第19話時代の狭間に吹く、新しい風 4

「と、まぁ、こんな事が有りましてな」

 バーカードは話終えると、話ながら切っておいた、春キャベツのソテーを口に入れた。

 テーブルには豪華な食器類の上に、その豪華さに負けない料理が並ぶ。三人で食事を取る、それほど大きく無い部屋には、十人もの給仕女達が、飲み物を注いだり料理を変えたりと忙しく働いていた。

 そもそも本日は、セントエレフィス領の独立の話をするために集まったが、未だにその話は一切出てこない。

「成る程、中々面白い話ではあるが、採算さいさんは合うのか?」

 バーカードよりも少し若い、六十代半ばのライディア法王は、顎髭あごひげを触りながら感想を言う。長い付き合いでバーカードには解っていた。

 それは法王が本気で考える時に見せるくせだ。

「さぁてな、どんふり勘定かんじょうで良いのなら答えますが、何せ子供の考え、ここから原案の骨子こっしを作るのであれば………」

 わざらしたようにそう言ってから、バーカードはしばし考え口を閉じる。しかし、楽しそうに口元はゆるめたままだ。

「………大いに。他国より早めればより大きく」

「そこまでか?」

 この中で一番若いローランド皇太子は、自分の考えとは違った答えに驚愕きょうがくの表情を作る。こちらも一番若いと言えど、四十後半とソコソコの年齢だ。

 まぁ、この二人の中に入れば、ある程度ていどの年齢でもみな若手だ。

「ローランド皇太子よ、遣り方にもよりますし、初期投資は莫大ぼうだいな物になるはずですが、逆に初期投資が大きく成れば成るほど、他国は手が出ません。まぁ、希望的勘定も入っているのはいなめませんがね」

 バーカードはそれでも構わないと言ったようにニヤつく。

「いったいどうする?」

 ローランドは興味津々きょうみしんしんたずねた。法王も身をのりだし耳をませている。

「この法国を拠点きょてんとする流通を作るのです。もちろん、国益が上がれば他国も真似するでしょうが、一度ルートを完成させておくと、人々は自然とそれに沿いながら動く物です。だから早い方が有利な訳です。それに、それだけではございません。広い場所に保管場所をもうけたり、他国の物を買い取って売ったりと、考え出せば切りがありません」

 バーカードは嬉しそうに、手まで使い話をする。そんな姿はしばらく見ていない。いや、初めてかも知れない。

 法王はそんなバーカードに対し、いたずらっ子のように鼻で笑った。

「まるで惚れた女の様に話するよな」

「法王、おたわむれを」

 焦るバーカードは、一度は否定するが「いや」と笑い頷いた。

「確かに、孫よりも幼い二人の姫に、年甲斐もなく熱くなりました。この案はそこまで楽しい」

 バーカードは年老いても、若い者に負けない活力がある。しかし、何度も「楽しい」と口にする今は、まるで若い頃に戻っているようですらある。

 その様子に給仕女達も驚いている。

 最近集まれば、難しい議題ばかりで誰もが目を血眼ちまなこになり語り合う。しかし、こんなにも笑いある会食は珍しい。

 まるで大臣に成ることをこころざし、夢を語る若者達に給仕している、そんな錯覚にさえ捕らわれる。

「では、戦争をしなくとも、他国の利益が入って来ると申すか?」

 ローランドも、最近は王としての自覚も経験も出来てきて、一早く話の裏を理解する。

 法王は嬉しそうに目を細めた。

 王位を受け渡すのは、時間の問題かも知れない。後は、自分にとってのバーカードの様に、右腕が出来れば良いが、そこだけが心配だ。

「はい、しかも始めのうちは独占です。どうでしょう?」

 バーカードは前のめりになる。

「そうだな、後はその風船が本当に実用向きかか」

 法王はそこが一番気がかりだ。ローランドも両腕を組み頷く。

「その事なんですが、原案はレナ姫に任してみてはどうかと」

「レナにか。少し気か乗らんがな………」

 バーカードの案に法王は渋る。

 確かに頭が良く、法王自体も可愛がってはいるものの、年齢的に早いと思うし、何より他の皇太子達や大臣達が納得しないだろう。レナ姫に皇太子番号を付ける時ですら、かなり荒れた。その時は無理矢理こぎつけたが、これ程大きくなるなら躊躇ためらわれる。

 大体、年老いた法王よりも若いくせに、みんな頭が固すぎるのだ。しかし、ローランドは否定的では無かった。

「レナか。面白いかも知れませぬな」

「そうでしょう、レナ姫は話を聞いただけで、中に入れるガスを当てとりました。もっとも良い形状も直ぐに考え付くと思います」

 二人共、少しレナ姫を過大評価をしているとは思うが、確かに今から原案を練る段階なら、失敗しても惜しくはない。

 法王は渋々に了解した。

「あぁ、ただし内密に進める事を約束せよ」

「それはもう」

 二人して頷く。

 リオの発言によってレナ姫は、本人が知らぬ間に重要ポストに成ってしまった。

「それと、後はレナ姫のお願いですかね」

 意地悪くバーカードは笑う。流石とも言うべきか、話の流れを支配するのは上手い。

「解っておる。我々に対し、外交の様な妙な駆け引きを使うな。レナを使わなくとも良い案には変わり無い」

 法王は不貞腐ふてくされたように言った。

 ようするに、バーカードはレナ姫に仕事させるなら、ご褒美ほうびをあげろと言ったのである。バーカードは教育案も成熟せいじゅくさせたいため、そう言って法王に学校を作らせようとしたのだ。まぁ、法王には見抜かられたが。

