第30話ニグスベールの奇跡の真実 2

 レナ姫は悩んでいた。

 リオの風船の案を聞いて思い付いた通りに、丸形の風船で作成図を書き出したのだが、これだとスピードが出ず、風にあおられてしまう。仕方無く、長細くしたのだが、計算上、荷物を乗せるなら巨大に成りすぎ、鉄が重すぎて上手くいかない。

 まずは軽い素材から探さなくてはならないし、これだと、レナ姫が考えている予算を軽くオーバーしてしまう。しかし、形は細長いのが理想的だ。

 安全面で考えても、鉄で骨組みは外せないし、重くなればそれだけ浮力が必要となり、ガスを多く必要とする。

 グルグルと考えが同じところを回り、結局行き着くところは同じだ。

 予算を見直して、もう一度、素材からだ。

 レナ姫は書きなぐった紙を丸めて、「よし」と腕捲うでまくりをした。その時、扉がノックされ、返事を待たずしてカインが入ってくる。

「レナ姫………」

 レナ姫は面倒臭めんどうくさそうにカインを見た。

 気分が乗って来たところで、カインと言えども、邪魔をされたく無かった。しかし、カインの表情を見て、レナ姫の顔は少し厳しくなる。

「カイン、どうしたのじゃ?」

 カインは青い顔をしていた。

「キョウに、いえ、リオ姫様にサツが飛ばされていました!」

「サツ? なんじゃそれは?」

 レナ姫は意味が解らずまゆを寄せる。

 カインはそこで気付いた。レナ姫は法国オスティマの暗部あんぶを知らない。サツと言う名が持っている意味を知らないのだ。

「確実性の高い暗殺者です! これは――――デルマン皇太子です!」

 カインはその時のレナ姫の顔を、生涯しょうがい忘れることは無いだろう。

 今まで、しっかりしていても、子供の表情は隠せず、ここぞと言う時は弱かった。

 しかし、そこはレナ姫の持ち味で、逆に皆から愛されている部分だ。しかし、この時は子供でありながら、レナ姫は瞳の中に炎を宿したような、王族の顔をしていた。

 あれほど大切にしていた友人の危機に、レナ姫は涙せず、一言も不安を口にせず、無言で部屋から出ていく。

 カインは慌ててレナ姫の後ろを追った。

 レナ姫が向かった先は、王族の会議室。

 本日は法王をふくめ、王族の皇太子全員が集まり、これからのいく先を決める。ようはもうすぐローランド第一皇太子が、法王と成るための下準備である。

 レナ姫は第七皇太子だが、現在のライディア法王が勝手に決めただけで、皆ははなから相手にして居ない。それに、レナ姫の皇太子番号をこれ以上は上げるつもりは無いので、話し合いには呼ばれなかったし、レナ姫自体も、法王に仕事を回されてからは、皇太子と言う名に、特にはこだわっていなかった。

 しかし、今から向かうのは別件である。

 カインはレナ姫の、あの顔を見たときから覚悟決めた。あの時のキョウみたいにだ。

 最悪、一人で法国の兵士全員と戦う意気込み。それでも、カインも流石さすがに腹の虫が治まらない。

 レナ姫は、扉の前の護衛兵に挨拶もせず、扉にノックもせず、勢い良く扉を開けた。

 バーンっ! と、大きな音を立て、扉は開かれる。

 中では談笑だんしょうしていた王族の者達が、驚き、口を閉じ、突然入ってきたレナ姫を見た。扉の前の護衛兵は、あわてて止めようとするが、正確にはレナ姫も皇太子なので、この部屋に入る権利はあり、止めて良いものか混乱していた。

 レナ姫はツカツカと音を立てて一番の末の席、長机の丁度、法王の真っ正面にやってくる。

 突然のことで誰もが息を飲み込み、レナ姫を見続けた。レナ姫はゆっくりと王族の顔を見渡し、誰かを探している。

 そこで混乱が取れたのか、第四皇太子が口を開いた。デルマンと同じ考えの持ち主だ。

「おい、レナ! 今は大切な話をしておる。関係無い者は………」

法国聴者限定権限ほうごくちょうしゃげんていけんげんの解除!」

 レナ姫は第四皇太子に目も向けず、一言で黙らせた。

 法国には聞かれたく無い話や、政治的内容を、限定に出来る権限がある。法国聴者限定権限ほうごくちょうしゃげんていけんげんだ。しかし、それを解除出来るのが、レナ姫の持つ権限、法国聴者限定権限ほうごくちょうしゃげんていけんげんの解除だ。ようするに、レナ姫の聞きたい話は、特別機密とくべつきみつに関する制限が掛かって居ない話なら、何時いつでも聞くことが出来し、絶対に答えなくては成らない。

