第11話所属国の無い騎士 1

四  所属国の無い騎士



 一時間ほど船に揺られキョウとリオは法国オスティマ本国に着いた。

 流石は世界最大の国、夜でも松明たいまつの灯りで町の中は明るい。町の中にも港にも人々の活気があるし、警備兵も多く目につく。皆は安心して暮らしているようだ。

 リオはフラフラしながら船から降りると、その場に屈み込んだ。

「あぁ~、地面が有るって良いね」

 心底からの言葉だろう。船に乗った時は、あんなにはしゃいでいたのに。

 リオはまだ三半規管さんはんきかんが発達していないのだろう。十分やそこらで船酔いして、一度嘔吐おうとしてからはずっと客室で眠っていた。キョウも昨晩はゆっくり眠れていないので、リオの寝顔を見ていたら、釣られて一緒に眠ってしまう。

 なんだか熟睡して夢も見ていた気がする。

 キョウはリオの前にかがんだ。

「宿までおぶってやろうか?」

「大丈夫よ、そこまで子供じゃない」

 先ほどの甘えは何処どこに行ったのか、リオは立ち上がると鞄を掛け直す。

「とにかく、先ずは宿ね。洗濯物も溜まっているし、久々にお風呂も入りたい」

「あぁ、そうだな」

 そこにはキョウも共感した。

 今まで時間ぎりぎりに宿を取ったので、風呂には入らず身体を濡れた布で拭いただけだった。

 香水は毎日付けているが、そろそろ臭いが混ざり不愉快に成ってきている。

 ちなみにキョウは柑橘系かんきつけいの香水が好きで、良く着けていた。

 鎧は洗えないので騎士の間でも香水は必需品だ。皆も当たり前のように付けているし、流行りの匂いなどもある。鎧以外にも、普段でも服に付けている者も多いし、同じ理由で旅人にも人気が高く、長旅をする者は匂いを誤魔化すため付けるのは一般的だ。

 二人は船着き場から階段を上り、町の中を歩いていく。

 建物は綺麗な二階建てが多く、道幅も広く取られており、しっかりとした石畳で舗装されていた。

 この時間なら、ティーライ王国では店が開いているのは飲み屋ぐらいなのだが、オスティマ本国では普通の店屋や露店まで開いていた。その為か通行人も多い。

「何だかお祭りみたいだね」

 リオは率直な意見をのべた。

「あぁ」

 キョウは町の迫力に押されてか曖昧あいまいに頷いた。

 二人とも王国ファスマの記憶を持っているが、夜でここまで人の行きいを目にした事がない。しかも驚くのは、ここは法国オスティマ本国では有るものの、まだ城下町ではない。ただの一つの港町に過ぎないという点だ。

 まぁ、城下町に一番近い港なので他の港はここまでにぎわっては居ないだろうが。

「あっ、キョウ、見て見て飴玉売ってる」

「本当だ。珍しいな」

 砂糖や甘味料などは多く出回っているが、飴玉と成ると、他の国ではあまり売っていない。売っていても輸入品として高値なため手が出しにくい。

 キョウは一袋購入する。布袋に入っていたのは十個のドングリ飴で、値段も手頃だった。

「この辺が生産地だったのかな?」

 リオはドングリ飴をほうばりながら上機嫌だ。

 疲れた体に糖分は大切だ。特にまだ小さい彼女にはありがたい。

 リオは袋を開けてひとつキョウに渡す。

「はい、キョウも。今日は頭を使ったでしょ? 頭を使った時は糖分が必要よ」

 確かにリオから魔法や科学を習い、結構頭を使った。キョウは有り難く頂戴して、口の中に放り込む。砂糖だけで無く、微かに果汁の甘味も広がった。キョウは思っていなかったが、体は疲れていたのだろう、甘さが美味く感じる。

