第6話リオの騎士 4

 キョウは城下町に着くと急いで馬を返し、また借りにくることを伝えてから、城下町の中に走り込んだ。

 走りながら旅に必要な物を頭の中にえがき、それが何処に仕舞しまってあるかを思い出す作業を繰り返した。

 幾つかのかどを曲がり、城の西側に位置する、大型の屋敷が立ち並ぶ場所にやってくる。

 そこは摂政や伝統のある騎士達が多く住まう場所で、ニグスベールの屋敷もその中にある。

 キョウは屋敷に飛び込むと、使用人の挨拶も無視して、迷わず自分の部屋に入っていった。

 この辺りの屋敷は必ず使用人がいる。皆が仕事に忙しいこともあり、屋敷の大きさから掃除が困難なためでもあった。

 キョウはベッド上に騎士養成学園の制服を放り投げ、動きやすい服装を身に付ける。人間相手でなく霧との戦闘が増えるので、ガッチリとした鎧でなく素早さを重視して、左腕のガントレットと胸当て程度の方が良いだろう。

 そして、走っていた時に頭の中で考えたいた、旅に必要な物を袋に詰め込めると、机の引き出しから貯めていた現金を全て取り出した。

 後は食料を貰って行こうと、部屋を出て使用人に声をかけ、台所で日持ちの良い物をあさっていると、後ろから声をかけらる。

「キョウ、どうした、そんな格好をして?」

「オヤジ!」

 声を掛けてきたのは父親のバード・ニグスベールである。

 まさか父親が台所に来るはずが無いという思い込みから、キョウは驚き大声を上げた。いや、台所だけで無く、一ヶ月前の出来事から忙しくて、最近はずっと家にすら居なかったのに。

 一ヶ月前の出来事から、バードは大きく変わった。

 今まで付き合いの薄かった、要心ようじん達とも最近は交流しているみたいだし、隣国に出掛けることも多くなった。

 父親が一体、何を考えているか、キョウにはさっぱり解らなかった。

「何処か向かうのか?」

 その問いに、今気付いたようにキョウは慌てた。

 よく考えれば、リオに付いて行くと言うことは、騎士養成学園を休まなくてはいけない。もちろん学費は父親が出しているので、顔向けすることが出来ない。

 「いやっ」とキョウは首を振る。

 一ヶ月前の溝は、まだ塞ぐことが出来ない。キョウは目の前で、人々の悲劇を見ている。

 キョウはバードを睨み付けた。

下々しもじもの騎士に、何も命令の説明をせずにいる上官に、たかだか、騎士見習いの俺が報告する義務はない!」

 キョウの台詞に、バードは浅く息を吐いた。

「たしかに、キョウ・ニグスベールの言う通りだ。私は騎士団長としての、義務をおこたった。部下にそう言われても、仕方ないことだ」

 キョウに合わせてか、バードはいかにも騎士団長らしく発言する。芝居がかったやり取りでは有るが、その瞳は笑っておらず、キョウに対して敬礼までした。キョウも慌てて敬礼に合わせる。

