第15話所属国の無い騎士 5
結局、二人が疲れた顔のまま現れたのは、閉館ギリギリになってからだ。今まで調べた資料だろうか、いくつもの紙束を持っている。
キョウは目だけを使い、無言で「有ったか」と問い掛ける。リオは重く首を振った。
リオとレナ姫の二人は、途中からキョウやカインをも使い、本を探していた。
護衛のはずの二人は、何度も本をだかえ階段を往復させられ、護衛の役目を果たせなかった。しかし、キョウが一番焦ったのは、レナ姫に講義を聞いているはずのリオより、講義しているばずのレナ姫が何度も本を取りに走っているからである。それは誰もが怪しむと思ったが、以外にも何も言ってこなかった。
最初は他国の歴史が多かったが、最後の方は何を探していたのか、神話の話や、
「疲れた。お腹すいた」
「そうじゃのう。お昼も食べておらぬし。それに、足もパンパンじゃ」
自分達でやっている事なのに、二人とも不満を
キョウとカイン二人は、こっちの台詞だと笑った。二人も、もちろん昼は食べていない。
「キョウ、ご飯食べたら宿で休もう。今日は何もする気が起きない」
かなり疲れたのだろう。リオはキョウのほうにやって来ると、そのままもたれ掛かる。
「あぁ、解った。頑張ったな」
キョウに
図書館の職員に急かされる様に図書館を出ると、リオとレナ姫の二人は、キョウ達から少し離れ、道の真ん中で
「ここなら大丈夫かな?」
「まぁ、被害も出んし良いじゃろ」
二人の行動が、キョウや護衛兵は解らず、不思議そうに見守る。
屈み込んでいたリオは立ち上がると、レナ姫に振り向いた。
「じゃ、姫お願いするね」
リオの言葉にレナ姫は慌てて首を振った。
「待て、私は出来ぬ」
「えっー、だって姫は魔法使えるって言ったよね。ひょっとして、基本魔法だけ?」
少しからかった目でレナ姫を見る。
レナ姫は恥ずかしそうに、慌てて言い訳をした。
「ばっ、バカにするでない! ただ、基本魔法も自然魔法も不得意なだけじゃ。防御魔法なら出来るのじゃ!」
「結界魔法使えるの? 姫、それすっごいよ! 私は出来ないよ」
リオが出来ない事を出来るのが嬉しかったのか、レナ姫は鼻息を荒くして胸を張る。
「とっ、当然じゃ! 私はレナ・オティアニアじゃぞ! そんなこと朝飯前じゃ」
レナ姫は一人、「凄いじゃろ」など何度も呟いている。
リオは全く聞いていなかった。
「これは、私の魔法理論が間違っていたかもね。結界魔法は魔法分子の場だけでなく、違う分子の融合かも。いや、
アゴに手を当てて、リオは一人ブツブツと理論の検証を行う。しかし、結論は出なかったのか、頭を振った。
「駄目、今日は頭が回らない。まっ良いや。じゃ、姫、私燃やすね」
レナ姫は頷くと、少し離れたキョウや護衛兵に声をかけた。
「今から魔法使うぞー。離れておれよー」
あたかも簡単に言われた台詞に、一瞬誰もが理解できなかった。
「マジカルファイヤー!」
リオの声で紙束に火が上がる。その瞬間、やっと理解したキョウと護衛兵が慌てた。
「なに?! せっかく集めた資料燃やすのかよ!」
「こんな町中で火の魔法なんぞ使うな!」
皆が寄っていくが、紙が燃えきり、火はすぐに消え去った。
皆が慌てているのを見て、二人はポカンと口を開けている。その顔は、何故慌てているのか解らない顔だ。
ちゃんと説明したのだが?
「こんな所で火を使うな! 火事になったらどうする!」
一番
「ほら姫、怒られた。だから私は川原の方が良いって思ったのよ」
「リオ、私のせいにするな。お主が直ぐに燃やせと言ったから」
リオは落ち着き、レナ姫に責任を
リオはレナ姫を王族だと理解しているのだろうか?
