第35話ラズベリーブルーの草原 2

 今までの話は、本当は聞く必要は無かった。リオにとっては記憶いじられた事や、それをやった方法など、本当はどうでも良い話だ。

 リオは今の状態が満足である。自分のやりたいことも出来たし、キョウにも会えた。それはイップ王女の記憶が有ったから出来たことで、逆に感謝すらしている。

 しかし、ここからは別だ。いくらイップ王女と言えど、邪魔する者は許さない。

「本当は何故なぜ、私に会いに来たのですか? それを教えてください。謝罪しゃざいならもう結構です。おかげでキョウとも会えたし、感謝しています」

「リオ………」

 キョウは嬉しそうに口元をゆるませた。

 その様子をイップ王女も嬉しそうに見てほほゆるます。自分のしたことが、悪いことだけで無いと思ったのだろう。しかし、イップ王女の用件も謝るだけでは無かった。

 リオと同じ考え。

わらわは、お主達が何故なぜ、この様な場所に居るかが知りたいのだ。………ここまで来たという事は、お主達も、あれを閉めるためにきたのか?」

 イップ王女は穏和おんわな顔付きから、リオに負けないほど真剣な目付きに変わった。

「えぇ、そうよ」

 リオは当たり前のように答える。

 イップ王女はリオのその返答を、辛そうに見ていた。

「もう良い。わらわが居るから大丈夫だ。お主達に迷惑はかけん。あれはわらわが閉める」

「どうやって? 二万七千の言葉は意味ないわよ」

 イップ王女は、内心リオがその事を知っている事に驚いたが、明細めいさいは口にせずに言葉を続けた。

「セリオンに頼んで、あれを向こう側から壊す。その為に剣もあしらえた。リオ、記憶を全て持っていないお主には無理だ」

 イップ王女の言葉を聞き、キョウは又かと言う想いでまぶたを閉じた。

 ――――霧は止まらない。

 ――――お前には無理だ。

 その台詞はもう聞きあきていた。

 結局は誰もが解っていないのだ。

 リオが反論しようと口を開き掛けたとき、その前にキョウが口を開いた。

「無理と言う言葉は、もう聞きあきた………」

 静かに口ずさむ。

 その場にいた者、全員がキョウを見つめる。

 キョウは数えるように、ゆっくりと言葉を続けていった。

「最初は俺だったんだ。次は法国オスティマのえらいさん、次はユキナ、そしてイップ姫。………誰もがリオに言ったんだ。でも、リオはそんな言葉より、自分を信じてここまで来た。多分、リオにそう言った誰もが全く理解していない」

 キョウはゆっくり目を開ける。

 リオの様に、自信をもった真っ直ぐな瞳をイップ王女に向けた。

「――――あれを閉めるのは、リオしかいない。………イップ姫、リオはあなたの記憶を持っているから閉めに行くわけではない。リオが出来るから行くんだ。あれを理解していない、あなたの方が無理なんだ」

 確信する様にキョウは、イップ王女を見つめたまま、その言葉を放つ。イップ王女は息を飲み込み、真剣にキョウを睨み付けた。

 そんなイップ王女を見て、敵対してしまった、記憶の中の引かれていた女性に対して、キョウは悲しくもあり、少しだけ寂しく思った。

 イップ王女は国民を想って覚悟を決めたが、結局けきょくは開けることもしていないし、閉める事も出来ないだろう。なのに、責任だけが彼女にのし掛かったのだ。それは、イップ王女の力不足ではないし、偶然ぐうぜんの産物でしかすぎない。

 だと言うのに、いまだにそれは彼女を苦しめている。それはまるで呪いのように。

 キョウの思いとは別に、ユキナも食事を取りながら、イップ王女の不運を見つめていた。

 リオと会う前に、ユキナがイップ王女と出会っていたところで、ユキナはなにもな話さず、帰ることを諦めていただろう。

 エネルギーを止めるならまだしも、操作室を壊せば、最悪閉まることなく、開いたままに成る可能性が大きい。そうなると、今度はエネルギーを止めるしかなくなり、地中に埋まっているケーブルを切ることに成るが、それは霧の多いハイゾーンでは、不可能にあたる。さらに、実は核融合炉は直接キョウ達の世界に来ていない。近くにはあるはずだが探さなくてはいけない。しかし、再びハイゾーンの中を探し、核融合炉を見つけるとなれば事だ。そしてそれは、実際は不可能に近い。

