第40話霧を止める者の騎士 4

 セリオンはキョウの前で立ち止まった。

 バスターソードよりも、一回りも大きな大剣を振り回すわりには細身で、身長も百七十センチほどだろう。

 腕はキョウより太いが、ずば抜けて太い訳でもない。標準より少し太いくらいだ。しかし、その体でここまでの大剣を振り回すなら、筋肉でなく技術で振り回しているのだろうか。そうとすれば、恐ろしいほどの剣技だ。

 後ろにはイップ王女が、数人の騎士とマグナに囲まれ、守られながらやってくる。

 キョウはその光景を見つめたまま動けなかった。

 二百名の兵士に囲まれるよりも、命の覚悟をせまられている。

 その者が目の前にいるだけなのに、喉が乾く。

 セリオンはキョウに頷いた。

 キョウは、ただにらんだまま動けない。

 兵士達はその光景を見守り続けた。

「イップ王女から話は聞いた。しかし、お前とは剣をわしたくない。退いてくれ」

 キョウは何度もつばを飲み込み、やっとのことで声が出せた。

 みっとも無いことに、キョウの声はふるえている。

「こっ、断る! 今、俺の姫が空間輸送システムを止めている。悪いが、誰であろうとここを通す訳には行かない!」

 キョウの腰の引けた声に、兵士達は誰一人として笑わなかった。

 鎧ごと人間を飛ばす者だ。それと対峙すれば、そう成るのが正常な反応だ。それでも道をゆずらない分、若い騎士はまだ度胸がある。

 セリオンはキョウの言葉を聞き、微かに唇を上げた。

 本来、セリオンが望んだ通りに事が進んでいる。イップ王女には悪いが、このままの方がセリオンにとっては有難い。しかし、イップ王女は護衛の騎士の間から抜けると、キョウの前にやって来た。

「キョウ、リオは中に入ったのか? 何と無謀むぼうな!」

 責めるようにイップ王女はキョウを睨んだ。

「直ぐにリオを呼び戻せ! 霧も少ない今なら間に合う。あれを壊すのはセリオンしか無理だ。リオには………」

 そこで要約ようやく、イップ王女は何かに気付いた。

 イップ王女は不審ふしんに片目を目を細める。

「………何故、キョウはここにいる?」

 今までと声のトーンが違う。

 イップ王女は自分達と同じく、リオはキョウにシステムを壊してもらうと考えていたのだろう。

「俺は行かない、することが有る」

 キョウの台詞で、イップ王女は、やっとリオの言っていた意味を理解したようだった。

「壊さなくとも、本当に止まるのか?」

 震えながら問い掛けるイップ王女に、キョウは頷くことで返事を返した。そこで、イップ王女とセリオンの表情が変わった。

 きびしく、にらむような表情。

 法国の兵士は、数人が霧に乗っ取られ、それを倒すために辺りは騒がしく成り始める。マグナと護衛の騎士は、そちらに意識を取られている。

 イップ王女の護衛の騎士達は、霧に乗っ取られた者を近づかせないため一歩前に出た。マグナは魔法の矢を出し、狙いを定める。しかし、マグナの魔法は、霧に乗っ取られた者だけを上手く狙えないので、マグナも前に出た。

 周りが騒がしくなる中、三人だけは霧を無視して、そのまま会話を続ける。

「お前、これの事を、空間輸送システムと呼んだな?」

「あぁ、それが正式な名前だ」

「正式だと? なぜ知っている?」

 するどさを増したセリオンの問い掛けに、キョウは答えず、ただ、睨むだけであった。

 どう答えていいか解らないし、どこまで話していいかも解らない。

 そこで、イップ王女はキョウの後ろの、穴の中から制御盤に繋がる、何本ものケーブルに目を向けた。

 イップ王女はこれが制御盤とは知らないし、制御盤の中に何が入っているかも知らない。しかし、キョウ達はそれを利用しているのを見て、やっと理解した。

 リオとキョウのほかに、もう一人の女性が居たはずだ。

「あの時いた女性は、そうなのか?」

 震えながら問い掛けるイップ王女に、キョウは再び頷いた。

「そうだ。ユキナは向こうの人間だ。しかし、リオはユキナと会う前から、空間輸送システムを理解していた。だから、これはリオのアイディアだ、リオは霧を止められる!」

 確かにユキナにより、リオは空間輸送システムの全てを把握はあくした。しかし、リオが居なくては止まらなかったことを、どうしても伝えておきたかった。

 イップ王女は理由が解っていても、なぜ自分に伝えてくれなかったのかと、心のなかでキョウやリオを責めた。

「だからイップ姫、リオに任せてくれ!」

 キョウの台詞にイップ王女は眉間みけんにシワを寄せた。

「いや、それだけはゆずれない。キョウ、その方法を教えよ。リオに代わりわらわおこなう!」

「無理だ!」

「何故だ!」

「イップ姫――――貴女がもし、二万七千の言葉を知らないとして、それを直ぐに覚えられるか? 今、リオがやっているのは、それ以上の内容だ。いいか、リオは二万七千の言葉の意味も理解しているんだぞ」

