第10話 このドラゴンの子どもに祝福を!

「……また、お前か」


 留置所。ちょっとやらかした俺が入って反省していろと看守に連れてこられた牢屋には既に見飽きた残念プリースト。


ほひーはんもはつほんはへふ?お兄さんもカツ丼食べる?

「何言ってるか分かんねーから飲み込んでから喋れ」


 牢屋で無駄に美味しそうなもの食べてる女に俺はため息を付いた。




「んぐもぐ……つーかなんだよこれ。この留置所こんなに美味しい食いもんあったのかよ」


 残念女と同じもの食わせろと看守に喚いて持ってきてもらった食い物。『カツ丼』とか言うらしいがこんなに美味しいもの食べたのはカズマがエリス祭の時に出してたYAKISOBA以来だ。

 この留置所にはもう何年も通ってるって言うのに今までなんで出さなかったのか。看守の野郎は今度外であったら因縁つけて喧嘩売ってやろう。


「ふふーん、このカツ丼はうちの名誉アクシズ教徒が留置所や取調室にカツ丼はないのはありえないって作ってもらったんですって。つまり今あなたがその美味しいカツ丼が食べれてるのは女神アクアのお導きなのよ」

「へー……アクシズ教徒はろくなことしないイメージしかないがたまにはいいことするんだな」


 女神アクアの導きかどうかは置いといてその名誉アクシズ教徒には感謝してもいいかもしれない。


「ところでお兄さんはどうして留置所に入れられたの?」

「まぁ、ちょっとばかしナンパ失敗しちまってな」


 具体的にはいつもナンパに付き合わせてる知り合いにもう限界だと警察にチクられた。……あいつには今度暇な時にジャイアントトードの卵を送りつけてやろう。


「そういうお前は…………まぁ、どうでもいいか。どうせいつもと一緒だろ」

「あのね? その台詞はどちらかというと私の台詞だと思うんだけど。お兄さんこそ大体喧嘩しただのナンパ失敗しただの無銭飲食しただの同じような理由で入ってくるじゃない」

「失礼なやつだなお前は。少なくとも無銭飲食じゃ最近捕まってねーぞ」


 ここ1年位はもう俺に先払い以外で飯を出してくれる店がないからな。


「……なんだかお兄さんから私達と同じ匂いがするんだけど。ねぇ、お兄さんもお姉さんと一緒にアクシズ教に入らないかしら?」

「その勧誘台詞何度目だよ。俺みたいな品行方正な冒険者を変人集団に誘うんじゃねーよ」

「…………うちの教団でもお兄さんと同じくらいアクシズ教の教義に忠実に生きてる人って、お姉さんみたいな支部長クラス以上だと思うんだけど」


 同じようなことをバニルの旦那にも前にも言われた気がするんだが。実は悪魔とアクシズ教徒は似たもの同士じゃねーの?…………それは流石に悪魔に失礼か。


「というかお前は俺にお姉さんだって自称してるくせに呼び方はお兄さんって呼ぶよな。結局お前って俺より年上なのか?」


 こいつとはもう1年以上留置所で会う中だが、考えてみれば俺はこの女の歳を知らない。年齢どころか性別すら感じさせない残念さで興味持てなかったからだが。


「んー……お兄さんの年齢知らないから確かなこと言えないけど多分年上かしら? お兄さん呼びしてるのはお姉さんがお兄さんの名前聞いてないからってだけよ」

「あー……そう言えば俺もお前の名前知らねーな」


 なるほど。微妙な違和感の正体が分かった。年齢どころか名前知らなければこんな風にもなるか。


「ところで看守。少し聞きたいことがあるんだがいいか?」


 一つ疑問みたいなものが解けた所で、俺はもう一つ気になってることを牢屋の外で頭を痛そうにしている看守に聞くことにする。


「……そこは普通にその女と互いに自己紹介する場面じゃないのか。……聞きたいこと? そのカツ丼の値段なら800エリスだが」


 金取るのかよ。そんな金俺持ってねーぞ。…………まぁ、金は迎えに来たリーンかゆんゆんにでも払わせればいいか。


「いや、そんなことはどうでもいいんだけどな。なんで俺が牢屋に入れられる時にこの女と一緒に入れられるのかなって。一応こいつも女なんだから一緒に入れるなら男じゃなくて女にしろよ」