「まぁ、被害も無いし良いではないか。それより私も、今から食事にするが、お主達も食べて行かぬか?」
レナ姫のこの台詞に、リオは瞳を輝かせた。王族の食事だ。きっとリトルラーニ以上の物が出るはず。
「良いの?」
「それ位、かまわんな?」
レナ姫は護衛兵に尋ねる。代表してカインはゆっくりと頷いた。
キョウは
「その前に、もう良いだろう、悪いが返してくれ。それがないと落ち着かない」
キョウは護衛兵の持っている、自分の愛刀を指差す。護衛兵は頷き、渡そうと剣を差し出そうとするが、カインがその手を止めた。何か良からぬ事を考えているのか、口元が笑っている。
「待て、返すのに条件がある」
その提案に、キョウは嫌な予感がした。
カインには何度も出し抜かされている。気を付けないと、これ以上に情けない思いをさせられる。
「キョウ、お前と一度手合わせ願いたい」
思わぬ提案にキョウ心は揺れる。
先ほど対峙して解ったが、カインはかなり出来るだろう。キョウは皆から凄いと言われているが、実際に相手したのは学園生がほとんどで、セリオンの記憶があれば勝つのが当たり前の連中だ。父親とも一度手合わせしたが、本気だったのか怪しい内容でもあった。
自分の腕が
キョウは仕方がないと溜め息を吐いた。
「悪いが、うちの姫が余り心地よく思っていない。出来れば断りたく思うのだが」
カインは、騎士団長のニグスベールの言葉を試してみたかったのだが、確かにキョウの考えも解る。
少し強引だったかと、カインが口を開く前にレナ姫が頷いた。
「そうじゃ、止めておけ。あぁ見えて、カインはかなりの使い手じゃ。私はカインが負けた所を
キョウは、護衛兵を相手にしていない様子のレナ姫が、そこまでカインを買っているのは驚いたが、それならばと言う気持ちが沸いてくる。しかし、その言葉にいち早く反応したのはリオだった。
「何を! キョウだってすごいよ! 霧に乗っ取られた大型動物だって一撃だったし、バサッ! だよ。こう、バサッ! すごいの! 絶対キョウが勝つよ!」
そう言って鼻息を荒くする。
キョウは微かに笑った。
一度言い出したら聞かない頑固者だ。頭が良い癖に、それをすれば立場的に良くないのは解るだろう。しかし、リオに信じてもらえるのは純粋に嬉しい。
キョウはカインに振り向くと笑った。
「
カインは笑うと、キョウに剣を返し、自分の剣を
二人はお互いに距離を取り構える。
護衛では良いところが無かった。せめてカインに一泡吹かせたいと言う雑念がキョウに現れる。
カインはキョウの気持ちが解ったのか、少し口元を
騎士団長のニグスベールが、剣の腕は確かと言っていたが、構えから見るに、護衛もさるとこながら、この
しかし、まだまだ甘い。
いくら霧に乗っ取られた者を倒しても、人間相手は経験が少ない。勝ちにこだわり、肩に力が入っている。
カインはそこまで読んでから声を上げた。
「法国オスティマ本国、レナ・オティアニア第七姫の護衛兵、カイン・スティーティス!」
しまったと、キョウは顔をしかめた。ここに来て、まだ仕掛けられるとは思っていなかった。
騎士同士が対決する時は、お互いに名乗りあげる。お互いの、所属国、所属名、自分名を言い対決する。
これは兵隊には無い
キョウは唾を飲み込んだ。
ティーライ王国と名乗るなら、騎士見習いで、リオの騎士とは名乗れない。かと言って、リオのライマ共和国に、キョウは所属して居ないので嘘になる。どちらの国の名を名乗る訳にはいかない。
キョウはゆっくり目を閉じてから、覚悟を決めた。
カインはどう答えるか楽しみで待っていたが、目を見開いたキョウに対して、
今までの肩の力は抜け、有るのは威圧感。
カインは剣を握り直した。