 二人して飴をなめながら宿を探した。

 表通りから一本入った路地に、安そうな宿が有ったので本日はそこに決める。もちろん金銭面から一部屋にした。ドキドキしながら部屋に着くと、再びベッドは一つだった。

 まだ昨日よりか、ベッドが大きいのが救いだが、リオの寝相からすると、安易あんいに安心は出来ない。

 キョウは決意した。

 諦めよう。

 風呂と洗濯を交代で済ませ、眠りにつく頃は、もう日付が変わっていた。

 狭い部屋にロープを張り、洗濯物が頭上を占める中、二人して背中合わせで毛布に潜りこんた。そこで有ることに気付いたキョウがリオに注意をうながす。

「そうだリオ」

「何に?」

 もう眠くなっているのか、声に張りがない。

「言っておくの忘れたけど、この国ではあれを閉めて、霧を止めるとか言ったら駄目だぞ」

「何で?」

 リオは体制を変えキョウの方を向く。彼女は知らないのか、眠さで頭が回らないのかだろう。そんな彼女に一応説明した。

「オヤジが何度か外交に来ていて知っているが、法国オスティマは霧で成功した国だ。だから、一部には霧が無くなると困る人物も多いらしい。俺達が止めるのを冗談としてとらえてくれれば良いが、下手すると邪魔される事になるぞ」

「なるほど、解ったわ、気を付ける」

 そう答えると、リオはしばらくして寝息をたて出した。

 リオの寝付きの良さには心配になる。疲れが溜まっているのか、無理をしていないか心配だ。

 キョウはベッドから落ちない程度ギリギリまで端による。せめてゆっくりと眠って欲しかった。



 次の日は、リオ念願の図書館だ。

 宿は二日取っているので、洗濯物を干したまま何時もの装備で部屋をでて、城下町を目指す。

 途中で軽い朝ごはんを食べて、さらに歩いていく。三十分程で城下町が見えてきた。

 四メートル級の高い壁に囲まれ、城や町の広さは、ティーライ王国の城下町の三倍ほど。重要な施設は全て城下町に有るため、門は開けっぱなしで、メインロードに当たる道は、馬車が四台ほど行き交わせるほど広く取られている。一つ一つの建物全てがキョウの実家以上に大きい。

 リオとキョウは門番の警備兵に図書館の場所を聞き、その建物までやって来た。

 三階建ての図書館と言うのは初めての経験だった。どの国もここまで大きい図書館は無いだろう。

 全てにおいて圧倒されるキョウ隣で、リオが目を輝かせ大興奮していた。

「キョウ、早く早く!」

「あぁ」

 入口の階段を駆け上がるリオを見送り、キョウはもう一度図書館を見上げ、溜め息混じりにリオを追い掛けた。

 二人は中に入ると受付で内容を聞かされる。

 本の持ち出しは禁止、販売はしていない、三階はこの国の者の同伴どうはんが無ければ立ち入ることが出来ない。まぁ、一般的な注意事項だ。

 リオは快く受け入れ、本の閲覧えつらんコーナーへ足を進ませる。

 中には本を読む為や、勉強するための大きな机があり、机を囲むようにして椅子が十二席並んでいた。棚は所せましと並んでおり、棚には本がビッシリ詰まっている。一階だけで、同じ部屋が六部屋あった。