 俺もこいつも留置所にお世話になる回数が多いとは言え、毎回のように同じ牢屋に入ってるのには何か理由があるんだろうか。


「そのプリーストと女を一緒に入れる……? 恐ろしいことを言う男だな。……まぁ、一度そのプリーストと同じ牢屋に入れられた女冒険者は二度と悪いことはしませんと泣いて誓っていたから極悪人の女なら考えないでもないが」

「…………何したんだよお前」

「えへへ……可愛かったからちょっと」


 …………この女、性別関係なしなのか。ゆんゆんはこいつと友達で大丈夫なんだろうか。


「ま、そういうことか。だからこいつとの相部屋は俺みたいな男だけなんだな」


 そういう理由なら仕方ない。我慢しよう。


「『俺みたいな』というより、その女と相部屋になるのは貴様だけだぞ? 貴様以外の奴を一緒に入れれば男女関係なく精神を病むからな」

「本当にお前何してんだよ!?」

「だって……入ってきた男の子がすっごく可愛かったら襲いたくなるし、全然好みじゃない男にエッチな目で見られたらへし折りたくなるし、エリス教徒だったら断罪したくなるわよね? お姉さんはちっとも悪くないと思うの」


 わよね? とか同意求められてもそんなのはお前だけだとしか言いようがない。…………いや、多分アクシズ教には他にもいるんだろうけど。

 カズマの奴がこいつらどうにかしてくれねーかな。多分これあいつがどうにかしないといけない問題だ。保護者の保護者的な意味で。


「てか、だったらなんで俺はこんな危険人物と一緒に入れられてんだよ?」

「貴様ならその女と一緒に入れても特に問題がないからに決まっているだろう」

「いや……普通に別々にしろよ。問題児ばっかのアクセルとは言え一つくらい専用の牢屋あってもいいだろ」


 一緒に入れたら精神病むような自由過ぎるやつは隔離しろ。


「そんなことしたら我々監視側が病んでしまう」

「この女本当にろくでもねーな!」


 流石アクシズ教徒。伊達に最狂集団の名を欲しいままにしてない。


「何を他人事の言ってるのか知らないが貴様もその女と似たようなものだぞ」

「いや……確かに俺もろくでもなしなのは認めるけどよ……流石にこれと一緒にされるのはちょっと……」

「……それもそうだな。すまない」


 俺と看守の間に妙な連帯感が生まれる。……今度こいつと外であったら喧嘩した後に酒でも飲もう。……こいつの奢りで。


「まぁとにかくだ。その女は貴様と一緒にいればあまり被害を出さない。だからその女が問題起こしたときは貴様を適当な罪で捕まえ……」

「……おい」


 最近妙に捕まりやすいと思ったら。


「あー、ごほん。そろそろ交代の時間だな。貴様らも反省しているようだし迎えが来たら自由に出ていいように伝えておこう」

「おいこら待て。逃げようとしてんじゃねーよ。反省しないといけないのは俺らじゃなくてお前らじゃねーか!……くそっ、マジで逃げやがった」


 俺の同情とか共感とか返せよ。


「ふふっ、お兄さんったら策士ね。私と二人っきりになろうと言葉巧みに看守のお姉さんを誘導するなんて」

「お前と二人っきりになってどうするんだと本気で問いたい」


 守備範囲外どころかセクハラすらする気がない女相手と二人っきりになっても面倒なだけだってのに。


「ん……あー、でもあれか。一応二人っきりの時に聞こうと思ってたことはあったな」


 看守には聞かれたらまずくて、今までここじゃ聞けなかったことが。……外でわざわざこいつに会いに行くとかまずないし、この機会に聞いとこう。


「なにかしら? 悪いけどお姉さんのスリーサイズはトップシークレット事項よ。聞きたければ今すぐこのアクシズ教入信書に……って、ああっ!?」


