第34話ラズベリーブルーの草原 1

九  ラズベリーブルーの草原



 リオが口にした、リオのしたい事。

 空間輸送システムを閉じることは、リオが出来ることであり、リオのしたい事では無かった。

 キョウは震えながらリオを見つめた。

 それと、リオが遣りたいことはとは別に、キョウに与えられた仕事。

 キョウにとっては、リオが戻れるのは喜ばしいことだが、最悪、キョウがイップ王女と同じ運命を辿たどる。

 空間輸送システムを閉めた後、開けるのがキョウの仕事だった。

「………開けるのか? そんな事をして、大丈夫なのか?」

「えぇ、一番の問題は、空間を開けた時に隙間すきまが出来てたために、六次元とつながった事でしょ。だから霧が現れた。今回はプログラムは打ち直しておくから、隙間すきまは絶対に出来ない。王国ファスマの地下にある、空間輸送システムのエネルギーは、バッテリーと言う電池のようなものが付いてるから、エネルギーを貯めれるし、開けるには問題がないけど、十秒位が限界。だから私が出る時間しかない。万が一にプログラムの打ち間違えが起こって、隙間すきまが出来ても、直ぐに閉まるから大丈夫よ」

 リオは理解しているので簡単に言うが、キョウはたまらなく不安を感じる。それに、リオが本当に遣りたいことは、こちらの世界にリオが居ないと出来ない。戻れるのは嘘ではないらしい。

「正直、自信がない。ユキナ側から開けれないのか?」

「うん、それがユキナも聞かされて無いから解らないの。でも、空間輸送システムが今もつながっていると言うことは、システムは動いていると言うこと。要するに、このパスワードは止める為のものなの。でも、最悪はシステムを壊すパスワードかも知れないから、そうなれば戻れなくなる」

 キョウにはリオの言っている意味が今一つ解らないが、パスワードを打ち込めば、空間輸送システム自体が止まり、もう二度と動かせないとふんだ。

「なら、俺がこの世界に残り、開けるしかないが、心配無いんだな?」

 少し鋭さを増し、ねんを押すようにキョウがたずねる。

 リオの事は何を置いても信じたくはあるが、セリオンの記憶では止めなかった事を、キョウはやんでいた。今も本来なら止めるべきかも知れない。

「キョウ、大丈夫よ。私を信じて」

「キョウ、リオの言っている事は間違いない。大丈夫だ」

 空間輸送システムの内容を知る、リオとユキナの二人からそう言われるが、キョウには不安が残る。

 一度閉まったものを再び開けて、また閉まらなかったら、それこそ意味がない。しかし、それによりリオが戻れる事は確かだ。

 リオの話によると、ユキナ側から空間輸送システムを止め、こちら側の空間輸送システムで開ける。

 キョウにしてもこちら側の空間輸送システムは正常に作動するのかも解らないし、どうやって動かすか、止めるかも知らない。しかし、キョウには選択肢は無かった。

 それに、イップ王女の時のように、自分が守るべき者がやんでいるのを、ただ見つめているだけではない。今度の罪はキョウ自身が背負せおうと考えると、リオが背負うよりはるかにましだ。

