第43話霧を止める者の騎士 7

 少し前だ。

 リオはパソコンに集中していた。

 空間の開ける隙間すきまを無くすプログラムはうち終わり、キョウ側の空間輸送システムにデータを送る。

 画面には送信中に変わり、ひとまず帰る準備はととのった。

 次は閉める作業だ。

 リオは席を離れ、ユキナが先ほど使っていたノートパソコンの画面をのぞき込む。

 止めるためのプログラムを、デスクトップの方に送信しようとして、途中で作業が止まっていた。

「ユキナ! このままデータを送って大丈夫?」

 ユキナは霧を相手しながら大声で答える。

「あぁ、閉めるのに必要なはずだ、そのまま送ってくれ」

「解った。………っと、これは電源を完全につものね。やはりこちらの空間輸送システムは、再起動できないか」

 リオはリズム良く、キーボードを叩き続ける。そこで、ユキナの逃した霧がリオに近付いた。

「マズイ! リオ! 意し………」

「邪魔っ! これはあなたたちの為でもあるの!」

 ユキナが注意をうながす前に、リオは霧に話し掛けながら、霧を手ではらった。もちろん霧には変化はないが、霧はリオの横を通り抜ける。

「リオ、お前………」

 ユキナは「そこまで考えていたのか?」と言う台詞を飲み込んだ。

 リオに聞いて、霧が六次元の生物だと、ユキナにも理解できた。しかし、霧によって、どちらの世界にも多くの被害が出ているので、誰もが霧は敵と見なすが、開けたのはこちらの世界だ。

 言わば霧も被害者に当たる。

 リオは勢い良くエンターを叩いた。

「ユキナ、終わった! 後五分ぐらい持ちそう?」

「あぁ、後五分なら時間は持つ。充電も三割り行けるだろう」

 三割あればギリギリ開く。

「よし、じゃ、今から閉める準備をおこなう!」

 リオは宣言してから作業に入る。作業とは言っても、ここからは待ち時間が多い。

 ノートパソコンの送信を終わるのを待ち、キョウ側の空間輸送システムに、データを送るのを待つ。

 そこからはパスワードが必要となる。

 さきほどより、上から、人々のなだれ込む音や、キョウと誰かの話し声が聞こえる。

 あまりよろしくない状況じょうきょうなのはわかっている。気持ちがあせるが、あせってミスすることの方が怖い。

 リオは歯を食いしばっていた。

 万が一があり、リオが帰れなくなっても仕方しかたがない。その覚悟は元々あった。しかし、上はキョウ一人だ。大人数に攻めてこられれば、彼の命は無い。

「早く! お願い、早く送って!」

 リオは祈るようにディスプレイを見つめた。

 上でははげしい音と声が起こり出す。

「まだかリオ!」

「後95%! 96、97、98、………来た! 止めるためのデータは送信完了。後はキョウ側のデータだけ。そちらも、えっと、………88% 行ける、もうすぐ! 今から閉める為のプログラムを立ち上げる準備をするわ!」

 リオは何度もモニターを見に走りながら、キーボードを再び叩いていく。

 キョウもう少しだから頑張って。

 リオは心の中で祈るしかできない。

 キョウはどの道、危なくなっても逃げないだろう。それが心配で、近くにいたくて、それでもやらなくてはいけなくて。

 リオは涙でかすむ視界を、何度も指でぬぐい、モニターを見続ける。

 95、96、97、98………。

「ユキナ、来た。送信終わった! 次、いよいよ閉じるよ!」

「頼む、こちらもそろそろ辛い!」

 霧のあふれ出すペースに、徐々じょじょにユキナもついて行かなくなる。

「うん! パスワード行くよ!」

 リオは最後だと、涙をぬぐい去ると、覚悟を決めた。

 手の指を、ワキワキと動かしてから、キーボードを打ち込む。

「ウサギの穴」

 エンター。

 エラー。

「違う! ユキナ後は何がある?」

「題名はどうだ?」

「不思議の国のアリス」

 エンター。

 エラー。

「ダメ! ほか!」

「ちっ、後、何か有名なものは、………クソっ、思いつかない!」

 霧を相手しながらなので、ユキナの思考力しこうりょくが下がっている。リオはあごの下に手を置き、少しだけなやんでうなずいた。

「止めるだから、最後の結末かな? だったら――――ゆめ」

「あぁ、夢か!」

「ゆめ、っと………………、ユキナ行くよ!!」

「いっ、良いのか、キョウに声を掛けなくて?」

 ユキナは息を切らしながら答える。

 リオは目をつむり頷いた。

 本当は不安で、今すぐ会いたい。

 怒った顔や、真剣な顔。私を見ていてくれていた、あの笑顔をもう一度見たい!

 だからだ、必ずキョウは私を助けてくれる。私は自分の騎士を信じる!

