第20話時代の狭間に吹く、新しい風 5
バーカードが去った後に、食事を続けようとするリオをのぞき、他の者は
カインはレナ姫に耳打ちして、レナ姫はそれに対して頷き席を立つと、皇太子の権限を使い、カイン以外の護衛兵は全て帰させた。それと同時に、二人の給仕女だけを残し、全ての者を帰す。そこからキョウとカインは二人で集まり、何か相談をしていた。
リオの隣の席に戻ったレナ姫は、リオを見て呆れた顔をした。
「この様な状況で、良く食事がとれるな」
「だって、せっかくレナ姫がご
リオはせわしく口に料理を運んでいる。レナ姫は少し微笑んだ。
全くおかしな状況だ。あれほど自分の考えを解って欲しいと、レナ姫は皆に霧は止まると
リオは、以前のレナ姫の様に、「正しい事を言って何が悪いよ」と、もっともな意見を言う。それ以上、
「………リオ姫、すまぬな」
レナ姫の少し
「良いよ。こんな高級料理食べたこと無いし、それに、楽しかったよ」
「じゃが、私が城に連れてこなかったら、こんな
レナ姫は何かを我慢するように下を向いた。
「レナ姫は楽しく無かったの?」
リオのあっけらかんとした言葉に、レナ姫は顔を上げてリオを見る。リオは最後に取っておいた、大物の海老の切り身にフォークを突き刺した。
「さっきも言ったけど、私は楽しかったよ。一般人には見れない城の中も見れたし、こんなに美味しいご飯も食べれたし」
リオは海老を口の中にほり込んでから、幸せそうにゆっくりと噛みしめた。
「ただ、一つ
悔しそうに話すリオに、レナ姫は驚いた顔をした。
「………大きくなったら?」
台詞を繰り返すレナ姫に、リオは慌てて人差し指を口に当てる。それはレナ姫とリオの秘密の内容に関することだ。
リオはキョウの方を見て、二人がまだ話しているのを確認してから小声で話す。
「だから、私にも考えが有るって言ったでしょ」
そうは言うが、リオの考えは解らないし、今はまだ理論が成立していない。しかし、リオの事だ。彼女が大丈夫と言えば、大丈夫なのだろう。
「ごちそうさまでした」
リオは手を合わせてそう
それを
「リオ、話がまとまった。疲れているところ悪いが、今から法国オスティマを離れよう」
「やっぱりそうよね」
リオは溜め息混じりにうなだれる。
本日は大変で、ゆっくり眠りたかったが、自分が
レナ姫はリオの姿を寂しそうに見ていたが、あんな事の有った後だ、無理を言って引き留める訳には行かない。
解っていると何度も自分に言い聞かす。
レナ姫は自分の気持ちを
「なぁ、キョウ。キョウはリオ姫に、少し甘くないか?」
レナ姫の問い掛けに、キョウは苦笑いをする。たしかに周りからはそう見えても仕方がない。
「実は、俺はリオに無理矢理ついてきている。言わばこれはリオの旅なんだ。だから、俺は俺の出来ることで、何者からもリオを守ろうと思う。それは、どんな状況でも変わりはないから」
そう言い切り、笑顔を見せるキョウに対して、リオもレナ姫も真っ赤になった。
「もう、恥ずかしいから、他人の前でまともに答えないで」
焦るリオの横でレナ姫がポツリと呟いた。
「………うらやましい」
「レナ姫?」
リオに顔を覗き込まれ、レナ姫は慌てて頭を振った。
「なっ、何でも無い、それより今後の予定はどうするのじゃ?」
「あぁ、カインが知り合いの給仕女に頼んで、俺達の荷物を取って来てくれるらしい。俺達はそのまま船に乗り、法国の領地から離れ、王国セロンに向かう」
その台詞にリオは、あからさまに顔をしかめた。
「船かーっ」
船にはあまり良い思い出は無いが、王国セロンなら王国ファスマに近付くので不満は無い。
「ねー、キョウ、王国セロンまでどれ位かかるかな?」
うーんとキョウは悩む。行った事がないので解らない。
「王国セロンなら、夜行便で出て朝には着く。結構長いぞ」
カインの言葉にリオは青ざめた。前回は一時間であれだ。一晩など考えられない。
キョウもリオが苦手なのを解っていて、法国オスティマ領を離れた次の港の、王国セロンに決めたのだ。本来ならもう少し船で進んだ方が王国ファスマに早く着く。
「とにかく、荷物が届くまでの間は、ゆっくりしておけ」
カインはキョウにそう言うと、レナ姫を向いた。
