第38話霧を止める者の騎士 2

 円形のドーム状の部屋が、姿を現せた。

 中心には七メートルも超える、音叉おんさのような形状けいじょうの建設物。記憶にはあるが、あらためて自分の目で見てみると、その巨大さに圧倒あっとうされる。

 これが、空間輸送システムの本体。

 イップ王女の宿敵しゅくてきだ。

 周りには白骨した遺体いたいが、幾つも横たわる。その遺体の中には、セリオンの部下のものもあるだろう。そして霧だが、扉の中に霧は、キョウの予想よりはるかに少なかった。キョウは先ず、周りの霧を斬り裂いていく。

 ここからは、王国ファスマにたどり着くまでに、何度も練り直した作業を進めるだけだ。

 キョウとリオは、入り口付近に荷物を放り投げ、中心部に急いだ。ユキナはそのまま帰るので、荷物は持ったまま走る。

「リオ、ここからが本番だ!」

「うん。キョウは準備お願いね。私が帰れるかどうかは、キョウに掛かっているからね」

「解っている!」

「リオ、間違まちがいは起こすなよ。全てはお前に掛かっている!」

「任せて。ユキナも作戦通りにね」

「了解した!」

 三人は空間輸送システムの前に遣ってくると、次第しだいにそれが見えてきた。

 空間輸送システムの真後ろにある、大穴。

 イップ王女が、成功したと解った理由の元がこれだ。

 直径二十メートルの穴が、床にポッカリと口を開けていた。

 これがすべての元凶げんきょうだ。

 今のところ、穴から霧は出てきていない。霧には周期しゅうきがあるのだろうか。

「キョウ、先にこれを斬って」

 作戦通り、空間輸送システムの横に立っている制御版せいぎょばんに、リオは近寄った。

 キョウも走り寄ると制御版を見る。

 見る限りは、二メートルを超える黒曜石こくようせき石碑せきひに見えるが、色々な機械の上に鉄を張り、その上に黒曜石こくようせきを張り合わせているらしい。両角りょうかどの端を斬り、隙間すきまからテコの原理で広げれば、手前の鉄板は取れるだろう。

「角の、つなぎ目だな!」

「そう。注意して、中には重要な基盤きばんも有るから傷付けないようにね」

 ここに来てもリオは無茶を言う。

 黒曜石こくようせきを合わせて、鉄板の厚さは二センチらず。横から二センチだけの、その場所を正確に斬り裂く。

 キョウは鉄の棒をユキナに返すと、自分の愛刀を持ち、何時もの左手を前に出す担ぎ構えを取った。

 しばらく息を整え、瞳を閉じる。

 厚さ二センチの繋ぎ目の、溶接ようせつのあとを狙うのだ。少しでもねらいがれて空振りすれば、間違いなく腕の筋は何本も持っていかれるだろう。かといって、少しでも力を抜けば、溶接ようせつあととは言えど、鉄は斬り裂けない。

 それに、こんな初っぱなから失敗は許されない。

 重要なのは刃筋を通すことだ。

 キョウは目を開けると、頭の中でイメージした通りに、剣を真っ直ぐに振り下ろした。

 ガンとするどい音をたて、溶接ようせつあとに隙間が出来る。

 キョウは心の中で歓喜かんきを上げた。

 その隙間に剣をもぐり込ませ、テコの原理で隙間すきまを広げていく。もう一方の角を斬り裂き、手前側の鉄板を取りのぞく作業は後回しにする。今はコードを繋ぎ、充電することが先決だ。

「ユキナ、これぐらいでいいか?」

 ちょうど手が入るほどの隙間すきまができ、リオとユキナは隙間すきまのぞいて、自分達の想像が合っていたことを確信する。

「あれが電気プラグだ」

 ユキナの言葉に、リオとキョウは頷き形状けいじょうを覚えた。

「次はつなぐのね?」

「そうだ。それだけで充電じゅうでんは開始される。せめて十分は時間が欲しい。そうしたら開く時間くらいは持つはずだ。キョウ、まずは電力の確保かくほが第一だ」

「解った。一番先に繋げばいいんだな」

 ユキナの答えにキョウは頷く。

 ここまで来たらキョウにもわかる。こちらの空間輸送システムに電気を貯めるのだ。

「あとは、キョウが繋ぐのはここと、ここだ」

 ユキナの説明に、キョウは穴の中から出すケーブルを差し込む順番と、差し込み方を教わる。穴の中からシステムを打ち変えるので、キョウはケーブルを間違えることなく差し込めば良いのだ。