 ゴミを綺麗な紙吹雪へと変えてスッキリとした所で俺は疑問を口にする。


「結構前の話になっちまうけどよ、アクアのねーちゃんのひよこ……今は雄鶏が誘拐されたことあったろ」

「ゼル様は雄鶏じゃなくてドラゴンだけど、そんなこともあったわね。半年くらい前だったかしら」


 もう、そんなになんのか。まぁ、ゆんゆんにやったドラゴンの卵がそろそろ孵化するってバニルの旦那も言ってるし、それくらいの時間経ってて当然か。


「あの時、お前はどうやってひよこを助けたんだ?」


 俺はやた……なんとかって奴らをひよこを奪還する前に逃してしまった。だが、目の前の女は俺の知らない間にひよこを助け出し、ついでに俺の命まで救った。 


「どうやってって言われても…………お兄さんが暴れてる間にこっそり馬車の中を探させてもらっただけだけど」

「俺を囮にしたってわけか」


 そんなところだろうとは思っていたが。……ただ、俺は戦ってる間にこいつの存在に気づかなかった。もともと俺自身は気配探知とか得意じゃないし、あんだけ劣勢だったら気づかないこともあるかもしれないが…………俺も隙があれば馬車の中に入ってひよこだけさらっていけないかと、馬車の方に意識を向けてただけに違和感がある。


「囮って言い方は人聞きが悪いと思うの。私はあの神敵たちをつけてゼル様奪還の機会を伺ってただけよ? そこにお兄さんがタイミングよくやってきてくれただけなんだから」

「タイミングよくねぇ…………ちなみに俺が来なかったらどうするつもりだったんだ?」


 違和感はあるが、そのあたりのことを聞いてもこの女が答えてくれるとも思えない。…………案外あっさり答えてくれそうな気もするが、その答えがどうであれ俺にとってこいつは変な女プリーストに変わりはないのだからわざわざ詮索しなくてもいいだろう。


「んー……寝静まった頃に見張りに見つからないようにどうにかするつもりだったわよ? もしそれが難しいようでも、連中が向かってる先がアルカンレティアの方向みたいだったしどうにでもなったと思うわ」


 ……アクシズ教団の総本山にアクアのねーちゃんが大事にしてるひよこを奪った連中がのこのこと向かってたのか。…………よかったな、やたなんとか。俺に襲撃されてなきゃお前ら吊るされてたぞ。




「ねぇねぇ、お姉さんも聞きたいことがあるけどいいかしら?」

「あん? なんだよ聞きたいことって。…………あと、密かに体を近づけてくんな」


 残念女のくせになんだか甘い匂いがして…………って、これ女の匂いじゃなくて普通に甘い菓子とかの匂いじゃねーか。緊張して損した。


「あの時のお兄さんの戦いを見てても思ったんだけど、お兄さんってなんで戦士なんかやってるの?」

「…………どういう意味だよ?」


 まさかこいつ俺の正体に気づいて……。


「だって、あれだけしぶといんだからクルセイダーになるだけのステータスはあるわよね? 一応一撃で相手を倒してたしソードマスターにもなれると思うんだけど」

「……ああ、そういうことか」


 実際この女の言う通り俺はなろうと思えばクルセイダーにもソードマスターにもなれる。一応アークウィザードにだってなれるはずだ。素質がないからアークプリーストにはなれないにしても、そういった上級職になれるくらいのステータスは確かにある。それなのになぜ戦士なんて下級職についてるかと聞かれれば……。


「さぁな…………。いろいろ理由がありすぎて自分でもよく分からねーや」


 リーンやテイラー達の強さに合わせてパーティーバランス取るためだったり、中途半端に強い職に就くくらいなら戦士のほうが良いって気持ちが理由だったり。他人に説明するとなるといろいろと面倒くさい。


