第23話霧の騎士VSリオの騎士 3

 王国セロンを立って三日後、キョウとリオは次の国、グウィネビア王国の港町を目指して歩いていた。

 この辺りは大きな半島に位置するので、王国セロンからはふたルート有る。

 北に行けば陸路で、次の国まで一週間以上掛かるし、合理的ではない。もう一つはグウィネビア王国の港町から、船に乗るルートで、四日程だが一日は船に乗らないといけない。

 二人は後者を選んだ。

 理由は簡単で、一週間の宿代を考えると、船代の方が安い事と、そして何より早い事だ。早さを求めるなら、本来は王国セロンで降りず、そのまま船で行った方が早いのだが、リオの反対が大きかった。

 眠っていると大丈夫だが、起きているとやはり駄目らしい。短い距離なら我慢出来るが、長くなるとそれだけ苦しむ時間も長くなる。

 急ぐ旅で無いし、リオの苦しむ姿は見たく無いので、キョウも了承りょうしょうしたが、この判断がこの旅に暗い影を落とす事に成るとは、当人逹は気付いていなかった。

「なぁ、リオ。法国オスティマで、リオの言っていたワンピースは見つからなかったんだろ? このまま旅を続けて大丈夫か?」

 キョウの台詞にリオは素直に頷いた。

「うん、直接システムに関係した内容じゃ無いから、着いてから考えても問題は無いよ」

 リオのあっさりした答えに、キョウは頭をひねる。

 だったら法国オスティマに寄った理由は何だったのだろうか?

「なぁ、結局、リオの探していたワンピースって、何だったんだ」

 キョウの問い掛けに、リオはうんと頷いた。

「あれはね、痕跡こんせきを探していたの」

痕跡こんせき?」

 簡単に答えたリオに対して、キョウは復唱する。

「そうよ、痕跡こんせき。ここかは私の予想の話をするから、深く追求ついきゅうしないでね」

 断りを入れてから、リオはキョウが頷くのを待った。

 キョウは直ぐに頷き、リオに話を催促さいそくする。

「私の考えが正しければ、あれは少なくとも、二度開いているの」

「二度!?」

 驚いたようにキョウはリオを見た。リオは歩いたまま目を閉じ、ユックリと見開いた。

 そのブルーの瞳は真剣そのものだ。

「二度って、一度目は閉まったって事か?」

 リオが頷くのを見て、キョウは嬉しくなる。一度閉まった事実が有るなら、再び閉める可能性は大きくなるだろう。

「多分よ、一度目はエネルギーが少なくて、長い時間開いて居なかったと思うの」

 相変わらず細かい話ははぶくので、リオの話は解りにくい。

 しかし、キョウは口をはさまずに聞いていた。

「そして、その時に王国ファスマの人々は、あの建設方法を聞いたと思うの」

 キョウの驚きのあまり、歩みをゆっくりさせ、そして止まった。リオもキョウに合わせて立ち止まる。

 リオの話が正しければこうなる。

「一度目は、向こうから開いたと言うことか。と言うことは、あれは霧の技術なのか?」

 リオはユックリと首を横に振った。

「霧ではないよ。キョウは聞いているでしょ、イップ王女から」

 確かに、セリオンの時に聞いた。

「………技術のもっと進んだ世界か」

「正解。そう考えれば辻褄つじつまは合うわ。だから私は、それを探していたの。この世界に在るはずの無い、オーバーテクノロジー。すなわち、痕跡こんせきよ」

 なるほどと、キョウは思うが、なぜ探していたのかが解らない。あれを閉めるのに必要ないと思うのだが。

「それを探してどうする?」

「どうもしないけど、私の理論が正しければ、閉める方法が確実となるだけ。まぁ、八割方は間違いないから、このまま進んでも問題ないってわけ」

 話がややこしくて、キョウには理解出来なかったが、何かの為に必要なのだろう。

「オーバーテクノロジーか………」

 そう呟くキョウには、それがどんな物かも解らないが、不思議な機械なら思い当たるふしがある。

「俺にしたら時計もオーバーテクノロジーなんだけどな」

「時計?」

 リオは眉をしかめてキョウを見た。

 リオなら時計の構造こうぞうも理解できているだろうが、キョウに取っては不思議な装置だ。

 キョウは歩き出した。

「あぁ、あれって電池で動いているけど、それってさ、凄くないか?」

 キョウは同意を求めるが、リオにとっては解りきった内容だ。

 歯車でこの星の自転に合わせて、電力を溜めた電池で動かせる。電池にしても、電気を捕らえる炭素分子で出来ていて不思議はない。確かに、王国ファスマが原点だが、今は全世界にあるし、別におかしい点は思い付かない。

