第5話リオの騎士 3

 二人の話は怪しいが、驚愕きょうがくの内容ばかりだ、とてもじゃないが信じられない。

 世間一般に言われているのは、あくまでも天災だ。

 マストロも霧によって自分の周りにも被害が出ているから、王国ファスマの人を良くは思えない。余り変わらなかったかも知れないが、もう少し門を早く閉めてくれればとも思う。だが、同時に天災により滅んだ王国に同情もした。

 逃げ延びた、王国ファスマの人々に対してのしいたげも、少し遣り過ぎだと思った。

 しかし天災でなく、人災で有るなら話は変わる。

「やったのはイップ王女よ」

 マストロは驚き、何度もリオを見た。

 霧を発生させることが個人に出来るとは思わない。しかも、イップ王女がやったとすると、リオの前世がしたということだろうか?

 キョウはその言葉をさえぎろうと、急いで口を出しした。

「確かにイップ姫が開けたが、それは国民の為だ! それにイップ姫は人々の為に何度も閉めようとした。しかし、閉まらなかった!」

 マストロはカウンターを出て、言い争う二人の間に手を差し出し止める。

「二人とも落ち着け。そう、喧嘩腰では話は進まん」

 確かに、マストロの言う通りだ。キョウは深く息を吐き、息を落ち着かせ、リオを見た。

 リオは覚悟を決めた様に目を瞑り、歯を噛み締めている。

「リオ?」

「殴らないのですか?」

 それはキョウに対して言った台詞では無かった。恐々目を開けたリオの目は、マストロを向いていた。

「何故私が、君を殴らなきゃいかん?」

 マストロがカウンターから出てきたのは、リオを殴るためだと思ったのだろう。キョウは悲しく思う。彼女はそんな気持ちでずっと暮らしてきたのか。

「この世界に、霧を充満じゅうまんさせた、張本人が目の前にいるのですよ。マストロさんも、少なくとも辛い思いはしたでしょ」

 確かに色々有った。守りたくても、守りきれず亡くなった者も多い。

 マストロ出来るだけ優しい声を使った。

「しかし君がした訳じゃないだろ。それに、君の話は信じられない内容だが、その話が本当なら、それをしたのは前世の王女だ。そんな事を言えば私だって、前世では大量に殺人を犯した暴君ぼうくんかも知れん。だからと言って殴られるのはごめんだ。キョウも、リオも、色々あったかも知れないが、誰かに頼べばすむ話しだろう」

 マストロの言っている事は合っていた。前世の記憶が有ったとしても、わざわざ、子供達が危険な場所に行く必要はない。

「駄目なんだ。閉めるにはパスワードがいる。それを知っているのは王族だけだ」

 キョウの答えにリオも頷く。

「でも、リオの前世が王女だったら知っているだろ。だったら、そのパスワードと言うやつを、誰かに教えれば良い」

 リオはゆっくりと首を振った。

「魔法みたいに、言葉が必要なの。意味の解らない、二万七千の言葉。多分、この世界で使われている、どの言語げんごとも違う。幾つもの滅びた古い言語でもない。近いものも在るけど少し違う。発音も、練習しなければ出せない言葉もある。それに、書き方が解らないから、文字に起こせない」

 マストロは困った様に頭をかいた。

 リオの言っている意味がよく解らなかったのだ。唯一理解出来たのは、直ぐに覚えるのは無理と言う内容だけだ。先ほどからややこしい内容で頭が混乱する。

「リオの前世がイップ王女なら、他に生き残った王族が居るとか解らないのか?」

「イップ王女の妹が居たはずよ。でも、彼女は二万七千の言葉を覚えようとしなかったし、何より、はぐれてから何処に行ったか解らない」

 マストロは、その真実に恐怖を覚える。

 前世の記憶が確かなら、二人は霧が現れる何かを閉じること無く死んだ。つまり、この二人が前世の記憶を持って生まれて来なければ、霧は止まること無く、永遠に人々を苦しめただろう。

 しかし、こうともとらえられる。この二人以外にも、記憶を持って生まれ変わった王族が居ても不思議でない。

 この話が本当ならだが。

「リオ、だったらなおさら、キョウの言っている事が正しくないか? お前たちの言っている事が事実なら」

 キョウもゆっくりと頷いた。

 リオが死んで、次にまたイップ王女の記憶を持った者が現れるとは考えにくい。ならばリオは最後の希望だ。そんな彼女を、十二歳の若さで危険な旅に出すのは、どう考えてもおかしい。

