第31話ニグスベールの奇跡の真実 3

 アイストラ王国を後にしたキョウは、一度夢で見た、あのセリオンが誰かに追われている時と同じ心境しんきょうおちいっていた。

 早く逃げないと、あの男が追ってくる。追い付かれればキョウには敵わない。なぜかそういう感覚にとらわれているのか、キョウ自身にも解らない。

 誰かに見られているという気配は消えたが、追われている感覚から、キョウはついつい早足に成ってしまう。

「キョウ、待て! リオが居るんだぞ。早すぎる」

 キョウの歩調にユキナから不満が出る。キョウは今気付いたように、慌てて歩調を戻した。

「………すまない」

「はぁ、はぁ、キョウ、私は大丈夫だから、先を急ごう」

 リオはひたいの汗を服の袖口そでぐちでぬぐい、疲れた声で答える。

 キョウは落ち着きをとり戻すため、一度大きく息を吸い込み、吐き出した。

 勝手に妄想もうそういだいて何をあせっている。ゆっくりで良いのだ。ゆっくり、確実に王国ファスマに着ければ良いのだ。

 キョウはそう自分の考えをいましめる。リオはそんなキョウの顔を覗き込み、落ち着かせるために笑顔を見せた。

 リオはここしばらく、キョウにばかりに負担ふたんを掛けている事は解っている。

 リオはユキナに教わっている事を最優先にして、他の事に頭を回さないようにしていた。流石のリオでもそうしないと、覚える量が多いので追いつかない。しかし、それはそれで楽しくもある。

 それに対してキョウは、バードと対決していらい、まともに休んでいない。精神的にはリオよりもつらいだろう。

 キョウは、アイストラ王国では何があったのか教えてくれない。しかし、キョウの態度を見ていると、何かが起こったのは解る。

 王国ファスマに着く手前で、キョウやリオをこばむ様に何かが起きている。

 それは霧の最後の抵抗ていこうなのか、運命がキョウやリオを拒否きょひしているのかは解らない。しかし、どちらにしても悪足掻わるあがきに過ぎないとリオは思う。

 歩調をいつもに戻したキョウにリオは言う。

「キョウ、歩調を落とすなら、休憩を減らして、ストラに急ごう」

「リオ、大丈夫か?」

 ユキナから心配の声が上がるが、リオは頷き再びキョウを見た。

「王国ファスマまでもうすぐだし、私も早く覚えたい。こんなところで立ち止まっていられない!」

 リオには解っていた。それがキョウを早く休ませる方法だと。

 どのみちストラに着けば、リオとユキナは宿にこもり再びパソコンを覚える事に没頭ぼっとうする。そうなれば、キョウの精神的な疲れは取れないが、せめて身体だけはゆっくり出来るはずだ。

「………解った。ただし、疲れたら言ってくれ、その時は直ぐに休憩を取る」

 キョウもリオの意見には賛成だが、今度は彼女の体が心配だが、しかし、最悪になれば自分がリオをおぶれば良いと思い、その意見に納得する。

 いつもの歩調に戻った三人は、霧に乗っ取られた物や、霧を切り裂き先を急ぐ。

 リオとユキナは移動中はパソコンの練習が出来ないので、科学や物理の話をしている。流石にそこは着いていけなかったが、落ち着きを取り戻したキョウも、二人に交りユキナの世界の話を聞いた。

 とにかくユキナの世界はすごい。

 車にロケットに、携帯電話にインターネット、キョウは昔セリオンだった時に、イップ王女から聞いていたが、やはり想像出来る範囲はんいを越えている物ばかりだ。そもそも、それは本当に必要な物か、キョウには解らない物も多い。

 リオの考えた風船も、ユキナの世界にはもうすでに存在していて、飛行船と言う名のそれは、あまり実用的で無いことも解った。

 「作るなら飛行機だ」と、ユキナは言っていたが、キョウ達の世界では、技術的にしばらくは無理な物だろう。

 同じくしてこちらの世界の話もした。ユキナがこちらの世界の話に食いついてきたのは魔法で、ユキナの世界には無いらしい。リオは、キョウに教えたみたいに「おっほん」と咳払いをしながら、ユキナに教えていた。それに、ユキナは考古学をやっているので、こちらの世界の歴史も詳しく聞いていた。

 歩調はゆっくりに戻したが、休憩の時間を減らし、一週間かかるる道のりを、五日で歩ききり、キョウ達は最後の国、ストラにたどり着いた。

 ストラは、アイストラ王国の前身で、十八年前はストラ王国とされていた。しかし、王国ファスマに近いこともあり、アイストラ王国の人々は、ストラ王国を捨て、ストラ王国の領地の中で、一番遠い領地のアイギル地区に新しい国、アイストラ王国を建国したのだ。

 その為にが名前の前に付いている。

 そのストラは案外と旅人が多い。

 理由は霧を神からの使者と考え、信条しんじょうしている人々が居るからである。

 その人達は、王国ファスマを聖地として、ストラから巡回じゅんかいをする。その時に、霧に乗っ取られた者は、信仰心しんこうしんとぼしく、悪い心が有るからと言うのが、その者達の考えだが、キョウには理解ができない。

