EX どらごんたいじ 転

『小手調べだ。……この程度で死んでくれるなよ』


 かつての炎龍のブレスに勝るとも劣らない極熱のブレスがエンシェントドラゴンから吐かれる。


「「『カースド・クリスタルプリズン』!」」


 そのブレスは上級魔法を操る2人――ゆんゆんとウィズさん――によって凍らされた大気の壁にぶつかりその威力を減衰、アクアのねーちゃんの火耐性をあげる支援魔法を受けたララティーナお嬢様にぶつかったところで霧散した。



「うん……? これくらいのブレスならアクアの支援魔法を受けた私なら耐えられる。…………わざわざ、魔法使い2人を壁を作るのに割かなくても――」


 そんなお嬢様の疑問に答えるかのように極熱のブレスがお嬢様を襲う。続けるように2発3発と。


「おい、ダクネス。エンシェントドラゴンは爆発魔法並の炎のブレスを連発するから流石にアクアの回復が追いつかないって作戦会議でダストが言ってたろ。…………お前、興奮してまともに聞いてたなかったな?」


 爆発魔法並みのブレスを2発まともに食らってもわりと平気そうなお嬢様に呆れ顔でカズマが言う。


「そんなことダストは言ってない」

「言ったろ」

「じゃあ、聞いてない」

「聞けよ!」


 ……カズマ、頼むからそのお嬢様の手綱は握っとけよ。わりとまじでお嬢様が倒れたら戦線崩壊だから。興奮して勝手に突っ込んだりしたらお前の責任だからな。



「でもダストさん。あの様子なら私達が壁を作らなくてもダクネスさんは耐えられるんじゃ」


 隣りにいるゆんゆんが2発目の魔法を待機状態にして聞いてくる。


「実際普通のブレスの連発ならどんなに連発されてもララティーナお嬢様とアクアのねーちゃんのコンビなら耐えられる。こっちだって攻撃するから相手の攻撃が止む時間があるからな。ただ、爆裂魔法並の本気のブレスがあるって考えたらララティーナお嬢様のダメージは最小限に押さえて、体力は上限に近い所を維持しときたいんだよ」


 あのお嬢様なら本気のブレス食らっても死ぬってことはないだろうが気絶はわりとありえるからな。


「(……というのは建前で本当はゆんゆんさんを危険な目に合わせないための作戦なんですよね? 爆裂魔法が使える私はともかく、ゆんゆんさんが上位ドラゴン以上と戦うとなればライト・オブ・セイバーで接近して戦うしかありませんから)」