 すなわち、操作室を壊せば、事実上、核融合炉のエネルギーがきるまで止めることが出来なくなる。

 ユキナは思った。

 二つの世界は、時代は、霧を止めて動こうとしている。しかし、それらが選んだのは、イップ王女で無く――――リオなのだ。

「しかし、お主は帰ってこれなくなるぞ、だからわらわに任せよ! お主がそこまで背負込しょいこむ荷物ではない!」

「それなら、イップ王女も一緒よ。あなたには罪はない。だから任せて」

 リオとイップ王女は、お互いに自分の意見を貫く。

 イップ王女は微かに遠い目をした。

わらわは十八年間、あれにたずさわってきた。わらわが生きてきた半分以上だ。悪いが手出しは無用、あれはわらわが止める!」

 睨み付けるようにイップ王女はリオを見る。

 その想いは記憶を植え付けられた、リオやキョウには良く理解できた。

 ずっと相手してきた宿敵だ、リオが完璧なのを知ったところで、簡単には任せられないだろう。

 その想いを知ってなお、リオは首を振った。

「イップ王女、あなたは間違っている。あなたのするべき事は霧を止めることじゃない。それに、キョウも言ったけど、イップ王女、システムを理解していないあなたには無理よ。あれを止めれるのは私だけ」

 かたやリオも一歩も引かない。

 イップ王女が壊したところで、万が一に止まってしまえば、リオがやりたいことに支障ししょうが出る。

 二人には、二人で共に止めると言う考えは無い。有るのは互いに互いの想いをつらぬくだけだ。

「リオ、お主にはすまぬ事をした、それは謝る。しかし、これだけは別だ。わらわの邪魔はしないでくれ。お主達とは対立したくはない」

「こちらも、イップ王女には感謝はするし、気持ちは解るわ。だけど、壊させない! あれは私が止める。イップ王女と言え、邪魔はさせない!」

 リオとイップ王女は、互いに口を閉じて睨みあっていたが、イップ王女は深い溜め息を吐いて、寂しそうにキョウを見た。

 キョウは何かを考えているのか、目を閉じている。

「キョウ、リオを止めよ。お主の守るべき者を戻れない状況にするな!」

 イップ王女の叱咤しったに、キョウはゆっくり目を開いた。

「俺はセリオンの記憶が有る。――――イップ姫、その台詞をセリオンに対して言えるのか?」

 キョウの瞳はどこか、あわれみにも見えた。

 セリオンはずっとイップ王女を見ていた。彼の心境しんきょうは今さっきまでのキョウと同じだろう。せめての救いは、イップ王女と共にユキナの世界に行けることだけで、その事に安堵あんどしていることだろう。

 ここまで黙り込み、ただ話を聞いていたマグナはやっと口を開いた。

「構いませんイップ王女、邪魔立てするなら対峙するだけの事。小僧、次は躊躇ちゅうちょせん、放つぞ!」

 マグナのその台詞にキョウは口元をゆるめた。

 魔法の凄さは、記憶の中のマグナや、リオのを見て解っている。しかし、今のキョウには何故か、暗殺者や魔法、霧に対しても恐怖を感じない。

 リオとイップ王女、二人の覚悟に比べると、そんな恐怖は取るにりない。

「その前に切り捨てる。距離は十分取っていろ」

 マグナとキョウは、お互いに目線を交わす。そこでイップ王女は勢い良く立ち上がった。

「マグナ構わぬ放っておけ! ………リオ、重ね重ね言っておく、お主の記憶は植え付けだ、お主が手出しする必要はない!」

 イップ王女はそれだけ言い捨てると扉に歩いていき、一度だけ振り返って、キョウに対して何かを言いたそうに口を開いたが、結局けっきょくは口を閉じてマグナと共に出ていった。

 キョウはその姿を寂しそうに見送った。

 リオは最後まで、イップ王女に本当の閉め方を教えなかった。それをすると、本気でイップ王女と対立することになるからだ。

 自分が開けた訳ではないと、解っていても、彼女はあんな過去を経験したのだ。それが正しいく、助かるためだとしても、二度と開ける事はしないし、開けると解れば抵抗してくるだろう。

