第14話所属国の無い騎士 4

 リオ達が部屋に入ってから、キョウともう一人の護衛兵は、互いに扉をはさみ左右の壁にもたれかけた。

 キョウは右に、護衛兵は階段に近い左に。彼はさきほど二階の入り口でも護衛していた、三十代ぐらいのの護衛兵だ。

 リオ達がどれほど掛かるか検討けんとうも付かないが、時間が掛かるのは確かだ。こんなにも他人の時間で振り回されるのは、セリオンの時以来である。

 キョウはセリオンの時のように、ただ警戒を解かず前を向いていると、隣の護衛兵が話し掛けてきた。

「騎士は長いのか?」

 キョウは護衛兵を向くと首を振った。

 以前は長い間、イップ王女の騎士をしていたが、それを入れる訳にはいかない。キョウ自身はリオの騎士となり、まだ一週間しか経っていない。

「ほぅ」

 護衛兵はあきらかに驚きの表情を表せた。

「騎士が短くて、良く護衛がつとまるな」

 護衛を知っているものの台詞だ。嫌味で言ったのではない、感心しているのである。

 色々な業務の在る中で、護衛ほど大変な業務はない。騎士の中でも護衛は、そこそこの実力を持たないと回って来ない。剣の腕が有るのは勿論もちろんだが、常に警戒する強い持続性と、状況に応じて命令無しでも動ける柔軟性が必要とするからだ。キョウの年齢ほどの、若い者が護衛をしているのは余り例がない。

 話をしていてボロが出てはいけないので、キョウは頷いただけだった。

 護衛兵はさらに話しかけてくる。周りに警戒はゆるめていなが、とぼけた様な口調だ。

「周りに警戒を切らさず、何時間も立っているのは、心底疲れる作業だ。なのに、君は力を抜き、壁にもたれかけ、重点な場所だけに目を向けている。騎士に成り立てでは難しい、長年護衛をしていないと身に付かない動作だ」

 キョウは驚き、護衛兵を見た。中々やるとは思っていたが、少しの行動でそこまで読まれるとは考えなかった。

 護衛兵は口のすみを上げて笑った。

「やっぱり、育った環境か? ニグスベール」

 護衛兵の台詞に、咄嗟とっさにキョウは壁から背中を離し、身構える。

「どうした? ただ名前を呼んだだけだぞ」

 相手の護衛兵は、未だに力を抜いた自然体。剣にすら手をかけていない。なのに、キョウは対峙しているように、背中に嫌な汗をかいた。

 剣を預けるべきでなかった。

「………本物か、または偽物か、もしくは、ただの同じファミリーネームであっただけか。しかし、ファーストネームまで同じなのは、偶然にしては薄いな」

 少しだけ、ほんの少しだけ、護衛兵は目を細めた。

「私の知っているニグスベールは、ティーライ王国で騎士団長をしている。確か、次男はキョウと言う名だった。しかし、あそこの王国にリオ姫と言う人物は居ない」

 わずかな情報だけでここまでしぼれるとは、はっきり言ってあなどっていた。

 レナ姫がいくら王の孫であっても、皇太子番号が付いていようが、子供に付ける護衛なら、王から言われて護衛している、表面的な護衛兵だと油断していた。対するキョウは、旅に必要な単純なナイフも差し出し、完全な丸腰。流石に剣無しで勝てる相手ではない。

 警戒しているキョウに、護衛兵は瞳を向けた。

「難しい解答はいらない。君が何者かも興味きょうみはない。ただ、レナ姫に良からぬ事を企んでいないか知りたいだけだ」

 少しの情報からここまで読んだのだ。下手な芝居はかえって不味い。言えない情報以外は、今は正確に答えた方が良いだろう。

「………レナ姫に何か企んでいる訳では有りません。キョウ・ニグスベールも本名です。それに、あなたの言う通り、父親はティーライ王国騎士団長のバード・ニグスベールです。ただ、リオはどこの国の姫でもございません」

