第12話所属国の無い騎士 2
「待ってくれ、霧に一定の法則は無いだろ。なのに何故解るんだ?」
口を開こうとするレナ姫より早くリオは説明を初めた。
「法則は有るよ。キョウはこの次元の法則で考えているから解らないのよ」
簡単に説明したリオを、レナ姫は手を差し出し止める。
「待て、その説明では理解した者しか解らぬ」
レナ姫はキョウに向くと説明しだした。
「霧を知るに当たって簡単な行動があのじゃ。それは霧が壁では
確かに霧は壁の向こう側から、突如こちらに現れる事がある。しかしそれは、壁をすり抜けているとしか考えられず、余計に難しい行動だ。
レナ姫は紙と鉛筆を取り出す。
「キョウで良いか。先ずはこの世界は三次元で出来ておる」
「違うよ、時間も方向性に入るから、時間も入れて四次元だよ」
解らないと言われた事が嫌だったのか、リオは横から口を挟む。レナ姫は呆れる様に溜め息を着いた。
「今それを言えばややこしくなる。お主は説明が下手じゃ」
確かにリオの説明は自分の
レナ姫は紙に縦横上に三本の、矢印の様な線を書き込み説明を始めた。
「このように、三本の方向で出来ておる。縦、横、高さ。キョウは真っ直ぐ歩けるし、横にも移動出来る。しかしそれだけでない、跳ぶ事も出来るじゃろ」
キョウは頷く。
「三本有るから三次元じゃ。もう一本有れば四次元に成る。しかし、我々は三次元。四次元のもう一本は書くことが出来ぬ。だから解りやすく、我々は二次元と想定して話を進めるぞ」
レナ姫は紙に真四角な正方形を書いた。それからその中に点を付ける。
「この紙は世界。この四角は城壁じゃ。この点は霧。キョウよ、この点を線を触れずに外に出してみよ」
レナ姫は鉛筆をキョウに渡す。
キョウはしばらく腕を組んだまま紙を
四角は角が開いていないので、線を越えることが出来ない。
クイズと言うより、なぞなぞに近い問題なのだろうか。
キョウは頭をひねって考えてみた。
「穴を掘るとかは無理ですか?」
その答えにリオは、満足げに鼻息を荒くして体をのりだした。
「ほら、今まで私が教えたから、キョウの理解力が上がってるの。私の教えが悪くない。大体ね正確な情報を伝えないのは問題と………」
「リオ、お主は黙っておれ」
否定されたのがよほど悔しかったのか、話たてるリオを、レナ姫はほっぺたを押してどかす。
「キョウよ、正解じゃ。もっと簡単なら、壁を飛び越えればよい。しかし、二次元で生きている人には、飛び越える考えは理解できぬ。この者達は縦横しか無いからな。――――霧は突然現れたように見える」
あっ、とキョウは頷いた。
確かに理解できた。
レナ姫は優しく微笑むと、黒い瞳でキョウを見据え、ゆっくり頷いた。少しだけキョウの体温が上がる。
その表情を見て、リオは少し頬を膨らませた。
「これの次元を一つ上げるのじゃ。私達は三次元に暮らしている。霧は壁の向こうから突然現れた」
キョウは震えながら答えた。
「一次元上の存在。――――霧は四次元か?」
「解ってくれたようじゃな」
レナ姫は満足げに笑う。キョウは何度も頷いた。
「それが現…うぉ?」
「そして、そして! 四次元の霧は、…正確には六次元だけど。現れるのは理由が有る!」
負けじとリオは、レナ姫の頭を押し退け解説を始める。レナ姫は見事に椅子から落ちた。
キョウは焦る。
間違いなく一国の重要人物だ。そんなぞんざいな
キョウは両手を上げ、話が聞こえない護衛兵に対して敵意がないと証明した。有り難いことに護衛兵は遣ってこなかった。
キョウは手を下げて胸を撫で下ろす。リオはまだ気付いて居ないので話を続ける。
「そもそも、六次元は常に身の周りに有るの。しかし、方向性が
リオは負けじと、キョウの知識の無さも関係なく話したてる。キョウは眉間にしわを寄せたまま答えた。
「………すまん。解らない」
驚いた様に口を開け、リオはショックを受ける。
床に
