第13話 変な顔はやめましょう

「なぁ、ゆんゆん。本当にグリフォン退治なんてするのか? ジハードと初めて一緒に戦うんだしもう少し弱い……一撃熊くらいの討伐クエストで良かったと思うんだが」


 グリフォンが棲みついたという丘への道を歩きながら。俺は意気揚々と歩くゆんゆんにそう話しかける。

 内容は今からしようとしている討伐クエストのこと。グリフォン討伐についてだ。


「グリフォンならいざとなったら私一人でもなんとかなるしいいじゃないですか。それにもう受けてしまったんですから、もし今から断れば失敗扱いでペナルティ料払わないといけないですよ?」

「それはそうなんだがな……」


 実際ゆんゆんは一度苦戦しながらもグリフォンを一人で倒している。心配しすぎと言われたら確かにそうなんだが……。


「ほら、ダストさん、そんなこと言っているうちにグリフォンが住んでいる丘につきましたよ。…………グリフォン、普通に丘の先で寝てますね」

「…………ま、ここまで来て帰るって選択肢も確かにないか。ただ、仕掛ける時は慎重にしろよ」


 眠っているグリフォンの大きさは民家並。間違いなく成獣だ。グリフォンの成獣ともなれば中級から上級の冒険者がパーティーでやっと勝負になるかというレベルの難敵だし、ドラゴンと言えど10歳に満たない程度の下位ドラゴンでは狩られる対象になる。魔獣の中では最強クラスと言っていいだろう。


「はい、分かってます。…………でも、ハーちゃんと一緒に戦うって言ってもどう戦えばいいんですかね?」

「…………やっぱ今からでもいいからグリフォン討伐はやめとこうぜ」


 不安になるようなこと言いやがって。…………いや、多分ゆんゆん自身も不安なのか。だから俺なんかに聞いてくる。


「基本的にドラゴンの武器といえば巨大な身体と硬い爪と牙、そして何よりブレス攻撃だ。見りゃ分かると思うが前者は今のジハードじゃグリフォンには通用しない」


 民家並みのグリフォンに対して今のジハードは俺らよりも小さい。犬みたいな大きさだ。そんな差があれば身体を武器にした攻撃がどうなるかなんて少し考えるだけでも分かる。かと言って……。


「ということはブレス攻撃ですね! ハーちゃん、『サンダーブレス』!」

「って、人の話は最後まで聞け!」


 やっぱこいつ緊張してるだろ!


 俺の制止が間に合うわけもなく。ゆんゆんの命令を受けたジハードは眠っているグリフォンへと向けて雷のブレスを吐く。ゆんゆんの使う雷撃魔法と同じくらいの速さで向かうブレスは俺らとグリフォンとの間を一瞬で駆け抜け、グリフォンの額へとぶつかっていった。


「…………あの、ダストさん? グリフォンさん、全然ダメージ受けてる風がないんですが。しかもなんだか起きてお怒りの様子なんですが」

「まぁ……気持ちよく寝てるところにビリビリされたら怒って当然なんじゃねーの?」


 誰だって怒る。俺だって怒る。


「そうじゃなくて! ハーちゃんの攻撃効いてないですよ!?」

「誰もジハードのブレスがグリフォンに効くなんて言ってないだろ。むしろジハードのブレスも今の威力じゃグリフォンには効かないだろうって言う前にお前が先走ったんだよ」


 このぼっち娘は緊張したりしてるとわりと先走るところがあるみたいだからなぁ。追い詰められると開き直れる奴でもあるんだが、こういう中途半端な緊張感が苦手なやつだってのはこの1年でよく分かっている。

