第42話霧を止める者の騎士 6

 キョウとセリオンが戦っている周りでは、霧に乗っ取られた者との戦闘が続いていた。

 イップ王女の騎士達は、近付く霧に乗っ取られ者を倒すが、マグナは法国の兵士達に手を貸している。

 それは優しさからではない。

 法国の兵士は連係れんけいが取れず、徐々じょじょ混乱こんらんが大きくなっている。混乱こんらんが大きいと、これだけの人数だ、イップ王女の身の危険に関わる。

 その時、再びこの部屋に来訪者らいほうしゃが現れた。

 ローランドひきいる、親衛隊合わせて百八十名の兵士。

 ローランドは部屋に入るやいなや大声を上げた。

「法国の兵士達よ何をしておる! 霧に乗っ取られ者ていどの相手に翻弄ほんろうされるな! 二人ペアで、たがいの背中を守りながら、冷静に状況じょうきょうを読み取り、意識を強く持ってことに当たれ!」

 現れたローランドは、直ぐに現状げんじょうを読み取りげきを飛ばす。下火したびに成っていた、デルマンの引き連れた兵士達は、それだけで士気しきを取り戻した。

が部隊は、先に怪我人を確保、安全な場所まで連れていけ! 残りの者は討伐を手伝え。ヘラルド、あとの指揮しきを頼む」

 ローランドは、自分の親衛隊の隊長に指揮しきせると、キョウとセリオンの方に目を向け、対決している二人と、後ろに広がる大穴を見て、今霧を止めるために何かが起こっていると理解した。

 しかし、ローランドにはレナ姫との約束がある。まずはそれからだ。

「デルマン第三皇太子! 何処どこにおる!」

 ローランドが声を上げたその時だった。

 キョウとセリオンは剣で押し合い、たがいを押し飛ばす形で、一旦距離いったんきょりを置いた。

 セリオンはあなどっていた。いくら自分の記憶が有っても、少年にここまで追い付かれているとは思いもよらなかった。

 キョウの剣は、鎧を脱いだから程度ていどの速さではない。

 速いし、重い。

 刃筋が通っているからだ。

 しかしそれは、剣の腕が天才的に上手いからで無いと、キョウの太刀筋たちすじからうかがえる。

 キョウは何一つ、天や神からタダで受け取ったものはない。

 そして、セリオンから受け取ったものだけでもない。

 それは、血のにじ鍛錬たんれんの表れだろう。

 ――――仕留しとめる!

