第18話時代の狭間に吹く、新しい風 3

「面白そうな話だな。私も交えてくれないか?」 

 その時、再び開いた扉から、今度は一人の老人が姿を表した。

「バーカード、殿」

 エドワードは焦りながら答える。バーカードはエドワードを一睨ひとにらみして、背筋を伸ばし歩いてくる。

 先程から扉の前で話を聞いていたが、エドワードの無知さや、他国の姫に食い付くなど摂政せっしょうるまじき行為に、いい加減しびれが切れたのである。

 それに対し、レナ姫もリオ姫も中々良いことを言う。青臭いが嫌いでは無い。

「デルマン皇太子にレナ姫、私も同席してもよろしいかな?」

「あぁ、かまわぬ」

 レナ姫は頷くが、デルマンは不機嫌な顔のまま返事もしない。

 レナ姫の返答に、先程まで険悪なムードで固まっていた給仕女達が慌た。料理はもちろん無い。バーカードはそんな給仕女達に首を横に振った。

「かまわん、食事は別の者と予定を組んでいる。紅茶があればいただこうか」

 カインは慌てて、席を譲ろうとするが、バーカードはそれを手でせいして、カインの後ろを通りすぎる。バーカードは一番末席まつせきの前にやって来ると、リオとキョウに目をやった。

 リオはまたしても言いたい台詞を逃し、苛々いらいらした顔をしているし、キョウは再び現れた来訪者に困惑している。

 その様子にバーカードは頭を下げた。

 その姿は優雅ゆうがとは言いがたい。しかし、一言いうなら凄いだ。

 身体を九十度曲げる最高礼。しかも動きもスムーズで早い。とても老人の動きとは思えない。

「せっかくレナ姫と楽しく食事をとっている所に、何人もの空気の読めない者が現れ、まことに申し訳ない」

 その姿に見とれていたリオとキョウは慌てて立ち上がり、リオは頭をさげ、キョウは騎士の敬礼けいれいをして、お礼を口にする。

「いえ、こちらこそ、素晴らしい食事をご馳走ちそうしていただき感謝しています」

 バーカードは首を横に振り、手でキョウ達に座るよう催促さいそくする。そして、キョウ達が座るのを見てから、自らも椅子に腰を下ろした。

「それに、我が国の摂政せっしょうたるものが、国政も知らず恥ずかしく思います。わずらわしい気分にさせてしまったことを、先ずはおび申し上げたい」

 バーカードは座ったまま深く頭を下げた。

「バーカード殿!」

 バーカードの台詞にエドワードは怒りをあらわにする。バーカードがそこで謝れば、自分が悪いように聞こえる。

 バーカードは端の席から再びエドワードを睨んだ。

 エドワードはバーカードの怒っている意味が解らないので有ろう。バーカードの視線から逃れるように深く座り直す。デルマンはエドワードが責められているにも関わらず、知らぬふりをしていた。

「いえ、大丈夫です」

 リオは両手を振って何度も頷く。隣ではレナ姫が良かったとばかりに胸を撫で下ろしていた。

「所でバーカード、どうかしたのか?」

 リオに対して、余りにも下手に出るのが気に入らないデルマンは問いかける。何とかすきを見付けて帰らせたい。

 デルマンの声は聞こえたので有ろうが、バーカードは相手にせずにリオに話し掛けた。

「時にリオ姫様、逆にこちらから聞きたいのですが、リオ姫様なら、霧が消えて十年後はどうしたら良いと思いますかな? レナ姫も思っている事があれば言って下さい」

 バーカードの問い掛けにレナ姫はあせる。摂政せっしょう中の摂政せっしょうからの問い掛けだ。レナ姫の言った事など鼻で笑われて終わりになる。

 リオはバーカードを見て少し口元を緩めた。

「流通」

 リオが発した一言目でバーカードは目を見開き頷いた。

「霧が無くなり、先ず発展するのはそこからだよ。船も速いけど、内陸部の所に運ぶとなれば、今は馬車しか無いけど、もっと多く積めて、早いものが出てくればコストも下がる。ティーライ王国の葡萄酒や、この国の飴玉、安くなればそれだけ買う人も増える。そうしたら大量生産して、もっとコストが下がり買う人も増える。しかし、流通には投資がかかる。だから国が管理するの」