 一日で終わるだろうか。キョウは本の多さに不安に成る。

 まぁ、急ぐ旅ではない。気の済むまでリオに付き合ってやるかと覚悟を決めた。

「役にはたたないかも知れないが手伝う。何から調べる?」

「うーん、そうね歴史からかな」

 以外だとキョウは思った。

 もっと、科学やらを調べると思っていたが、そうでは無いらしい。それなら自分も助けに成るかと歴史のコーナーを探す。

 歴史コーナーは二階の角部屋に有った。

 二人は閲覧の机に荷物を置き、本の棚に向かう。

「十八年前の内容を探せば良いのか?」

「違うよ、もっと前。王国ファスマ創設ぐらいか調べていく」

「そんな昔から? それで、何を調べたら良い?」

「細かい内容は伝えにくいから、私が探すよ。キョウは王国ファスマ関連が載っていたら渡して」

「了解」

 二人は閲覧の机を借り、数冊の本を机の上に積んだ。

 こういう光景は珍しく無い。二つ隣の席でも同じように本を積み読んでいる。そっちらはかなり高く積んでいるようである。

 古い歴史となると内容は少なく、直ぐに本を戻し、また持って来るという作業ばかりが増えてくる。それはキョウが担当した。

 リオも探している内容が無いのか、開いては閉じるを繰り返す。

「キョウ、もう少し詳しく載っている本無い?」

「あぁ、あの辺りの本は誰かが読んでいるのか、抜けているのが多いし、少ないんだ」

 困った様にキョウが伝えと、リオは辺りを見渡して本を探した。積んであるだけで、読んで居ないなら借りるつもりなのだろう。

 横の人の積んでいる本の中に目当ての本が多くある。

 そこで隣の人と目が合った。

 向こうもこちらの話の内容を聞いていたのだろう。向こうから声を掛けてくる。

「何じゃ?」

 リオと同じ年ぐらいの少女だった。

 背も同じぐらい、髪は色素の薄い茶色で縦ロールのロング、前髪が面倒くさいのか後ろにオールバックにしている。

 リオは恐々声を掛けた。

「あの、今読んでない本が有れば、貸していただけませんか?」

 隣の少女は自分の積んでいる本を横目で見た。そして、興味きょうみを失ったように本に顔を戻し答える。

「良いぞ。ただし、私が必要と成ったら返してくれ」

「解りました」

 リオは積んでいる本の中から何冊か見繕みつくろい、自分の席に戻った。キョウも席に座り、リオの手伝いを始める。

 何度か王国ファスマの内容があり、リオに見せるが彼女は首を横に振るばかりだ。キョウは本が終わると、隣の少女の所に戻し、新しく借りてくるを繰り返した。結局は欲しい内容は無かったのか、リオ本を閉じて溜め息を着いた。

 残りの本は、現在隣の少女が真剣に読んでいる本だけだ。

 彼女はゆっくりと本を読んでおり、時折ときおり調べるように積んである本を捲り、それを閉じると再び元の本の戻るといった作業を繰り返している。読み終わるのはしばらく待たなくてはいけないだろう。