 …………そこまで分かってるのに言い方間違えた俺に責任あるきがしないでもないが、俺は悪くない。


「とにかく今は逃げて体勢立て直すぞ。……とりあえずお前が緊張抜けないと使いものにならないってわかったし」

「使いものにならないってダストさんにだけは言われたくないですけどね!」


 怒って一直線に向かってくるグリフォンから離れるように俺らは横へと走って逃げる。


「あー……やっぱグリフォンって移動速度も速いんだよなぁ……これじゃすぐに追いつかれるな」


 あの巨体でなんであんなに速く動けるのか。ドラゴンと一緒で魔力使って空飛んでるのは分かるんだが、実際に見ると怖すぎる。

 まぁ、ドラゴンならグリフォン以上の大きさでグリフォンよりも数段早く飛べるんだがな。全くドラゴンは最高だぜ。


「なんでダストさんはそんなに余裕なんですか!?」


 これくらいの修羅場は数え切れないくらい踏んできてるしなぁ。まぁ、今の俺じゃこのままだと死にそうだけど。


「そりゃ、俺だけなら絶体絶命だけどジハードがいるからな。負ける気はしないぜ」

「そのハーちゃんの攻撃が効かなくてピンチなんですけど!?」


 この状況でどうすればいいかなんて、頭のいいこいつならすぐに分かりそうなもんなんだけどな。やっぱり緊張してると使い物にならないってか…………パーティーでの戦闘に慣れてなさすぎる。自分が指示して戦うって立場になれてないんだろう。スイッチが入っていれば話は別なんだろうが、今のゆんゆんはまだただのぼっち娘モードだ。

 ……もう、めんどいからジハードだけ連れて逃げようかな。そしたらぼっち娘のこいつは普通にタイマンでグリフォンに勝つ気がするんだが。


「な、なんですか、その顔は。なんだかろくでもないことを考えてる気がするんですが――きゃっ!」


 俺の顔を見ながら走るなんて器用なことをしていたからか。ゆんゆんは足を引っ掛けてその場で転んでしまう。


「ちっ……あのバカ……! おいゆんゆん! 後はなんとかするからテレポートでもなんでもいいから逃げろ!」


 転んだ獲物を見逃す理由なんてグリフォンには当然ない。獲物をゆんゆんへと定めたグリフォンはその鋭い爪で引き裂こうと振りかざしてゆんゆんへと迫る。


「え……あ…………っ!? ハーちゃん来ちゃダメ!?」


 迫る爪からゆんゆんを守るように、ジハードは小さな体をゆんゆんとグリフォンの間へと投げ出す。その体格差は歴然としていて、ただぶつかるだけでもジハードの身体は粉々に砕けるかもしれない。


「ダメッ! ハーちゃん!」


 そんなジハードをゆんゆんは身体に抱き込み守ろうとする。自分を守ろうとしてくれた相手をけして殺させまいと。

 …………そんなことしても自分ごと死ぬだけだってのに、本当に馬鹿なやつだ。



 だけど…………俺はそういうバカは嫌いじゃない。




(距離は……間に合う、だが真正面から受けても俺じゃ止められない)


 衝突地点。そこへと加速しながら俺はその瞬間をイメージする。どっかの変態クルセイダーと違って俺の防御力は常識の範囲内。家ほどの大きさのグリフォンの衝撃を止められるはずがない。

 だけど、何も出来ないほど無力でもない。たとえどんなに弱くなっていようと、この程度の状況で愛すべき馬鹿を見捨てるような修羅場はくぐってきていないのだから。


「ゆんゆん! 左に逃げろ!」


 声をかけ、ゆんゆんが指示通りに左に逃げたのを確認して俺は長剣を上段に構える。


 当然だが家ほどの大きさがあるグリフォンが相手なら今更多少逃げた所で逃げられるはずがない。むしろ体勢を崩してしまう分、その場所で身を固めていたほうがマシかもしれない。

 一応ゆんゆんはソロならトップクラスの冒険者。それくらい分かっていないはずがない。それでも俺に従ってくれたということは――


「おらっ! 吹き飛んでろ!」


 構えた長剣を走ってきた勢いを乗せてグリフォンの鷲の顔の横へとぶつける。どんなに剣が下手くそだろうと一応はそれなりにレベルのある冒険者。巷で一応凄腕だと言われている俺の斬撃はグリフォンの軌道を元から斜めへと逸らす。

 だが、それだけだ。グリフォンの顔に傷はできている。だがそれでグリフォンの戦闘力が落ちるかと言えば違うだろう。俺の予想通り、一度身体を止めたグリフォンは今度は俺目掛けて襲ってくる。

