第17話時代の狭間に吹く、新しい風 2

「これはこれは、レナではないか。どうした、このような所で食事とは?」

 いきなりデルマンが現れて、しかめっ面になったのはレナ姫よりカインの方が早かった。食事の追加に行かせた護衛兵は、デルマンの息が掛かった者だったのだ。あきらかにカインのミスだ。レナ姫の我が儘わがままと、リオとキョウの存在感の大きさから注意をおこたっていた。

 レナ姫以外は椅子から立ち上がり敬礼をする。

 今入って来た人物が誰か解らないが、周りの反応を見れば王族クラスなのは解る。キョウも皆に習い立ち上がった。それから、ポカンと口を開けているリオを、他から見えないように背中をつついて立ち上がらせ、お辞儀させる。自分は騎士の敬礼をとった。

 デルマンはその様子を頷きながら眺め、目を細めながらレナ姫に話しかけた。

「それにしても、護衛の者と食事とは変った趣味よのう」

 レナ姫はふくれたまま答える。

「別に良いでわないか。それより何をしに来られた?」

「つれない返事だな。いやなに、俺も今さっきセントエレフィスの会合から戻って、ローランド皇太子に報告した所でな、ちょうど食事に向かう所だった」

 デルマンは態とらしく、肩をすくめて台詞を述べる。

「そこで、給仕女達が食事を運んでいるのを見て、ついでにあやかろうとって来たしだいだ」

 カインはデルマンの得意気な顔を見ながら、彼が何をたくらんでいるのかを考えた。

 図書館でレナ姫達が何をしていたか解らないが、霧について何か調べていたと思う。他の護衛兵もそう思ったからデルマンに報告したのだろう。そう成ると、一番はやはり霧を止めることを諦めさすためか。

 レナ姫はあきらかに不服な顔のまま、一切目線を合わせない。前を見たままデルマンに答えた。

「すまぬが、今は接待せったいの最中じゃ。出ていっていただけぬか」

「接待か、ならば第七姫より、第三皇太子の方が良かろう。レナ、微力ながら手助けいたすぞ。エドワード、お主も入ってこい。レナ姫を手助けし、食事にあやかろうではないか」

 デルマンの声にエドワードは開いたままの扉から中に入る。給仕女のうち数人は、慌ててデルマン達の食事を用意するため、部屋を飛び出した。

「止めよ、リオ姫は私の大切な友達じゃ。構わぬでくれ」

「レナの友達なら尚更なおさら恥はかかせられん。心配無用だ」

 レナ姫は必死に抵抗するが、まるで聞いてくれない。くらいはデルマンの方が上であるので、お願いは出来るが強制は無理だ。

 けっきょく、レナ姫を元々リオが座っていた場所に追いやり、デルマンは上座を牛耳ぎゅうじる。左手にはエドワードを座らし、他の者は一つずつ席をずれて行った。

 デルマンとエドワードの料理が出来るのを待ち、やっとの事で食事が始まる。

 リオとキョウは警戒のため口を閉じ、レナ姫とカインは不機嫌な顔のまま食事が進む。

 何とも重い空気の食事だ。

 辺りは静まり返るが、デルマンはそんな空気も気にしていないのか、口元に笑みを浮かべたままリオに話し掛ける。

「ところで、リオ姫は何処どこの国の出身なのだ?」

 いきなり触れて欲しく無い所からの会話だ。慌ててレナ姫が口をはさんだ。

「何処でもよいじゃろ。私の大切な友達に代わり無い」

「レナ、俺は今、リオ姫に聞いておるのだ。邪魔をするでない」

 デルマンに文句を言われ、レナ姫は口をとがらせ黙る。

 カインはそんなレナ姫に頷いた。仕方がないが、良い判断だ。あまりかばいすぎると怪しまれるだろう。

 話しかけられたリオは、スープを飲んでいる手を止めて、フキンで口元をぬぐう。ひさし忘れていたとはいえ、元々はイップ王女の記憶がある、その動作は優雅ゆうがなものだった。

「これは失礼を。しかし、法国オスティマ本国に比べなくとも、我が国は恥ずかしく成る程小さな国。レナ姫様はそれでも私を友と呼んで下さったが、私は自国の小ささを恥じております。ここは自国の名をせる事をお許し願いたい」