 リオは頭を振った。

「その為に四、五年待って、百万の犠牲は大きく過ぎるよ。特に自分の為ならなおさらね」

 自分の為に他のものが死んでいく。それは本人に取っては、いたたまれ無いだろう。

 キョウはその時、一ヶ月前の霧の時を思い出した。

 結果が解っているのに動かない騎士達。その時に、騎士団長が自分の身を犠牲にしてでも、騎士に「行け!」と命じれば、幾らかの人々が助かった。それがほんのわずかでも。

 下の者の解らない作戦が有ったとしても、正当な理由とは思わない。

 今のキョウの理由も、これから助けられる人を犠牲にする、父親と同じ様に思えた。例え五年経ち、リオが大きく成って成功しても、自分の為に死んだ人々を目の前にして、霧を止めたとリオは笑えないだろう。

「たしかに記憶が有るなら、前世のやらかした事で、自分で責めるのも無理も無いが、さっきも言った通り、リオがした訳では無いのだから、考え過ぎて自分を責めるのはやめた方が良い」

「そうだ、それに対してなら、イップ姫を止めれなかった俺にも責任はある。リオ一人が背負子しょいこむ荷物でない」

 どうやら、マストロとキョウの二人は誤解している様である。

 再びリオは頭を振った。

「違うよ。私は前世なんて信じてないから、前世の責任なんて感じてない」

 キョウとマストロは、驚いた顔でリオを見る。

 マストロにいたっては、話しを信じようとしているのに、そう言われては話が合わない。

「言ったでしょう、前世なんて、科学的にあり得ないって」

「だけど、記憶が有るとも言ってたよな」

 キョウは慌てて問いただす。前世が有るから記憶が有るでないとおかしい。

 リオは少しだけ、得意気に口元をゆるませてから説明しだした。どうもこの子は、人に説明するのが好きらしい。

「良い? 宗教的概念しゅうきょうてきがいねんは外してね。それと私の個人的解釈こじんてきかいしゃくも入っているから」

 リオは肩にたすき掛けしていた、鞄を下に置いた。それから偉そうに「おっほん!」と咳払いをすると、右手の人差し指を立て、説明を始める。

「難しい解釈かいしゃくは飛ばすよ。科学的に考えて魂は、分子だと思うの。だけど記憶は、電気のやり取りで構成される。要するにこの二つはまるで別物よ。だから二つを合わせて考えても意味がないて訳よ。それに、分子は自然界に多くあって、その人を構成こうせいしていた、まったく同じ分子で次も構成こうせいされる事は有り得ないわけ。だから前世と言うのは無いの」

 リオの説明が終わり、三人の間には先程のピリピリとした空気が変わり、何とも不思議な空気となった。マストロもキョウも頭を抱え込んでいる。

 「あれ?」っとリオは首をかしげる。解りやすく説明したはずだが。

 何とか、リオの言いたい事を理解出来たのはキョウの方だ。

「だけどリオはさっき、『霧を充満させた張本人』とも言わなかったか?」

 その説明でマストロも解ったのか頷いた。

「あぁ、言ってたな。それに、私に殴られる覚悟もしていたろ」

「えぇ。あれは私が違うと言っても、マストロさんには言い訳にしか聞こえないと思って。それに、色々と検証してみたけど、記憶の方は確かだから」

「だったらなおさら、俺の行かせたくない気持も理解出来るだろ。それに、前世を信じてないなら、リオは自分のせいだとは思って無いだろ? なら、そこまで無理して行く必要はないじゃないか」

 リオはこれから話す事が、恥ずかしいのか下を向いた。

「必要はあるの。私は昨日、町の人と色々話をしたよ。ほとんどが一ヶ月前のこの国を襲った霧の話だった。城から討伐隊の騎士が来ないこと。傭兵達がその役割をおぎなった事。………それに、数人はキョウの名前を出してたよ。騎士の見習いなのに、危険をかえりみず、傭兵と共に戦った騎士団長の次男坊」

 キョウは慌ててマストロを見る。

 騎士団長の息子だと、今までマストロに伝えていなかったが、彼は別に驚いている様子は無かった。多分知っていたのだろう。

 リオの話は続く。

「騎士達が来ないのは、理由は解らないけど上が止めたからだと思う。それに、いくら学園生でも、あれほどの国の危機に、上から命令が来てないとは思えない。見習いなら安全な城や城下町の警備に付くはず。なのに、キョウは最前線のこの町に居た」

 リオは真っ直ぐな瞳でキョウを見つめる。今度はキョウの方が何とも恥ずかしくなり目をせる。

 リオの言っている事は、見ていた様に全てあっていた。

「それは何故か。――――キョウにはセリオンの記憶があり、剣の腕も有るなら霧の対処が出来るからよ。キョウは逃げずに自分の出来る事をした。それは前世の責任から?」

 そこまで話しを聞いて、やっとリオの言いたい事が解った。

 キョウはゆっくりと首を振る。リオは解っていると頷いた。

 確かに門が閉まるとき、過去の記憶で走ったが、その後は、ただ出来る事をしようと閉まる門から飛び出した。

「私はね、イップ王女が大嫌い。何が起こるか正しく理解せずに開けて、閉め方だって解っているつもりなだけ。システムを全く理解していない。だから失敗した。私は一杯勉強して、色んな事を理解してここに居る。前世とか関係ない。私が出来るから行くの。前世がイップ王女だから行く訳でない。リオが閉めに行くの!」