 こそこそとウィズさんが耳打ちしてくる。……こそばゆい。


「……ダストさん、戦闘中に何を鼻の下伸ばしてるんですか。ウィズさんもダストさんは童貞なんですからそんなに顔近づけたら勘違いして惚れられちゃいますよ」

「別に鼻の下なんて伸ばしてねぇよ」


 多分。


「ゆんゆんさん心配しないでください。むしろ私とバニルさんは応援してるんですから!」

「あの……ウィズさん? 何を心配しないでいいのか、ウィズさんとバニルさんが何を応援してるのか全然分からないんですが…………」


 奇遇だな、ぼっち娘。俺もウィズさんが何を言ってるのか全然分からねぇ。


 ……ウィズさんのなんか好奇心に満ちた顔がむかつく。



「──『エクスプロージョン』! どうですか、カズマ。今の爆裂魔法は何点ですか?」

「うーん……90点ってとこかな。ナイス爆裂だけど今のめぐみんならもっといい爆裂魔法撃てるだろ」

「言いますねカズマ。いいでしょう、カズマに最高の爆裂魔法をみせてあげますよ。……というわけでアクアから魔力を早く移してくさい」

「ね、ねぇ、めぐみん? その最高の爆裂魔法を他人の魔力で撃つことに疑問はないのかしら? さっきから結構な魔力が奪われてて怖いくらいなんですけど……」

「ありませんよ。大切な仲間の魔力で撃つ最高の爆裂魔法……感動の展開じゃないですか」

「それ、最後の一発だけならともかくこう何発もされたら感動も何もないんですけど! やっぱり魔力タンクな扱いされてるだけなんですけど!」

「うるさいぞアクア。この作戦受け入れたのはお前だろうが。……というかポンプ役やってる俺のが魔力タンクやってるお前よりいろいろ思うところがあるってのに」

「だって、流石にあのドラゴン倒すってなるとめぐみんの爆裂魔法に頼るしかないのは確かだし……」

「そういや、なんでアクアはあんなのと戦おうと思ったんだ? めぐみんとダクネスはともかくお前は俺と一緒で戦いたい理由なんてないだろ」

「相変わらずカズマさんは物知らずねー。もう転生して何年にもなるのに。いい? 上位種以上のドラゴンってのはね、自分が認めるだけの力を人が示したら何でも一つ願いを叶えてくれるの。そのドラゴンが叶えられるだけの範囲でだけどね」

「へぇ……そんなもんなのか。…………で? お前は何を願うつもりなんだ?」

「決まってるでしょ。ゼル帝をドラゴンの帝王にしてもらうのよ!」

「……お前もういい加減ゼル帝が雄鶏だと認めろよ」

「ちなみにカズマ。私はあのドラゴンに一日一回爆裂魔法を撃ち込ませて欲しいと願うつもりです。最近標的にしてた魔王城が爆裂魔法で壊れてしまったのでいい標的がなくなったんですよね」