「ただ言えるのは……俺みたいなチンピラ崩れには上級職なんて似合わねーってことだな」


 他人に言っても問題ない理由じゃ、多分それが1番大きい。


「俺がクルセイダー……聖騎士なんてなってみろよ? それだけで笑えるっての」


 というか自分で想像してみると少し気持ち悪いレベルだ。


「そうかしら? お兄さんって自由気ままに生きてるだけで根は割りと普通だからありだと思うんだけど。そういう所がめぐみんさんに似てて私は好きなんだから」

「…………俺が爆裂娘に似てるとか勘弁してくれ」


 俺はあんなに頭おかしくねーぞ。


「めぐみんさんもきっと同じことを言うわね。…………というか、お姉さんの好きって言葉に少しも動揺してないのはどういうことなのかしら?」

「どういうこともなにもそういうことだよ」


 15歳以下のクソガキとアクシズ教徒は守備範囲外(セクハラしないとは言ってない)だからな。というか、こいつの好きって言葉には親愛しか感じられないし。男女の情愛じゃなけりゃ動揺する理由は全くない。


(…………というかこいつがまともに恋愛してるところなんて想像できないしな。男女構わずセクハラばっかりしてるイメージしかない)


 看守の話とか俺との話とか合わせたイメージだが……多分そんな間違ってない気がする。


「何故かしら……お兄さんから凄い失礼なことを考えられてる気がするわ」

「別に失礼なことは考えてないぞ。お前が恋愛するなんてありえないよなって思っただけだ」

「…………何故お兄さんは、そんなに素敵な笑顔でそんなに酷いことが言えるのかしら。お姉さんだって女の子なのよ?」

「俺より年上とか既に20超えてんだろ? 既に行き遅れてるくせに女の子とか……っ……くくっ……おい、俺を笑い死にさせる気かよ」


 流石アクシズ教徒。伊達に宴会芸の神様を崇めてないな。笑いのレベルが高すぎる。


「……。ねぇ、お兄さん。今私達が二人きりなのは覚えてるかしら?」

「くくくっ……ん? だからなんだよ?…………ってか、お前流石に近づきすぎだ。暑苦しいから離れろよ」


 幽鬼のように動く残念女は、俺の言葉に従わず、離れるどころか密着してくる。


「ふふっ……捕まえたわ。最後に男の人にセクh……可愛がったのはいつだったかしら? 最近は可愛い女の子ばっかりだったからちょっと新鮮ね」

「お、おい。お前何を言って……って、こら人のベルト外そうとしてんじゃねーよ!」

「心配しなくても大丈夫よ。お姉さん上手だから痛くなんてしないわ。…………ちょーっと恥辱で死にたくなるような目にあわせるだけよ」

「本当お前らアクシズ教徒は男も女も変わらねーな! おい! 看守! 誰でもいいからこの女止めろ!」


 抵抗むなしく俺のズボンが脱がされそうになる。そんな状況で俺の声に反応してか走ってくる足音。

 その足音の持ち主は牢屋の前にたどり着き、中の状況に一瞬息を呑んで……そのまま大きなため息を付いて続けた。


「…………なにしてるんですか。ダストさん、セシリーさん」


 足音の持ち主、ゆんゆんはゴミを見る目をして俺らを眺めていた…………。






「聞いてゆんゆんさん! この男が嫌がる私を無理やり……!」

「お前本当にふざけんなよ!」










「はぁ? ドラゴンがもうすぐ生まれそうだって? 旦那の予知じゃ明後日くらいじゃなかったか?」


 街道。牢屋を出た俺は隣を歩くゆんゆんが迎えに来た理由を聞いていた。……ちなみにあの残念プリーストはゆんゆんに出して貰えずに今なお牢屋の中だ。


「そうなんですけど…………まぁ、流石のバニルさんでも予知が外れることがあるんじゃないですか?」

「俺が知る限りじゃなかったはずだけどなぁ」


 見通せなかったことはあっても外したことはなかったと思うんだが。……中途半端に見通しづらくて見誤ったとかだろうか。


(……それにしてもどうして見通しづらいのかとか分からねーし…………考えても無駄か)


 旦那の予知が外れた理由は気になるが今ここで考えても分かることでもない。一旦そのことは頭の外へと追い出す。


「それで、ドラゴンが生まれそうだから俺を迎えに来たのか」

「はい、一応そういう約束でしたし、バニルさんにも生まれる時はダストさんに任せたほうがいいって言われてましたから」

「旦那にねぇ…………」


 やっぱ、旦那には俺のこと知られてんのか。…………旦那には頭上がらねーな。


「あと、ダストさん以外にも卵を温めてもらった人とかバニルさんとか呼んでますよ。結構人数が多くて私の宿の部屋だと狭そうだったんで、アジt……もといイリスちゃんの別荘に集まってもらってます」

