第10話魔法と科学と過去 4

 闇の中、松明の光だけが辺りを照らす。

 解っている、これは何度も見る夢だ。

 場所は城の最下層。

 円形のドームのような形の部屋に、重臣じゅうしん達と多くの騎士が囲うように周りを固めている。騎士達は皆が正装の重装備で身を固め、二メートルにもおよぶ三つ又の槍を手にしている。

 重苦しい空気があたりを支配していて、誰もが固唾かたずを飲み込み中心の人物を見守った。

 中心には音叉おんさのような建造物。

 太さは人間二人分ほどで、真ん中から下は一本、上には二本延びており、表面は磨かれ鏡のように綺麗だ。

 素材は黒曜石こくようせきの様に見えるが、正確には解らない。すべて合わせた全長は七メールを越す巨大なもので、その真横にも二メール程の石碑せきひがある。こちらの表面も巨大な音叉と同じ素材の様である。

 その二つを前にしてイップ王女がたたずむ。

 彼女は宝石を散りばめた白いドレスに、王冠やネックレスを身に付けた正装。手には儀式用の杖が握られている。

 イップ王女の後ろには彼女専属の騎士が五人、間隔かんかくを開けてたたずんでいた。

 彼女専属の騎士とは、元々騎士になる条件に満たないものを彼女が選んで従えているのだが、国の騎士よりも腕は勝っている。如何いかなる時も彼女の意思だけで動く新鋭部隊だ。

 その中でも彼女に最も近く、全てに置いて忠実で、信頼できる騎士が一人いる。

 幼い時から知っており、イップ姫が王女に成るまで命を掛けてくれた騎士だ。

 彼も元々は、騎士に成る資格が無く傭兵であったが、それでも護衛の騎士より彼女を救ってくれた。彼はいつも姫としてではなく、イップとして話を聞いてくれた。

 彼には言っていなかったが、この計画も彼が居なくては怖くて出来なかっただろう。

 彼女の真後ろの騎士は、肩の開いたドレスが気になってか、彼女だけに聞こえる小声で話し掛けてきた。

「イップ王女、寒くないか?」

 確かに地下ということもあり、地上より幾分いくぶん気温は下がる。しかし、この場において、場違いな台詞をこの男は良く言えた物だと、イップ王女は半場はんばあきれた顔を作った。

「静かにしておれ、全く。お主には緊張の文字は無いのか」

 イップ王女も静かに答える。二人のやり取りは他の者には聞こえていない。

「しかし、風邪をひかれては大変だ。建前など気にせず、もう少し厚着さすべきだった」

 彼は真剣に悩み後悔し、彼女の身体を心配している口調だ。

「この中で、わらわを心配しているのはお主だけだぞ。全く」

 イップ王女は嬉しそうに静かに口元を緩めた。

「それより解っておるのか? この扉が開く時、世界の時代が変わる。だが、万が一に出てきた者が好戦的であれば、億単位の人が死に、我々が生きるすべも変わるかも知れん。………それでもわらわは、その時代の希望で在りたいと願う」

 それは彼女の希望であり、願望であろう。

「そうなった時、お主は何処どこに居るのであろうか? ――――なぁ、セリオン」

 イップ王女は少しだけ首を振り向かせ、目の片隅にセリオンをとらえた。

 セリオンの口は動いたが、儀式の時間がせまった、周りのざわめきにより声はかき消された。

 次の王に成るはずのイップ王女の父親は、大戦で亡くなっていた。それは彼女の小さい時だ。今まで王だった祖父のナイルは、その大戦を回避する為にこのシステムを作ったが、使われぬまま大戦は終わり、結局そのまま放置されていた。