 そして、人の集まるところには商売が成り立つ。こんな危険な場所にしても人々は多いし、店屋てんやや観光施設も多い。

 ストラ王国時代の城は、立派な霧信者の教会や、宿泊施設として利用されている。

 かたよった国だが、ここまで来れば、後は王国ファスマまで一週間ほどでたどり着く。

 キョウはユキナに、ストラにの近くでは、霧を斬らないように注意した。

 ユキナからは不満の声が上がったが、キョウは何とかなだめる。

「だが、霧を斬らないと危険だぞ!」

「解っている。危なく成ったら使ってくれ。しかし、霧を信仰している者に見付かれば、何を言われるか解らない。最悪、異教徒いきょうととして命の危険も出てくる。だから、それまでは意識を強く持って、霧を回避しよう」

「回避って、意識を強く持ってどうなる?」

「霧に乗っ取られ無いだろ。知らなかったのか?」

 あきれた声でキョウはユキナを見た。あれほど簡単に霧を倒すくせに、そんなことも知らないとは。

 いや違うかと、キョウは考えを改める。

 簡単に倒せるからこそ知らなかったのだ。しかし、それならユキナの世界の人害じんがいは、キョウ達の世界より大きいだろう。

「意識を強く持てば、霧に襲われ無いのか? 初めて知ったぞ」

 やはり、ユキナの世界では違ったのか、ユキナは大袈裟おおげさに驚く。

 キョウ達はストラに着くと、リオとユキナはアイストラ王国同様に、直ぐに宿をとり引きこもった。

 キョウは宿の周りや、町の中を警戒して巡回じゅんかいするが、あれ以来視線は感じないし、あの男にも会うことはない。

 不安は有るが、これ以上進んでも休む場所もない。キョウが警戒に力を入れれば済む話だと、無理矢理に自分を納得させ、警戒を強める。そして、ストラに着いてから早々と二日が過ぎた。

 二日間は何も問題は起こらず、後はリオ待ちで、リオの準備が出来次第、王国ファスマに向う。

 キョウに取っては、セリオンの記憶でしか知らないが、王国ファスマは懐かしく感じ、久々に戻ってきたと感じていた。

 そう言えば、ストラは霧を信仰している人が多いので、霧を発生させたとされる王国ファスマ人には寛大かんだいだ。もしかすれば、知り合いが今でも居るかも知れ無い。あくまでもセリオンの知り合いで、相手は今のキョウを見たところで解らないと思うが。

 キョウはあの、口うるさいパン屋のおばさんが居ないかと、店屋や露店を回るときは注意して見てみるが、出会える筈もなく、他にも知っている者も誰一人として居なかった。

 当たり前な話だろう。十八年前のことだし、あの惨劇さんげきだ。八割りの人はくなっている。

 キョウはここしばらく、練習に没頭ぼっとうしているリオと会話も少なく、一人っきりに成った様な気分になっていた。

 誰も知らない国で一人。キョウが知っていても、相手はキョウを知らない。

 キョウは無性に寂しく思った。

 きっとユキナも、多くの人がいる町の中でも、今のキョウと同じく孤独感を感じたまま、この三ヶ月暮らして来たのだろう。

 キョウは頭を振り、感傷的なことを考えるのは止めようと、旅に必要な物をそろえ、リオ達の待つ宿に戻るために振り返えろうとした。

 その時だった。

 人混みに紛れた視界の片隅かたすみに、かしい顔を見つける。

 マグナ・ティウス。

 十八年前なら、世界最高位の魔法使いとしょうされていた人物。

 生きて居たのだ。

 詳しい年齢は知らないが、十八年前はすでに老人だったので、現在はかなりの年だろう。

 思わず見知った顔に、キョウは笑みを浮かべ、声を掛けようか悩んだ。声を掛けたところで向こうはキョウを知らないのだろうが、セリオンの記憶を持っていると言えば、話は聞いてくれるかも知れない。

「………」

 いや、止めておこうと、キョウは向けた足をゆっくりと止め、開きかけた口を閉じた。

 聞いてもらったところで、何があるわけでない。逆に怪しまれるだけだろう。

 そう思い、キョウはマグナ・ティウスから目を反そうとした。そこで丁度、二人の視線が重なった。

 ドクンと心臓が高鳴る。

「えっ?」

 一瞬、ただの見間違えかと思った。

 キョウは瞬きをする事すら忘れて、ただ、見つめていた。

 向こうは、一度ゆっくりとまぶたを閉じると、再びゆっくりと開けてキョウを見ている。

 出会っては行けない、あの男と出会ってから、キョウは確かに何かを感じた。

 頭では理解できないが、心の片隅かたすみでは解っていたのかも知れない。

 だから、敵わないと言う答えに成ったのだ。

 しかし、今ここで起きていることは、有っては成らないことだ。

 絶対に有り得ない。

 それはリオの存在を否定してしまう。

 なのに、目の前に否定しようの無い現実がある。

 解る。

 セリオンがずっと見ていたからキョウには解る。

 いくら年を取っていても面影はある。確かに、リオとは感じから、服装から、雰囲気ふんいきから何を取っても違う。

 キョウと目線が合ったのは、マグナ・ティウスではなかった。

 彼の後ろに居た女性。

 キョウは静かにその名を口ずさんだ。

「――――イップ姫」

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