第32話ニグスベールの奇跡の真実 4

「イップ姫!!」

 キョウは再度イップ王女の名を呼んだ。

 イップ王女は目を反らさず、自分の名を呼んだキョウを見続けている。キョウは人混ひとごみの中をかき分け、イップ王女の前まで走り寄った。

 マグナはイップ王女の名前を知っている、キョウに対して構えたが、イップ王女は「マグナ、待て」と彼の手をつかんでこばんだ。

 イップ王女には、自分の事を「姫」と呼ぶ者に微かに見覚えが有った。

 キョウはイップ王女の前にやって来ると、興奮に身体を震わせたまま、失礼な言葉を投げ掛けていた。

「イップ姫、何故だ?――――何故生きてる!」

 キョウの台詞に、マグナは魔法の矢を出していた。キョウの周りを囲うように現れる、百本を超える魔法の矢。基本にして、最強の魔法。

 キョウの周りに突然現れた百本の魔法の矢に、人々は驚き逃げまどう。

 マグナの魔法の矢は、リオの細い魔法の矢とは違い、全てキョウの腕の太さぐらいは有る。それが百本以上。それでもイップ王女に被害が及ばないようにセーブしているのだろう。確かに最強の魔法だ。

 今ここでマグナが魔法の矢の名前を呼べば、キョウは形も残らない。

「離れろ小僧、死にたいのか?」

 マグナの恫喝どうかつにキョウは何も答えない。キョウには魔法の矢なんて、視界に入って居なかった。いや、それどころか、マグナすら視界に入っていない。

 キョウが見ていたのは、目の前のイップ王女のみ。

 キョウには解らなかった。

 リオがいくら前世を否定しようが、記憶が有るなら、リオはイップ王女の生まれ代わりだと信じていた。

 だがそれは、イップ王女の死が無いと成立しない。

 とにかく、理由が解らなかった。

 リオを否定したくない。

「イップ姫は死んだはずじゃ無かったのか? まさか………エリスか?」

 キョウからエリスの名前まで聞き、イップ王女は納得したように頷いた。

「妹ではない。わらわは正真正銘のイップ・ファディスマだ」

 口調も同じ、黒髪も同じ、セリオンの時に好きだった、鳶色とびいろの瞳も同じ。記憶よりも大人には成っていたが、キョウが知っているイップ王女そのままだ。

「マグナ、止めよ。この者はあれだ」

「あれとは………えっ? あの、………ひょっとして、あの者ですか?! 確かにそう言われてみれば、面影おもかげがありますな」

 イップ王女の言葉を聞き、マグナは驚き魔法の矢を収め、まじまじとキョウを見る。

 キョウは二人の会話の意味が解らず戸惑った。

 今の会話からして、イップ王女もマグナもキョウを知っている様子だ。しかし、キョウにはセリオンの記憶が有るだけで、二人とは面識めんしきがないはずだ。知っているはずは無いのだ。

 それは、全て生まれる前の記憶、十八年前の記憶だからだ。キョウは生まれてもいない。しかし、イップ王女が生きているなら、何故リオにはイップ王女の記憶が有ったのだ。

 リオはキョウに対して嘘を言っていたのだろうか?

 しかし、嘘を付いているにしても、キョウの記憶と同じものが有るのはおかしい。それに今から考えれば、リオと出会った時に、姿が全く違うのに、リオをイップ王女と思うのもおかしい。

 キョウは自分の頭がおかしく成ってしまったのだろうかと思った。

「あんた、何者だ? イップ姫が生きているわけがない。………イップ姫はリオだ。俺は………」

「セリオンの記憶を持っておるのだろ。わらわひどいことをした。すまぬ」

 イップ王女はキョウに頭を下げる。キョウは目を見開いた。キョウまでセリオンと解るのはどう言うことだ?

 しかし、それよりも聞き捨て成らないことを、イップ王女は口にした。

 酷いこと? リオにか?