「ここにはキョウも居ますので少し離れます。今後はこのような事が起こらぬよう、法王にご相談し、レナ姫の護衛兵を、私の息の掛かった者だけで
解ったとレナ姫は頷く。
「キョウ、俺が戻るまでレナ姫をお願いする。早目に戻るから、俺が居ない間に勝手に旅立つなよ」
「あぁ、解ったが良いのか?」
キョウは不安にたずねる。他国の騎士に、法国の姫を守る事を頼むなど、そんな勝手な事をさせて大丈夫だろうか。
「あぁ、今は大丈夫だ。しかし、これからの事を考えると早い方が良いのでな」
カインの考えが今一つ解らないが、キョウは頷く。ただ、何かあったときに、剣を抜いて問題に成らないか心配だ。
キョウやリオは全く気付いていない。この二人が来たことにより、法国がどれほど変わろうとしているのかを。
カインが部屋を後にして、法王の元に行った時、
部屋の中には法王の他に、ローランド第一皇太子やバーカードがいたので少しすくみ上がる。法王だけでも緊張するのに、国のトップが三人もいる。
バーカードが言っていた食事の予定とは、これの事かと気付いたがもう遅い。しかし、その場の明るさから、今なら伝えても、意見が通りやすいと判断した。
カインの緊張した言葉に、法王は二つ返事で返す。しかも、カインは護衛兵長に任命され、近々
喜ばしい思う結果だが、突然すぎて、まるで
一体何が始まっている?
カインは頭を
カインが部屋に戻ると、キョウ達の荷物も届き準備万端だった。
「よし、届いたか。じゃ、今から行くが忘れ物は無いな」
カインの言葉にキョウは頷く。
キョウ達とカインと、見送りをすると
そして、外に出たキョウ達は振り向き二人を見た。
見送りはここまでだ。
キョウはカインに手を差し出した。
「すまなかった、何から何まで。パスポートの記入や、船の手配までしてくれて感謝している」
「気を使うな、俺達が出来るのはその
カインは割りとあっさり別れを伝えて手を握るが、キョウは握手の強さに顔をしかめる。
「頑張ってくれ。法国だけじゃない。全世界が待ち望んだ事だ」
その台詞にカインが思わず力が入ったのだと解り、キョウは力強く頷いた。それから、カインはリオを向くと、膝を付き
「リオ姫様、どうかご無事で。必ずやその
カインはリオが姫で無いことを知っている。しかし、イップ王女の記憶があることを知らない。だからカインは、本当に一般人のリオに対して、最大の礼をしたのである。
慌ててリオは両手を振った。
「止めて下さいカインさん、私はそんなのじゃないから!」
カインはゆっくり首を振った。
姫だろうが一般人だろうが関係無かった。彼等はそれほど凄い事をやりに行く。
カインの行動と言葉を聞き、それまで黙って下を向いていたレナ姫は限界だった。突然スカートを握り締め肩を震わし出した。
「――――嫌じゃ、」
余りにも小さく、震えた声だった。
リオは真剣な顔でレナ姫を見る。
顔を上げたレナ姫は大粒の涙を流していた。
「嫌じゃ! 嫌じゃ! 嫌じゃ! リオ姫行くな、友達じゃろ! 行ったら駄目じゃ!」
レナ姫はリオを行かせない様にと、抱きつき止める。リオは優しく語り掛けた。
「レナ姫、大丈夫だよ」
「嘘じゃ!………そうじゃ! もっと一緒に考えて、理論を
レナ姫のこじつけの様な案に、リオはレナ姫の頭を優しく
「そうだね。私もそうしたかったよ。………でもね、レナ姫、私は行かなきゃ。それが出来るのは、今は私だけだから」
泣き止まないレナ姫は顔を上げて、すがるようにリオの顔を見る。
「なら、私も行く! 連れて行ってくれ」
リオはゆっくり首を横に振った。
レナ姫は鼻を
「何故じゃ! 足手まといにはならんはず。魔法も使える、私もリオ姫の様に出来るぞ!」
「………だからだよ」
リオは覚悟をレナ姫に語った。
「私が駄目だったら次はお願いね。二万七千の言葉、覚えたでしょ?」
レナ姫は大きく目を見開いた。
リオはカインが席を外している間にレナ姫に、二万七千の言葉を教えていた。キョウも一緒になって覚えようとしたが、二人の頭には着いていけない。発音すら上手く出来なかった。
渋々レナ姫はリオから離れ、必死に涙を止めようと再びスカートを強く握る。あれには、そう言うと意味が
「じゃ、じゃあ約束じゃ! 必ず、………必ず戻ると約束せよ!」
「うん、戻るから。その時は手助けしてね」
