第37話霧を止める者の騎士 1

最終話  霧を止める者の騎士



 今から六日前。

 キョウ達がストラを出発したあと、イップ王女とセリオンは、キョウの読み通りに合流していた。

 ただ、読みが外れたのは、イップ王女の周りには、セリオンとマグナしか居ないと踏んだことだ。

 イップ王女はストラの、大きめの空き家の屋敷やしきを利用して行動していた。

 周りの護衛をしている、王国ファスマの騎士を名乗る者、二十名。

 ストラで活動している者、四十名。

 ストラ以外の国で情報活動や、金銭を集めている者、百八十名。

 計二百四十名が、現在の王国ファスマの騎士である。使用人をふくめるとさらに多くなる。

 その明細は、霧の現れる前からの、王国ファスマの騎士で有った者や、霧を止めると言う、イップ王女に賛同さんどうして集まった者と色々といる。

 その為に、皆は色々な格好で統一性はない。

 鎧に盾で装備を固めている者。鎧は着ずに、ガントレットのみの者。中にはボロボロのロングソード一本を腰に下げただけの者もいる。

 唯一統一されているのは、腕に着けた、王国ファスマのシンボルマークの、花の形が入った、ラズベリーブルーの色の腕章だけだ。

 その中で、イップ王女の騎士と名乗れる者は、現在はセリオンのみ。

 本日はその全ての者が、ここストラに集結していた。

 霧の信者が多く集まる、異様いようストラでも、その様子はさらに異様いようだ。

 屋敷の窓から、イップ王女は演説している。

「皆の者、今までわらわ賛同さんどうしてくれ、心より感謝をべる。しかし、それは今日をもって終わりとしたい!」

 辺りからは驚きと、不満の声が上がる。

 イップ王女はその者達を前にして、深々と頭を下げた。

 その様子を見て、皆は黙り込む。

 最近になり、イップ王女は何か考えがあるのか、謝ってばかりだ。

「皆の不満は解る。わらわと共に王国ファスマ再建国を願う気持は、わらわも同じだ。しかし、わらわにはどうしても遣らなくてはいけない事がる!」

 イップ王女は真っ直ぐに、王国ファスマの方向を見つめた。

 セリオンはイップ王女のかたわらに立ち、その台詞に顔をしかめたまま聞いていた。

 イップ王女は目を閉じると、ゆっくりと開け、今度は目の下に見える、随分ずいぶんと少なくなった王国ファスマの騎士達を見た。

「その事をべる前に、嬉しい情報が入った。………エリス・ファディスマが見つかった。現在はここにいたる迄には行かなかったが、近々皆の前に現れるだろう」

 再び皆がざわめき出す。

 現在、イップ王女の妹であるエリスは、王国ファスマの騎士により、他の王国で身分を隠し生活していた。

 見付けた騎士は、イップ王女に伝えたが、他国は危険と判断したセリオンが、エリスに会いに行っていたのだ。

 セリオンはエリスの説得ぜっとくに、二ヶ月掛かった。しかし、今まで暮らした町に別れを言いたいと言われ、先に戻ってきたのだ。

 結局はエリスに、遅れるとイップ王女とは、二度と会えないとは伝えきれなかった。しかし、エリスは王国ファスマ再建国に賛同さんどうはしてくれ、自分の騎士と共にこちらに戻る約束をしてくれた。これで、イップ王女の肩の荷は降り、ようやく霧を止めに行く決意が出来たのだ。