 たしかに、今は霧の為に馬を使う者が少ない。しかし、霧が無くなれば馬を使うものも増え、流通はスムーズに行くだろう。

 バーカードは頷き、リオの次の言葉を奪った。

「その次は産業ですね?」

「うん」

「先程の、もっと速い物の検討けんとうは有りますか?」

 リオは「あっ」と声を上げた。バーカードは少しの言葉も聞き漏らしていない。それから悩んだ仕草をしたがあきらめた様に口を開く。

「まだ考えの段階だから内緒にしてね」

 バーカードは笑顔で頷く。

「内緒にしましょう」

「例えば、空を使う」

「空ですか?」

「うん。大きい風船を作るの」

 完全に子供の発想だと、リオの言葉に周りから失笑しっしょうが聞こえる。その中でレナ姫とキョウとバーカードの三人だけが真剣にそれを想像していた。

 解ったとレナ姫は手を叩く。

「そうか! ガスを入れるのじゃな。ガスは空気より比重ひじゅうが軽いから浮く」

「ですが、ガスだと爆発の可能が有ります」

 バーカードの指摘してきに、リオとレナ姫は首を横に振った。リオが再び得意気に話す前に、先にレナ姫が口を開く。

「燃えないガスが有るぞ。ヘリウムじゃ。世界に多く有るし生産も………」

「そう! 生産も簡単に出来るよ!」

 リオの様子に、隣のキョウが背筋を真っ直ぐ伸ばし、緊張の汗を流しながら震えていた。

 リオはレナ姫の頭を押さえ込んでいる。

「リオ、姫。て、手、手を離して」

 キョウは前を向いたまま、小声でリオに話し掛ける。

 リオは知らない顔をしていた。

 レナ姫は短い腕をバタバタ振って必死に頭を上げる。

「止めよリオ姫、良い所でまたしてもお主は………」

「だって、レナ姫が悪いんだよ。私の発想なのに!」

 キョウがとうとうしびれを切らし止めようとするが、周りは微笑ほほえましく見ていた。バーカードは一人腕を組、しばらく固まっている。それから、一つ頷くと次はレナ姫に目をやった。