 そこで、やっとバードは笑った。

「キョウお前は、兄のニーズと違い、騎士に対して真っ直ぐな思いを持っている。騎士団長としては複雑だが、父親としては嬉しい」

「止めろ、何の話だ。俺はあの時の作戦に納得出来ない。これからも、ずっとしないつもりだ。そうしなければ、あの人々は浮かばれない」

 キョウは苦しそうに訴える。あれ以来忙しくて、会うのはわずか三回目だが、顔を見れば言いたい事が解る。

 バードはキョウを避けていた。

 あの時、キョウがどこに居たかも知っているし、何を見たのかも報告を受けている。自分もあの場に駆けつけたかったと言いたいが、言ったところで変わりはない。

 しかし、バードはキョウの衣装を見て、すぐに何かを感じ取った。だからあえて声を掛けたのだ。

「言いたい事は解るし、言い訳はしない。ただ、まぁ、少しばかり聞いてくれ。お前は昔から活発で、在る時など、二週間ほど遭難して帰って来ない日もあったぐらいだ」

 キョウは余り覚えていないが、そんなことも有ったらしい。

 ニグスベールの人々は慌て、協力を頼み、捜索して、霧にやられたかと諦めた時、ひょっこりとキョウは帰って来たらしい。

 使用人いわく、ニグスベールの奇跡と題名すら付いている。

「それからは剣の鍛練たんれんに明け暮れ、騎士団長の俺が肩身が狭く思うほどの、しっかりとした騎士像を持っている」

「だから何だよ。昔話なら、母親か使用人とでもしてくれ」

「いや、昔話でない、今の話だよ。何時いつまでもそうあってくれ。もし、私達が違う土台に立っても、自分の守る者を守る騎士でいてくれ。私が目指した騎士だ」

 バードはそう言って再び敬礼をした。

 キョウの話をしていたはずが、いつの間にか自分の話になってしまった。

 あっけに取られているキョウを残し、バードは台所を出ていく。

 思えば騎士の事や、親子の思い出話など、そうやって話すことも元々少なかった。

 台所を去り行くバードは懐かしい風景に浸っていた。

 長男、長女が生まれ、しばらくして、次男のキョウが産まれた時、世界は霧におおわれていた。バードとしては有り難い時代だった。

 大戦から幾分いくぶん経ち、騎士を必要としない時代では、剣の腕が良い、一騎士のバードには上にあがるきざしは無かった。しかし皮肉にも、皆が恨んでいる霧のお陰でバードは一躍脚光いちやくきゃっこうを浴びた。衰退すいたいしていた歴代の騎士達を尻目に、バードは霧に変化した者を切り裂いていった。

 騎士団長バード・ニグスベールは、霧と共に現れた騎士なのだ。

 そしてキョウは霧しか知らない世代。平和な時を知らず剣の腕がを磨いた。

 剣技については、いつかはキョウに追い越されると思っていたが、一年前にアッサリと抜かれた。

 一度手合わせをしようと誘ったのはバードの方だ。

 日頃からキョウの剣の腕前は目を見張るものがあった。どうしても実力を知りたかったバードは、木製の剣でなく、お互いに愛用の剣で対峙した。

 バードはさやのまま、剣にさやのないキョウは剣に布を巻いて。

 一般的な、正眼の構えのバードに対し、キョウの変則的な構え。最初は妙な構えを覚えてきたなと思った程度だ。

 右手の剣を担いでいるなら、そこからのパターンは袈裟斬りか、バードから見て右からの胴狙い。

 そう思い、始めの合図した瞬間に背筋が凍った。

 剣に長く携わっていたから解る。キョウからは幾つもの剣の軌道が見えた。

 上からや右に注意は勿論もちろんだが、左からの軌道も色濃く見える。左からの軌道は、担いでいるかぎり頭部が邪魔で、無理矢理に左の方へ剣の軌道を変えても、体のしんがぶれ大した一撃に成らない。なのに関わらず色濃い軌道。

 別の切り方があるのか。

 そして下。

 下から競り上がる軌道。

 担いでいるにも関わらず下から。それは不可能では無いかと思われる。なのに軌道が見える。

 結局はキョウの放った袈裟斬りに、バードは一歩も動く事なく、アッサリと勝敗が着いた。

 まさかそんな域に達しているとは思わなかった。慢心まんしんしていたにしてもひどすぎる結果だ。

 しかし、キョウは天狗になることなく、父親は本気で無かったと言い、まだ自分では本気にさせられる実力が無いと、以前に増して幾度となく剣を振るう。

 そこまでして強く成ろうとする、キョウが目指している場所がバードには解らなかった。

 だが、今なら理解できる。

 同じなのだ。

 一騎士だったバードと同じく、それしか無いのだ。

 権力を使い人々を守る事も、頭脳を駆使くしして人々を守る事も出来ない。

 キョウは剣でしか、人々を守る事が出来ないのだ。

 それには幾ら技術があっても足りなく思うのは仕方がない。

 その剣で、誰を守るのか。

 バードはキョウにしばらく会えない気がしていた。



 再び馬をレンタルして、やっとの思いで国境の領地に着いた。

 今まであまり会話の無い父親が、こんな時にかぎって話しかけてくる。しかも、前もって伝えておいた馬のレンタルも、手違いを起こし、替わりの馬が来るまでさんざん待たされた。おかげで、馬を急がせようと何度も鞭を打ち付け、馬には悪いことをした。