「…………お前が宿の部屋に入り切らないほどの人を呼ぶだと……?」

「一番驚いているのは私ですからダストさんは驚かないでいいです」


 それもそれでどうなんだ。


「具体的に呼んだのは誰なんだ?」

「ダストさん以外だと、めぐみんにイリスちゃん、バニルさんとウィズさん。後はアクアさんですね」


 ゆんゆん入れても7人か。確かに宿の部屋に集まれば微妙に狭そうな気がするが。…………こいつやっぱ友達少ねぇなぁ。


「し、仕方ないじゃないですか! リーンさんは今日は王都の方に転送屋利用していないですし、クリスさんもこの街にいなかったんですから!」

「あーはいはい。別に何も言ってねーから言い訳しなくてもいいぞぼっち娘」

「い、言い訳なんてしてないですよ! というかぼっち娘言わないでください!」


 ぼっち娘をぼっち娘と呼んで何が悪いのか。めんどくさいやつだな。


「でもよクソガキ。だったらなんでお前はあの残念プリーストを出してやらなかったんだ? あれでも一応お前の友達なんだろ? 友達を多く見せるくらいは役立つだろ」

「セシリーさんはその…………流石にバニルさんとウィズさんに会わせるわけには…………あとクソガキ言わないでください。私だってもう15歳なんですから」


 あの残念プリーストは生粋のアクシズ教徒だからな。バニルの旦那はもちろんリッチーらしいウィズさんにも会わすのはまずいか。


「15歳以下なんてクソガキだろ。クソガキをクソガキ言って何が悪いんだ」

「何が悪いのか分からないのが悪いですよ! というか前は14歳以下がクソガキだって言ってたじゃないですか! 適当に変えないでください!」


 細かいことを気にするやつだな。


「別に適当じゃねーぞ。俺の年齢が今は19だからな。それより4つも下な15歳なんてクソガキに決まってんだろ」

「…………つまり、私はいつまで経ってもダストさんにとってはクソガキで守備範囲外ってことですか?」

「まぁ、そうなるな」


 エロい体してるから目の保養にはなるが、本格的に手を出そうとは思わない。

 …………で? こいつはなんでガッツポーズなんてしてんだろう。ぶん殴られたいんだろうか。



 そんなやり取りをしながら。俺とゆんゆんはイリスとかいうロリっ子の別荘へと急いで向かった。








「ドラゴンの誕生に立ち会えるとは……紅魔族として胸を高まらせずに入られません。感謝しますよゆんゆん」

「そっか、めぐみんはゼル帝の誕生には立ち会えなかったのよね。まぁ、私もあの時はそこの木っ端悪魔がうるさくてまともに立ち会えなかったんだけど…………というかいい加減ゼル帝返しなさいよ」

「未だにこの雄鶏をドラゴンと言い張る駄女神はいっそのこと哀れである。いい加減認めてそんな偉そうな名前でなく唐揚げとでも改名するがよい」

「ば、バニルさん、アクア様を挑発するのはやめてください!」

「そうですよ、ハチベエ。そんな失礼な態度を取っては……。申し訳ありませんアクア様。ハチベエは気のいいお調子者ですが、けして根が悪いものでは……」

「プークスクス。ハチベエとか超受けるんですけど。変な仮面してる道化悪魔にはぴったりね。ぷーくすくす」

「ええい、放せ二人とも。この女とは決着を付けねばならん。そもそもこんな残念な自称駄女神を様付けなどする必要ないわ」


 イリスとか言うロリっ子の別荘だという屋敷。アクセルの街で一番大きいその屋敷に集まるのはゆんゆんとその友達。

 頭のおかしい爆裂娘、自称女神のアクシズ教徒、魔王軍元幹部の仮面の悪魔、実はリッチーらしい貧乏店主、自称チリメンドンヤの孫娘。

 …………おい、ゆんゆん。友達は選んだほうがいいぞ。色物しかいないじゃねーか。


「しかし、ゆんゆん、話には聞いていましたが本当にあの悪魔と友達になってしまったんですね。…………友達は選んだほうがいいと思いますよ」


 後ろで旦那とアクアのねーちゃんが光線飛び交う喧嘩をしてる中。ウィズさんとロリっ子がその喧嘩を必死で止めようとしてるのもスルーして爆裂娘はそんなことをゆんゆんに言う。