 そう考えたキョウの頭の一気に血が登る。

 リオが関係していると思った途端に、キョウは剣をイップ王女の首に当てていた。

 キョウにはセリオンの記憶があり、イップ王女の生きていることに、もっと喜んでいいのだろうが、リオがからむとイップ王女すら、何の躊躇ちゅうちょもなく剣を向けれた。

 あまりの早業で、マグナはキョウに着いて行けない。しかし、遅れてだが、再び魔法の矢でキョウを狙う。

 多く出してはイップ王女に被害をもたらすと考えたのだろう。キョウの頭上に有る魔法の矢は、今度は一本だが、両先端は尖っており、大柄の人間よりさらに大きい。

「剣を引け愚弄ぐろうが! ちりも残さず消えたいか!」

 マグナの啖呵たんかに、イップ王女は叫んだ。

「マグナ、止めよと申した!」

「しかし………」

 マグナは、キョウとイップ王女を見たまま戸惑う。

 自分が守る者の首に剣が向けられている。相手が誰でも気が気でないだろう。

 マグナは下唇を噛み、キョウを睨み付けながら、再び魔法の矢を消した。その行動に、イップ王女は静かに頷いた。それは何処か覚悟を決めた表情だった。

「よい。れもわらわごうだ、いさぎよく受け止めよう」

 イップ王女は全く動じず、キョウから瞳を外さず言った。キョウはそれだけで狼狽うろたえる。

「すまぬ。わらわはお主の名も知らぬ。しかし、お主の怒りは痛いほど解る。わらわの首を落として気がれるならそうしよ。だが、出来れば、わらわに霧を止めさせてくれぬか。それでわらわはこの世界から消える。お主には斬られてやれぬが、それで許してくれぬか」

 イップ王女の話を聞いても、キョウには何を言っているのか、全く理解が出来ない。しかし、今、目の前に居る人物こそが、本物のイップ王女だと解った。イップ王女の覚悟は、今も昔も同じく変わっていない。

 キョウはギリッと歯をり合わせて、剣を退いた。

 まずは話が先決だ。

 マグナは安堵あんどの溜め息を吐いていたが、イップ王女は表情を変えない。

 本当に首を落されてもいいという覚悟をしていたのだろう。

「解る様に話しろ、リオはアンタじゃ無いのか?」

 イップ王女は頷き、周りを見渡した。

 ストラは正式な国では無いので、一般兵や、警備兵は居ない。しかし、町の中で魔法や、剣を首に当てるなどをしたのだ、遠回りだが見物人は増えていっている。

 こんなに注目された人の居るところで話したくないのだろう。

 キョウはイップ王女の言いたい事が解り、場所を変えることにする。しかし、リオにはまだ話しを聞かれたく無いので、宿には行かず、町外れの木陰こかげまでやって来た。

 ここなら人も少ないし、話を聞かれることはない。しかし、いくらマグナが居たところで、今しがた首に剣を当てた者に、よく着いて来れると、キョウは自分がしたことにも関わらず、イップ王女のきもの座り加減に少し呆れた。

 こう言う所はリオとどこか似ている。

「まずは、お主の名前を教えてくれぬか?」

 イップ王女の提案に、キョウは頷いた。

「キョウ・ニグスベール」

「キョウ・ニグスベールか。その名、胸に刻んでおこう。………では、キョウと呼んで構わぬか?」

 キョウは再び頷いた。

「キョウが護っておるのは、先程から何回か出ておる、リオで良いか?」

 三度みたびキョウが頷き、イップ王女の話が始まった。

「キョウやリオに記憶を植え付けたのは、わらわだ」

「!!」

 キョウは驚きイップ王女を見つめた。

 心苦しくて早く伝えたかったのか、イップ王女はいきなり核心かくしんから話し出した。そして、イップ王女はキョウから顔をそむける。そこに慌ててマグナが割り込んだ。

勘違かんちがいするな。これは、私どもとセリオンが考えた事。イップ王女は最後まで反対されておったのだ!」

 マグナはキョウに対して、言い訳じみた言葉をならべる。しかし、イップ王女はそんなマグナに対して首を横に振った。

「それでも、最後はわらわ了承りょうしょうした。悪いのはわらわだ」

 「くっ、」とマグナは息をのんだ。イップ王女言っていることは合っているのだろう。キョウは慌てて聞いた。

「待ってくれ、そんなだいそれたこと、どうやって出来るんだ?」

「記憶とは電気の信号だ、魔法と向こうの科学、両方を合わせておこなった」

 そういえば、リオも出会った時にそんなことを言っていた。今ここにリオが居てほしかった。キョウ一人では理解する自信がない。それに、向うとは何度か繋がって居たのは、ユキナに聞いて知っていたが、そんな科学まで伝わっていたとは知らなかった。