意味不明の言葉にキョウは戸惑うが、二人は何か約束したのだろう。
「レナ姫様、リオは必ず俺が守ります。そして、必ず法国オスティマにまた来ます!」
レナ姫はその台詞で、キョウにすがり付く様に頭を下げた。
「お願いじゃ、リオ姫を………私の友達を守ってくれ。頼む、頼むから!」
よく言い争いしていたのに、二人はこれ程までに友達と成っていたのだ。もう自分の意志だけでない。リオを守りたいものが他にも居るのだ。
レナ姫の涙ながらの訴えに、キョウは騎士の敬礼で返した。
二人は港に向かい歩き出し、見えなくなるまで
法国オスティマでは色々あったが、立ち寄って良かったと思う。イップ王女とセリオンの時も、ここまで頑張ってくれと言われれば、状況も違った形で幕を下ろしていただろう。
キョウは隣を歩くリオをチラッと見た。
黙ったまま歩いているので、寂しがっているかと思ったが、どうやら違うらしい。リオは眉間にシワを寄せて、小さく呟いた。
「………あぁ、船かーっ」
キョウが笑うとリオは怒ったように振り向いた。それから恥ずかしそうに
「悪い?」
キョウは首を横に振る。
「いや、寂しがっているかと思ってな」
「レナ姫には、また会えるから良いの。それより問題は船よ」
「眠ってたら気にならないだろ」
「キョウは、どれ位しんどいか解らないから簡単に言えるの!」
リオはさらに頬を膨らませた。彼女にしては死活問題らしい。
二人はカインに教わった通りに、来た時とは別の港に三十分掛けてやって来た。こちらの港は水深が深く、大型船が多く
キョウ達の向かう先には、一隻の大型船が停まっており、船員か大声で出航時間を叫んでいた。どうやらそれが目的の船だろう。
リオは大きい船を見て、深く溜め息を吐いた。そんなに嫌なのだろうか。
周りにはキョウ達と同じく、どこかの国に向かう人達が集まり、我先にと船に乗り込んでいる。
キョウ達も船乗り場に着くと、チケットを取り出し船員に渡した。チケットを回収する船員は、チケットをみてあきらかに驚いた顔で、キョウとリオを見比べ、もう一度チケットを見る。
二人は解らず、不思議に思い首を傾けた。
チケットを回収する船員は別の船員を呼び、その船員がキョウ達の前にやって来ると頭を下げた。
「では、こちらの来てください」
船員の案内に従いキョウ達は着いていく。船員はどんどん他の乗客の方から離れ、キョウは不安にかられた。
何か問題があったのか? チケットはカインから貰ったから、又もやカインの引っ掛けか?
キョウは腰の剣を確かめる。船員に連れられてやって来たのは、船の上の方にある、個室の客室だった。船に
その部屋に誰がいるのか。
船員は頭を下げて戻っていった。キョウはリオを後ろに下げ、剣に手を掛けたままノックをしてから、恐々と扉を開け部屋を覗き込む。
部屋は高級な作りで、小さなテーブルに、大きくゆったりとしたソファーが二つ、細工の細かく良く磨かれた化粧台に、二つの大きなベットが備わり、そして、誰もが居なかった。
慌ててキョウは船員を呼び止める。
「あの、誰も居ないのですが、間違っていませんか?」
船員は頭を
「そりゃ、誰も居ませんよ。あなた様方のお部屋ですから」
船員はもう一度頭を下げると戻っていく。キョウは驚き、もう一度部屋を覗き込んだ。その横をリオがすり抜けていく。
「すごーい! キョウ見て見て、化粧台まであるよ」
先程まで船を嫌がっていたのに、部屋の豪華さにリオはハシャイでいる。現金なものだ。
カインかレナ姫の考慮なのだろう。ただの一般人に対してその
絶対リオを守り、
キョウは再び、この旅の誓いを噛み締めた。
リオは早くもベットに寝っ転がる。
「キョウ、サラサラのフカフカだよ。気持ち良い」
「あぁ、それより、歯磨きして身体を拭いてから眠れよ」
「うん、解ってる………」
キョウの台詞にリオはゆっくりと答えるが、しばらくすると、そのまま寝息が聞え出した。
今日はそれほど疲れたのだろう。
キョウは溜め息を吐き、リオの体にシーツを被せてあげた。
「お疲れ様、リオ姫。よく頑張ったな、偉かったぞ」
眠っていて聞こえない筈の、キョウの労いの台詞に、リオはまんべんな笑顔で答えた。
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