 リオは目を見開いた。

「キョウは私の騎士よ、なめないで! 必ず私を戻してくれるわ!」

 リオは迷いなくエンターを押した。

 何の音もなく、突然とつぜん今まで大穴が空いていた場所に天井が現れた。

 入り口付近で霧を相手していたユキナも、おどろき目を見開く。

「………閉じたのか?」

 リオはキーボードから手をはなし、椅子から立ち上がった。

「成功よ、ユキナ。――――私達の勝利よ!」

「やったな! リオ、お前、すごいぞ! すごいぞ!」

 ユキナは歓喜かんきを上げながら、残りの霧を斬り裂いていく。

 目の前には、自分の世界の扉。

 三ヶ月前に出てきた扉だ。

 そして、空間が戻ったことにより、途中の道のりで亡くなった者も扉の前に集められた。

 数は十人だけで、他の者は空間から投げ出されたのだろう。死体も残らなかった。

 さびしく思うが、それでも帰ってきたことがうれしい。

 リオは力が抜けたように、再び椅子に座りこんだ。

「――――キョウ、お願いね。私をあなたの元に戻してね」

 ユキナに聞こえないように、小声でつぶやく。

 すべての霧は倒し終え、ユキナはリオの元にやってくる。

「リオ、もし、もしだぞ、キョウがダメだったら、私が何とかするからな」

 リオは椅子から立ち上がった。

「もしは無いの。それよりユキナ、色々ともらって行くね」

 わざと元気な声を上げ、リオは辺りを物色ぶっしょくを始める。

 ユキナは感心したようにリオをながめた。

 さすがだ。この状態じょうたいで次に頭が行っている。戻ることは当たり前の前提ぜんていで、その次の事の準備だ。

「好きな物を持って行け。だが、十秒だぞ、あまり欲張よくばるな」

「解っている。ユキナ、このパソコン持って帰れない?」

「あぁ、固定式は無理だな。ノートパソコンならいくつかあるから持って行け。それに、これ。キョウの奴よろこぶぞ」

 二人はリオが持って帰るものを集めて、部屋の一番前で開く時を待った。

 リオの計算した設定なら、空間が開くのはこの壁際かべぎわで、今いる目の前のはずだ。

 しかし、短い時間が長く感じ、いつまで経っても開く気配がない。

 ――――大丈夫。

 リオは心の中で何度もつぶやく。

 ユキナにしては、もうあきらめが入っている。

「リオ………そのな、もうキョウは………」

「ユキナ信じて、キョウは大丈夫、――――ほらっ」

 空間をく、甲高い耳障みみざわりな音を立て、目の前にリオの世界が現れた。

「ねっ、言った通りでしょ?」

 得意げにしているリオをユキナは急がせた。

「なに悠長ゆうちょうな事を言っている。ほら、早く! 荷物は渡すからとにかく出ろ! ――――境界面には触るなよ!」

 リオはユキナに急かされ、境界面をぴょんと飛び越えた。

 キョウ達の方ではざわめきが起こる。

 キョウが鉄板をはがし、スイッチを押した瞬間に、リオが現れた。それも子供だ。

 見ている者は誰も意味が解らない。

 閉じて、また開けたのだから。

「ユキナ早く! 早く!」

「解っている。――――ほらこれ」

 キョウはセリオンの剣をたずさえたまま、リオの元にやってくる。

 その姿を見て、リオは少しだけ怒った顔をしてから、うれし涙を流した。

「もぅ、」

 どうせ、無茶むちゃをしたのだろう。キョウは傷だらけ、おまけに剣まで変わっている。

「リオ! いちゃつくのは後! 先に荷物だ!」

「いちゃついてない!」

 ユキナの急がす声に、リオは文句を言いながら荷物を受け取る。

 こちらをながめ、固まっていている人々と、あまりにも温度差が違う。

「ほら、キョウ。お前にだ」

 ユキナがキョウに、鉄の棒を五本渡す。空間が閉じたことにより、死体が戻ってきて、何本か手に入ったのである。 

「これ、良いのか?」

「あぁ、こちらにもまだある。それぐらい良いだろう」

 荷物の受け渡しが終わり、キョウとリオはユキナを見る。時間は残りわずか。

「ユキナ、ありがとね」

 リオの挨拶は簡単だった。

「それは、こっちのセリフだ」

「ユキナ、これで多くの人が助かる。ありがとう」

「私のじゃ無いから礼はいい」

 三人は目線を交わす。

 もう時間だ。

「じゃ、ユキナまたね」

「あぁ、またな、リオ。キョウ」

 お互いに手を振り、再び空間の穴は、音もなく消え失せた。

 周りの人々はまだ固まったままだ。

 そして、リオはその人々を見た。

 人々はたたずんだまま動けない。

 キョウは、リオの後ろで胸を張る。

 リオは息を吸い込んだ。

「――――霧は止まりました。もう、二度と現れることは無いでしょう」

 法国の兵士や、イップ王女の護衛の者。全ての者が信じられないように、お互いの顔を見合わせ、再びリオを見た。

 この中でリオを知っている者は数名だろう。子供の言う事が信じられない。その事を感じたイップ王女は、リオの前へ出ると、片膝かたひざを付きこうべれた。

 イップ王女は、どこかすっきりしていた。キョウに告白した時、自分の気持ちが解った。少し遅いが、イップ王女はセリオンと共に居たかった。その気持ちが大きかった。それは、素直な気持ちだった。