 俺もそれに応えるようにグリフォンへと向かって走る。勢いを付けられれば俺に向かってくるグリフォンを止めるすべはない。だとしたら勢いを付けられる前に接近して戦う他生き残る道はなかった。


(…………ったく、今の俺にグリフォンとタイマンなんて自殺行為だっての)


 グリフォンとの打ち合いの中で俺の身体には幾重にも傷ができている。特に爪で貫かれた腹の傷は致命傷に近い。大して打ち合っていないのに流石グリフォンと言うべきか、俺が弱すぎると思うべきか。

 そんな状況だったがまぁ、死ぬ気はしなかった。


「『カースド・ライトニング』!」


 こんな状況でいつまでもスイッチの入らないような弱い女なら、俺はドラゴンの卵を渡したりなんかしないのだから。


「ダストさん、大丈夫ですか!?」


 ゆんゆんの魔法にダメージを受けたのだろう。俺を殺そうと躍起になっていたグリフォンは一旦下がって警戒するように俺達から距離を取る。

 それを見たゆんゆんがジハードを連れて俺の元へとやってくる。


「無事か?」


 ゆんゆんの問いには答えず、俺はそう聞く。


「え……? あ、は、はい! 私はダストさんに守ってもらえましたから無事です! それよりダストさんの方が――」

「――はぁ? 誰もお前が無事かどうかなんて聞いてねーよ。ジハードは無事かって聞いてんだ」


 それくらい分かりそうなもんだが。


「…………………………そうでした。この人はどうしようもないろくでなしのチンピラでドラゴンバカでした。……ハーちゃんはもちろん大丈夫ですよ」


 そうでしたそうでしたとなんか繰り返し呟いてるゆんゆん。


「んで? 後は任せても大丈夫か?」


 流石にこれ以上戦うのはきつい。


「大丈夫ですよ。ダストさんはハーちゃんに回復魔法をしてもらっててください。後は私一人でなんとかしますから」

「それじゃ俺が怪我までした意味がねーだろ。ここまで来たんだ、ジハードの力を使って勝て」


 そのための道筋はもう見えてんだ。


「でも、ハーちゃんじゃグリフォンにダメージを与えることは……」

「まだ使ってないジハードのスキルが有るだろ。……ドレインスキル。あれならグリフォンが相手でも致命打になる攻撃になる」


 魔力の塊と言われるドラゴンであればその吸収速度は本家リッチー並のはずだ。ドレインタッチが使えるだけの下手なアンデッドよりもジハードの吸収速度のほうが速い。それだけドラゴンとドレインスキルは相性が良すぎるのだ。


「だ、ダメですよ! そんな危険なことハーちゃんにはやらせられません!」


 まぁ、当然だな。そのままジハードのドレインタッチしろだなんて死ねと言ってるようなもんだ。だから、そこでゆんゆんの出番なわけだ。


「なぁ、ゆんゆん。お前はドラゴン使いでもなけりゃ魔獣使いでもない。使い魔を上手に操って戦うのがお前の仕事じゃないんだ。その上で使い魔と一緒に戦いたければ…………頭のいいお前ならここまで言えば分かるよな?」