「じゃ、私達は穴に入るから、キョウはケーブル類を繋いだら、鉄板を取り払って準備しておいて!」

「解った。………リオ、」

「うん?」

「絶対に成功させような!」

「もちろんよ。………キョウ、私を必ず戻してね」

 本当に空間輸送システムは止まるのか。

 霧が止まるのか。

 空間輸送システムが作動するのか。

 リオの理論に間違いはないのか。

 色々な不安があるが、今は成功を信じたい。

「どうかご安心を。キョウ・ニグスベールは、リオ・ステンバーグ姫を、何に置いても守りますから」

 キョウの騎士らしい台詞にリオはほほを染める。しかし、嬉しいのか口元がゆるんでいた。

「――――私の命、我が騎士に預けます」

 それから、二人はお互いの顔を見合い笑った。

 もうすでに穴の近くに行っているユキナも、二人の声を聞き笑っている。

 どこまでも子供のような奴等やつらだ。観ているこっちが恥ずかしくなる。

「じゃ、行ってくるね」

「あぁ、気を付けろ」

 リオはユキナに追い付くと、ユキナと共に穴の中を見た。

 高さ二メートル程で、上からのぞくとなお高く見える。

 キョウも遅れながら二人に追い付き、同じ様に穴の中を見下ろす。

 中は広いが物が多いため、ぜまく感じる。キョウには理解できない、色々な機材がところ狭しと置かれ、五個の固定式のテーブルが扇状おおぎじょうに並んでおり、そのテーブルにモニターが埋め込まれ、机の上にはボタンの付いた板がそなえついている。