 その言葉に、イップ王女の顔がおどろきゆがむ。

 確かに、二万七千の言葉をすぐに覚えるのは無理だ。しかも、二万七千の言葉に意味があったとは知らなかった。

 リオがそこまでの者とは思っていなかった。対峙したときは、度胸どきょうの有る、しっかりとした子供と思っていたが、しょせんは子供という考えが大きかった。

 リオは自分の記憶があるから、この装置の事を詳しいと思っていたが、自分より詳しくは知らないと思い込んでいた。なのに、キョウの話す内容は、逆にイップ王女が知らない内容ばかりだ。

 ここに来て、立場が全く逆に成ってしまった。

 キョウがあのときに言った、「リオにそう言った誰もが無理なんだ」の台詞、それはこう言う意味だったのだ。

「イップ姫、後悔こうかいしてももう遅い。リオに記憶を植え付けたのは貴女だ。リオをあなどるな!」

 確かに、セリオンに壊してもらうより、向こう側の人間のユキナが付いているなら、子供のリオがどこまで出来るか解らないが、その方法で止める方が確かだろう。

 このまま、何も出来ず、任すしかないのか。

「………そうか、壊さなくても止まるのか」

 どこか寂しそうに、イップ王女は呟いた。

 その表情に、キョウの胸が痛む。イップ王女の気持ちが痛いほどわかる。

 国民の発展を望み、人々を助けようと奮闘ふんとうした、今まで生きてきた全てが無駄で、イップ王女には何も出来ない。

 彼女は見ている事しか無いのだ。

 しかし、キョウには掛ける言葉が見つからない。それはセリオンの役目だから。だが、セリオンは何も言わなかった。

 セリオンもキョウの気持ちと同じだが、心の片隅かたすみではキョウ達に感謝していた。

 イップ王女の気持ちは解るが、それでも、行かせたくはない気持ちの方が大きい。

 自分が付いていようが、向こう側の世界に対しての不安もあったし、壊す過程かていで、霧によって命を落とす可能性が大きいかったからだ。それほど穴の中の霧は多い。

 だから、これはセリオンのつたない作戦が成功した結果なのだ。

 マグナもキョウの相手をしていないのには訳がある。

 マグナは霧に乗っ取られた者を相手しながら、セリオンやイップ王女の同行を探っていた。

 セリオンやイップ王女の気持ちは解るが、それでも悪いが、キョウ達が失敗すれば、マグナの魔法で地下の施設を破壊するつもりだった。

 そだけの大きな魔法に、彼のれた身体は持たないとおもうが、彼自身の死に場所はそこだと決めていた。 この二人に恨まれるだろうが、年寄より若者を先に行かせるわけにはいかない。

 セリオンとマグナは、イップ王女をこの世界に留まらす為に、王女をあざむいている。

 しかし、イップ王女はいまだに食い下がる。

「キョウ、それなら頼む。わらわには無理でも手伝わせてくれ、このままでは、リオは一人で行って………」

 イップ王女はそこで言葉を切り、不思議そうにキョウを眺める。

 キョウは、イップ王女に記憶の話を聞いた時に、空間を閉じればリオが戻って来られないと解って、他人から見ても解るほど動揺どうようしていたのだ。それなのに、リオとイップ王女が話していた時や、現在リオが空間を閉じていると言うのに、余りにも普通過ぎる。