「レナ姫は何か有りますか?」

「私? 私は別に………」

 リオに押さえ付けられ、乱れた髪型を直していたレナ姫は、急に話を振られたので、あせって口ごもった。

 こんな緊張する場所では何も考え付かないし、リオの案の後だ。下手なことは言いたくない。

 その様子をリオは見て頷いた。

「レナ姫、レナ姫、あれ」

「あれ?………あっ、しかしじゃ」

 レナ姫は顔を真っ赤にする。

「だって、レナ姫が図書館で言っていたことだよ」

 バーカードは二人を真剣に見ている。レナ姫が再び口ごもろうとするのを、リオが急かしていた。

「どんな事でも良いです。聞かせて下さい」

「それじゃ、言うぞ。………その、何じゃ、学校と言う物が欲しいのじゃ」

「学校ですか?」

「そうじゃ、学校じゃ。皆で集まって学問を習う場所じゃ。………私は行きたい」

 最後の台詞は小声で誰にも聞こえなかった。

 再びバーカードは目を見開き何度も頷く。法国オスティマには、学校に良く似た塾が存在するが、権力者の子供が行くものや、国政を学ぶものしか存在しない。

「成る程、教育ですか」

 バーカードは興奮のするのが押さえ切れずにいた。

 幼い二人の姫がしめした道。

 流通の新しい経路と産業。

 まだまだ案を練り込まなくてはいけないが、こちらは製造から始めると大事業に発展するだろう。雇用が産まれ、生産すれば、購買力が上がる。金が回れば国は豊かに成る。

 そして教育。

 人々の知性や技術を育てる知識が有れば、国は良くなり潤う。

 二つとも直ぐには発展しないが、確かに十年先を見た道だ。

 イライラしていたエドワードは、反論しないバーカードを見てさらにイラつく。子供の意見を、何をバカ正直に聞いているのか。

「いい加減にしろ! どこが十年先だ。そんな事ぐらいは誰でも思い付く。もっと現実をみて見なくては、今にセントエレフィス領の様に、全ての領土が独立を口にするぞ!」

 思わず、国外に出してはいけない禁止事項を口にするエドワードに、バーカードは腹の底から大声を上げた。

「だからお前は、まだケツが青いと言ったのだ!!」

 老人とは思えない迫力と大声。

 エドワードで無くとも、皆が息を飲み込み姿勢をただす。

「良いかエドワード、国政とは十年先を見よ! そして、それにいたるように進めていくものだ! この二人が語った内容が解らぬとは、摂政せっしょうとして恥ずかしいぞ!」

 バーカードに怒られ、エドワードは首をすくめて、身を小さくした。デルマンは面白く無さそうに、リオとレナ姫の二人を見る。

 法国オスティマ本国の王はいずれ自分の物だ。なのに、こんなガキ共相手に、何故こんな気持ちにならなくてはいけない。

「お前達が好きに言うのは勝手だが、どうやって霧を止める? 俺の法国は霧の討伐で利益を上げてきた。たみは皆が困るぞ。そんな勝手な事は俺が許さん!」

 デルマンのイラついた言葉に、おくすること無くレナ姫は反論した。

「だから、今話しておる。霧が無くなった後のことを」

 レナ姫達とデルマン達では、最初から論点ろんてんが違う。

「だから、先程からエドワードが何度も言っておっただろ! 霧は消えないと!」

 リオはそこで、やっとさっきから言えない台詞が言えた。

「そもそも、そこがの間違いなの」

 リオは椅子から立ち上がり、短い指を二本立てた。

「間違いの二つ目! 霧はもうすぐ止まる。私が霧を止めるから!」

 リオの高らかな宣言に人々は驚きリオを見た。

 レナ姫もよく霧は止まると口にするが、それ以上の事は口にしない。レナ姫が子供のたわむれと言われる原因の一つはそこである。聞いて欲しいだけだと、誰もが思っていた。しかし、リオは違う。言い切ったのである。

 霧を止めると。

 止まると、止めるの差は大きい。

「リオ!」

「リオ姫!」

 キョウとレナ姫は二人してリオを止める。それは言わない約束だ。

 しかしリオは止まらない。再び口を開いた。

「確かに霧が止まっても、直ぐに霧が無くなる訳じゃないよ。完全に消えるまで十年は掛かるでしょうね。たしかに霧で利益を得たのはわかるよ。だけど、法国の皆が霧を望んでいるとは思わない。それに、他に国益こくえきの作るの道があるなら、国民も困らないよね?」

 リオの台詞に、バーカードは口を開けたままに成った。

 全くもってその通りだった。

 年甲斐としがいもなく、幼い他国の姫に心を奪われた。産まれて来るのが早すぎた。

 自分はもう年だ、長くてもう十数年だろうが、もう少し彼女が作って行くであろう、未来が見たかった。

 それはまるで、未来に希望をもたらす王。レナ姫が先程語った、それではないだろうか。

「もう良い! 子供のたわむれを聞くのは飽きた。行くぞエドワード、食事が不味くてかなわん!」

「はっ、はい」

 デルマンが不機嫌に立ち去る後ろを、エドワードは追っていく。

 二人が扉を出ていってしばらくすると、レナ姫は慌てて立ち上がりバーカードを見た。

「すまぬバーカード、今の発言は聞かなかった事にしてくれ! 皆の者もだ。良いか、リオ姫は錯乱さくらんしておっただけじゃ」

「ひどいよ、レナ姫」

 リオは困った様に眉をしかめる。レナ姫とキョウはリオに詰め寄った。

「ひどいのはお主じゃ!」

「そうだ! あれほど言うなと言っただろう!」

 真剣に怒る二人に、リオは「えーっ、だって」と言い訳を始める。

 護衛兵達も給仕女達も、まだ固まったまま身動きが取れない。薄々感付いていたカインですら、驚きを隠せずにいた。

「わ――――ははははっ!」

 豪快ごうかいに笑い出したバーカードの声に、やっと周りの者は正気に戻る。

「これは、何とも言えないですな。その言葉を言うだけの為に、国益の話まで出して納得させようとするとは、恐れ要りましたリオ姫様」

 バーカードは素直に頭を下げた。

 意味が解らないレナ姫とキョウは、バーカードを見続ける。リオは慌てるが、そんな二人にバーカードは解説してあげた。

 その声は大きく豪快ごうかいだ。

「先程、デルマン皇太子が言われた通り、法国オスティマは霧の討伐により国益が増えました。その中で霧を止めると言えば不味いですな、国益をぐわぬ可能性が出てくるからです。だから、別に国益を得る話してから言えば、お互い損はない。中々上手い外交ですな」

 この方法はバーカードも、外交で良くやる方法だ。しかし、それを言われれば、リオにとっては目の前で手品の種明かしをされた様で恥ずかしい。

「バーカードさん止めて下さい」

 バーカードは再び笑う。

「なら、リオ姫様の風船の案は頂きます。本来なら、すでに頭の中にある、その物の形状やルートの案も頂きたいですが、こちらもレナ姫がいます。直ぐにリオ姫様以上の案が出ますでしょう」

 楽しそうに語るバーカードに対して、なぜ自分に話が振られたか分からず、レナ姫は何度も瞬きをした。

「では、私もそろそろ参ります。有意義な時間でした。後はごゆるりと食事を楽しんで下さい」

 そう言うと、バーカードは椅子から立ち上がり、給仕女達に、最大のおもてなしをするように言い付け、部屋を後にした。

 未だに訳が解らないレナ姫とキョウは、お互いに顔を見合わせてからリオを見る。

 リオは真っ赤に成っていた。

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