 キョウとレナ姫は、デルマンが「それでも言え」と言って来ないか、心配しながら見ていた。

 リオの願いが叶ったのか、はなから相手にしていないのか、デルマンは薄ら笑いを浮かべたまま話を進めた。

「我が法国に比べれば何処どことも同じだが、まぁ、ゆるそう」

「有り難き幸せ」

 リオは丁寧ていねいに頭をさげる。レナ姫は謝るようにリオを見て来るので、笑顔でそれに返す。

 誘ったことを後悔しているのだろう。しかし、レナ姫がこの状況じょうきょうを作った訳ではない。デルマンが居なくなるまでの我慢だ。

 その様子を隣で見ながらキョウも微笑んだ。リオが心配だったが、これなら何とかバレずに乗り越えられるだろう。

「それよりレナ、お主はまだ霧が止まるなどたわむれを言っておるらしいな」

 ここからがデルマンの本題なのだろう。リオの方を向いていたレナ姫は、ギリッと歯をみ締める音をさせて、肩を震わせる。それまでデルマンと話している時は、一度も目線も合せていなかったレナ姫が、始めてデルマンを真っ正面から見て睨んだ。

たわむれではない! 理論的に見て霧は止まるのじゃ。私は確信しておる!」

 怒りに震えるレナ姫を見て、デルマンは鼻で笑い言葉を続けた。

「確信か。お主の確信はどっちでもいいが、いい加減あきらめよ。万が一にも信じたたみに迷いが出る」

「信じて何が悪のじゃ! 私は真実を言っておるだけじゃ!」

「だが、もし違ったらどうする? たみにそう言っておいて、勘違かんちがいでは済まされんぞ。それを信じたたみは絶望するだろう」

 確かにデルマンの言っている事はあっていた。希望が大きければ大きいほど、絶望もまた比例するように大きい。

 レナ姫はスカートを握りしめ、唇を噛んだ。自分が正しいと思うが反論出来ない。

 口をつぐむレナ姫に対して、デルマンは鼻息を荒くして腕をくみ、椅子の背もたれに寄りかかた。

「我々王族はな、簡単に希望を口にしてはならん。事が重大なら尚更なおさらだ」

「どうしてでしょうか?」

 不思議そうな問いかけに、その場にいた全ての人がリオを見つめる。

 リオは海老を切っていたナイフをそのまま止め、真っ直ぐな瞳でデルマンを見つめていた。

「希望を口にする事が、そんなに悪いとは思いませんが」

 キョウはリオの台詞にあせる。さっきまで大丈夫に見えたがこれはまずい。しかし何も出来ず、キョウは必死に歯をいしばる。

 リオの声を聞き、デルマンは浅く笑った。

 やはり子供か、王がどう言うものかまるで解っていない。

「我々王族はたみに安らぎを与えねばならん。いつわりでたみ空喜からよろこばせさせるわけにはいかぬ。それが王族が生まれ持った債務さいむであり業務だ」

 デルマンは覚えたての台詞の様に得意気に語る。リオはナイフを置くとプキンで口元を拭った。

 この状況から見て、リオは必ず言い返すと解り、キョウはさらにあせる。しかし、今ここでリオを注意することは出来ない。何とか成らないものかと、レナ姫を見て、目で助けを求めるが、何かを考えているようでキョウに気付いてくれない。

 キョウには青い顔のままリオを見つめた。

「あぁ、言われてみればたしかにそうですね」

 ニッコリと笑顔で同意してから、リオは首を横に振る。

「しかし、前提ぜんていがま………」

「じゃが違う!」

 重なる様にレナ姫が声をあげた。

 声を上げたのはリオが下手打ちして、霧を止めに行くと言わせない為だったが、そこでふっと思った。

 リオの記憶を聞き、イップ姫の時に一度王位を継承けいしょうしているのは知っている。もちろんだが王に成った時、イップ王女は自分に対して、かなりの責務さいむ背負子しょいこんだはずだ。そう考えたとき、リオがデルマンを、王族を恐れない意味が解った気がした。