「リオ、お主はやはり私をバカにしているのか?」
レナ姫の言葉にキョウは凍りつく。
王族を押したのだ。少なくともただでは済まされない。
キョウは両手をかざし、慌てて
「待ってくれ、リオに悪気は………」
「私だって、そこは説明出来る! お主の説明は解りにくいのじゃ!」
「解りやすいもん。姫は説明が長いの」
「あこまで説明しないと、普通の人には解りにくいのじゃ!」
まるで話を聞いていない。キョウは言葉に半ばにして口を閉じた。
二人は言い争い、短い手をバタバタと振りながら説明している。学園の講師以上の難しい話をしているにも関わらず、この光景を見る限りは年相応に見えた。
「二人とも待ってくれ。
キョウの声に二人は止まり、何やら小声で相談しだす。
何だかんだと
二人は納得したのか、共に頷くとキョウを見た。そしてリオが口を開く。先ずはリオの番らしい。
リオは何時ものように右手の人差し指をピンと伸ばし、「おっほん」と態とらしい咳払いをしてから話し出した。
「キョウ、――――霧は生物よ」
思ってもいなかったいきなりの台詞に、キョウの顔が真剣に成っていく。リオはその顔を見て頷いた。
「バカな、あれが生物? 確かに群れたり、
「群れるのはまた理由が違うから飛ばすね。それと
リオはレナ姫の紙と鉛筆を借りると、丸と線だけで人を書いた。
「これが二次元の人。三次元の人は私達。これに時間を加え四次元として考える」
いきなりレベルの上がった話に、キョウに付いていけない。
キョウが首をひねっていると、
「だからお主は解りにくいのじゃ」
「えっー? だって姫が図にした方が解りやすいて」
「お主が書いたのは人だけであろう。二次元の方に時間を加え、疑似の三次元を作った方が解りやすいじゃろ」
二人は小声で話しているが、キョウの方まで話が聞こえる。
キョウは聞こえないふりをした。
リオは頷くともう一度「おっほん」と咳払いをした。
「二次元に時間を加え、三次元にします。私達の目に時間が見えるとしたら」
リオは鉛筆を斜めにして、簡単な人の絵を伸ばして行く。線は真っ黒い太い線になり、人の形は消えた。左は徐々にしぼみ、右は突然切れる。
「これがその人に成るわけ。時間は左から右に掛けて進んでいるけど、それが時間を見ることが出来るならこうなる。もう人には見えないでしょ」
たしかに、一つ次元を与えただけで、全く別物になる。
「左は生まれてから大きくなっていき、突然切れた右は死んだと言うことか」
「そう。要するに、時間は目には見えないから、見えればこうなったと言いたいの。これは霧も同じ。三次元しか見れない私達の目には、霧の様に見えるだけで本当は違う。もちろん次元が違うから剣で切れないってわけよ」
その答えにキョウには驚き、目を見開く。この理論が正しければもっと多くの人が助かる。
キョウは興奮で体を震わせながら言った。
「霧だから切れないって訳じゃ無かったのか」
「えぇ、理論的に考えて、同じ次元の物質で作られた剣なら切れる筈よ」
キョウは思わず目を見開いて二人の手を握りしめた。
「すごいぞ! リオもレナ姫様も。それならもっと多くの人を助けられる!」
二人ともキョウの突然な行動に押されてか、びっくりして固まる。
キョウは大袈裟なほど喜んでいた。
レナ姫は顔を真っ赤にしたまま微笑んだ。少しだけリオが羨ましく思う。
ここまで真剣に自分の話を聞いて、喜んでくれる者は少ない。
その為に、出来るだけ
祖父は
キョウの凄く喜んでいる姿に、リオは罪悪感を持ちながら話した。
「キョウ………だけど、そんな物はこの世界に存在しないの。もし物質が有ったとしても、残念ながら今の技術では加工出来ないでしょうね」
「そうなのか? 加工出来ないのか?」
「えぇ。しばらくは今の討伐が一番合理的ね」
キョウは顔を下げ、手を離す。
せっかくの霧を多く討伐する方法が使えない。悔しいが何事でも限界は有る。なんとも遣りきれない思いだ。
