第22話霧の騎士VSリオの騎士 2

 デルマンはブツブツと独り言を言いながら、城の広い廊下を歩いていた。

 あの二人が来ていらい、何かが変わってしまった。

 レナ姫の様子を探るために付けていた護衛兵は突然解雇とつぜんかいこされ、新しく着けようとしたが却下される。他の皇太子にも聞いたが、同じ内容だった。全ては、新しくレナ姫の護衛兵隊長に任命された、カインの意向いこうらしい。

 基本的には、隊長にそんな権限はない。他の皇太子や大臣が横から口出しは出来る筈だが、カイン意向がまかり通っている。レナ姫に対しても、今は何をしているのかは詳しくは知らないが、話を聞く限り、カインと共に幾らかの権限と制限を与えられたらしい。

 一つは黙秘権もくひけん

 法王以外の者からの質問に、答えを拒否きょひ出来る権限だ。

 もう一つは逆の権限で、法国聴者限定権限ほうごくちょうしゃげんていけんげんの解除。

 これはレナ姫だけだが、優しく言えば、どんな密会みっかいで有ろうと、制限が掛かっていない内容は知る事の出来る、法王に近い権限だ。しかも、人によって違うが、付属ふぞくの権限により兵をある程度動かせる。現在はローランド皇太子と、バーカードのみが持っている。

 そして最後は制限だ。

 特別機密とくべつきみつに関する制限。

 これは先程の、法国聴者限定権限ほうごくちょうしゃげんていけんげんの解除を持っても、言うことを禁ずる制限で、口を割れば重い懲罰ちょうばつせられる。

 皇太子番号に代わりは無いものの、事実上は自分より重要ポストに置かれたらしい。

 全く持って面白くない。

 エドワードもあれ以来、常にバーカードと共にいるし、小言ばかりは言われているわりには、目を輝かせながらしきりにメモを取り、業務をこなしている。あれほど良くしてやったデルマンには、全く声を掛けてこない。

 そして当のデルマンはと言うと、セントエレフェスに行ったきり、業務が入って来ないので暇を持て余していた。

 これが面白い訳がない。

 デルマンにとっては、ローランドの次こそ、自分が法王になる予定である。自分の国を好き勝手に、いじられる気持ちになるのは仕方がない。

 全てあの二人が来たせいだ。法国の皇太子に背いた罪は重いことを知ればよい。

 デルマンは一人「あいつらはもう任務をこなしたか」などブツブツ言いながら、廊下を徘徊はいかいする以外にすることが無かった。

 デルマンはよく目立つように、法王の部屋の近くの、来賓客らいひんきゃくが座るソファーに腰かけて、紅茶を飲んでいた。誰かが声を掛けて来るのを待っているのである。

 しかし、本日はレナ姫の護衛兵の昇級式しょうきゅうしきで、暇な大臣や、他の皇太子達はそちらに顔を出すよう命じられていて、前の廊下を通る人もまばらだ。もちろん、あんな事のあった後だ。デルマンは行く気がしない。

 大体、たかが隊長の昇級式に、皇太子が行くなどありえない。

 デルマンは、誰も話しかけて来ないので、しびれを切らせて立ち上がると、部屋に戻ろうと廊下に出た。

「これは、デルマン第三皇太子様では在りませんか」

 やっと掛かった声に、デルマンはその人物を見る。

 声を掛けてきたのは二人組で、他国の騎士とその隣に一人の男が立っている。騎士は外交で何度か見かけた事が、もう一人の男は見覚えがない。

 わざわざ俺が相手にするような人物ではない。

 そう思い、デルマンは無視を決め込み背を向けるが、そこで何かを思い立ったのか急に振り向き、ぶっきらぼうな言葉を掛けた。

「どうかしたのか?」

 他国の騎士はデルマンに、騎士の敬礼をしてから話し出す。

「実は、法王様か、バーカード殿に会いたくて参りましたが、いずれの二方は忙しくて手が放せないとの事。出来ればご相談出来る機会を作っていただきたく思い、声を掛けた次第しだいであります」