「……まぁ、一発くらいなら大丈夫そうだしいいか…………って、魔王城に爆裂魔法ってそんなことしてたのかよ!? しかも壊れた!?」



 ……ほんと、頼むからトラブルメーカーたちの手綱は握っとけよカズマ。



「フハハハハハ! エンシェントトカゲよ! 長い休戦期間で大分弱まってるのではないか!」

『ふん。そう言う貴様こそ牙が抜けたと聞いているが。人の世を恐怖のどん底に陥れた大悪魔が今じゃ嫌がらせが生きがいの残念悪魔になったとな』


 憎まれ口を互いに叩きながらバニルの旦那とエンシェントドラゴンは爪と拳をぶつけあう。


『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 その逆の腕の方へ空から突撃するのはミネア。


『中位種とはいえ、やはりドラゴン使いの強化を受けたドラゴンは厄介だな。バニル一人ならとっくの昔に土に返してるものを』


 それぞれがエンシェントドラゴンを牽制するように動き、その本気の一撃が片方に向かないようにして前線を持たせる。


『しかし、この前戦った時はもっと強い力を持っていた覚えがあるが……』

「戦いの最中に考え事とは余裕であるな。死にたいのは我輩ではなく貴様であったか」

『ぬかせ。地獄にいる貴様ならともかく、仮の姿である今の貴様に我を殺せる力などあるか。今も我の生命力をまともに削れているのはあの紅魔の娘の爆裂魔法のみだ』


 その爆裂魔法にしてもあんまり効いてる気がしないんだが……あと何発撃ちこめばいいんだ。



「なぁ、アクア。お前は今全てを見通す目持ってんだろ。あのドラゴンの生命力って今どんだけ削れてんだ」


 俺と同じ疑問を持ったのかカズマがアクアのねーちゃんにそう聞く。


「うーん……5%位? めぐみんの爆裂魔法がフライングもいれて5発だからちょうど爆裂魔法1発で1%くらい削れてる計算ね」

「………………アクア、お前熱でもあるのか? ちゃんと計算できてるってお前らしくないぞ」

「いい加減天罰食らわせるわよヘタレニート」

「しかし私の爆裂魔法でも1%しか削れないのですか…………」

「馬鹿ねめぐみん。私と同格の存在をたった100発で葬り去れるのよ。人間がそんな力を振るうなんて爆裂魔法ってほんと壊れてるわ」

「むしろ俺はお前を倒すのに爆裂魔法100発も必要なのに驚きなんだが……」

「はい決定。カズマさんは私が許すまで一発芸が必ず滑る天罰が下ったわ」

「やっぱり宴会芸の神じゃねぇか」



 お前らが攻撃の要なんだから真面目にしろよ。ほんと頼むから。




「『ルーン・オブ・セイバー』!…………くっ、何故切れないんだ」


 バニルの旦那とミネアがエンシェントドラゴンと打ち合ってる下。エンシェントドラゴンの大きな足を切ろうとしてその硬い鱗に阻まれて失敗するミツラギの姿があった。

 エンシェントドラゴンに完全無視されてんじゃねぇか、何やってんだあいつ。


「しょうがねぇな。ゆんゆん、ウィズさん。ちょっと行ってくる」


 今の俺はこのパーティーじゃ1番ステータス低いからあんまり前に出たくないが、遊撃担当として今のカツラギの状態は見過ごせない。


「一人で大丈夫ですか、ダストさん。私も一緒に……」

「お前がここから離れたらすぐに黒焦げだぞゆんゆん。俺はミネアの力借りてて火属性の耐性上がってるからなんとか耐えられるけど」


 曲がりなりにもエンシェントドラゴンとこれだけの人数が戦えているのはアクアのねーちゃんの結界があるからだ。要所要所に結界を張り、そこに来たブレスを逸らし受け流すか、受け流しきれない部分をダクネスの所で霧散させているのが、ゆんゆんやミツラギが無事な理由だ。

 ……まぁ、俺もブレス直撃したら黒焦げだけど、ゆんゆんとかは余波だけで黒焦げになりかねないからな。誰だよゆんゆんなら囮出来るとか言ってたやつ。


「……分かりました。気をつけてくださいね?」

「ああ。お前もあんまり油断すんなよ。ブレスを受け流すのに特化した結界だから貫通系の攻撃されたら抜かれる可能性が高い。結界の中だからって絶対の安地じゃねえんだから」


 本来の力を取り戻したアクアのねーちゃんでも、エンシェントドラゴンの攻撃を完全に受け止められるような結界は張れない。正確にはこの人数をカバーするだけの範囲ではだが。

 …………やっぱエンシェントドラゴンもアクアのねーちゃんも狂った能力してんなあ。流石伝説級のドラゴンと能力だけは最上位の女神。この世界では制限を受けてるらしいのにこれだからやばいわ。






「おい、勇者様よ。何を遊んでんだよ」


 なんとか黒焦げにならずにミツラシのもとにたどり着いて。俺は一つだけ息を吐いてそう話しかける。


「遊んでなんかない。というか君に勇者様言われると馬鹿にされてる気しかしないからやめてくれ」

「じゃ、魔剣の兄ちゃん。その魔剣でなんで切れないのか不思議か?」

「ああ。この剣に切れないものなんてないはずなのに……」


 悔しそうな様子のミツルキ。実際今まで当たって切れなかったものはなかっただろうし、悔しいだろうな。


「はっきり言うとだな、今の魔剣の兄ちゃんの剣撃にはエンシェントドラゴンを倒すだけの魔力になってないんだよ」

「そんなはずはない。この魔剣グラムにはもともとすごい魔力が込められてるし、スキルで僕の魔力も込められてる」

「あー……言い方が悪かったな。魔力量自体は問題ない。というか兄ちゃんの魔力がなくてもその魔剣自身の魔力で十分すぎる魔力量はある。ただ、『ある』だけじゃエンシェントドラゴンの鱗は切れない」


 魔王軍の幹部クラスくらいまでなら特に問題はないが、上位の神々や公爵級の大悪魔レベルになれば話は別だ。


「魔力を込めるだけじゃなくてそれを制御するんだ。イメージとしちゃ魔力自身を剣の形にしてその魔剣と重ねる。それができりゃエンシェントドラゴンの鱗でも切れる」

「…………口だけで言われても想像しづらいな」

「ま……そうだよな」


 仕方ねぇか。あんまり本調子じゃないからやりたくないんだが。


「よく見とけよ」


 俺は槍の穂先に魔力を集め、その集めた魔力自身を何よりも鋭く切れる刃にする。そしてその刃を持って俺はエンシェントドラゴンの鱗を少しだけ切り裂いた。


「やってることは上級魔法のライト・オブ・セイバーに近い。あれも、術者の力量次第じゃなんでも切り裂くからな」

「なるほど……理屈とイメージは分かった。…………でも、いきなり出来るのかな」


 小さく不安の声を漏らすミタラギ。…………しょうがねぇな。これだけは言いたくなかったんだが。


「あのな、魔剣の兄ちゃんよ。何で俺がわざわざお前さんを呼んだと思ってる。忌々しい限りだがな、その魔剣はドラゴンにとっちゃ天敵とも言えるもんなんだよ。その魔剣を使いこなせりゃ本当に切れないもんは何もねぇ」