 あの惨劇さんげきは、そんな簡単な言葉ではくつがえらない。

 リオには後ろを振り向き、そんな寂しそうなキョウの顔を見て、ねたように唇をとがらせる。

 自分を信じてくれる事は嬉しいが、よくよく考えれば、キョウにはセリオンの記憶があり、イップ王女と言えば一番守りたい人物ではなかろうか。

「………キョウ、解ってる? キョウは私の、リオの騎士だからね」

 そんなことを念押ねんおしされ、キョウは戸惑とまどったように何度も頷いた。

 リオがねた理由が解らない。

「解っている。それより良いのか? こんな事になったが、マグナは凄い魔法使いだぞ。邪魔されれば不味いし、今からでもイップ姫に話して、閉めるのを助けてもらった方が良くないか?」

 リオの判断を解っていても、ついつい口にしてしまう。そんなキョウの台詞に、リオは今度はほほふくらませむくれた。

「ほら、それよそれ! キョウは私の騎士とは言いながら、イップ王女と一緒に行きたかったんだ! そうなんだ!」

 リオはプィッと顔を背けると、ユキナの席に戻り、不機嫌なまま食事をとりだした。

 なぜリオがふくれているのかキョウには解らず、それでも、とりあえず弁論べんろんする。

「ちっ、違うだろ。別にイップ姫と共に行きたいとは言ってない。邪魔されるぐらいなら、共に行動した方がにかなっていると言いたいだけで、それに………」

 あせり、変な汗をかきながら言う台詞は、正しいことを言っているはずだが、自分でも解るほど、何だか言い訳じみていた。

 ユキナは苦笑いのまま、二人を見ている。

 二人とも若いな。

「リオ、やきもちは置いといてだ」

「やきもちじゃない!」

 リオはユキナの台詞に直ぐに噛みつく。

 ユキナは溜め息混じりに解ったと頷いた。

「それより、これからどうする? 向こうも止める気なら鉢合はちあわせする。邪魔されては困るぞ」

 ユキナの台詞にキョウは頷いた。

「それだが、俺はアイストラ王国でセリオンらしき人物と会っている。もしイップ王女がストラでセリオンを待っているなら、そろそろセリオンと合流して、王国ファスマに向かうと思うぞ」

 一週間かかる道のりを、キョウ達は五日で着いたのだ。それから二日経っている。

 たしかに、あれがセリオンと言う保証はないし、セリオンで有っても、向こうは男の一人歩きだ。こちらより格段にスピードは早いはず。本当はもう合流していてもおかしくない。

 リオはキョウの言いたいことが解ったのか、ご飯を食べながら行儀悪く話し出した。

「そうね、ご飯を食べたら直ぐに出発した方が良さそうね。キョウも急いで注文して」

 キョウは頷くと、離れた場所にある厨房ちゅうぼうの中の食堂のおじさんに大声で注文する。

「おじさん、何でも良いから直ぐに出来るやつ、一人前お願いだ!」

 席に戻ると、リオはキョウに対して真っ直ぐに見つめていた。

 言いたい事は解る。リオもセリオンの強さは解っている。

 キョウは頷き、安心させるために言葉に出した。

「大丈夫だ、もし出合ってもセリオンだろうが、マグナだろうが、暗殺者だろうが俺が何とかする。邪魔する奴は全て俺が斬り倒す。リオとユキナは霧を止める事だけに集中してくれ。心配ない、必ず成功する!」

 リオとユキナは共に頷いた。

「私達の方の準備も整ったわ。食べ終わったら向かうわよ。私達の目的の地、王国ファスマへ」

 キョウはそう言ったが、相手がセリオンなら不安が残る。

 どこまでキョウの剣が通じるか解らない。最悪は、命を掛けてたてになり、それにより時間を稼ぐしかやり方が無いかもしれない。

 しかし、今は不安を語りたくは無い。

 キョウはそんな心を隠し、二人に笑って見せた。

 そして、ついに、キョウとリオは王国ファスマに足を入れることとなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る