 しかし、キョウは次の台詞を真っ直ぐな瞳で放った。そこだけは、どんな状態であれど、嘘は付きたく無かった。

「だけど、彼女が何であれ、俺はリオの騎士です!」

 ティーライ王国の騎士見習いで、リオを他国まで送る護衛と言った方が、まだ怪しまれ無いだろう。しかし、リオのお遊びで有ろうと、キョウはリオに騎士の儀式を受けた。

 たとえ疑われても、リオの騎士でりたかった。

 真っ直ぐなキョウの意見に、護衛兵は笑った。

「いや、すまんな。名前を聞いたときから解っていたよ。ティーライ王国の騎士団長、ニグスベールの面影もある。それに彼に聞いた通り、真っ直ぐな男だ。剣の腕も確かな物とは聞いてもいたが、ここまでの護衛をこなすとは話以上だ」

 護衛兵にそうめられたが、反論はんろんする暇さえなく、完璧にやられた後だ、素直に喜べない。

「何かの意図いとがあって、彼女の騎士をしているのだろう。彼女が、どこかの国の姫で有ろうが、無かろうが私には関係ない」

「いえ、騙すような真似をしてすみません」

 キョウが素直に謝ると、護衛兵は「構わない」と軽くあしらった。

 キョウがレナ姫に何かしようとして、周りに警戒している訳ではなく、リオを守ろうと警戒していたのは一目瞭然いちもくりょうぜんだからだ。

 護衛兵は横目で階段の方をのぞき、誰も居ないか確認する。

「ただし、」

 護衛兵はそこで、ふっと言葉を止めた。

 振り向かれた護衛兵の目は、敵を見る目だった。いつの間にか剣にも手が掛かっている。

「ここからは注意して答えろ。彼女はレナ姫に何を聞いている?」

 剣を持つ者なら、誰もが咄嗟とっさに身体を引き、間合まあいを測る状態だ。しかし、剣を持たないキョウは逆に前に出た。それは、護衛兵を倒す為でない。

 護衛兵は自分の身を守るため、咄嗟とっさにキョウを斬りつけそうになる衝動しょうどうを押さえ込んだ。

「悪いが言えない!」

 キョウは両手を広げ、護衛兵をにらみ付ける。

 護衛兵はキョウの行動に、少しだけ負けた気分になった。

 彼は自分の身を守るため、斬りつけようとした。しかしキョウは、丸腰なのにも関わらず、剣を持つ敵から自分の守るべき者のため扉を守った。

 余程よほど忠誠ちゅうせいが無いと出来ない、命を掛けて盾となる護衛の方法だ。一国の姫でもない、彼女にそこまでの価値があるのか解らなかった。

「レナ姫の講義を聴きたいと言っていたが、化学や物理だけでないだろ。彼女が探して居るのは霧の止めかただ」

 キョウは何も言わず、ただただたたずむ。

 このままではキョウだけでなく、リオにまで危険が及ぶ。キョウは必死に頭を働かさせた。

 レナ姫の様子からして、彼女は色々な人に霧は止まると言いふらして居る様だ。ならば、記憶の事をせ、話して大丈夫であろうか?

「答えろ。レナ姫に何をさせる気だ? いずれの皇太子に頼まれた?」

「何もさせ………、皇太子?」

 思っていたセリフと違い、キョウは慌てる。

「待ってくれ、俺達は皇太子様とは関係無い。レナ姫に探し物を手伝ってもらっているだけだ」

「皇太子と関係無い? 騎士団長の息子だろ、本当に関係ないのか?」

 護衛兵はさらに詰め寄る。キョウは両手を差し出し止めた。

「あぁ、俺はティーライ王国ではまだ騎士見習いだった。いくら、親が騎士団長であろうと、王族と知り合う機会はない」

 キョウのもっともな意見に、護衛兵は気を抜いた顔になると、やっと剣から手を放し、今までと同じ体勢をとった。「ふぅ」とキョウは息を吐く。生きた心地がしなかった。

 そこで階段を上がってくる、別の護衛兵が姿を表せる。

「カイン、こっち交代で休憩する。階段下は一人でも十分だ。お前はどうする?」

「後で良い」

 カインと言われた隣の護衛兵は、仏頂面ぶっちょうずらのまま答えた。

 どうやら、他の護衛兵が来たから自然体に戻ったらしい。他の護衛には聞かれたくない内容だったかったのだろうか。

 階段を上ってきた護衛兵は、カインの答えを端から解っていたのだろう。適当に返答すると階段を降りていく。その姿を見送ってから、口だけでカインはあやまった。

「すまなかった。早とちりか」

「いや、俺も色々いつわっていたからな、疑われても仕方ない。しかし、なぜだ? レナ姫も皇太子だろ。しかも第七なら、そこまで他の皇太子が目を光らせる存在では無いだろう?」