 これで良かったのかと、セリオンは自分の行動に問いかけるが、イップ王女十八年間の想いだ。どうしても、それを断ることは出来なかった。

 共に行こう。

 それしかこの世界を守るすべはない。それに、霧を止めること無しには、王国ファスマ再建国も無い。

 セリオンは覚悟を決めていた。

「本来なら、正式な王位継承式おおいけいしょうしきが必要だ。だが、今は国と呼べるものもない。わらわも同じく、王女とすら呼ぶに相応ふさわしくない」

 イップ王女は開闢かいびゃくの儀式の時に語った。

わらわはその時の希望で在りたいと願う』

 それは、王国ファスマが滅んだ今も同じ願いだ。

 だからセリオンも、あの時の約束を果たそうと思う。

 何処どこにいるかと問われ、答えたが届かなかった、セリオンの台詞。

『王国ファスマに。私はいつの時も、貴女あなたの剣と成り、盾と成りましょう』

 あの想いは上部や、はげましではない。

 ラズベリーブルーの草原で、寝むった振りをしていた時から決まっていた。

「だが、今度はエリスを筆頭ひっとうに、王国ファスマ再建国をめざして欲しい。わらわぜちな願いだ」

 さぁ、動きだそう。

 あの悪夢を終わらすのは、変えるのは自分達しかいない。

 だから行くことにしただろう。

わらわは王国ファスマの再建国にはたずさわれん。しかし、代わりに霧を止める! 皆の者が安心して住める地を約束する!」

 セリオンは顔を上げた。

 イップ王女には、リオの言った「あなたのするべき事は霧を止めることじゃない」の意味など、とうの昔に解っていた。

 それでも、イップ王女は皆の希望であるため、それをえらんだ。

 ただ、キョウに言われた台詞の答えだけが出なかった。

「セリオン、最小な人員じいんを集め向う。王国ファスマへ!」

 イップ王女は振り向いて、セリオンにそう声を掛けた。

「………かしこまりました」

 セリオンは静かにそう述べると、真っ直ぐにイップ王女を見つめてから頭を下げた。

 その真っ直ぐな瞳が痛い。

 覚悟を決めてから、初めて雑音が耳に残る。

『俺はセリオンの記憶が有る。………イップ姫、その台詞をセリオンに対して言えるのか?』

 後悔など無いはずだった。



 キョウ達は現在、王国ファスマの城下町を走っていた。

 ラズベリーブルーの草原から見て解っていたが、王国ファスマの城下町は、見る影も無かった。

 建物は崩壊ほうかいし、傾き、燃えつき、草木に侵食されている。

 石畳は砂がおおい隠し、石畳の間からは草が生え、その影響でゆがんでいる。

 あの素晴らしく繁栄はんえいした影すら、もう残っていない。

 霧はつねに城の方から向かってくるが、キョウが切り裂いていき、彼の通った後には、半分になった霧の道が出来ていく。

 キョウを先頭に、息を切らしながら、三人ともけ足だ。

 キョウは走りながら、目の片隅にメインロードの半ばほどにある、口うるさいパン屋のおばさんの店が有った辺りをとらえた。

 当たり前だが、店はもうない。

 店の有った辺りは煉瓦れんがの土台が残っているだけで、家屋は焼け切り跡形あとかたしかない。今から考えると、こんなにも小さな店だったのかと思う。

 結局、キョウは記憶に美味しいと知っているだけで、一度も口にすることは出来なかった。

 本当に残念に思う。

 さらに走り抜け、しばらくすると、目の前に王国ファスマ城が近付いてきた。

 城までは後わずかの場所で、突然ユキナは足を止めた。そこは、まだ辛うじて原型を保っている、一軒の家屋の前だ。

「キョウ、リオ、悪いが五分だけ時間をくれ」

 珍しく、ユキナからの相談だ。二人も立ち止まり息を整える。霧の流れは一段落ついたのか、城の方からはしばらくはやって来ない。

 それを確認してからキョウは頷いた。

「構わないが、何かあるのか?」

 キョウは建物を見上げる。

 一見いっけんしたところ、これと言って変わり無い建物だ。記憶を探っても、重要な建築物ではない。本当にただのてた家だ。

 キョウの無粋ぶすいな台詞に、リオはそでを引っ張り、首を振った。

 ユキナはその様子を見て、無言のまま家屋に足を向け、中に入っていく。

 キョウは解らない顔をしていたので、ユキナの姿が見えなくなってから、リオは説明した。

「キョウ、多分ここは、一週間ユキナが隠れていた場所と思うよ」

「………あっ、」

 そこで要約キョウは気が付いた。

 そこは、ユキナが不安な心のまま暮らしていた家だ。