レナ姫は深呼吸して、息を整えてから説明を始めた。
「つっ、次は私じゃな。何故この次元で四次元の者が
なるほど、レナ姫は単独で、何の情報もなく、霧の特徴だけでそこまでたどり着いた。リオだけで無い。レナ姫もやはり天才か。
霧が別次元の生物とは、多く
レナ姫は今度はリオに目を向ける。
「さてリオ。本は貸すが、お主は私の手伝いをせぬか? 今まで話して解ったが、お主は私より詳しく知っておる。
リオはしばらく両腕を組んで悩み、右手を高く伸ばした。
「作戦会議!」
リオは宣言すると、キョウの腕を掴み窓際まで引っ張ってくる。そして、レナ姫から離れると、小声で話し出した。
「キョウ、言って良い?」
その台詞をキョウは理解した。
確かに昨日の夜、霧を止めに行くとは言わない方が良いと、そうリオに釘を指しておいた。しかし、レナ姫の話を聞くかぎり、彼女も霧を止めたがっている。それなら邪魔をされる可能性は低いし、キョウよりレナ姫の方が、リオの探し物の力になれるだろう。
心配なのは二つ有る。レナ姫が周りに漏らした時だ。
それともう一つは、マストロの様に信じてくれるかどうか。
「まぁ、レナ姫なら大丈夫とは思うが、今の問題は誰にも聞かれないことだな」
リオは解ったと頷き、レナ姫の方に駆け寄る。
「姫、姫」
「何じゃ?」
「ちょっと耳かしてね」
リオは突然レナ姫に顔を近付ける。レナ姫は驚いたが、頭を背けること無く、顔を真っ赤にしたまま素直に従っていた。しばらくして、レナ姫は何度か頷くと、護衛の兵を呼び寄せた。
「お主達、レナ・オティアニア第七姫として命ずる。私とこの二人は今から三階の部屋に上がり、大切な話をする。お主達は、一人は部屋前で
レナ姫の予想もしない命令に、護衛兵は慌てた。
「お待ちくださいレナ姫! 我々は、王よりレナ姫の安全を最優先に命じられております。このような
「大丈夫じゃ、この二人は何も企んでおらん。私の講義を聞きたいだけじゃ」
「それならば、私共も御一緒しても問題は無いと思われますが?」
「待て、それはならん………」
レナ姫と護衛兵は、互いに一歩も引かず言い争う。確かにキョウも、リオがそう言った所ですんなり引き下がらないだろう。
キョウは小声でリオに耳打ちする。
「リオ、らちがあかない。俺が話に加わるとややこしい。俺は護衛兵と共に居るから、リオ一人で話してくれ」
キョウの言うことはもっともだ。レナ姫と同じ子供なら、相手も納得できるだろう。
ここに来て、自分の幼さが逆に助けになった。
リオが頷くのを見て、キョウは護衛兵の前に出て、騎士の敬礼をする。
「申し訳ない、護衛兵の皆様。私はリオ姫の騎士をしているキョウ・ニグスベールと申すものです。我が姫はレナ姫同等の趣味がございます。出来る事なら、我が姫にレナ姫の
しかし、護衛兵のものは納得しないように頷かない。仕方なく、キョウは窓際に立てた剣を手にした。
「それと、この私の剣は、リオ姫に祝福を与えられた大切なもの。それを預けたい。それでも参りませんか?」
キョウの申し出に、護衛兵とレナ姫は目を白黒させた。キョウは剣の腹を持ち差し出す。
ただの騎士なら、簡単な形式上の儀式で終わる。しかし重要な騎士は、リオがやった様に、王が騎士の愛刀で儀式を行う。儀式を受けた剣は、王から譲り受けた剣として、王の為にしか振るえない剣となる。
それは騎士の間では祝福を与えられた剣と呼び、忠実を誓った命より大切な証だ。
法国オスティマは兵隊の国、騎士の観念がどれほど通じるか解らないが、話には聞いているだろう。
キョウは安心を与えるため、あえて差し出す。キョウの思いが伝わったのか、護衛兵は困った顔をした。
「解りました。ただし、あなたの方は身体を調べさせて頂きます」
キョウは頷くと自分の剣を渡した。
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