 しかし今度はイップ王女の理想の為だけに使われる事になった。成功すれば全てに置いてこの世界は変わるであろう。

 一つ深呼吸をしてから、イップ王女は大声を上げる。

「時は満ちた! 今から開闢かいびゃくする! 良いか、如何いかなる時も冷静に対応せよ。者共抜刀!」

 周りの騎士は槍を構え、イップ王女の騎士は腰のロングソードを抜く。

 少し遅れて、セリオンも片刃のバスターソードの大剣を肩に担ぐ、何時もの構えをとった。

 周りを見渡たした後に目を閉じて、イップ王女は言葉を発して行く。

 閉める為の二万七千の言葉とまるで同じだ。

 しかし、違ったのは言葉半ばにしてその場をめる音。

 甲高く有り、無理矢理裂ける音が鳴り、何かが崩れる音も残し、世界が変わった。

 イップ王女は言葉を止め、ゆっくり瞳を開ける。成功したにしても早すぎる、まだ半分の言葉しか言っていない。

 音叉のような建造物の後ろに、それは現れた。

 二十メートルを超える、大きな穴だ。

 周りには霧が立ち込めていた。

 成功したのか?

 イップ王女は不安を抱かえたが、自分の予想通りの結果にそのまま宣言に移った。

「今、願いは叶った。これから現れるぞ! 向こうには交友感情が有るかは解らん、皆の者、気を引き締めよ!」

 その時イップ王女は間違えていた。想像していたものとは別のものが、もうすでに現れていたのだ。

 突如、左方面の重臣じゅうしんが球体に姿を変え、真横の騎士の腹ばたをえぐった。鎧の隙間から細い管を何本も差し込まれ、騎士はまたたぐ間に骨と皮に成っていく。

 何かが、もしくは誰かが出てくると、その場にいた皆が思っていた。だから、意味の解らぬ人々は混乱したまま動けなかった。

 重臣じゅうしんだったものは、色を変え転がると、さらに隣の騎士を襲った。

 混乱が広がるその中で、唯一セリオンの動きは早かった。

 変化した重臣じゅうしんを無視し、イップ王女を自分の背に来るように立ちはだかる。そして叫んだ。

「何をしている、姫の騎士団! 王女を守れ!」

 その声で四人の騎士達も正気に戻り、イップ王女を囲んだ。

 さらにセリオンの激が飛ぶ。

「今からイップ王女の安全を最優先する! いいか、如何いかなる者も王女に触らすな! お前達はこれから人であらず、王女の盾だ。お前達の命、姫の騎士団長セリオンが貰い受ける!」

 姫の騎士達は雄叫びを上げ、イップ王女を背にそれぞれが構えを取る。

「セリオンこれは何? 何が起こったの? セリオン失敗なの? ねぇ、セリオンどうなってるの?」

 イップ王女は混乱の為か、二人の時しか 使わない口調に戻り、何度もセリオンの名を呼ぶ。セリオンは背中越しに小声で話し掛ける。

「イップ王女、落ち着いて下さい。状況は解りません。とにかく一度閉めましょう」

「閉めるの、わかった」

 イップ王女は再び二万七千の言葉を口にしだす。しかし、周りはさらに混乱してきて王女声がかき消される。部屋の中ではもうすでに、幾つもの変化した人間が他の者共を食べている。騎士達はそれに反撃していた。

 セリオンは変化した者に警戒しつつも、霧が人に取り付く瞬間を目の当たりにする。

「霧だ! 霧に気を付けろ! 取り込まれるぞ!」

 その声に慌てて、姫の騎士団の一人が霧に斬りかかる。しかし、相手は霧だ。剣は虚しく空を切るだけだった。

「団長………」

 彼は怯えた様に声を上げた。

 セリオンが振り向くと、甲高い音をたて彼だった者が、頭から縦に裂けて、ゆっくりめくれ彼の内臓が皮膚となる。セリオンは容赦ようしゃ無く一刀した。

「しっかり気を持て! 霧を恐れるな! 我々は負けられない。我々はイップ王女に命を貰った騎士団だ! ここで返さなくては、いつ返す!」

 セリオンのかつに姫の騎士団は再び雄叫びを上げる。しかし、セリオンも焦っていた。

 イップ王女を守るなら、本当は直ぐにでも退室させたい。しかし、イップ王女が居なくては閉める事は不可能で有ろう。

 いや違う。

 セリオンは自分の甘い考えを、首を振って払い除けた。

 安全な場所まで導くのが役目でない。如何いかなる時、如何いかなる場所であれど、イップ王女を護るのが姫の騎士団の役目だ。

 この場でイップ王女を守り切る。

「駄目! セリオン、声が届かない。閉まらないよ」

 言葉を終えたイップ王女が不安な声を上がる。

「くっ………」

 今の現状で、イップ王女の声を音叉に届けるため、皆に声を上げるなと言った所で不可能だろう。なら、決断するのは早い方が良い。

「よし、一旦いったん下がる。一人は出口を確保。残りの者はイップ王女を守りながら出口まで行く。王女が出口まで行ったら誰も近づけるな! イップ王女を最優先で脱出させる!」

