第41話霧を止める者の騎士 5

 剣の横には、たがいに同じアルドネル・エマのブランド名。たがいに片刃かたばで、大振りの大剣。

 まるで何かにみちびかれたように同じ形の剣。

 ただ、違うのはその剣の大きさのみ。

 キョウのロングソードより一回り大きい、ハーフバスターソードにくらべて、セリオンのバスターソードは、それよりも二回りも大きい。しかし、それこそが絶望的な問題だった。

 セリオンは先ほど兵士を、刃の付いていないみねで飛ばしていたのだ。それが刃の有る方なら、あの大剣だ。鎧を着ていようが、関係なくそれごと切り裂かれる。

 しかも、キョウのハーフバスターソードでは、軽い一撃なら、正式な騎士の鎧は切り裂けない。鎧の隙間すきまを狙うか、必殺の一撃を狙うしか傷を与えられない。

 そして、一番の問題は剣技。

 キョウの剣技はセリオンの型を真似まねをしている。

 本来はバスターソードで行う剣技。キョウのハーフバスターソードでは軽く、本家にどこまで通じるかわからない。

 この時点で、どこを取っても、キョウが有利ゆうりな点が見えてこない。キョウが勝てないと思った点はそこである。

 しかし、だからと言ってゆずれない。この戦いにはリオの生還せいかんがかかっている。

 だからキョウは、剣を担いだまま、片手で器用きよう胸当むねあてを取り外した。それから剣を腰につける為の、金具の着いたベルトも外す。

 イップ王女は不思議に思い、眉毛まゆげを下げていたが、セリオンにはキョウのたくらみが解った。

 鎧を着ていても、セリオンには関係なく斬り裂かれるだろう。それならば、鎧を着ていようが、いまいが関係ない。

 だからせめて、身体を軽くして機動力きどうりょくかせたのだ。

 少しでも勝利に近づくために。

 これでキョウがセリオンにまさっているのは、はやさがある。

 小さいことだが、今は自分のはやさを信じるしかない。

 全くもって不利ふりな戦い。セリオンの一撃が当たれば、終わりなのは目に見えている。そして、キョウの速さを生かした攻撃も、軽い攻撃なら鎧にはばかれるだろう。

 セリオンは片手で、重いバスターソードをキョウに向けた。

 肩に剣を担ぐ、いつもの構えではない。

 いくら速さを得ても、キョウ相手に本気になれないのだろうか?

