第33話ニグスベールの奇跡の真実 5

 宿の食堂で食事が出来上がるのを待ちながら、リオはユキナと共に、紙に書かれたパソコンの練習をしながら話をしていた。

 ユキナはリオに脱帽だつぼうだった。

 リオが頭が良いのは知っている。しかし、二週間たらずに、言葉を覚え、今は別の内容を話ながら、ボタンを見ずに指を動かしている。

 ブラインドタッチはほぼ完璧で、今話されているのは、驚くべき内容だ。

 ユキナも若いながらに、交渉役として突入部隊に入れたのは、それなりに知力が有ったからだと自画自賛じがじさんしていたが、自分もふくめて、ここまでの者は見たことがない。

 リオが最も優れているのは、記憶力などでない。

 理解力だ。

 リオは内容を理解して、直ぐに自分の物にする。

 この子がユキナの世界に来たら、凄いことに成るだろう。ひょっとして、いまだ誰にも破られていない、相対性理論を超える理論が出るかも知れない。

 ユキナはリオに向かって頷いた。

「あぁ、それは可能だ。それなら私も後ろめたくなく帰れる」

 リオは手を動かしながら「良し」と頷き、頭を動かせた。

「そこから、一年ぐらいかな」

 後は一年間で遣りきれば話は早い。

 そこにキョウが、旅に必要な物をそろえて帰ってきた。

 キョウは声も掛けず、ゆっくりとした足取りでリオ達の前に遣ってくる。そしてリオに声をかけた。

「………リオ、もう辞めよう。………この旅は、ここで終りにしよう」

 キョウの力無い台詞に、リオとユキナは驚きの顔を向けた。冗談で言った訳でないのが、キョウの顔からうかがえる。

 キョウの瞳は真剣で、真っ直ぐにリオを見ていた。

「キョウ、どうしたの?」

「どうして………どうして言ってくれなかった! 空間輸送システムを向こう側から閉めて、閉まれば戻ってこれ無いと!」

 キョウの言葉に、リオは真っ直ぐ見詰め返した。

 ユキナは慌てて、そんな二人の間に口を挟む。

「キョウ待て、それは………」

「ユキナ待って! キョウ、それ誰から聞いたの?」

 リオはユキナを止めてから、キョウに問い掛ける。

 キョウには向こう側から閉めるとは言って居ない。理由は結論けつろんが出るまで言えなかった為だ。

 キョウは大きく顔をゆがませて言った。

「………イップ姫だ」

「それって、リオの………」

 ユキナも驚き目を見開く。しかし、リオは驚きもせずに、逆に納得したようにうなずいた。

「そう、やっぱり、生きていたのね」

 その台詞で、逆にキョウが驚く。

「知っていたのか?! 何故だ!」

「知っていた訳じゃないよ。ただ、それも可能性の中に在っただけ」

 リオの答えが、キョウには信じれ無かった。

 確かにリオは、ずいぶんと前世を否定していたが、記憶が植え付けたられたのは知らないはずだ。

 キョウは戸惑いの表情を浮かべている。リオは説明してあげた。

「………キョウはセリオンが死んだ記憶ってある?」

 キョウは首を横に振った。

 今はセリオンが生きているのが解っているが、今までも言われてみれば無い。

「そうよね。私もイップ王女が死んだ記憶が無かった。あれだけ色んな事を覚えているのに、衝撃的なはずの自分の死を覚えて無いのはおかしく思った。だから生きている可能性も在ると考えただけ。現実に居るとは思いもよらなかったけど」

 キョウは慌てて続けた。

「違う、そんな事はどうでも良い。だから、これはイップ姫にまかそう。リオが無理して行く必要は無くなったんだ」

 キョウの話にリオは首を横に振った。

「どうして? 俺はリオを守りたい。だが、剣が届かない所に行ったら、俺はリオを守れない!」

 それは自分のエゴだとキョウには解っていた。しかし、前世がセリオンでないにしても、わずかで有ったがキョウはリオの騎士だ。

 いや、それだけでない、純粋にキョウはリオと離れたく無かった。

「キョウ、イップ王女には無理よ。ユキナの話を聞いて、キョウにも解るでしょ? 空間輸送システムを止めれるのは、この世界では私しかいないと」

 それはキョウにも痛いほど解る。しかし、だからと言って引き下がれない。

 リオが犠牲に成るくらいなら、霧が消えなくても良い。

「だったら、ユキナに任せろよ! リオが行かなくても、ユキナ一人でも出来るだろ! そこまでしてやる義理は俺達には無い!」

 キョウはそこまでまくり立ててから、「あっ、」とユキナを見た。

 キョウは町に出て寂しく成った時に、ユキナの気持ちを痛いほど実感できた。しかも、ユキナが起こした事でもない。

「わっ、悪い。そんなつもりで言ってない」

 ユキナは何も言わず、ただ首を横に振った。

「キョウ、あれはユキナと私、二人で行った方が早い。霧も多いし、ユキナは霧を相手しながら私に指示してもらう」

「だったら、俺も行く!」

「駄目!」

 慌ててリオがキョウを止めた。

 リオは自分の騎士のキョウを大切に見てくれているのは知っている。父親との対決ですら、自分の身が危ないのにも関わらず、キョウとバードを戦わせ無いようにしていた。

 それはキョウが悲しむからだと。

「何故だ? 俺はリオの騎士だ! リオを守るのは俺の役目だ!」

「キョウには遣ってもらうことが有るからよ」

 これは、やっと行き着いたリオの答えだった。

「………やること?」

 リオの台詞で、やっとキョウは落ち着き、リオに問い掛けた。

 キョウはリオを守るだけだと思っていたが、別の仕事があるらしい。

「そう、キョウは私の為に頑張ってもらう。ユキナの話を聞いて私の目的が固まったからやっと言えるけど、私の探しているワンピースは、戻るための物だったの」

 リオはイップ王女の記憶と自身の理解により、閉めるのは向こう側からと解っていた。それはリオの探していたワンピースをは関係無く、閉めることが出来た。しかし、リオは戻るための理論が出来ずに頑張っていたのだ。

 だからユキナとの出会いは大きかった。おかげで、リオは空間輸送システムの全てを、ほぼ理解できた。

 今のリオはキョウやイップ王女が思っている以上に、空間輸送システムを理解している。リオは空間輸送システムのシステムさえあれば、自由に開け閉め出来るだろう。

 しかし、キョウは心配するように聞いた。

「…………戻れるのか?」

 リオは得意気とくいげに頷く。

「もちろんよ。私もユキナの世界で一人ぼっちは嫌よ」

 良かったと、キョウは胸をなでおろすと、力が抜けたように床に座り込んだ。リオもキョウの側に座り込むと、キョウの手に自分の手を重ね話を続ける。

「結論が出たら、キョウには直ぐに伝えるつもりだったから、今言うね。私が空間輸送システムを閉めるのは通過点つうかてんに過ぎないの」

 床に座り込んだまま、キョウはリオの顔を真正面から見た。

「閉めるのは通過点つうかてん?」

「キョウ、怒らないで聞いてね」

 リオに聞かされた内容に、キョウは驚きの余り目を見開き呟いた。

「……嘘だろ」

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