 セリオンの殺気が極限きょくげんまで上がった。

 今までの様に、小手先こてさきの技は使わない。最大の力をもってキョウを両断りょうだんする。

 セリオンは、大振りのバスターソードを、肩に担ぎ、左手を差し出す、いつもの構えをとった。

 キョウにも解っていた。次がセリオンの本気の一撃だと。

 キョウもバスターソードにたない、大振りの大剣を肩に担ぎ、左手を差し出す、いつもの構えをとった。

 左右逆だが、たがいにかかみに写したように同じ構え。同じ剣の形。

 両方とも、相手の呼吸を読んだ。

 そして、ついにその時がやって来た。

 音もなく、何の前兆ぜんちょうもなく、突然に、床にあった大穴が消えた。ユキナの世界が元に戻ったので、こちらも元に戻ったのだ。

 それは、十八年間しんだ、人々を悲劇ひげきの底に追いやった、事の発端ほったんが閉じたのだ。

 それは、これからは、霧の無い時代が来ることをしめしていた。

 キョウとセリオンの攻防を見ていたイップ王女は、目を見開きその場に座り込む。

 彼女の望んでいた事が、リオの手により、今、現実の物となった。

「終わったのか? これで、霧が現れないのか?」

 イップ王女は複雑ふくざつな感情のまま、穴のあった床を見つめ続けた。

 望んでいたはずなのに、やまれる。せめて、自分の手で決着を着けたかった。

 イップ王女が何も出来ないまま、宿敵しゅくてきは消え失せた。

 しかし、心のどこかに安堵感あんどかんが現れた。

 イップ王女の言葉に、マグナも、王女の騎士達も、ローランドも足を止め、その現状げんじょうを見わたした。

 そして、ローランドが現れることにより、収束しゅうしゅうしだした周りの兵士達の剣が、しだいに下がっていく。

 この場で、剣を構えているのは二人のみ。

 誰もが、その光景を見守った。

 セリオンは内心の嬉しさを隠していた。

 これで、イップ王女を失うことはない。後は、あれを壊せば完璧となる。

 二度と、霧による崩壊ほうかいはなく、世界の安全は守られる。

「キョウ、お前達は良くやった。しかし、もうあきらめろ! ここからは誰も望まん!」

 嬉しいのはキョウも同じだ。

 無理だと何度言われても、リオはやり切った。

 初めて会った時は、子供には無理だと心のどこかに有った。

 だが、日をかさねていくたびに、リオを知っていくたびに、本当に閉まるとキョウは信じた。

 そして、現に、リオはその言葉通り、霧を止めた。

 キョウが信じた様に、リオもキョウを信じたから、迷いなく空間の穴の中に入っていった。

 あとはキョウが約束を守るだけ。

 姫の命令を守るだけだ。

「セリオン、俺にはあんたの記憶があるが、あんたとは違う。リオは宣言通り、霧を止めた。次は俺の番だ!――――俺はあきらめない! 俺はリオを、我が姫を助ける!」

 キョウは目を見開き、セリオンを見る。

 お互いにゆずれないもの。

 息が合った。互いに息を吸い込むと、二人は相手に向いてけ出した。

 先に剣をはなったのはキョウだ。

 まだセリオンの間合いですら無いのに、袈裟斬りに振り下ろす。

 セリオンは自分の間合いに来てから、袈裟斬りにキョウを狙った。

 キョウが選んだのは、速さではなかった。一番不利な、力で相手をねじせる方法だ。

 キョウは剣を下から競り上げる。

 キョウとセリオンの剣が重なった。

 たがいに力任ちからまかせに、たがいに相手の剣をはじこうとする。互いに、刃筋は通っていた。

 ここから起こったことは、流石さすがはアルドネル・エマ、流石さすがはセリオンとしか言えない。

 ガキンと鈍い音がなり、キョウの剣先が、真ん中辺りからちゅうに浮く。

 信じられないことに、セリオンはキョウのハーフバスターソードを斬ったのである。

 回転しながら飛んでいる、キョウの愛刀の刃先。

 終わったと、観ていた誰もが思った。

 しかし、セリオン相手に、若い騎士は良くやったと、誰もがキョウの功績こうせきたたえた。

 勝った。

 セリオンはそこで、初めて気を抜いた。

 キョウの瞳には、剣を折られてなお、あきめの光は宿やどらない。

 まだ力がある。

 これで、また少し軽くなった。

 キョウの次の行動は、さらに速かった。

 キョウは折れた剣をそのままセリオンの首筋に当て、目で追っていた愛刀の剣先を取るために、セリオンに抱き着いた。

 とっさにセリオンはあわてるが、もう遅かった

 回転しながらちゅうう、自分の愛刀の剣先を左手で受け取ると、そのままセリオンの背中にある、鎧の隙間すきまめがけて突き刺す。

 セリオンは思わぬ反撃はんげきに、背中をらせ、キョウに抱き着かれたまま、ひざを折った。

「グッ!」

「終りだ、セリオン!!!」

 キョウはセリオンの首の血管を狙い、折れた剣を振り抜こうとする。

「待て! 待ってくれキョウ!!」

 その声に、キョウは思わず手を止めた。

 イップ王女は、かがんだ姿勢しせいのまま、キョウを見つめている。

「頼む! 都合つごうが良いのは解るが、これ以上、これ以上はわらわから誰もうばわないでくれ!」

 涙ながらにうったえる、イップ王女に対して、キョウは剣を振り抜けなかった。

 甘いとは解っている。父親にも指摘してきされた所だ。

 だが、それでもキョウにはそれ以上、剣を振ることは出来なかった。

 それほどイップ王女は多くをうしないすぎていた。これ以上は、記憶があるキョウに、うばうことは出来なかった。

「お主がわらわに聞いた台詞。その答えは解っておる! ………空間を閉まった時、わらわくわしいことに喜んだ! 解っておるのだ。それは皆のためではない………セリオンが行かなくて、無事で良かったと安心したのだ! 皆のため、国民のためとは口で言いながら、わらわはこの地で、セリオンと共に生きられる未来に、安心したのだ! キョウ、頼む! ねるならわらわの首にしてくれ!」

 涙を流しながら、イップ王女は床にせる。

 誰も、何も言えなかった。

 キョウはセリオンから離れて、上から見下ろした。

 セリオンからは、今までの闘志とうしは消え、床を見下ろしたままだった。

 自分のつかえている、イップ王女からの言葉だ。みとめないわけにはいかない。

「――――キョウ、俺の負けだ、好きにしろ」

 キョウは何も答えなかった。

 剣技ならセリオンは勝っていた。キョウがいくら速さをようとも、敗ける戦いではなかった。

 勝てなかったのは意識の違い。

 セリオンは空間を閉めたことで、キョウやリオに感謝の気持ちが出来てしまった。そして、心のどこかでは、閉めることの出来る、彼等なら開けても大丈夫だという、考えがしょうじた。

 それに対して、キョウは一つも後がない。自分の守るべき者を守る方法は、勝つしか無かった。

 現在、空間輸送システムの開け方を知っているのは、キョウのみだ。

 だから、勝利をつかみ生き残るしか、リオを帰すことは出来ない。

 この勝利は当然な結果なのだ。

 キョウは自分の愛刀を見る。

 制御盤を開けるための、リオに祝福を受けた、キョウの絆が折れてしまった。

 でも、まだ終わりじゃない!

 辺りには剣をたずわった者が多くいる。しかし、鉄を斬り裂くほどの大振りなものは一つしかない。さすがにそれを振り抜けるか解らなかったが、選択肢せんたくしもなかった。

「――――貸してくれ」

 キョウはセリオンに手を差し出す。

 剣を貸せば、キョウが何をするのか解っていたが、セリオンは握りをキョウに差し出した。

 キョウはセリオンの、バスターソードよりも大きな大剣をたずさえ、制御盤に向かう。

 そして、いつもの構えを取るために、剣を担いだ。

 ズシッと、いつものでない重みが肩にのしかかる。

 初めて使う大きさや、長さで、感覚はつかめない。しかし、ためし振りも出来なかった。

 セリオンとの戦闘で、身体のいたる場所が痛み、愛刀を折られた最後の一撃で、腕の筋肉が悲鳴を上げ、元々の愛刀を振るのですらきびしい状態だ。

「イップ王女、セリオン。頼む、リオを信じてくれ。――――霧は現れない! 必ず成功する!」

 キョウは一度だけ目を閉じると、覚悟を決め、左手を剣にえ、真っ直ぐに振り下ろした。

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