「王国ファスマ、イップ・ファディスマ王女の騎士、セリオン・ランディバー!」

 記憶の中で、幾度いくどとなく自分がかたった台詞だ。

 相手から聞くとは夢にでも思わなかった。

 しかし、今のキョウもほこれる名がある。

 リオ、絶対守るからな。

 キョウは心の中でつぶやいた。

 キョウは、それほどの敵を前にして、危険なことに一度目を閉じ、そして見開いた。

 その瞳には力がある。

「所属国は無い、霧を止めるリオ・ステンバーグ姫の騎士、キョウ・ニグスベール!」

 キョウは、セリオンの得意とくいな担ぎ構えのままけだした。

 鎧で身をかためた者と、鎧を着けない軽い者。

 初速しょそくまさるはずだ。

 セリオンはその場から動いていない。

 キョウは得意にしている、袈裟斬りからのり上げで、相手の剣を飛ばす方法を思いえがいた。

 重い剣ではね飛ばせ無くても、相手にすきが出来るはずだ。

 キョウは剣に左手もえ、切りかかろうとした。

 セリオンは右手の剣を振る。セリオンとキョウの距離は遠い。キョウより大きい剣でも、まだまだ届く範囲はんいではない。

 しかし、急に背筋に寒さを感じ、自分の剣を盾代りにして左側を守る。

 それはかんとしか言いようが無かった。

 突如とつじょ、横殴りにキョウはたたき付けられる。

 キョウは自分の剣で受け止めてから、右にびのき衝撃しょうげきを殺してから、驚きの表情でセリオンを見た。

 心臓の鼓動こどうが早い。完全に不意ふいかれ、自分でもよくけたと感心する。

 だが、何をされたのか解らない。完全にセリオンの攻撃範囲外こうげきはんいがいのはずだ。

 剣がもし届くなら、方法は投げるしかない。しかし投げたなら、横から来るはずもなく、正面から向かって来るはずだ。

 それに、投げていないことは、セリオンの手元に有る、大剣が語っていた。

 今の感覚からすれば、剣か腕がびたように感じる。

 それは、技と呼べるものでないのは確かだ。しかし、キョウが動きを止めたのは一瞬だった。

 セリオンの目線が制御盤をとらえた瞬間、キョウは再びけだす。

 考えろ、何か理由があるはずだ。

 キョウは走りながら自問じもんした。

 リオと出会う前のキョウなら、理由が解らないだけのことで、戸惑とまどい、近寄ることさえ出来なかっただろう。

 しかし、キョウはリオに出会って、難しく理解できない話を何度も聞かされて、成長したのだ。


 ――――物事ものごとには必ず、理由がある。


 それは、リオの科学的な考えだ。

 しかし、考えも、距離も残したまま、セリオンの次の攻撃が始まった。

 セリオンは右手を振り、直ぐに大振りの剣がキョウに襲い掛かる。

 キョウはそこで見た。

 セリオンは剣を握っていなかったのだ。

 セリオンのバスターソードは、ひもつながれたように、離れたキョウを襲って来たのだ。

 ワイヤーか、ひもか。

 理由が解れば簡単だ。

 キョウは足を止め、自分の剣でバスターソードをはじく。

 しかし、ひもで振り回しているだけなら、簡単に弾ける剣が、ズシッと重い。

 キョウは渾身こんしんの力でね返した。

 セリオンの剣は、ゆるやかなえがきながらセリオンの手元に戻る。

 ワイヤーやひもではない。それも、ただの技術ではない。

 魔法か、もしくはユキナの世界の技術か。

めておけ。いくら身体を軽くしたところで、俺に近付けなくては無意味だ。――――キョウ、お前では勝てない!」

「セリオン、あんたに俺の何が解る? 俺の記憶でも持っているのか?」

 キョウは皮肉ひにくに返す。

 セリオンはキョウの台詞には反応せず、制御盤に向かって歩き出す。

 キョウはそれを阻止そしするために、イップ王女の首を取ると言った。だが、今の技術があれば、はなれた場所からでもキョウを狙えるだろう。

 考えろ、この状況を見て、リオならどう答える?

 キョウは急いで、セリオンと制御盤の対角線上たいかくせんじょうに戻り、頭を働かせた。

 少し警戒したために、さきほどより距離が開いている。

 セリオンは再び右手を振る。

 キョウは両手を、クロスさせた構えをとり、セリオンの剣をいなす。

 その時、あることと、ほんのわずかな違和感いわかんに気付いた。

 かすかにだが、セリオンの剣が軽かったのだ。

 そして、右手。

 攻撃の時には、必ず右手はっている。

 キョウは少しだけ笑った。

 キョウに科学を理解する頭はない。だが、離れて力が弱くなるなら、何らかの力がセリオンから出ているはず。

 だから、その力が重力で有ろうが、電磁力でんじりょくで有ろうかは解らなくてもいい。

 要はセリオンの持っている、何かを壊せば良い話だ。

 右手を振るなら、右手近くに有るはず。多分、手首に。

 キョウは大きく息を吸い込んだ。

 セリオンが攻撃を仕掛しかけようが、剣が離れているなら、キョウでもはじけるのは解った。

 キョウは速さを生かし、一気にふところまでもぐる為に走った。

 セリオンの剣がキョウをこばむが、一度は身体をらし、一度は剣の握りの下で斜めに叩き、軌道をずらした。

 止めることが出来ず、目の前にやって来るキョウに対して、セリオンは初めて自分の大きなバスターソードを握り、構えた。

 セリオンにはキョウの思惑おもわくが解った。

 この技の正体がバレたのだ。キョウはセリオンの手首の制御装置を狙ってくるだろう。しかし、それだけの事。使い勝手が良いから今まで役に立っていたが、本来はこんな物を必要としない。

 セリオンは両手で、正眼せいがんに構えた。

 剣を構えたセリオンに対し、キョウは、とにかくこちらの剣の届く範囲はんいに入らないと話にならない。攻撃範囲こうげきはんいは向こうの方が大きい。

 けて来るキョウに対し、セリオンはバスターソードを振り下ろす。

 その一撃は速い。

 しかし、キョウは剣を担いだまま、低い姿勢でセリオンのふところまでもぐり込んだ。

 キョウの肩に担いだ剣が、セリオンの一撃を受け流す。

 キョウは受け流した後、両手で握りしめ、右側からいだが、セリオンは後ろに跳び、キョウの一撃をかわした。

 キョウはさらに追撃ついげきする。

 コンパクトで早い連撃れんげき

 以前いぜん、バードにられた戦略せんりゃくを、キョウが使っているのだ。

 あれにはキョウも手を焼いた。

 セリオンも負けじと応戦おうせんするが、手数ではキョウがまさり、セリオンの剣はギリギリでかわされ、何度も空を斬る。

 キョウの読み通り、速さなら勝っていたのだ。

 しかし、このままでは致命傷はあたえられない。

 さらに、空を斬るセリオンの剣は速く、ギリギリでしかけられず、何度も身体をかすり、キョウの身体を傷つける。気を抜けばその場で終りだ。

 キョウに不利なのは変わりなかった。

 しかし、キョウは攻撃の手をゆるめない。

 セリオンの本気の一刀いっとうは、キョウにはいなせない。だから、大振りの一撃を出させない攻撃だ。

 二人の攻防は、どちらも退かぬまま、激しく続いた。

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