 デルマンは面白く無さそうに話を聞いていたが、あごでしゃくる様に先を急がせた。

「どういう内容か申してみよ」

「はっ、しかし………」

 他国の騎士は、見覚えはない男と目線で相談する。

「何だ、俺だと言えない話か? ならば取り次ぎなど出来ない相談だ」

 デルマンは直ぐ様ひるがえし、他国の騎士を後にする。

 騎士は慌てた。

 せっかくの法国に会える機会を失う訳には行かない。

「お待ちください! 我々もここには断腸だんちょうの想いで参りました」

「ならば申してみよ」

 デルマンの問いかけに、しばらく騎士は下唇を噛みしめ考えていたが、再び去ろうとするデルマンの姿を見て、慌てて口を開いた。

「どうか、この話はご内密に………」

「あぁ、解ったから早く申せ、俺も暇ではない」

 デルマンは、わざとふてぶてしい態度を取った。騎士は諦めたのか、もう一人の男に頷くと話を進めた。

「この度、我が王国は、王に変わり新しい体制を整えようとした次第しだいでございます。それに当たって、法国オスティマ本国のお力添ちからぞえをしていただきたく思い、参った次第です」

 これはと、デルマンは思い悩む顔をする。

 騎士は、自国の内紛ないふんの後ろ盾をしてほしいと言っているらしいが、そんな事はどうでも良い。

 こいつは使える。

 デルマンは心の中で笑った。

「そうか、それは大変だな。是非ぜひとも俺から法王に接見せっけんを申し立てしてみよう」

「本当ですか! 有り難き幸せ!」

 騎士は目を見開き、デルマンに頭を下げるが、デルマンは態とらしく困った顔をする。

「しかしだ、こちらも少し困った事に成っておってな………」

「どうかなさいましたか?」

 やっとの思いで手に入りそうな、法王との接見せっけんを目の前にして、騎士は真剣に耳を傾ける。

「困ったやからが、霧を止めるなどの戯言たわごとを言いふらし、善良な国民をたぶらかせていてな、法国はその為に今忙しく、俺はその対応に追われておる。どうだろ、俺の代わりにその者を処理してくれれば、法王との接見も早く現実の物となるが」

「………処理ですか?」

 デルマンのその案に、流石の騎士もしぶる顔をのぞかせる。

 処理とはすなわち、殺害。

 いくら自国の為でも、他国の暗殺には手は出せない。しかし、騎士が後には退けないのも確かに有る。

 あと一歩かとデルマンは笑った。

「お主のうわさは聞いておる。お主になら何故か解るだろう、霧により我が法国は栄えた。それは、お主も同じはずだな。………もし、お主が俺の肩代わりしてくれるなら、お主の言う後ろ楯の案に、俺も一筆添いっぴつそえよう」

 騎士は唇を噛みしめたまま、言葉を止めた。

 隣の男は騎士の耳元で、止めるよう説得しているようだが、騎士は首を振りデルマンを見据みすえた。

「………解りました。その条件をみましょう。しかし、私どもにも失敗する恐れがあります。その時はどうか………」

「解っておる、内密にするのであろう。では、詳しい者を案内させるから、少しここで待て」

 それだけを述べると、デルマンはひるがし今度こそその場を後にした。

「おい! 本当に良いのか?」

 騎士と共に居た男は、デルマンが去っていった後、直ぐに騎士に問いただした。

「あぁ、いまは何を置いても国民を守る。イフレイン、とにかくお前は一度戻れ、手を汚すのは俺一人で十分だ」

 騎士は、このイフレインと組むと決めた時、汚れ役を全て引き受け、イフレインは綺麗なまま王道を歩かせると考えた。そうしないと国民の支持は得られないだろう。

 イフレインは心配そうに見ていたが、頷くとこの場を離れる。イフレインにも解っていた。今から二人が始めることは、綺麗事だけでは進めない。だから、今は騎士に任せ、後々の汚れ役は自分となる。