 リオは待てない様子で、彼女に近付くと横から顔を覗かせ盗み見をしている。

 その様子が解ったのか彼女は顔を上げた。

「何じゃ?」

「えっと、随分ずいぶん真剣に読んでいるから、何の本かなって」

 彼女は顔を戻し、本を読みながら答えた。

「お主達こそ、えらく読むのが早いな。何か探し物か?」

「うん、まぁね」

 リオは曖昧あいまいに答えながら、彼女の本に目を向けている。キョウはリオが口を滑らさないか、ハラハラしながら二人を見守っていた。

「あっ、」

 リオは体を近付け本を覗き込む。

「だから、何じゃ。もう少し待っておれ、今は私が読んでおる」

 少女は鬱陶うっとうしそうに眉にシワをよせた。

「ちょっと見せて、そこだけ読みたい!」

「駄目じゃ! 私が先じゃ! 私は今大切な仕事の途中じゃ!」

 キョウは先程から、言葉遣いから、その者が貴族辺りだなと感づいていた。リオが変なことを仕出かさないか心配だ。

「少しだから! 関係無い内容はならすぐ返すから」

「元々私が先じゃろ! 私が読み終わってからせよ!」

 リオも彼女も一歩も引かない。

「大切な仕事って何よ? 私にも必要な物かも知れないし」

「私は霧を止める可能性の有るものを探して要るのじゃ! だから少し待て!」

 あれっ?と、リオは動きを止めた。

 少女はやっと解ってくれたと、再び本に目を戻す。

 リオはキョウと目線を合わせた。キョウは扉の方に目線をやってから頷く。

 ここは一旦引いた方が良いのかも知れない。リオより詳しい内容を知っている者は居ないはずだ。

 リオはキョウの考えが読めたのか首を横に振った。

 心配そうにキョウは目で合図を送る。

 リオは少女に顔を向けると尋ねた。

「霧を止めるの?」

「あぁ、私が止めてやる」

「どうやって?」

 その言葉で、彼女は勢いよく顔を上げると、眉間にシワを寄せ睨む様にリオを見る。

「お主も、私をバカにするか! 霧は止まるのじゃ! 私の考えが正しければ、霧は突然現れた訳ではない! あれは何か問題が有って現れた。霧を見れば解る!」

 すごい剣幕けんまくまくりたてる。

「良く知っているね」

 リオは素直に感心した。

 その言葉に、少女は鼻息を立てて胸を張る。

「当たり前じゃ。私を誰だと思っておる。私は法国オスティマ第七姫、レナ・オティアニアじゃぞ!」

 第七姫と付いているなら、王族中の王族、七番目に法国オスティマ本国の、王になる可能性のある人物だ。

 七番目なら、王に成る希望はかなり薄いのだが、それでも女性で皇太子の番号が着くのは珍しい。

 とっさにキョウは片膝を付き、右手を胸に当てる、騎士が取る最高礼を取った。リオは解っているのかいないのか、「おぉー」と感心している。

 そう言えば、リオはライマ共和国出身、王に対しての礼儀は知らない。

 キョウは誤魔化ごまかすため慌ててレナ姫に声を掛けた。

「御無礼を御許し下さい。我々は旅の者。法国オスティマに初めての寄り、王族様の御顔を知りもせず、御無礼が有ったかも知りませんが、何とぞ御寛大ごかんだい処置しょちを」

 キョウが丁寧に話しているにも関わらず、リオとレナ姫はまるで話を聞いていなかった。

「姫は、どうやってその答えまでみちびき出したの?」

 レナ姫はさらに得意気とくいげに胸を張り答えた。

「これはな、簡単な物理で理解出来る!」

 二人だけで会話が弾む。

 キョウはしゃがんだ姿勢のまましばらく待ってみた。無視された様で寂しかった。

「へー、そこを見抜いたんだ。中々やるね」

「これぐらい当然じゃ」

 レナ姫はそう言ってから、何度も瞬きをしてしばしば黙り込む。何か考えている様だった。

「お主は、私の話を理解出来るのか?」

「うん、解る」

 リオは笑顔のまま簡単に答える。

 レナ姫は驚きの表情でリオの顔を覗き込む。

「何故じゃ? 私とてかなり悩んでやっと出た答えじゃ。お主は何者じゃ?」

「えっと、リオ・スティンバーグただの旅人です」

「旅人っ?」

 明らかに疑った目でリオを見てからキョウを見る。

 キョウはどう見ても、騎士の最高礼を取っている。一般的な国民にはああもすんなり出ないだろう。

 キョウは慌てて立ち上がった。

「お主は騎士じゃな?」

「はい。しかし私も旅人です」

「ただの旅人が、騎士を連れて旅じゃと?」

 レナ姫は眉間みけんにシワを寄せたまま、リオに顔を戻した。

 完全に疑っている。

「どこかの偵察では無いじゃろうな?」

「違うよ、それより直ぐ終わるから見せて」

 リオはまだ食い下がる。彼女が王族と解っているのだろうか。

 キョウもレナ姫が王族と解ってから警戒したのだが、本棚の方に三人、入口に一人。一般の国民を装っているが、護衛兵だろう。それもかなりやる。レナ姫は溜め息をはいた。

「良いぞ。ただし、お主の方の説明を聞かせよ。何故、霧は止められると解ったのじゃ?」

「姫も言ったでしょ、霧を見れば解るって」

 二人の会話は、護衛の者まで聞こえないのか心配だ。キョウは敵意が無いのを示すため、わざわざ壁際までいって、二人の遠くに剣を立て掛けた。

 近寄られてもっと詳しく、二人の話を聞かれても不味いし、四人同時に戦闘を仕掛しかけられれば、キョウ一人なら対処出来るが、リオを守りながらと成ると流石に苦しい。

 キョウは戻って来ると、レナ姫の正面の席に腰掛け、二人の話に交じった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る