 ……人が思ってても言わなかったことを。お前こそ選んだほうがいい友達筆頭のくせに。


「えっとね、めぐみん。確かにバニルさんは人をおちょくるのが生きがいでお金に汚いけどそれ以外は結構まともだから」


 ……旦那をそれ以外はまともだといえるこのぼっち娘はどういう感覚してんだろう。そして旦那は良くて俺はダメというゆんゆんの友達基準が本当に謎すぎる。


「まぁ、あの悪魔には一応借りのようなものなきにしもあらずなのでゆんゆんが納得しているなら私は何も言いません。…………ところでダストは何をしているのですか?」

「あ、うん。なんでもドラゴンの凶暴な本能を生まれる前に封印してるんだって」

「はぁ……確かに攻撃性の強いドラゴンが生まれる時にはそういう処理をするのが普通とは聞いたことがありますが…………ダストにそんな器用なことできるとは思えないのですが」


 おい、俺にそんな胡散臭いものを見る目を向けるな。


「……ったく、別に本能の封印くらい手順知ってたら誰でも出来るっての」


 そりゃスキルを覚えてたら楽なのは確かだが。ちゃんとやり方を覚えてたらスキル無しでも誰でも出来る。


「あ、ダストさん。封印の処理は終わったんですか?」

「おうよ。卵から生まれた時に自動的に封印がかかるようにした。後は生まれるのを待つだけだな」


 その生まれるのも本当にもうすぐって所だ。殻を破ろうとする音が休み無しに聞こえてくる。


「…………やっぱりダストがあれなんですかね」

「……んだよ爆裂娘。さっきから変な目で俺のこと見やがって」

「まぁ、話の真相はともかく、ダストがどうであろうと私にはどうでもいいことですが。…………ゆんゆんが知ったらどんな反応するかは気になりますね」


 俺の疑問を無視して、爆裂娘はなんだかよく分からないことを呟いている。


「おい、ゆんゆん。爆裂娘の様子がおかしいんだが…………大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないですか。めぐみんは大体いつも様子というか頭がおかしいですよ」

「…………それもそうだな」


 頭のおかしい爆裂娘の心配なんてするだけ無駄か。


「…………やはりゆんゆん。あなたはそのチンピラとお似合いだと思いますよ。お幸せに」


 そうとびっきりの笑顔で言うめぐみんに


「頭がおかしいって言ったのは謝るからそれは撤回して! それだけは何があってもありえないから!」


 ゆんゆんは悲壮さが混じった表情で否定の声を上げた。




 


「バニルさんバニルさん、ドラゴンの子、何ドラゴンが生まれてくるんでしょうか?」

「馬鹿ねウィズ。女神である私が神聖な魔力を与えたのよ? 仮面悪魔に聞かなくてもホワイトドラゴンが生まれてくるって分かりきってるじゃない」

「……まぁ、駄女神がどんな反応するかが楽しみでここにいるようなものであるからして、我輩は生まれるまで黙っておくことにしよう」


 ……俺も封印の処理の中で分かっちまってるけどアクアのねーちゃんがうるさそうだから黙っておこう。


「ところでお頭様。さっきからアクア様やハチベエが互いに女神とか悪魔とか言っていますが……」

「イリスは知らないでしょうが、庶民の間では女神と悪魔になりきって喧嘩するのが流行っているんですよ。だから気にしないでいいのです」

「そ、そうなのですか……? 女神を名乗るのは恐れ多いですし悪魔を名乗るのも不吉だと思うんですが……。やはり世間は私の知らないことばかりですね」


 それで騙されるのか。あのロリっ子相当世間知らずだな。ララティーナお嬢様以上じゃねーか?