 お互いの覚悟は誰にも負けない。これから国を支え、牛耳ぎゅうじって行くには並大抵なみたいていの覚悟では務まらない。

 全ては国民のため。

 今は何を置いても国民を守りたい。それが意志であり 義務だと思う。



 本来なら昇級式は、その所属の隊長が行う。隊長クラスなら兵隊を仕切る、総司令が行う。そして、総司令は法王や皇太子が行う。

 だから、これは例外中の例外だ。

 カインは久し振りにドレスに着飾り、緊張しているレナ姫の前でひざまついている。緊張しているのはカインも一緒だ。

 この場には法王は居ないし、ローランド皇太子もバーカードも居ない。しかし、他の皇太子や大臣が多くいる。それに総司令もいるが、昇級式を仕切っているのは総司令ではない。

 レナ・オティアニア第七姫が行っていた。

 レナ姫はこんなに大きな式典を仕切るのは、もちろん初めてだろう。何度も練習したのだが、地に足が付いていない様だ。

「で、では、カイン・スティーティスは…を、我が隊長、ごほん、護衛兵の隊長に任命ずる」

 レナ姫は賞状しょうじょうを読みながらなのに、何度もみ、しかも言い間違いをしながらその場をめた。

 カインは焦りながら立ち上がりレナ姫に近付く。レナ姫はカチコチに成りながら、カインに賞状を手渡した。

 両方とも、皇太子や大臣の集まる所に馴れていないので当たり前だ。

 周りからはまばらな拍手が起こる。

 元々デルマンと同じ考えが多い者達が集まっている。本当は歓迎されていないのは重々承知じゅうじゅうしょうちだ。

 レナ姫が最後に礼を述べて、式典は終わる。

 早々と人々が帰って行き、部屋にはレナ姫とカインと、レナ姫の守役もりやくの女性の三人となり、いきなり寂しくなった。しかし、皆して安堵あんどの溜め息を吐く。

「やっと終わったか」

 レナ姫は式典用の部屋の、少し高い段にある、豪華な椅子に腰を下ろした。

「全く、レナ姫様はよくまれますし、読み間違えもします。見ているこっちがヒヤヒヤしましたよ。これからは言葉使いも、もっときびしく行きます!」

 二十代の守役もりやくの女性はそう呟く。

 守役もりやくの女性エルザは、レナ姫の教育や世話をする付き人だ。レナ姫が外をうろついている時は、部屋の掃除などこなしている。

 エルザはカインよりレナ姫とは長く、レナ姫を通じてカインと知り合った、現在はカインの妻だ。

 ちなみに、今まで育ててきたという思いがあるのだろう。レナ姫には容赦ようしゃないし、レナ姫もエルザに対して少しおびえている。

「しっ、仕方がないのじゃ。私も祭典は初めてだし、それに、皇太子達が一杯おったのじゃぞ!」

 言い訳するレナ姫に、エルザは静かに返した。

「レナ姫様も皇太子です!」

「うっ、」

 レナ姫は冷や汗を流しながら言葉に詰まった。

「しかし、レナ姫様の功績こうせきは素晴らしく思います。頑張りましたねレナ姫様」

 エルザは優しくレナ姫に笑いかける。いつもは小言ばかりの、エルザがめてくれるのは珍しい。レナ姫は嬉しそうに目を細めた。

「しかし、何と言いますか、リオ姫様達が来てから、我々も随分ずいぶん変わりましたな」

 カインは純粋な感想を述べた。

 あの二人のおかげでこう成ったとは思わない。

 レナ姫は元々頑張っていたし、カインにしても、そこまでの護衛をこなしていたはずだ。たしかに切っ掛けは有ると思うが。

「そうじゃな。もう、あれから二日か。リオ姫は順調かの」

 レナ姫は独り言のように呟き、カインを眺める。

 皇太子や大臣が帰っても寂しくはないが、リオ達が居なくて寂しく思う。わずか一日しか居なかったのに。

 そこでレナ姫は何かを思いついたのか、カインに尋ねた。