 どうやらレナ姫は怒っていると解り、レナ姫の態度を見かねた法王は口を開く。

「どうしたのじゃ、レナよ。少し落ち着いて話してみよ」

 この時は未だ法王も誤解していた。レナ姫の怒りは、ただの怒りではなかった。

 レナ姫はバーンっと、左手でテーブルを叩く。レナ姫は左利きだ。そして、口を開いたレナ姫は、ここに居る、全ての王族を睨み付けた。

「霧を止めるのは、そんなに悪いことか?」

 今まで聞いたことの無い、レナ姫の腹の底からの言葉に誰もが目を見開いた。

「答えよ!」

 レナ姫の言葉に法王ですら黙り込む。

 確かに現在は霧により、国政が上手く行っているふしがある。しかし、それは暗黙あんもくの了解で、国民ですら霧を嫌っては居るが、どこかでは認めている。だが、ここまでハッキリと言われても、口には出せない。

 霧を望んで居ると言えば、それは全世界の、全人類の敵だ。

 レナ姫は息を吸い込み、もう一度同じ言葉を、一人に絞り込み述べた。

法国聴者限定権限ほうごくちょうしゃげんていけんげんの解除を持ってたずねる。ローランド第一皇太子、霧を止めるのは、そんなに悪いことか? 答えよ!」

 現段階で、ローランドは第一皇太子と言えど、レナ姫と同じ皇太子だ。しかし、第一皇太子が付いているローランドにたずねると言うことは、次の法王と対決する意味をもっている。

 レナ姫はそんなことには関係無く、ローランドを選んだ。

 射貫いぬく様に、レナ姫はローランドを睨み付ける。ローランドは冷静にレナを見ていた。

 この子は頭の良い子だ、何も理由なしにこんな大事は起こさない。何か意味があるのだな。

 ローランドはそこまで考えた。そして、子供だと言って簡単にあしらう事はせず、どちらも皇太子としての言葉を発した。

「現段階では余り歓迎はしない。法国は霧により国益をえたのは、レナ第七姫も解っているだろ。しかし、我々はいずれ来る、霧の無い時代に向け進まなくてはいけないのも又事実である。よって、悪いとは言えない」

 ローランドの答えに、レナ姫は睨んだまま頷いた。

「では、法王にもおたずもうす。霧を止めるのは、そんなに悪いことか?」

 レナ姫は、次は法王にすらみつく。

 法王はレナ姫の顔を見て、困った顔をした。

「レナ、少し冷静に成りなさい。そんな解りきった事、ここでたずねて何になる。後でどんな事でも聞いて上げるから………」

 レナ姫の前で祖父に戻った法王に、レナ姫は首を横に振り、再び問い掛けた。

再度さいど、おたずもうす! 霧を止めるのは、そんなに悪いことか? 答えよ!」

 法王に対しては、法国聴者限定権限ほうごくちょうしゃげんていけんげんの解除は効力を持たない。だから、この問い掛は、言わばお願いだ。それでもレナ姫は命令口調めいれいくちょうで法王にたずねた。

 法王はレナ姫が何をしたいのか解らないが、表情から読み取るに、意味が有るのだろう。法王はため息交じりに答えた。

「私の意見も、ローランド第一皇太子と同じだ。………これにより質問に返したとするが良いか?」

 レナ姫は頷く。ひと時も厳しい表情を壊さない。

 レナ姫に寛大かんだいな法王やローランドに対しても、まだ睨んでいる。

「法王及びに、ローランド第一皇太子が言っておる。だからそれは、法国の意見として見るが、法国聴者限定権限ほうごくちょうしゃげんていけんげんの解除を持ってたずねる。残りの者も異存いぞんは無いな?」

 レナ姫の意見ではなく、法王とローランドの意見だ。異存いぞんは有っても口には出来ない。

 周りの王族は渋々頷いた。

「霧を止めるのは悪い事で無いのは了承した。では、最後に、王族の皆に、法国聴者限定権限ほうごくちょうしゃげんていけんげんの解除を持ってたずねる。我が一番の友人のリオ姫が、霧を止めるため、王国ファスマに向かっておる。悪いことをしていないのに、サツを仕向けた者は誰じゃ?」