 キョウとリオが、ラズベリーブルーの草原に想いを寄せていたのと同じく、ユキナにとって、この世界で唯一想いを寄せている場所がここなのだ。

 不安をまとい、幾度いくどと無く窓から城の入り口を覗き、助けを待っていた、ユキナのこの世界の家。

 ユキナはその場所に別れをげに行ったのだ。

 解ってから思えば、無神経な台詞を口にしたのだと思う。この何て事もない場所が、ユキナがこの世界に来た証人なのだ。それは、他人には解らない想いが有るのだろう。

 キョウは理解してから後悔しているようなので、リオは色々と気になる物を見付けては、それを目で追っていた。

 キョウは水筒すいとうの水を飲み、頭を冷やす。

 ここまで来て解ったが、この旅はもう二人だけの旅ではなくなっていた。色々な人々の想いも一緒に旅をしている。

 本人は五分と言っていたが、五分経たずしてユキナは戻ってきた。

「もう良いのか? もう少しぐらい待つぞ」

「いや、いい」

 先ほどは無神経で悪かったとばかりに、気を使うキョウに、ユキナは短く答えた。

 べつに別れをしんだ訳でない。ただ、もう一度だけ、ここからこの風景をのぞいてみたかった。

 あの時は恐怖に震える風景が、希望を持った今なら、どういう風に見えるか確かめたかった。

 崩壊ほうかいし、自然が飲み込もうとしている町並まちなみは、あの時と少しも変わりは無かったが――――少しだけ懐かしく思えた。

 リオは何も言わず、王国ファスマ城を見続けた。

「さぁ、行こう!」

 ユキナの言葉で、キョウ達は再び足を進める。

 霧が止まっているので、今度はゆっくりと、城に向かって歩いていく。

 夕焼けがせまり、壁に光が当たって、オレンジ色をした王国ファスマ城が目の前にある。

 法国オスティマの城よりは小さいが、それでも大きいことに変わりはない。

 キョウやリオは記憶によって、ユキナはここから出てきたことにより、三人は城の内部を手に取るように解った。

 キョウは以前に、セリオンがよく足を運んだ、城の裏手にある、騎士の練習施設にも行ってみたくなるが、今はそんな時間がないので、気持ちを押さえ込む。しかし、いまだ霧は止まっているようなので、落ち着いて城の現状は見られた。

 リオと二人並んで、近くから王国ファスマ城を見上げる。

 さすがに頑丈がんじょうな造りだけにあって、くずれているところは少ないが、蜘蛛くもの巣や、つたが所々巻き付いており、廃虚の雰囲気ふんいきが漂っている。

 三人は前を向くと、揃って城の中に足を踏み入れていった。

 以前は城内の警備の騎士や、人が多く行き交いしていた城内は静かで、ガランとしていて、以前よりも広く感じた。

 霧の流れは止まったが、城内には多くただよっているので、再び走り出し、キョウは霧を切り裂きながら、記憶に残る地下までの道を急いだ。

 空間輸送システムのある、地下までの道は遠い。

 一度、城の最奥部の、王族の居住区まで行ってから、階段で空間輸送システムの最下層まで降りる。

 キョウ達は霧を相手しながら、一気にその階段まで遣ってきた。

 今までの広い廊下は、陽射ひざしが差し込み夕暮れでも明るかったが、階段はが差し込まず、暗く、奈落ならくへと通じるように口を開けている。

 しかも、暗闇から突如とつじょ霧が現れるので、危険きわまりない。

 階段の壁には、古びた松明たいまつがそのままに成っているので、リオが魔法で火をともし、ユキナは懐中電灯なるもので辺りをらす。

 松明たいまつは近場しか見えないが、ユキナの持つ懐中電灯は遠くまで光が届く。それを見る限りでは、科学の発展は便利なものとキョウは感心した。

 ユキナの世界にある、意味の無いようなものは要らないが、その懐中電灯は便利で欲しく思う。

 階段のはばは広く、そして長い。

 一度だけ息切れの多い、リオの為に休憩を取り、さらに奥に進んでいく。

 辺りの温度は次第しだいに下がり、長い階段の終わりが、ユキナの懐中電灯により見えた。

 辺りは霧がいるだけで、人の気配はない。

 どうやら、キョウ達が一番乗りで、ここまでは予定通りだ。

 三人は互いに頷きあい、廊下を進み扉の前で立ち止まった。

 確かに扉は閉じられている。

 キョウは鉄の棒を握り締めて、二人を自分の後ろに遣ると、ゆっくりと扉を開けた。

 十八年前にセリオンが閉め、その後しばらくは開けられなかった、後悔ばかりが記憶に残る、その扉が、今キョウの手により開いた。

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