 だから、リオの凄さも素直に認めようとしたのだ。

 その様子に、セリオンもしたがう。

 王女がしているのだ、護衛の騎士も、マグナも一度だけまゆをひそめたが、それにならう。 

 周りからはざわめきが起こった。その中をローランドが前にやってくる。

「そなたがリオ姫様か、レナに聞いておる。霧を本当に止めたのか?」

 リオはローランド第一皇太子を知らない。次期法王だと言うことも。

 だから、簡単に答えた。

「そう。私が止めたから大丈夫!!」

 ローランドは「おぉ!」と歓喜かんきを上げた。

 レナ姫の言っていたことは本当だったのだ。

 ローランドは兵士達を振り向くと、大声を上げた。

「これから、二度とこの霧を止めし者、リオ姫に剣を向けることは、法国オスティマ本国、第一皇太子ローランド・オティアニアがゆるさん! 如何いかなる時でも、王国ファスマのリオ姫に手を出すものは、法国の敵と見なす! 者共、きもめいじておけ!」

 そのセリフに皆の者は「はっ!」と声を合わせる。

 その様子に頷いたローランドは、顔を戻し、リオを見ると、イップ王女と同じく、片膝かたひざを付きこうべれる。

 法国の次期法王が頭を下げているのだ、他の者はしたがわなければ成らない。

 四百人以上の人々が、一斉いっせい片膝かたひざを付きこうべれた。

 リオとキョウは少し焦っていた。

 本人たちは、霧を止めた報告するため話しているだけで、どうやら相手は法国のえらいさんらしい。しかも、なぜかリオは王国ファスマの姫になっている。

 リオは間違いを正した方がいいのか、キョウを見て確認する。キョウはこのまま行けと頷いた。

 リオは「おっほん」と偉そうに咳払せきばらいをしてから、話を進める。

「だから、国に帰ったら、みんなに伝えて。もう、霧の無い時代が来たと!」

 誰からか解らないが、「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」と歓喜かんきが上がり、周りも一斉いっせいさわぎ出す。

 リオはイップ王女の前に座り込んだ。

「イップ王女、これからが大変よ。王国ファスマ再建国してね」

 それはリオがりたい内の一つだ。しかし、再建国となると、リオには不可能になる。それには、膨大ぼうだいなお金や、カリスマ的存在は必要だからだ。

 だから、これはイップ王女にしか出来ないこと。

 イップ王女は、真剣にリオの瞳を見つめた。

 リオはその様子に、なんだか嫌な予感がした。

「リオ、わらわにも限界はある。わらわだけでは、それはかなわん。助けがる」

 イップ王女の次のセリフが解ったのか、やっぱりかとリオは顔をしかめた。

「手伝え、――――王国ファスマのリオ姫」

「待って、誤解ごかいよ! 私は王国ファスマの姫とは言っていない! 多分、法国のレナ姫が勝手に言っているだけ」

「だが、その法国がお主を、王国ファスマのリオ姫をみとめておる。もうし分ないであろう」

 確かにこれから、リオのりたいことには、そちらの方が都合はいい。リオは勝手にこの城に居座いすわろうと考えていたから。

「うっ、うん。ただし、姫はなし。私はそんなのじゃ無いから」

「いかん! 法国のローランド皇太子の言葉がいつわりになる。それは今後の外交問題に発展する」

 「うっ、」とリオは言葉にまり考えた。

 ローランドが先ほどべた身分は、次期法王という事だろう。そんな者に片膝かたひざを付かせたのだ、いまさら違うとも言いにくい。

「………わかった。ただし、肩書かたがきだけね。期待はしないで」

 「かまわん」とうなずくイップ王女に、護衛の騎士たちは戸惑とまどい、意味の解ったセリオンとマグナはかすかに笑った。

 キョウにもイップ王女の考えが読めた。

 霧を止めたことをここまでの人数が知ったのだ。世間にすぐに知れ渡るだろう。だから、リオをはたにして再建国を目指すのである。

 この国には霧を止めた者が居ると言えば、それだけで人が集まる。

 まったく、イップ王女もあなどれない。

 リオは溜息を吐き、立ち上がると、やっとキョウの前にやってきた。

 キョウは少しさびしく思う。

 こうやって、リオはどこまでも成長していく。そして、今みたいにキョウに気遣う時間は、最後になるだろう。

 それでもかまわない。

 俺は、騎士だから。

 自分の姫を守るのは当たり前の事だから。

 キョウは片膝かたひざを付き、右腕を胸に当てて、こうべれる、騎士の取る最高礼を取った。

「キョウ、ありがとう!」

「リオ姫、頑張ったな。――――リオは俺の自慢じまんの姫だ」

 キョウのセリフに、リオは突然抱きつき泣き出す。

 本当は不安だった。キョウがいたから無茶が出来た。

 だからこれはご褒美ほうびだ。

 キョウが始めてもらったご褒美ほうびは、幼い姫からのキスだった。

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