 その魔剣を初めてみた時から気に入らなかったんだ。その剣に込められた魔力を使いこなせればどんなドラゴンでも倒せてしまうだろうと分かってしまったから。


「お前さんはその魔剣の担い手なんだろ。アクアのねーちゃんにその魔剣を託された勇者なんだろ。……だったら、使いこなせなきゃ嘘だろミツルギ」


 この勇者様はほんとに気に食わないことだらけだが、それでもその魔剣の威力と魔剣に対する想いだけは信用してんだ。俺のドラゴンに対する想いには負けるだろうけど、それに近いものは持ってるってな。


「…………君は出会った頃と変わったね。今なら君がライン=シェイカーだって言われても信じられる」

「まぁ、お前さんと出会った頃からカズマに出会うくらいまでが1番腐ってた気はするけどよ」


 ミタラギにそんな分かった風に言われるとムカつく。やっぱりこいつとはどこまで行っても馬は合わなそうだ。


「じゃ、後は頼むぜ。……その魔剣を使いこなせればエンシェントドラゴンもお前さんを無視できなくなる。ミネアとバニルの旦那と協力して前線を持たせてくれ」


 馬は合わないが、その実力だけは信用している。コツさえ掴めばこいつはちゃんと自分の役目を果たしてくれるだろう。


「任せてくれ」


 自信に溢れたその言葉は、そう信じるに足るものだった。






「これで前線は安定するな…………この調子で行けばなんとかなりそうか」


 ゆんゆんとウィズさんの所に戻った俺は戦況を分析する。今のところはかなり順調だ。ロリっ子の爆裂魔法も既に10発は打ち込んでるし、アクアのねーちゃんのおかげで攻撃を受けるメンバーの体力も安定してる。


「……ダストさん? 調子悪いんじゃないですか? 顔色悪いですよ」

「……気のせいだろ」


 問題があるとしたら俺くらいか。まさかちょっと見本見せるだけでこんだけ気分悪くなるとは……今日の俺は絶不調もいいとこらしい。一時はミネアの魔力を借りるのもやめとかないと。



『ふむ……少しばかり本気を出しても良さそうだな』


 エンシェントドラゴンはそう言ってブレスをためる。爆裂魔法並と言われるエンシェントドラゴンの本気のブレスがこようとしていた。


「ゆんゆん! ウィズさん!」


「「『カースド・クリスタルプリズン』!」」


 俺の指示と同時に二人は待機させていた魔法を発動させる。それからすぐに吐かれたブレスはできた氷の壁にぶつかり、少しだけその威力が減衰、ダクネスに直撃して霧散する。


「んくぅ……はぁはぁ……流石はエンシェントドラゴン…………私をここまで傷つけるとは…………だが、私はこの程度では沈まんぞ。もっと撃ってこい!」

「…………かっこいいセリフだけどダクネスが言ってるとその裏側が見えて残念すぎるな」


 おいカズマ。お前の言葉でララティーナお嬢様喜んでるだろ。放置しとけ。


『ふむ……これも耐えるか。なら少し趣向を変えてみるか』


 その言葉とともにエンシェントドラゴンの巨体が一瞬にして消える。



『少しばかり気絶してもらおうか、紅魔の娘よ。『カースド・ライトニング』』


 …………違う! 消えたんじゃなくて、人化したのか!


 それに気づいた時には既にエンシェントドラゴンの放った黒い稲妻が俺の隣にいるゆんゆんへと向かってきていた。


「ダストさん!?」


 結界を貫き飛んでくる最速の魔法に、今の俺じゃゆんゆんをとっさに突き飛ばすことしか出来ず──



「これ……死んだ、かな……」



 ──勢い余ってゆんゆんの居た場所へと躍り出てしまった俺の体はその中心に風穴を空けられた。

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