 レナ姫は誰かを知りながらその言葉を発していた。

 そこでやっとレナ姫の言いたい事が解り、王族の達がざわめき出した。

 霧を止めに王国ファスマまで行っている者がいるのも驚きだが、その者に対し法国の暗殺者が飛んでいることにも驚きである。

「まさか、サツをか? レナ、答えろ、それは誠か?」

 ローランドは慌ててレナ姫に問い掛ける。レナ姫はローランドに目もくれず、しぶとく言った。

再度さいど、王族の皆に、法国聴者限定権限ほうごくちょうしゃげんていけんげんの解除を持ってたずねる。我が一番の友人リオ姫に、サツを仕向けた者は誰じゃ?」

 レナ姫は一歩も譲らない。

 あんなに、他の皇太子の前では緊張していたレナ姫は、今は他の皇太子は怖く無かった。それ所か、ローランド第一皇太子であろうが、法王であろうが、大好きな祖父で有ろうが、関係が無かった。

 レナ姫の一番の友達が、命を投げ出してまで霧を止めようとしている。それを邪魔する者は、例え身内でも許せなかった。

 ざわめきばかりで一向に答えない王族に対して、レナ姫は言葉を変えた。

「らちがあかん、質問を変える。王族の皆に、法国聴者限定権限ほうごくちょうしゃげんていけんげんの解除を持ってたずねる。我が友人のリオ姫に向かって、サツを仕向けた者はデルマン第三皇太子か? 口に出すのがはばかれるなら、知っておる者は沈黙を持って答えよ!」

 再び、驚きざわめきが大きくなる。ローランドや法王も驚き目を見開く。

 第三皇太子が法国の暗殺者を、他国の者に飛ばしたとなると、それだけで大きな問題だ。しかも、法王もローランドも知らないと成ると、国としてまずい。それが、レナ姫の言った通り何処かの姫なら、なおさら国際問題で、法王が知らなかっただけでは済まされない。

 王族達は事の大きさを理解して、さらにざわめき出す。そのザワメキの中、数人が沈黙を守った。

 先ほどレナ姫が、この部屋で探していたが、肝心のデルマンは本日は居ない。

 解ったとレナ姫は頷いた。

「沈黙を答えとして、我が質問は終了する。では、法王に御願い申す。カイン率いる、我が護衛兵を、今この時より、我が兵にする事を御願い申す!」

 レナ姫の発言に誰もが驚き黙り込んだ。

 レナ姫は自分に兵隊を持たすように、法王に頼んだのだ。それ聞いた皆が、レナ姫の言っている意味が解った。

 レナ姫は兵力を持って、デルマンと対峙するつもりであることを、皆の前で宣言したのだ。

 法王は目を見開き、大声を上げた。

「ならん! レナ・オステアニア第七姫! お主の申し出は聞けぬ! よいか、これは国際………」

 法王が話しているにも関わらず、レナ姫は頷き言葉を続けた。

「解り申した。では、カイン! 法国聴者限定権限ほうごくちょうしゃげんていけんげんの解除の、付属ふぞくの権限を持って命ずる、――――サツの首を我が前に。およびに、デルマン第三皇太子を見付け次第しだい、我が前にひざまつかせよ!」

 法国聴者限定権限ほうごくちょうしゃげんていけんげんの解除の、付属の権限は人によって違う。ローランドなら何千何万の兵を動かせるが、レナ姫は中隊クラスの兵士を、自分の意思だけにより命令できる権限だ。

 レナ姫は王族の人々に、はっきりと目の前で宣言した。

「はっ!」

 カインは頭を下げると、部屋をでて行こうとする。誰もがカインを止められなかった。レナ姫は自分の持っている権限を使っているので間違ってはいない。

「レナ、待て! 慌てるな! お主の気持ちは解る。だが、これは国際問題に発展する恐れがある。お主は動くな!」

 法王は厄介やっかいな事になり、苦虫を噛み潰したように、渋い顔をした。

 デルマンは少し困った所は有ったが、ここまで事を大きくするとは思いもよらなかった。

 法王の考えが解ったのか、ローランドは隣で、法王に頭を下げた。

「法王、この件は私に預けて頂きます様、御願い申す!」

 ローランドの提案ていあんに、法王は頷く。

 納得なっとく出来ないレナ姫は、ローランドを睨んだが、ローランドは動じない。この時、皆はローランドも人の親だと考えた。デルマンはローランドの息子で、その息子をかばったのだと。しかし、ローランドの考えは全く反対だった。