 キョウはまだ隠している。何が有るのだな、帰れる方法が。

 イップ王女は少しだけ目を細めた。

「キョウ、先ほどお主が口にした、する事とはなんだ?」

 その台詞で、今度はキョウが顔をしかめた。思わぬところで失言した、イップ王女には隠し通さなくてはいけなかった。

 キョウは、リオをこちらに帰すことばかりに頭が行き、思わず口にしてしまったのだ。

「帰るための準備か? それなら、その方法は一つしかないな。キョウ――――もう一度開けるのか?」

 キョウは答えない。いや、答えられないでいた。ただ、二人を睨んだまま佇んでいた。しかし、それが答えだと解ったのだろう。場の空気が一気に変わる。

 今まで二人は、こちらに気を使い、友好的こうゆうてきであったのだが、もう変わっていた。

 イップ王女の敵を見る眼。

 セリオンの膨れ上がった殺気。

 キョウはここまで反応するとは思っていなかった。やはり、リオの判断はんだんは正しかったのだ。そして、イップ王女の判断も早くて正確だった。

「セリオン、あれを壊せ!」

 イップ王女は制御盤を指差す。

「はっ!」

 しかし、セリオンが動くよりも、キョウの行動は早かった。

 剣先をセリオンに向けた。

 今までの、セリオンに対しての恐怖は薄れていく。

 制御盤を壊されれば、リオはこちらの世界に帰ってこられない。それだけはけなければならない。

 そして何より、リオの邪魔をするものは、誰であろうと許さない。

「動くな!! 制御盤は何があっても壊させない! イップ姫の気持ちは痛いほど解るが、それでも、リオの邪魔をするものは許さない!!」

退け! お前ごと切りせるぞ!」

 セリオンも殺気を放つ。

 セリオンやイップ王女に対して、開けると言う行動は、何を置いても阻止そしすべき内容なのだ。

 目の前で見てきた人々の惨事さんじ

 手を差し伸べても助からない人々。

 イップ王女にしては、国民の為を想っての行動が、国民の死にあたいした後悔こうかい

 セリオンにしては、人々をみずからの剣で救えなかった事実。

 何を置いても止めるべき行動。

 二人は、空間輸送システムの内容が解らないので、なおさらだろう。

 しかし、キョウにしてもリオを守る為の唯一の方法。

 おたがいにゆずれない想い。

「キョウ、お主にもその記憶はるだろう。それでもなお、開けると成れば話は別だ。そこを退かなくては、お主に未来はないぞ!」

 イップ王女の台詞に、キョウは心の中で謝った。

 植え付けられた記憶だが、その生き様や容姿ようしに、ずっとあこがれていた女性。

 セリオンと同じく、鳶色とびいろの瞳に恋いがれていた。

 しかし、今は違う。

 この二人からすればわずかに思うかも知れないが、それでも、ほんのわずかでも、キョウは見ていたのだ。

 この旅の間に作ったのだろうか。

 いつの間に傷をったのか解らない、細かい傷跡きずあとが一杯ある小さな手で、多くの悲しみを必死に受け止めようとして、短い指を大きく開けた、青い瞳の小さな者。

 キョウは一番近くで見ていた。

 その彼女を誰よりも守りたかった。

 キョウは真っ直ぐにイップ王女を見つめた。

「イップ姫、リオのする事を理解できない貴女あなたに、未来をかたる資格はない!」

 イップ王女はキョウをにらむ。

 キョウはそのにくしみを真正面ましょうめんから受け止めた。

「お前にとっては、ただの記憶か。しかし、あの惨劇さんげきは目の前に有った現実だ。それでも開けると言うなら、覚悟かくごを決めろ!」

 セリオンの台詞にキョウは頷いた。

「俺にはなセリオン、あんたの記憶がある。――――俺の想いはあんたと同じだ!」

「どこが同じだ! 俺と同じなら、あれを閉めれば二度と開けられない!」

「セリオン、それでもだ! くなった者には悪いが、それでも俺はが姫の為に開ける!」

 キョウは開けると言い切った。

 不思議な感覚だ。閉めに来たのに開けるとは。

 王国ファスマの前王、ナイル・ファディスマは技術の発展により、大戦を回避かいひしようとした。

 うばうより作る事で、人々の目を反らせようとしたのだ。だから、空間輸送システムを開けるために建設した。

 そして、イップ王女は、ゆたかな国を目指すため、技術を上げ、他国の追撃ついげきを許さない程の技術を手に入れようとした。だから、空間輸送システムを開けようとした。

 どちらも自分の為にではない、他人のためにだ。それは素晴らしい考えの元に、空間輸送システムを利用しようとした。

 しかし、キョウは自分の為だけに開ける。

 はなれたくない。

 その想いの為に。

 それはおろかな行動だと、自分でも解っている。

「だけど、それでもあんたの姫より、俺の姫の方が未来を見ている。閉めて終るのでない。リオはこれを終わりとして見ていない。リオの物語はここから始まるんだ!」

 二人はたがいににらみ合った。

 セリオンはバスターソードより、一回り大きい剣を、右手に構えたまま、キョウに剣先を向けた。

「解った。なら、もう何もかたらん。お前はお前の為に足掻あがけ。俺は俺の信念しんねんつらぬき通す! 空間を閉じるのはくれてやる、しかし、開けさせはしない!」

 キョウは、バスターソードにみたたない、大振りの剣をいつものように担ぎ、左手を前に出す。

「俺はな、セリオン、あんたの様に逃げたくない。自分の守る者を守る騎士で在りたい。それだけだ! 制御盤をこわしてみろ、俺はそのすきにイップ姫の首をねらうぞ!」

 キョウとセリオン、互いに守るものの為、二人の戦いが始まった。

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