「所属国は無い。リオ・ステンバーグ姫の騎士、キョウ・ニグスベール!」
名乗りを上げただけなのに、空気が変わった。
リオは両手を胸に当て、驚きの表情を浮かべている。
キョウはあの儀式を、お遊びだと思っていると考えていた。
わずか十二歳の、王族でも無い、ただの子供の
キョウは確かにリオ・ステンバーグ姫の騎士と名乗った。リオが思っている以上に、キョウはリオの騎士としての誇りを持っている。
思わずリオは声を上げていた。
「キョウ! 命令です。必ず勝ちなさい!」
キョウはカインを見たまま頷いた。
「かしこまりました、我が姫!」
姫からの命令だ、何より優先するべき
キョウは仕掛ける。
それは、言葉に表せない、始めての感想だった。長年剣を握っている。もちろん多くの人物とも対峙してきた。なのに、自分の半分程しか生きていない人物に………。
カインは思わず半歩引いく。
キョウの大振りの剣が、まだ攻撃範囲に入って来ていないのにだ。キョウの方は、
ノーモーションで
あり
カインの剣は
カインの剣を跳ね飛ばし、高らかに上がったキョウの剣が、刃先を変え降り下されると、カインの頭上で止まった。
ガシャンと音をたて、真横にカインのロングソードが落ちてくる。
「まっ、参った」
自分でも信じられない声を放っていた。自分が負けたことで無く、キョウの動きにだ。
カインが突きを放つだけに対し、キョウは三度剣を振った。最初から、相手の剣を飛ばすことを
キョウは肩で息をして、振り返りリオを見た。
リオは顔を真っ赤にしたまま、腰に手をあて、胸を張る。
「良し! それでこそ、わっわな、わかっ、我が騎士だ」
なんとも決まらない。
リオは我が騎士と言う台詞が恥ずかしかったのか、何度も
「有難うございました」
「あっ、あぁ。こっちらこそ」
カインはしばらく自分の剣を拾うことが出来なかった。今から思えば、これ程の者をレナ姫に近付けたのは、自分の失態だった。キョウがもし良からぬ事を考えていれば、四人居ようがレナ姫は守れなかっただろう。
腕が確か程度では無い。それこそ次元が違う。
剣の腕も、護衛兵としても、未々甘いか。
カインはそう恥じると、剣を拾い上げ、レナ姫に近寄り頭を下げた。
「レナ姫、申し訳ない。勝手な事をしただけでなく、負けてしまいました」
レナ姫は首を横に振った。
「素晴らしい手合わせじゃった。カインはよくやった。これからも、私を守ってくれ」
レナ姫からの
互いに幼い姫からの言葉を貰い、キョウとカインは目線を交わせた。
「姫、それよりご飯食べに行こうよ」
リオがレナ姫にそう言う。しかし、レナ姫はリオを見つめたまま動かない。
キョウは不味い事をした、負けるべきだったかと、後悔しているとき、レナ姫はやっとリオに声を掛けた。
「リオ、ずっと思っていたが、お主の事をリオ姫と呼んでは不味いか?」
突然の問いに、リオもキョウも驚き眼を開く。
「キョウの言葉を聞いて感じたが、何故か、そっちの方がしっくり来る」
「でっ、でも、私は姫じゃないし」
慌てて、リオは断る。
カインが負けた腹いせか、レナ姫は意地悪っぽく笑った。
「………所属国も無いし。か?」
レナ姫の小さな呟きに、リオとキョウの二人とも「あっ」と口をふさいだ。
先程のキョウの名乗りが嘘になる。
「呼んで良いな」
レナ姫の再びの問い掛けに、リオは頷いた。
「たっ、ただし、レナ姫だけね。他では使わないから」
「構わぬ。ではリオ姫、食事に参ろうか」
リオはドキマギしたまま王族らしい言葉を探した。久々に使うので忘れている。
「えっと、お食事に参りますわ」
リオの態とらしい甲高い声に、レナ姫は笑っていた。
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