 苦笑いのバーカードは再度口を開く。

「後、もう一つ。エドワードを私の下に付けることをお許し願いたい」

「エドワードをか?」

 法王やローランドは驚く。

 色々な大臣と幾度いくどと無く仕事をしたのだ。エドワードが力不足なのは、この二人は良く知っている。もちろん、バーカードを煙たがっているのも。

 バーカードはそんな二人に、真顔になりあごを引き、冗談で無いことを示した。

「あ奴はもう一度、教育し直さなくては成りません」

 成る程と二人は納得する。

 バーカードの言葉は未だ続いた。

「それに、私ももう年です。いつ何が有ってもおかしくない。多分、人を育てるのは最後に成りましょうぞ」

 バーカードの台詞に、法王は寂しそうに目を細めた。

 その言葉は聞きたくは無かった。しかし、お互い年老いた。いずれの覚悟は必要だ。

 ローランドは問いかける。それこそ先程の驚きの場所と同じだからだ。

「何故、エドワードだ? もっと他におるだろ」

 バーカードは皮肉のように笑う。

 自分を笑ったのだ。

「若いからですよ。これから、ローランド皇太子は法国を背負しょって立つわけです。その時、年寄り達がのさばっていても、良いことは何も有りません。………今日は新しい風が二つも吹きました。若々しくて荒々しい風が。私はその風が何処どこに行くか知りたいのですが、年老いた私の体では追い付けません。だから、追い付くものを育てたいのです」

 バーカードは遠くを見つめるように目を細めた。

 リオの案を聞いたとき、それが突然胸に沸き上がってきた。自分では、そんな一か八かのギャンブルの様な案は出てこなかっただろう。しかし、未来を想像するとリオの風船は当たり前のようにると思う。先程の話で上がったように、早いか遅いかなら、早いほど良いに決まっている。

 法王とローランドの二人は黙り込んだ。バーカードが言わんとしている事は解る。

 そんな二人にバーカードは話し掛ける。その口調は、何時ものハキハキとしたものに戻っていた。

「しかし、だからと言って、まだまだ若い者に負けませんぞ。もっと口うるさく行きます!」

 その台詞に二人は逆に困った。

「あまり張り切るなよ。若い者が倒れてはかなわん」

 法王の心配した言葉で皆が笑う。

「よし、それならローランド、バーカードとエドワードと共に人選を集め、直ぐに学校と言うものの原案をまとめろ」

「はっ!」

 それだけ伝えると、法王は黙り込んだ。

 バーカードとローランドは、今度は学校についての議論を進める。その姿に、法王は時代の変わる狭間はざまを見た気がした。

 大戦が終わる時、霧が発生した時。その二つの時も国は揺れたし、議題は多くあがった。時代に着いていく大臣達の、一番大変な時でもあっただろう。バーカードもそうなのだろう。だからこそ、若い者に自分の知識を譲ろうとする。

「そろそろ霧が無くなった後のことを考えねば成らぬな」

 法王の小さな呟きに、給仕女達が驚きの表情を浮かべていた。



 デルマンは怒りに任せて早足で歩いていく。エドワードに何とか彼に追い付いた。

「デルマン皇太子」

 エドワードの問い掛けにデルマンは振り向きもせず足を止めた。

「少し落ち着かれて………」

 エドワードもバーカードに怒られた後で、内心は煮えたぎっていたがデルマン程ではない。

 逆に、デルマンが怒りに打ち震えるのを見て、自分が落ち着か無くてはならないと自身をいましめる。

 デルマンは怒りに肩を震わしながら、しぼり出す様に声を上げた。

「………サツとゴードンを呼べ」

 あまりにも小声で聞こえなかったエドワードは、「えっ?」と戸惑う。そんなエドワードに対して、デルマンはもう一度言った。

「ガキが舐めよって! サツとゴードンを呼ぶんのだ! 今すぐ俺の部屋に来るよう伝えよ!」

 デルマンはそれだけを叫ぶと、一度もエドワードを見ずに去っていく。エドワードは驚きの顔のまま、デルマンの後ろ姿を見送った。

 ゴードンは未だしも、サツは不味い。

 サツとは、法国オスティマの中でも、確実性の高い暗殺者だ。法国オスティマの中で、最も暗部あんぶにいる者である。

 リオが何処どこかの国の姫で無いことは、報告を受けて知っている。だから、リオをどうしようが、外交には問題は無いが、それだからこそ、王族でもない一般人に向ける者でも無かった。

 正気か?

 エドワードはデルマンの背中に不安を感じる。今まで大臣として、上にあがるためにデルマンにこなを掛けてきたが、そろそろ離れた方が良いかも知れない。しかし、皇太子の命令だ。そむく訳にもいかなかった。

 エドワードは身をひるがえすと命令に従った。

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