「レナ、お主の友には絶対手出しさせん。我が名に誓い宣言しよう。だから、今は命令を引いてくれ、頼む!」

 しばらくは黙って、ローランドを睨み付けていたレナ姫だが、瞳を一切反らさず、首だけを少しカインに向けた。

「カイン、すまぬ、前言撤回ぜんげんてっかいする」

 カインは戻ってくると、再び頭を下げた。

「よいか、これは法国の威厳いげんに関わる! 直ぐにサツを呼び戻し、デルマン第三皇太子を我が前に連れて参れ! もし、万が一が起こった場合は、デルマン第三皇太子の首を持ち、他国にびを入れる事に成る! 急げ! 躊躇ちゅうちょしておる時間はない、直ぐに総司令を寄越よこせ!」

 ローランドの話の内容に、周りの王族の者達、護衛兵、伝令兵でんれいへい一斉いっせいに動き出す。

 ローランドは自分も立ち上がり、レナ姫の前まで進むと、レナ姫に対しての深々と頭を下げた。

「レナ、すまん。私の監督不行きのために、お前に不愉快ふゆかいな思いをさせた。我が息子に代わり謝らせてくれ」

 急ぎ騒がしくなった部屋が、その途端とたんに静かに成った。

 誰もが、動きを止めローランドとレナ姫を見つめる。

 次期法王が、第七皇太子のレナ姫に対して頭を下げているのである。それは誰もが見たことの無い場面だった。

 レナ姫はそんなローランドを、冷たい目で見詰めていた。

「………解った」

 態々わざわざ頭を下げたローランドに対して、レナ姫の意見はそれ一言だけだった。あり長々と答えて、許してもらったと勘違いされても困る。それ以上は何も言わず、レナ姫はひるがえすと、カインと共に部屋を後にしようとする。

 そんなレナ姫を再びローランドは呼び止めた。

「レナ、教えてくれ。リオ姫とは何処どこの国の姫なのだ?」

 その問い掛けにカインは顔をしかめた。

 現状では、万が一がリオが殺されたとき、戦争を回避するためにその国に、デルマンの首を持ち込まないと行けない。しかし、レナ姫が勝手に呼んでいるだけで、リオはどこの国の姫でもなく一般人だ。

 それは、キョウが名乗ったように、所属国は無いとは口が裂けても言えない。それに、ここまで事が大きくなり、いまさらどこの国の姫でも無いとは言えない。

 何と言うつもりかと、カインは焦って、レナ姫を見詰めていた。下手なことを言うなら、止めなくては成らない。

 レナ姫はローランドを睨んだまま、一言で言葉を返した。

「――――王国ファスマ」

 冗談にもとれる言葉を残し、レナ姫はそのまま部屋を後にした。

 再び部屋が静まり返り、全ての者が動きを止めていた。

 その国は滅びたはずだ。

 カインは、リオとレナ姫の話を聞いていないので、その意味が解らなく固まっていたが、直ぐにレナ姫を追って部屋を飛び出す。

 とにかく今は護衛兵は三人しか居ないので、その三人でレナ姫を守らなくては成らない。

 滅びた国の名前を出され、皆が呆気あっけに取られていた中で、それでもローランドは「解った」と頷いた。そこに護衛兵がやって来て耳打ちする。

「ローランド第一皇太子様、デルマン第三皇太子様は今朝がた五百の兵を引き連れ、法国を立ちました」

 その答えにローランドは驚き、法王を見た。

 法王の隣にも護衛兵がおり、同じ内容を聞かされたのだろう。法王も慌てて頷く。

 五百の兵を引き連れて、デルマンは何をするつもりだ。それに、法王や総司令に無断で、五百もの兵を使うとは、皇太子と言えどデルマンのもつ権限を越えている。

「我が親衛隊しんえいたいを呼べ! 今直ぐだ! 私も出る。法王、よろしいな?」

 次期法王自ら出陣しつじんすることに対して、法王は黙って頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る