「カイン、私の護衛兵はどれくらいになる?」

「はっ、特別な任務に成りますので、十五人から十八人は可能で有ると聞いております」

 レナ姫は椅子の肘掛けに肘をついたまま、あごの下に手を当て「うーん」と悩み、カインに話してみた。却下されるのは解っていたが、どうしても言っておきたい。

「私の護衛は三人で回らんか?」

 直ぐにカインにはレナ姫の言いたい事が解った。自分の事より初めての友達を大切したいのだろう。

 しかし、解りながらも意地悪くカインは聞いた。

「それは、どう言う事で有りましょうか?」

「リオ姫が何処どこで何を仕手しているか、情報が欲しい。十八人の内十五人を、その情報集めに利用できるか知りたくてな」

 やはりかとカインは笑う。いかにもレナ姫の考えそうな事だ。

 エルザもカインに詳細は聞いているのだろう。口をはさまなかった。

「残念ながら。私たち護衛兵は、レナ姫の兵隊ではございません。あくまで法王所属の兵隊と成ります。よって、レナ姫の意見を守れない時があります」

 例えば、レナ姫と別の者の二人が危ない時、レナ姫が別の者を守れと言おうが、カインは聞く必要なくレナ姫だけを守れる。

 完全にレナ姫を守るだけの部隊だ。

「………そうか」

 レナ姫も解りながら聞いた事だ。しかし、残念そうに下を向いた。

 カインは苦笑いする。頭が良いのだ、もっと悪知恵を思い付いても良いだろうに。

「しかし、法国聴者限定権限ほうごくちょうしゃげんていけんげんの解除の権限を使えば、レナ姫の知りたい内容として、我々は動かなくては成りませんが」

 カインの言葉にレナ姫はまんべんな笑顔を見せる。

「本当か!」

「レナ姫様、そこは『まことか』でございます」

 エルザは的確に訂正させる。

「………まことか」

 レナ姫は渋々従った。

「はい。しかし、他国となるとそれを見越みこしたした、人選や計画を変えなくては成りません。明日、私が任命する護衛兵も、大規模だいきぼな変更が必要で、中には折角せっかくの昇級を不意にする者も出てきます。どうなさいますか?」

 カインは意地悪く伝えた。

 明日は、カインが想定そうていする、レナ姫の護衛兵達の任命式である。もちろんカインが信頼する者ばかりで、本人達には前以まえもっしらせておいてあるし、変えるつもりも無い。しかし、レナ姫には知って欲しかった。

 上の者の我が儘わがままで、泣く者が居ることを。

 彼女はいずれ、きっと良い指導者に成る、だからこそだ。

「そっ、そうか。そうじゃな、それはすまぬな」

「違います、レナ姫様」

 再びエルザの訂正が飛ぶ。

 レナ姫は肩を小さくしてエルザをみる。どこが間違えていた台詞か解らない。

 エルザはレナ姫に成ったつもりなのか、「こうするのです!」と胸を張り、冷たい目でカインを見つめ、人差し指をビシッとカインに突き刺して言った。

 胸を張る事により、見事な胸が揺れる。

「構わぬ! レナ・オティアニア第七姫の命令じゃ、直ちに人選をやり直せ! と」

 エルザはスカートのはしつまみ上げると、優雅ゆうがに頭を下げた。

 レナ姫は感動のあまり、エルザを見たまま何度も頷く。

 カインにしては、レナ姫に悪い事を教えて欲しくなかったが、レナ姫のその言葉を待った。

 カインにしても知りたくは有る。

「あぁ、そうじゃ! リオ姫は私の大切な友達じゃ。カイン、構わぬ! レナ・オティアニア第七姫の命令じゃ、直ちに人選をやり直せ!」

「はっ、かしこまりました!」

 レナ姫の台詞にエルザは満足げに頷いた。

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