 これが、ユキナの世界。

 現在、穴の中の霧は少ない。作業するなら今の内だ。

「まずは私が飛び降りる。ある程度の霧を倒したら、キョウはリオの手をもって、降ろしてやってくれ。下で受け止める」

「解った」

 キョウが頷くのを見て、ユキナは穴に飛び降りる。

 穴の中の壁には梯子はしごが掛かっているが、降りるには難しいし、飛び降りるのは正解だ。

 ユキナが先に飛び降り、言った通りに霧を鉄の棒で倒す。穴の中の霧はすぐに居なくなった。

 これで、まとまって霧が現れない限り、大丈夫であろう。

 ユキナはある一点を目を細めて見ている。そっちがこの部屋の出入り口、すなわち空間の境界面きょうかいめんに当たるのだろう。ようするにハイゾーンだ。

 実はこの穴は空間の境界面きょうかいめんではない。

 ユキナの世界が空間に押され、キョウ達の世界に来たときに、地下に突然ユキナの世界が現れたために崩れたのだ。

 だから、穴の中には、所々こちらの床の破片が落ちている。

 どうやら霧が見当たらないのか、顔を戻すとキョウに頷いた。

「よし良いぞ、リオを降ろしてくれ!」

 キョウはリオの手を持つと、ぶら下げるように下に降ろす。ユキナはリオの腰を持ち、無事に降ろせた。

 リオは、先ほどユキナが見ていた一点を、目を凝らし見つめる。

 ユキナが頷いた。

「あぁ、あそこが伸びた空間だ。――――ようするにハイゾーンだな」

「確かによく見えないわね。目が疲れる」

 リオはしばらく見ていたが、顔を戻すと椅子いすに座る。

 その行動に、ユキナも動き出した。

「よし、リオは直ぐに始めてくれ。キョウ、これが電源コードだ。引っ張ってくれ!」

 穴の中からは電源コードが投げ出される。

 キョウはそれを、さきほど指示しじのあった場所に差し込んだ。

 空間輸送システムの制御盤の隙間から見える、内部の一ヶ所で、赤いランプが点灯した。

「よし、いけたぞ!」

 キョウが叫び、さらにユキナが何本かのケーブルを投げ渡している間に、リオは機械の電源を立ち上げ、マウスを動かし、リズム良くキーボードを叩いていく。

 ここではパスワードは、まだ要らないようである。パソコンは無事に動いている。ここまでは順調だ。

 リオはまず、キョウの側に有る、空間輸送システムのプログラムの改正かいせいをはじめた。

 こちら側のケーブルはつなぎ終ったユキナは、突入隊が持ち込んだノートパソコンを繋げ、立ち上げると、隣の席に座りキーボードを叩き出す。

「リオ、間違えるな。プランクの長さだぞ!」

「解ってる。十のマイナス三十三じょう、空間の維持いじできる最小のあたいね!」

「そうだ。それ以上でもそれ以下でも駄目だ。正確に合わせろ」

「解ったわ」

 作業は順調に進み、誰もが成功を確信したが、しかし、現実は甘くはない。

 まず起こったのはユキナ側からだった。

 突如とつじょ、ハイゾーンから現れる霧の群れ。それも十や二十じゃきかない、かたまりで数が読めない。

 ユキナは作業を中断すると、再び鉄の棒を片手にもち、霧に叩きつけた。

「くそっ! ここに来てこれか。リオ、落ち着いて意識をしっかりな、おびえたらダメだぞ」

 普通なら、この状況じょうきょうで、おびえるなと言う方が無理な話なのだが、リオはあっさり答えた。

「大丈夫よ」

 ユキナは感心してリオをみる。

 はなから、霧など相手にして無いのか、モニターから目をそらさずキーボードの指は止まることがない。しかも正確で早い。

 これは負けていられないと、ユキナの霧を切る手にも力がこもる。

 キョウはケーブルを全て繋ぎ終え、穴の中に向かって大声を上げた。

「よし、こっちは全て繋いだ!」

「解った。こっちも順調よ! キョウ準備しておいて!」

 リオは手を止めず、モニターを見たまま叫んだ。

 その声で、キョウはもう片方を斬り裂き、制御盤の鉄板をとり払うために構える。

 開けるために必要な操作は、制御盤の中心近くにあるボタンを使うためだ。ユキナ側とは違い、こちらに難しい操作道具はついていない。

 キョウは集中するために目を閉じた。

 先ほどと同じように刃筋を通せばいい。イメージは出来ている。しかし、そこで不審ふしんな足音を耳にする。建物内なので足音は響きすぐに解かった。

 正確な人数までは解らないが、十人や二十人の足音ではない。とにかくキョウ達ののぞんでいない誰かが来たのだ。

 キョウは構えた姿のまま躊躇ちゅうちょした。

 このまま振り抜いた所で、どうしてもそちらに意識が行き、集中出来ないので、失敗する可能性が大きい。

 キョウには、機械のどこが重要な場所か検討けんとうがつかない。万が一狙いがずれ、重要な場所を壊せば、取り返しがつかない事になってしまう。

 結局キョウは構えを解いた。

「くそっ!」

 苛立いらだちをあらわにしたとき、兵士が部屋になだれ込んでくる。キョウは空間輸送システムの前に走り、立ちはだかった。

 兵士は次から次へと、止まることなく部屋に現れる。

 キョウは絶望を感じた様に、眉毛をしかめ片目を閉じた。

 足音から感じたが、予想をはるかに超える二百もの兵隊。

 ここに来るまでに、霧により大半を失ったのだろう、それでもその数の兵隊だ。キョウ一人ではどうすることも出来ない。

 兵士は全て重装備に、ロングソードや槍で武装している。

 一体何が起こっているのか、キョウには検討けんとうがつかない。

 現れるなら、イップ王女達か暗殺者だと思ったが、ここまでの兵士が来るとは、頭の片隅かたすみにもなかった。

 キョウはいつもの構えは取らず、その光景をただただ眺めていた。

 兵士達は、半円を描くようにキョウを囲う。その様子からして、味方と言うことは無いだろう。しかし、絶対に一人ではかなわない敵の数を見ても、恐怖はない。

 心に有るのはリオとの約束が守れないというあせり。

 この数の兵士を相手するなら、キョウが出来ることは、少しでも時間をかせぐことだけになる。何としてでもリオが帰ってくる方法を考えないといけない。

 兵士達は部屋に入りきると、半円の真ん中が割れていき、その間を通りデルマンが前にやって来た。

 護衛兵を盾がわりに自分の前に二名置き、キョウを見るや否や、大袈裟おおげさおどろいた顔を作った。

「これはこれは、いつぞやの騎士ではないか」

 キョウは芝居しばいがかったデルマンの台詞に、嫌けがさした。

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