「向う側とは、時計と共に、いくつかの技術や道具は伝わっていた」

「だったら何故、リオや俺は知らない?」

 イップ王女の記憶があるリオは、イップ王女の今言った内容を、ずっと探していた。それは、リオの知りたかったワンピースだ。記憶を植え付けたなら、知っていたはずなのに。

 そこはイップ王女に変わり、マグナが答えた。その時、魔法を使ったのは彼なのだろう。

「覚えてないのか? お前が途中で意識を戻して、娘を連れて逃げ出したからだ」

「………えっ?」

 キョウはマグナの台詞を聞き、頭の中に、有る風景を思い出した。

 それは、少女を担いで、森の中を駆け抜ける風景。

 セリオンの記憶だと思っていたか、あれはキョウの記憶だったのだ。それは丁度ちょうど、二年前のニグスベールの奇跡とかぶる。

「そうか、だからか。だったら、――――セリオンも生きているんだな」

 そのセリフにイップ王女は頷いた。その正解にキョウは目をつぶる。

 そう、あの時にキョウが追われていたのは、セリオンだったのだ。そして、キョウは最近セリオンに会っている。

 アイストラ王国だ。

 本能的に会ってはいけない者と思った人物。そして、勝てないだろうと思った人物。

 キョウは昔、自分はセリオンだと思っていたからそう感じたのだろう。そして、キョウが使っているのはセリオンの剣技だ。

 相手は本家、キョウは真似をしているに過ぎない。理由が解っても勝てないだろう。

「しかし、なぜ記憶を植えた?」

わらわは、何度も二万七千の言葉を使い閉じようとしたが、何度も失敗に終わっておった。しかし二万七千の言葉は言い間違っておらぬ。そこで色々考え、この穴は向から開いたと気付いたのだ」

 イップ王女とセリオンは、あれからしばらく経ち、閉めるために王国ファスマに帰ってきた。

 ここまではキョウもセリオンの記憶が有るので知っている。そして、その時に閉める事が出来なかった事も。

 ここからはキョウの記憶には無い部分だ。

 イップ王女は、閉める事が出来なかったので、ストラにしばらく滞在して空間輸送システムを閉めるために、何度も調べに王国ファスマに戻っていた。

 そして長い年月をかけて、リオと同じく空間輸送システムが向から開いたと気付いたのだ。

 あれは、二万七千の言葉では閉まらない。だから、こちらの遣り方では駄目だと気付いたらしい。

わらわとセリオンは、あのシステムを壊そうと考えた。こちらのシステムが動いていないなら、穴の中から。しかし、穴の中は霧が多い、だから、壊している時にわらわ達が霧に乗っ取られ、再び閉まらなかったら次は誰が閉める? 全くの手掛りがなくては不可能だろう。だからわらわは予備を作ったのだ。次も閉めれるように、わらわの記憶を残して」

 予備。それはリオ。

「そして、その者を護るために、キョウ、お主にはセリオンの記憶を植え付けたのだ。しかし、キョウは途中で目が覚め、リオを抱かえ逃げ出した。わらわはそれでよかったと思う。自分勝手でひどい事をした、すまぬ」

 再び頭を下げようとしたイップ王女をキョウは手で止めた。

 リオの気持ちを聞いてみないと解らないが、キョウにしてみれば、話を聞けばそんなに悪いことはしていないと思う。

「もう良い、解った。………でも、そんな回りくどいことせずに、二万七千の言葉とか閉め方とか、口で教えれば良い話じゃないか?」

 キョウの単純な答えに、マグナは重い溜め息を吐いた。

おろか者め! 考えろ! あれを止めるのは向こう側からだ。成功したところで帰ってこれ無くなるだろ。誰がそんな事をしたがる? しかし、イップ王女の記憶が有れば、止める意味も出てくるだろ」

 マグナの話を聞いて、キョウは驚きで目を見開き、独り言のように呟いた。

「えっ?………戻ってこれ無い?」

 考えれば簡単な話だ。リオもユキナも、空間輸送システムは向こう側から開いたと言っていた。ならば、閉めるのも向こう側から。

 当たり前だが、閉めれば戻ることは出来ない。

 頭が良いリオは、そんな事知っているはずだ。

 リオは戻れない覚悟をしている。

 だから、今まで言ってくれなかった。

 レナ姫が別れぎわ、あんなに泣いていた意味がやっと解った。

 実はイップ王女は知らないが、セリオンやマグナは、イップ王女を向こう側に行かさないために、代わりを立てたのだ。だから本来、キョウやリオは予備ではなく、身代わりになるはずだった。

 しかし、キョウにはそこまで考え付かない。キョウはもう一度つぶやいた。

「戻ってこれ無い………」

 キョウにはもう、周りの音も風景も、イップ王女やマグナさえ見えていなかった。

 キョウの頭の中には、色々なリオが現れた。

『前世がイップ王女だから行く訳でない。リオが閉めに行くの!』

 眉毛を上げ、怒った顔。

『キョウ、この海老見て!』

 歓喜かんきを上げ、喜んだ顔。

『キョウ! 命令です。必ず勝ちなさい!』

 きびしくもあり、嬉しそうな顔。

 それが見られなくなる。

 守れなくなる。

 キョウは、剣を振るだけ、リオを守れない。

「だからと言って、許せと言うのは言えぬが、わらわはあれを止めれば帰って………キョウ?」

 キョウはイップ王女の話の途中なのに、振り返るとフラフラと、無遊病者のように歩き出した。

 イップ王女により全て解ったが、キョウにはそんな事どうでも良くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る