 キョウはリオと共に立ち上がり、頷いた。

「解った。………やる! どうすれば良い? 教えてくれ」

「うん。その前に、………ユキナは黙っててね」

 リオは扉の方に目をやり、小声でユキナに注意をうながす。ユキナも扉の方を向いたまま頷いた。

 キョウは扉に背を向けているから気付かなかったが、後ろに誰かいる。咄嗟とっさに剣に手をかけたまま振り向いた。

 後ろを着けて来たのだろう。そこには、マグナを引き連れたイップ王女がたたずんでいた。

 先程は混乱していたし、リオの事ばかりに頭が行きよく見ていなかったのだが、こうして改めて見てみると、はやりイップ王女はひんがある。

 高価な装飾品そうしょくひんはつけていないし、ドレスも記憶にある以前よりも安そうな素材で、るし物だろうが、あつらえたように着こなしている。

 安食堂の扉の前に立っているだけだが、それだけで一枚の絵になる。

 リオとイップ王女は同時に目線を交わす。

 イップ王女とリオ。ついに二人は出会ってしまった。

 リオはキョウの横をすり抜け前に出る。

 キョウは黙ったまま、その姿を見届けた。

 たしかリオは出会ったとき、イップ王女を大嫌いと言っていたはずだ。言い合いに成っても、リオが理不尽りふじんな事を口にしても、キョウはリオの味方であろうと思った。

「始めましてかな、イップ王女様ですよね。私はリオ・ステンバーグと言います」

 しかし、キョウの心配したような事はなく、リオは普通に話し掛けた。それが嬉しかったのか、少しだけ優しい目で、イップ王女はリオを見ていた。

「そうか、お主がリオか。………あっ、すまぬ。勝手にリオと呼んだが、かまわぬか?」

 リオは頷いた。

 その様子にイップ王女も口元をゆるめ、頷き返すと言葉を続ける。

「リオ、まずは謝らせてくれ、キョウから聞いたかも知れぬが、お主達二人にはすまぬ事をした」

 丁寧ていねいに頭を下げるイップ王女に対して、リオは手を振り、あっけらかんとして答えた。

「いいよ、謝らなくて。私とキョウに記憶を入れたのでしょ?」

 その様子は、イップ王女への思い遣りからでなく、本当に興味無さそうにしている。

 それも解っていたかと、キョウは改めてリオの凄さに、驚きを通り越し溜め息を吐く。

 キョウはリオが戻れない事ばかりが頭にいき、リオにイップ王女が何をしたのか伝えていない。

 不思議そうに眺めるキョウに気付いたのか、リオは後ろを振り向くとキョウに説明を始める。

「イップ王女が生きているって解ったら、そうしかないでしょ?」

 リオの答えに、イップ王女は再び頭を下げた。

「そうだ、わらわひどいことをした。すまぬ」

「だから、謝らなくて良いって言ったでしょ。イップ王女の記憶は、私の役に立っているから問題無いよ」

 リオは本当にあっさりしている。内容が解ったキョウも、イップ王女がそこまで謝る必要性を感じていなかったが、リオも同じなのであろう。

 そこでリオとユキナの料理が運ばれて来たので、イップ王女は慌てた。

「あっ、すまぬ、食事時であったか。先にいただいてくれ」

「うんん、それより先に、少しお話を聞かせてください」

 リオは料理がテーブルに運ばれると、ユキナに「私の分は残しておいね」と呟き席を変えた。

 リオは隣のテーブルに移り、イップ王女にも席を勧める。イップ王女は素直に従い、リオの前に座った。

 マグナとキョウは席に座らず、お互いのしたがう者の後ろに移動した。二人はにらみ合う。

 ユキナはリオに言われた通りに何も語らず、こちらに耳を傾けたまま、一人食事を進めた。

 先に口を開いたのは、リオの方からだった。

「それより、記憶を入れるってどうやったの?」

 やはりそこが気になったのか、リオはイップ王女にたずねる。

「うむ、あれは雷の魔法と向こう側の医療の装置を使ったのだ。わらわの脳内の記憶をつかさど部位ぶいの電気信号と、同じ電気信号を魔法で作り、医療の機械でバイパスしたのだ」

「そう」

 リオはあっさり納得する。キョウはその様子を意外と見ていた。普段なら原理や方法、その道具など詳しくたずねるが、今回の物に興味はなかったのだろうか。

「じゃ、私達の記憶が全てで無いのは、キョウが私を守ってくれたからね? 本来ならもっと詳しい記憶があったはず」

「あぁ、それも聞いたか。キョウは途中で目を覚まし、リオを担いで走り去った。だから、作業は途中で、リオ達には中途半端な記憶しか無いはずだ」

「やっぱりね」

 リオは問題の答え合わせをするように、次々と当てていく。キョウは等々しびれを切らせた。

 キョウがつたえたのは、イップ王女が生きていた事だけだ。ここまで解るのには、どう言う解釈かいしゃくで解ったのだろうか。

「リオ、待ってくれ。どうしてそこまで解る? 俺はそこまで話てなかったろ」

 リオは後ろを振り向き、キョウに向いて頷いた。自分が説明するからだろうか、その瞳は笑っている。本当に説明の好きな子だ。

「それはね、キョウと初めて会った時、私達はお互いに解ったでしょ?」

「あぁ、リオがイップ姫だと直ぐに解ったことか。あれは俺も不思議に思ったが………」

「私も不思議に思って考えたけど、答えはキョウがくれたの」

「俺が?」

 そこでキョウはあごのしたに手を当て、悩み考えた。

 キョウが答えを与えたとすると、暗殺者に追われた時の宿で、あやふやな記憶の、ニグスベールの奇跡の話をしたぐらいだ。しかし、あの時はリオを担いで逃げていたのは、セリオンの記憶だと思い、もちろん話しはしていない。

「私達は二年前に会っている。私もあの時、記憶をいじられた影響えいきょうからか、その時の記憶は曖昧あいまいよ。だけど、肩に担がれているのを覚えている。そして、その時に私はキョウの横顔を見ていたの。お互いに名前は知らないし、イップ王女とセリオンの記憶を入れられた後だから、私達は微かに覚える記憶で、キョウは私をイップ王女、私はキョウをセリオンだと認識してしまった。間違っているかも知れないけど、多分そんなところよ」

 なるほどとキョウは頷く。そう考えるとリオがイップ王女と解ったことも説明がつく。

 リオのこの考えは、科学者の考え方である。

 科学では真実を知るとき、二通りのやり方がある。一つは、その物自体の正解を探し当て、真実を突き止めるやり方。もう一つは、周りの物を否定して、だから正しいと、結論付けるやり方がある。こちらは肉眼では見えないが、その物質は存在するときなどで使う循環論法じゅんかんろんほうである。

 リオは、空間輸送システムやイップ王女の記憶を、後者の考えでみちびき出したのである。

 親が学者で、それをずっと見ていたためか、日頃ひごろからそういう考えを持ち合わせていた。

 そこまで終わると、ここからはリオの本当に聞きたいところに入るのだろう。一度だけ首を鳴らし、目を細め、穿うがつ様にイップ王女を見た。

 その様子に、周りの空気が変わった。

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