「あぁ、確かにな。だが皇太子だからと言って狙われるとは限らん」

「………なるほどな」

 言葉をにごすカインを見て、キョウは理由を理解した。

 霧を止める事がである。

 レナ姫がまだ子供で有ろうが、皇太子番号が付いているほどの王族で有る。霧を止める、止められないは別にして、いざ本気になれば、王の権限で兵士達を動かせる。

 それに、他の皇太子も馬鹿ではないらしい。レナ姫の言葉を子供の戯言たわごととは思わず、霧を止める可能性の有る言葉として理解している。しかし、そうで有ったとしても、霧を望んでいる王族からは、子供の妄想だと無視されるだろう。

 それは、どれほど孤独な戦いか解らない。

 彼女が霧を止める話しによって、キョウは喜んだ。それは彼女にとって、初めてに近い経験かもしれない。

「下の奴等やつらはな、レナ姫を警戒した、第二だか第三だかの皇太子に無理矢理押し付けられた護衛兵だ。だが、俺は違う。王から直接命令を受け、昔からレナ姫を見てきている」

 そんなカインにとっては、複雑な思いだろう。

 自分のつかえる者の意見を通してあげたいが、真実で在れば在るほど、霧を望んでいる王族の目を気にして、自分以外の護衛さえ疑わないといけない。

「国の事情だ。俺が言ったところで変わりは無いが、霧を止めようとしているレナ姫はあっている。しかし、霧によって国が豊かに成ったのもまた事実だ」

 カインのくやしそうな台詞が、キョウにもくやしかった。

 国政がうまく行っているにも関わらず、ここでも辛い思いをしている者がいる。

 他の皇太子だけが悪いわけでない。自国の利益に走るのは仕方がない。

 悪いのは、真に非難されなくていけないのは、あれを止めれなっかった自分だ。

「レナ姫は知っているのか?」

 他の護衛兵が、他の皇太子の息が掛かっている事をである。

 カインは頷いた。

「はっきりとは言わないが、多分気づいている。それは、いくら王族でも辛いと思うぞ。身内から監視をつけられているからな。………それも、自分が正しいなら尚更なおさらだ」

 キョウはやるせないように唇を噛んだ。

「その事だが、お前達も、霧を止める方法を探しているのか?」

「あぁ、誰だって霧を止められるなら、止めたいだろう。レナ姫もそうだが、リオも頭が良い。少しの情報で霧の正体まで突き止めている。二人の考えが有れば止められるかも知れないな。まぁ、この国でレナ姫の考えが通じればの話だが。だから黙っていて欲しい」

 カインは素直に頷いた。

 皇太子と繋がっていないなら、キョウ達を疑う必要は今の所はない。リオの身分をいつわったり、レナ姫に手伝ってもらったりと、十分に怪しいのだが。

 それに、キョウの話を所々あわせると、彼等は本気で霧を止めに行くのかも知れない。

 カインは少しだけ頭をかいた。

 こんな有り得ない言葉を口にするのは、どうかしている。

「なぁ、お前ら本当に………」

 バーン!

「うぉ!」

 突如とつじょ、勢いよく開いた扉に、扉の前で話していたキョウは跳ね飛ばされる。中から出てきたのはレナ姫だ。

「リオ、待っておれよ。それなら一階に有ったはずじゃ」

 そう早口で言ってから前を見る。どうやらリオと話ながら扉を開けたので、扉の前のキョウの存在に気付かずいたらしい。

 キョウは素早くかがみ込み、頭をでる。

「何をしておる?」

「いっ、いえ」

 ひきつりながら曖昧あいまいに答えるキョウを見て、カインは笑いをこらえていた。

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