 言うことは言ったと俺は座り込む。流石にこの傷で立ちっぱなしはきつい。それでもこれから歩み始める主従の姿を見ようと前だけは見た。




「そっか…………私は魔法使いだから…………。ハーちゃん、行こう? 私達の初めての連携をチンピラさんに見せてあげよう」


 俺の前にゆんゆんは立ち、ジハードはその横に並んで飛ぶ。

 その姿に何か危機感を覚えたのだろうか。様子をうかがっていたグリフォンは弾けるようにしてこちらへと襲ってくる。


「『カースド・クリスタルプリズン』」


 そのグリフォンの翼がまず凍らされた。魔力を使って飛んでいるとは言え翼がなければ飛べないのだろう。グリフォンは揚力を失って地べたへと落とされる。


「『カースド・クリスタルプリズン』」


 それでもなお足を使い向かってくるグリフォンに、ゆんゆんはまた魔法で前足を凍らせる。


「『カースド・クリスタルプリズン』…………行って、ハーちゃん。『ドレインバイト』」


 まともに動けなくなったグリフォンに止めとばかりに後ろ足を凍らせたゆんゆんは、ジハードに最後を任せる。

 身動きの取れなくなったグリフォンの首筋へとジハードは噛み付き、その魔力と生命力を根こそぎ吸い取っていく。


 そうして、皮のような身体だけを残してグリフォンは息絶えたのだった。



「…………やっぱりドラゴンにドレイン能力は反則だな。えげつない」


 ジハードに回復魔法をかけてもらいながら。俺は今見た光景を思い出す。…………うん、わりとえぐかったな。

 冒険者ならこれくらい慣れっこだが、一般人が見たら卒倒するかもしれない。


「やっぱりハーちゃんは凄いドラゴンなんですね。10秒位でグリフォンが干物になっちゃいましたよ」


 干物言うな。…………確かに干物みたいだけど俺は食いたくないぞ。


「その上魔力を吸えば吸っただけ強くなるんですよね。なんだかハーちゃん私達より大きくなってますし」

「ま……それが純血のドラゴンが持つ特性だからな」


 と言っても、普通はドラゴンに直接魔力を与えるなんて出来ないし有名無実な特性なんだが。本来はせいぜい卵の頃に魔力を多く与えたら生まれた時強く生まれる程度の話だ。

 その特例はそれこそあの大物賞金首であるクーロンズヒュドラくらいで、そのヒュドラも亜竜だったから限界があった。

 その限界が純血のドラゴンであるジハードにはないってのを考えれば本当にチートもいいところだろう。


(……だからこそ気をつけないといけねーんだけどな)


 ゆんゆんにも言った通り際限なく強くなると言ってもそれを制御できるかどうかは別の話だ。もしもジハードが自身の力を制御できなくなったら。その力がゆんゆんに向けられたとしたら……。


「どうしたんですか? ダストさん。変な顔して。傷が痛むんですか?」

「変な顔なんてしてねぇよ。どう見てもイケメンだろうが」

「え……? イケメンとか本気で言ってるんですか?………………え?」

「おい、その可哀想なものを見る目はやめろ! さすがの俺も心が折れて泣くぞ!」


 このぼっち娘は本当に口が減らない。ジハードを助けるためとは言え一応こいつもついでに助けたんだからもうちょいいい感じの言葉をかけてくれてもいい気がするんだが。


「ふふっ。そうそう、ダストさんには今みたいなチンピラ顔が似合ってますよ。変に悩んだ顔なんて似合いません。……ハーちゃんもそう思うよね?」


 ジハードも同意するような声を上げる。


「……チンピラ顔ってマジでなんだよ」

「ダストさんがいつもしてる顔ですよ」


 くすくすきゅきゅとゆんゆんとジハードが笑う。


「……ま、いいけどよ」


 そう楽しそうに笑われると怒る気も失せる。



 本当はこんなこと悩むことでもなんでもない。俺はその解決手段を持ってんだから。本当はジハードのためにもそうしてやりたい。でもそれを日常的にしてしまえばきっと俺は――



「――ほひ、はひひへんはおい、なにしてんだ


 いきなり人の頬をつまんできやがって。


「だから、そんなふうに悩んだ顔しないでって言ってるじゃないですか。ダストさんがそう言う顔してたらこっちの調子が狂うんですから」

「……ちょっとまじめに考えただけでこれかよ」

「日頃の行いってやつです」

「そうかよ…………ったく。じゃあ、そろそろ帰るか。ジハードのおかげである程度傷は治ったしよ」


 まぁ、今はまだ悩まないでもいいのかもしれない。ジハードの持つ危険性はちゃんとゆんゆんも分かってる。なら、俺が目を光らせていれば滅多なことは起きないはずだ。今はまだこのままで……。


「…………少なくとも彼女ができるまではこの街にいたいからな」

「はい? ダストさんなにか言いました?」

「アクセルの街は最高だよなって言っただけだ」




 彼女も出来ずにサキュバスサービスがあるこの街から離れるのだけはごめんな俺だった。

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