「そろそろだな。おい、ゆんゆん。ドラゴンの卵にお前の魔力を与えてやれ。多分それで勢いついて出てくるから」


 卵を破ろうとする音が一旦止んだのを確認して俺はゆんゆんにそう助言する。今ドラゴンの子は殻を破る最後の力を溜めるために休憩しているところだろう。魔力の塊であるドラゴンに魔力を与えればその力が溜まるのは早くなるはずだ。そしてその役割はもっとも長い間卵に魔力を注いでドラゴンが馴染んでいるだろうゆんゆんが最適だ。

 …………本当はドレインタッチできてゆんゆんの次に魔力を注いでいたウィズさんが最適解だったりするが、それは流石に空気読んで言わない。


「は、はい……いよいよだと思うと緊張しますね」


 本当に緊張しているのだろう。卵を抱き上げたゆんゆんの手は震えている。

 そんなゆんゆんが魔力を与えるのを見守りながら、女性陣は緊張と興奮が混じった様子でその瞬間を待った。


 そして皆に見守られる中――



『ぴぎぃ?』



 ――殻を破り、ブラックドラゴンの子どもが生まれた。



「こ、これがドラゴンの誕生ですか。そして黒き鱗に赤き瞳とは…………紅魔族の使い魔に相応しいドラゴンですね」

「お頭様! 本当にブラックドラゴンですよ! 凄い……ブラックドラゴンなんてドラゴン牧場では育てられませんし……その誕生を見れるなんて王族であっても一生に一度あるかないかなのに」


 その誕生に素直に感動している様子なのはロリっ子二人。…………金髪ロリっ子の方はなんか感動する所間違ってる気もするが。


「なんでよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「フワーッハッハッ! 駄女神の悲鳴が心地よいわ!」

「えーと……アクア様? 一応、私もアンデットの王リッチーですので…………私が魔力与えてた時間が長かったせいだと思います。ごめんなさい」

「ウィズぅぅぅうう!…………はぁ、まぁいいわよ。この性悪悪魔のせいだったら浄化させてるとこだけど。思ったより凶暴そうでもないし」


 ロリっ子二人に比べて大人組……というかアクアのねーちゃんはうるさい。凶暴じゃないのは俺がちゃんと本能封印してるからだってのに、相変わらずこの自称女神は人の話を聞いていない。




「おい、ゆんゆん。呆けてないでそいつに名前をつけてやれ。そいつはお前が死ぬまで…………いや、その子孫まで何百何千という時を共に過ごしてくれる『友達』だ」


 騒ぐ外野も気にせず、陶然とドラゴンを抱くゆんゆんに近づき俺はそう口にする。

 ……そう、ドラゴンは友達だ。家族でもいいし、相棒でもいい。人が接し方さえ間違えなければドラゴンはそれに応えてくれる。

 だから俺は悩んだ末にゆんゆんにドラゴンの卵を渡した。


 友達を求めるゆんゆんの気持ちにドラゴンが応えてくれると俺は知っていたから。

 根は優しく世話焼きなゆんゆんならドラゴンを大切にしてくれると信じられたから。




「はい。…………この子の名前は『ジハード』……ね? いいかな?」




 ゆんゆんの問いかけに『ジハード』はぴぎゃぁと嬉しそうな鳴き声を上げる。


「ジハードね…………かっこいい名前じゃねぇか。ジハードはメスみたいだが……まぁドラゴンだしかっこ良くて問題ねーな」

「そうですか? かっこいい名前なら『ちょむじろう』とか『かずま』とかいろいろあるでしょう」

「「めぐみん(ロリっ子)は黙ってて(ろ)」」

「私のネーミングセンスに文句があるなら聞こうじゃないか」


 喚いてるネーミングセンスがあれな紅魔族は無視するとして……


「なぁ、アクアのねーちゃん。いろいろ思う所はあるかもしんねぇけどさ。ジハードのこと祝福してやってくれねぇか?」


 バニルの旦那に殴りかかろうとするのをウィズさんに抑えられてるアクアのねーちゃんに俺はお願いする。


「仕方ないわねぇ……まぁゼル帝の最初の子分だしね。ちゃんと祝福してあげるわ」


 …………最強の生物ドラゴンが雄鶏の子分か。




「ドラゴンの子『ジハード』の誕生と、この素晴らしい出会いに『祝福』を!」



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