 その言葉でイップ王女は、ようやく落ち着きを取り戻した。

「セリオン待て! わらわが居なくては、これを止めることは出来ぬ」

「王女の安全が最優先です!」

「ならん! 皆の者を置いて、わらわだけが逃げるなど有ってはならんことだ!」

 近くの騎士の一人が、立方体に変化した者に槍を突き刺す。しかし効いていないのか、槍に刺されたままその者が襲い掛かった。

「たっ、助けてくれ!」

 こちらを見た騎士にイップ王女は思わず手を差し伸べる。

 セリオンはそのイップ王女の手を掴み駆け出した。

「今は一旦引きます! しかし止められるのはイップ王女、貴女だけだ。必ず止めに参りましょう。しかし、今は一旦引くのです!」

「ならんと言った! わらわは残り閉める! セリオン、あの者達を見殺しにするな!」

 イップ王女は涙ながらに訴える。

 王女の命令だ。姫の騎士団としては、何をおいても最優先される命令。セリオンは覚悟を決めた。

 セリオンはイップ王女の左頬を叩く。

「落ち着け! 今イップ姫が殺られれば、国中でこれが起こるだろ! そうなれば止める手立ては無くなる。王に成ると決めた時、俺に言ったろ! その覚悟を。俺は姫を信じる!」

「しかし………」

 イップ王女は足を止める。セリオンは唇を噛み締めた。

 イップ王女の気持ちは痛いほど解る。しかし、セリオンは自分の気持ちに負けてしまった。

「なら、今から命令違反をします。戻ったら私を打ち首にしてください」

 セリオンはイップ王女を抱き抱えると、出口まで走る。残りの姫の騎士達は、溢れかえる人々を払いのけ、通路を確保した。

 セリオンは部屋から出て振り向く。

「よし、生存者が出ると同時に扉を閉める。残った者は早くこい!」

 セリオンの声に、姫の騎士達は皆、再び抜刀した。

「イップ王女、我々は貴女の騎士です。我々は貴女の意志を守ります。団長、あとはお願いします」

「お前達………」

「我々は、あの者共を守ります!」

 状況が解らぬ今、この中に入るのは死を意味する。なのに、皆笑顔だった。

 それに気付いたイップ王女は慌てる。

「待ちなさい、そう言うつもりで言ったので無い。頼む、行かないでくれ!」

 セリオンの腕の中で暴れるイップ王女を、誇らしげに見つめながら騎士達は敬礼した。

「解っていますイップ王女。しかし、我々は姫の騎士だ! 王女の代わりは我々に任せて下さい」

 姫の騎士達の思いが解ったのか、セリオンには止められなかった。

「イップ王女は必ず守る。人々が出れば扉を一旦閉める。鍵はかけない。各自、終息の目処めどが付き次第、直ぐに帰還せよ! 死ぬ事は王女が許してくれない!」

 騎士達は頷く。

「駄目だ! 止めてくれ。お願いだ、セリオン皆を止めるのだ!」

 イップ王女は涙で顔がぐしゃぐしゃだ。

 姫の騎士達は、イップ王女に対して復唱をした。

「我々は姫の騎士団! 負けることは許されておりません。必ず戻ってまいります!」

 セリオンは頷いた。

 それが合図のように、姫の騎士達は溢れかえる人々を掻き分け、中に入っていく。しばらくして扉は閉められたが、次にイップ王女が開けるのは何年も先で、それまで開いた記憶は無かった。

 これが始まりで有ったし、終わりでも有った。

 何度見ても心を抉る夢。変えられるのは自分達しかいない。

 だから行くことにした。

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