 キョウは馬を返し、国境の門に向かって走る。

 全力疾走で人々の間を抜けると、国境の門が見えるのと同時に、リオの小さな姿が目に飛び込んできた。

 間に合ったと、息を切らせてリオの前にやってくるが、リオは怒ったように、目をつり上げたままキョウを見ていた。

 キョウは荒い息のまま恐々聞く。

「はぁ、はぁ、遅れたか?」

「いえ、まだ五分あるわ」

 良かったとキョウは荷物を下ろすと、地面に座り込み息を整えた。荷物を持ったまま全力で走ったので、春先と言うのにもう汗だくだ。

 少し離れた場所には、見送りに来たのだろう、マストロが民家の壁にもたれ掛けていた。キョウは片手を挙げて挨拶する。

 しかし、時間に遅れてはいないのなら、リオは何を怒っているのだと、キョウは顔を上げリオを見た。

「キョウ、剣を貸して」

 キョウには意味が解らなかったが、言われたとおり、握りをリオに向けて差し出す。

 リオは剣を持上げようとして、「重っ!」とよろめく。

 当たり前だろう。バスターソードまでいかないが、大振りな剣だ。リオにはあつかいにくい。

 それでもリオは、腕を震わせながら、剣先をキョウに向けた。

 思わず身構えそうになるのを、なんとか押しとどめる。

 リオは剣の重さに、歯を食い縛りながら話し出したので声が震えていた。

「キョ、キョウはこれから、本格的に危なく成っても、私に帰れって言わないと、やっ、約束できる?」

 そこで、リオが何をしたいのかが解った。

 キョウはかがんだ姿勢のまま片膝を付き、右手を胸に置きこうべれた。

 それは、騎士の行う最高礼。

「――――誓います」

 恐ろしいほどにんだ自分の声に内心驚く。

 周りは騎士ごっこを観ているつもりなのか、皆が足を止め観客は増えていったが、全く気にならなかった。

「私はイップ王女でなく、リオとしてまっ、まいりますが、着いてきますか?」

「――――お供します」

「それは、セリオンとしてでなく、キョウとしてですか?」

「キョウ・ニグスベールが、リオをお守りいたします!」

 リオが再びよろめく。そろそろ限界だ。

「でっ、では、私にしたがい、私の為だけに剣を振り、何処どこまでも、つっ、着いてくると誓いなさい!」

おおせのままに!」

 キョウのその台詞で、リオは剣先を地面に付け、今度は剣の横腹を持上げキョウの方に返す。

 キョウは剣を両手で受け取った。

 周りからは拍手が起こる。ちょっとした出し物感覚だろう。

 それを観ていたマストロは、凄い瞬間に立ち合ったと、壁から背を離し、一人体を震わせた。

 今、この場に居る誰もが気付いていない。多分、あの二人さえも。

 これは歴史に残る瞬間かも知れないのだ。

 王宮でもなく、王の接見せっけんの間でもない。ただの国境の村の、村はずれなのだが………。

 ――――――霧を止める姫と、その騎士――――――

 前世など関係なく、この二人はそれに成るかも知れない。だから、彼女は騎士の儀式を今したのだ。

 前世のイップ王女の騎士でなく、リオの騎士として着いてきてもらうために。

 騎士の儀式を受けたのは二度目だが、あの時より嬉しかった。リオはセリオンとしてで無く、キョウを選んでくれたから。

 キョウは立ち上がると剣を腰に下げ、騎士のとる敬礼をリオに向けた。

「――――ここに、リオ・ステンバーグの騎士が誕生したことを宣言する!」

 リオの高らかな宣言に、キョウは清々しく胸を張った。

 「わーっ」と沿道がわき、二人は人だかりの真ん中を通って門に向かう。

 空は出発にはもってこいの晴天せいてんだ。

 リオは一度だけ振り返り、マストロに大きく手を振った。マストロも小さく振り返す。

 確かに、あの二人の間に自分は相応しくなく思った。

 マストロには歴史を背負う力はない。しかし、家族をだかえてこの村を守るのが自分の出来る事だと思う。

 出来る事をしないと、自分より一回りも二回りも若い者に笑われる。

「毒されたか」

 マストロの胸には、しばらく忘れていた、熱いものが込み上げてきた。

 騎士に成ると決めた、あの時の様にれやかで、誰にも誇れた自分。

 しばらくして、マストロは傭兵の名を自衛団と変え、村を守って行く事を決める。

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