 リオはすでに王を経験しているからである。

 いくら世界一と言えど、デルマンはまだ皇太子だ、王ではない。

 レナ姫はリオを見て頷く。言いたいことは解っている。リオとは友達でありライバルでりたかった。だからこそ、その台詞は言わせて欲しかった。

 今までのレナ姫とは違う。リオと同じく、真っ直ぐな瞳には気迫きはくこもり、その瞳が確実にデルマンを否定していた。

「王とは――――人々に希望を与えるものじゃ! たみに希望をもたらせぬ王など、王とは呼べぬ!」

 それはリオが経験したイップ王女のり方だ。レナ姫はキッパリと言い切った。

 レナ姫は再びリオに対して頷く。リオは戸惑いながらもレナ姫に対して頷いた。

 実はこの時、リオの言いたいことはレナ姫とはことなっていたが、デルマンに言い返したレナ姫を見て、納得したのである。

 カインは驚いたようにレナ姫を見ていた。長年護衛をして来たがここまで考えを持っているとは思いもよらなかった。

 正直、ただの我が儘わがままな子供だと思っていたのだが、違う。

 彼女もまた王族。

 これは早々に考えを改め、準備しないといけない。他の王族からして厄介な存在と確認されてしまう。

 レナ姫の放った言葉が立場を逆にした。「ただの理想」と言い返せば終わりな台詞に、デルマンは黙り込み二人をにらんだ。若い証拠だ。彼には言い返す台詞が思い付かない。

「しかし、希望ばかり語る王が、良い王とは思いませんがね」

 何も語れぬデルマンの代わりに、エドワードが発言した。援護射撃を得たデルマンは、大きく頷き得意気に語る。

「そうだ、その通りだ。希望ばかり語っても所詮しょせんは駄目だ。もっと現実をみよ!」

 息を吹き返したデルマンに、エドワードは少し呆れたが、話を続ける。

「国政を任された者として言わせていただけば、レナ姫にしても、リオ姫にしても、国政はそんなに甘くはないです」

 エドワードの言葉にレナ姫は口をふさいだ。

 確かにまだまだ国政は勉強しきれていない。それに対してエドワードは国政のプロだ。反論したところで、こちらの知識は穴だらけ。言い負かされるだけだろう。

 レナ姫が諦め、下を向いたところでリオが話し出した。

「では、あなたの考える未来とは?」

 簡単な問い掛け。ただの苦し紛れの反論に聞こえるが、なぜか重みが違った。

「これからも起こるで有ろう、霧に対して法国オスティマ全土の安心を守る。デルマン第三皇太子にはそれが出来ます。こちらの方が確かな現実」

 エドワードは当たり前のように答える。

 リオは首を横に振った。

 もういい加減腹が立ってきた。

 リオの顔を見て、不味いとキョウは慌ててリオのスカートを引っ張る。

 リオは気付いて無い振りをした。

「だから、さっきからそこが違うの!」

 リオは何時もの口調に戻っていた。全ての者は驚きリオを見る。

「違っておりません。他国の姫様に詳しくは語れませんが、今まで通りに国民に安心を与えつつ、領土を守って行き、利益を上げて行くのが理想的だと思いますがね」

 エドワードは口元を上げ、他人が見れば腹立たしい笑顔で答えた。デルマンも満足そうに頷く。

「じゃ、聞くけど、あなたの考えている十年後は?」

「さぁ、成ってみないと解りません。状況じょうきょうに合わせて変わります」

「では、直ぐに状況が変わった、霧は消えた。あなたはそこからどうやって利益を産み出すの?」

「レナ姫に何を吹き込まれたか知れませんが、霧は消えません。そもそも十年先を考えるなど、国政をささえる人間からして、もっと現実をみよと語りたいですがね」

「リオ、これ以上は止めろ、不味いぞ」

 キョウはリオにだけ聞こえるように耳打ちする。なのにリオは大声を上げた。

「うるさい! キョウは黙ってて!」

 キョウはあきめ天井をあおいだ。リオは完全に切れている。

 仕方がない。覚悟は決まった。いや、初めから決まっていた。

 帯刀たいとうを許されたのが救いだ。相手が世界一大きな国だけで、守ると言う言葉に何の違いもない。

 こいつは不味いなとカインは感じる。キョウの殺気が上がったためだ。恐らく覚悟を決めたのだろう。しかし、ここで暴れられたとして、先程の手合せを考えると、カインに止めることが出来るか解らない。

 法国中の兵士を相手にするつもりか。キョウ、まだ妙な気を起こすなよと、カインは祈るようにキョウを見つめた。

 心配そうにレナ姫もリオの顔をのぞき込んでいる。

 リオはさっきから、言いたい台詞が言えずにムシャクシャしていた。だが、段階を踏まなくてはいけない。

 先ずはこれからだ。

 リオは短い指を一本立て、口を開いた。

「間違いの一つ目! 十年先を読まずして、摂政せっしょうは勤まらない!」

 リオの台詞に、エドワードは手の平で机を叩き、怒りで体を震わせる。

「何をぬかすか! 私を屈辱くつじょくするとは、ガキが調子に乗りおって!」

 キョウは座ったまま、剣の握りに手を掛けた。

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