 キョウはリオの話を悔しそうに聞いた。

 自分は何処かで、王族しか閉められないと決め込み諦めていた。

「だから、私は一人でも行く。あの時のキョウの様に、自分に出来る事をしに行くの」

 間違っている?と言う様に、リオは首をかしげキョウを見る。キョウは何も言えなかった。

「まっ、それでもキョウに会えたのは良かったよ。ティーライ王国によった意味もあったかな」

 そう言うと、リオは再び鞄をかけ、マストロに頭を下げた。

「ご迷惑を掛けました。もうしばらく一人で頑張ってみます。どうか話の内容は忘れて下さい」

 そんな話、誰に言っても信じて貰えないし、そもそも、リオにとっては前世など関係なく霧を止めに行くのだろう。

「あぁ、そりゃそうするが、本気で一人で行くのか?」

 マストロは少し考えた。流石に話を聞いてからは、自分も護衛に付いて行くのが正しく思える。

 子供に王国ファスマまでの距離は過酷かこくだ。しかし、マストロにも生活があり家族もいる。確かに、傭兵をやっているのだから覚悟はあるが、妻や子供をさし置いて、世界を守るとは流石に言えない。

 キョウは先ほどから、何とも情けない気持ちになっていた。記憶も剣の腕も有るのに、全て他人任せ、王族任せ。なぜ自分で閉める方法を考え無かった。キョウがしたのは、剣を振り、死人の数を数えただけ。考え、思いつき、実行していれば、リオが危険な旅に出る必要も無かったのだ。

 俺は姫の横でただ剣を振っていたバカだ。

 キョウは強くこぶしを握り締め顔を上げた。

「本当に行くのか?」

「えぇ、止めないでね」

「本当にあれを閉めれるのか?」

「私なら」

 キョウは歯を食いしばる。バカはバカなりに出来ることがある。

「俺の考えが甘かった、すまない。俺も行く。いや、行かせてくれ。何があっても必ずリオを守る!」

「えっ? いいの? 本当に着いて来てくれるの?」

「あぁ」

「やった!」

 リオは急に態度を変え、明るく笑顔になる。本当は不安だったのかも知れない。

「たけど、宿代も厳しいし、直ぐに出発するよ?」

「あぁ、直ぐに準備してくる。二時間くれ」

 キョウの家は城下町に有る。先程のレンタルした馬で走っても往復一時間はかかる。

「解った。じゃ、国境の門で昼の三時まで待つよ。その時間に来なかったら、一人で行くから」

 キョウは頭の中で計算をして、よしと頷いた。

「国境の門だな。解った、必ずいく!」

 直ぐ様キョウは床に落としたままの、教材の入った袋と愛刀を拾い、ドアが壊れそうな勢いで飛び出して行った。

 マストロは余りの決断の早さに驚き、目を白黒させている。

「おい、本当に良いのか? 命を粗末にしたらいかんよ」

 リオは笑った。

「だから行くのよ」

 一年で二十万の命を守りに行くのだ。

 解っている。先程、嫌と言うほど説得した。だからこそ行くのを邪魔できない。

 マストロは苦虫を磨り潰したように、何とも歯切れの悪い言葉を発した。

「一日待てないか? もしそうなら、なんとか家族を説得して私も向かう。これでも騎士くだりだ、そこそこ剣の腕も有る」

 リオは首を横にふった。

「マストロさんは、霧から守る者があるでしょ。それに、キョウと対峙して、勝てると思う?」

 マストロは口をふさいだ。

 キョウの剣の腕を目の前で見て、その凄さを十分理解している。それに今の話から、何故そこまで凄くなったのかも。

 剣を持つ人間が四十年近く掛けて、間合まあいや駆け引きの技術を覚え、十六歳の疲れを知らぬ肉体を得た。並みの人間では歯が立たないだろう。

 しかし、何ともいやらしい言い方だろうか。遠回しに、足手まといと言っているのである。

 建前上は。

 短期間でも一緒に居たから解る。マストロが出来る事は、他に有ると言いたいのだろう。

 マストロが黙ったまま考えて居ると、リオは口を開いた。

「ところでマストロさん、これって紹介料いる?」

 そこでマストロはもう一つ驚いた。リオは宣言通りに、丸め込んだのである。

「こいつは驚きっぱなしだ。本人から行きたいって言うなら、傭兵の仕事で無いな。それなら紹介料は取れんよ」

 マストロは驚きの連続に、思わず豪快に大声で笑った。

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