアントトードを買い取って貰ったほうが儲かりそう。


「一応その条件でクエスト出すのはいいですが…………サトウカズマさんにお願いして報酬金をもっと用意しないと誰も受けないと思いますよ?」

「そんな暇ないわよ! ジャイアントトードと一緒だから移動速度は遅いけどカズマさん説得してたら流石に逃げられちゃう!」

「そうかもしれませんが……現状ここでやれることはありませんし、頼んでみたらどうですか?」

「うぅ……分かった」


 ルナさんの言葉におちこみながらアクアさんはギルドを急いで出て行く。…………どうしよう? 私が受けてこようかな?


「あれ? ダストさん、いきなり立ってどうしたんですか? お手洗いですか?」


 そんなことを思ってたら、私よりも先にダストさんが立ち上がる。


「ゆんゆん。俺はちょっと行ってくるから。……帰っててもいいが、できればちょっとだけ待っててくれるか? すぐ帰るから」

「は、はぁ……まぁ一人遊びは得意ですから別にいいですけど……どこに行くんですか?」

「緊急クエストだよ」


 ……緊急クエスト?


「え!? あのアクアさんのクエストをダストさんが受けるんですか!?」

「…………だったらなんだよ?」


 ジト目をしてダストさん。


「また何か悪いものでも食べたんですか? ダメですよお金がないからって道に落ちてるものを食べちゃ」

「お前帰ってきたらマジで覚えとけよ。そのエロい服ひん剥いてやるからな」


 ……よかった。いつものチンピラさんなのは変わらないらしい。ダストさんがまともだとなんだか落ち着きませんからね。


「ダストさんがあのクエストを受けるというのは謎すぎるんですけど、そういう話だったら私もクエスト手伝いますよ」


 アクアさんが困っているなら助けてあげたいし。


「いや…………俺一人で十分だろうからお前はここで待ってろ」

「……え? いつも私にクエストの戦い任せっぱなしのダストさんが一体何を言ってるんですか?」


 やっぱりこの人なにか悪いものを食べたんじゃ……。


「俺も本当はそうしてーんだが…………いいから、待っとけよ。一人遊びは得意なんだろ」


 そう言うダストさんはガシガシと頭を掻いていて、なんだか言いたいことが言えなくてもどかしい……そんな様子だった。


「まぁ、そこまで言うならおとなしく待っておきますけど。……えっと、頑張ってきてください?」

「おうよ。……疑問系じゃなければ完璧な見送りありがとよ」


 …………やっぱり今日のダストさんはなんだか変だなぁ。

 ルナさんの元へ向かうダストさんの背中を見つめながら私はそんなことを思っていた。

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