「別に不思議は無いよ?」

「でも、良く思い付いたと思わないか? 太陽の登り沈みに合わせて、しかもあんな小さな電池まで考えて」

「………」

 キョウの時計の理解は間違っているが、リオはキョウの言葉に、あごに手を置き考え出す。

 そっか、電池か。

 良く良く考えればそうだ。小さくエネルギーを溜めるもの。

 現在、電池は時計にしか使われていないが、良く考えれば他に幾らでも利用価値はある。しかし、誰もが電池=時計と思い込んでいる。そもそも、電気をエネルギーと利用しているのは、城のあかりなど、重要施設だけで、全て発電機とつながれ、エネルギーを溜めておく単体は電池以外はない。町の中などはいまだに松明たいまつを使っていることが多い。

 それは、近すぎて気付かなかったが、まさしくオーバーテクノロジーでは無いだろうか。

「そうよね、考えれば確かにおかしいわ。電気が未々普及ふきゅうしてないのに、電気を溜める単体が先に出来てる。しかも、時計にしか利用されていないなんて、有り得ないわ」

 リオはキョウを見て何度も頷く。

「それよ! やっぱり私の理論は合ってたんだ! キョウ、ありがとう!」

 喜びに震えているリオを見ずに、キョウは声を掛けた。

「………リオ」

 キョウの声で解ったのか、リオは前を向くと頷いた。

「うん」

 二人の前には二匹の馬。

 彫刻のように固まり、同じ形のまま動かない。しかし、二人が止まっているにも係わらず、何故か距離が近付く。ただ、ひたすら不気味である。

 順調な旅はここまでだった。

 キョウは素早く構えてリオを下がらす。しかし、キョウにしても、霧に乗っ取られた大型生物二体は流石にこたえる。

 どちらの馬も、固まったまま動きはないのに、攻撃をくりだす。しかし、これは余計に始末が悪かった。

 動きが無いので、次の動作が読み取りにくい。

 キョウは一体に警戒けいかいしたまま、一気に剣を振り下ろす。

 別の物に警戒しているので、どうしても軽い一撃となり、細かい傷は与えているはずだが、致命傷は与えられない。それに、何度も剣を振って敵を遠ざけねば、近付かれ不利になる。

「マジカルファイヤ!」

 後ろから放たれたリオの魔法が、もう一方に当たる。威力は小さくても目眩めくらましにはなる。

 勝機しょうきとばかりに、キョウは魔法の当たっていない方に、渾身こんしんの一撃をお見舞いしようと、剣を振り下ろす。しかし、炎を引き連れもう一匹がキョウに向かって来た。

「くっ、」

 短い言葉を残し、キョウは咄嗟とっさに後ろに跳ね飛び、馬をかわす。

 しばらくして炎は消えたが、馬は無傷のままだ。

 こいつはと、キョウはもう一歩下がる。

 先程からこの連携が厄介だ。

「キョウ、多分あれは………」

「あぁ、命がつながれているな」

 リオの答えをキョウが答える。

 馬は連携しているように見えるが違う。一番分かりやすい例えは、実は一体で右手と左手だ。

 もちろん霧に乗っ取られる前は、別々の固体だったのだろう。しかし、今はどちらも倒さなければ動きが止まらない。小動物なら、幾ら命が繋がっていようが、真っ二つに切り裂けば、動けなくなり問題は無い。しかし、大型生物ではそう言う訳には行かない。動けなくするには、全ての足を切り落とすしかない。中なはそれでも動く物も居る。

 もっとも厄介な霧に乗っ取られた物だ。

 ある程度ダメージを与えて逃げたところで、元のスペックは馬なので、簡単に追い付かれるだろう。

 リオの考えも、キョウと同じだった。

「キョウ、見た目には見えないけど、ダメージは有るはずだから、あせらないで」

「あぁ、解ってる。それより、魔法で一体を足止め出来るか? もう一方を仕留しとめる」

 キョウの台詞にリオは首を横に振った。

 いくら凄腕のキョウでも、暴れている馬を相手に、一撃で倒すことは不可能だろう。

「キョウ、それより私が大きな魔法使うよ。イメージが難しいから、時間が掛かるから、キョウの方が足止めしていて。出来る?」

 霧に乗っ取られていない大型動物相手でも、難しい注文をリオはする。しかし、魔法が有ると有り難い。

 キョウは「解った」と頷き、構えを変えた。

 いつもの担ぎ構えでは無く、手を自分の前でクロスに交差こうささせる。何とも妙な型だ。

 いつもの担ぎ構えは、セリオンが得意としていて、それをキョウが使っていたのだが、これこそキョウのオリジナルの構え。二刀流の者が、相手を二つの剣ではさみ切る構えと似ている。キョウは敵の攻撃をいなす時に良く使う。

 馬なので足からの攻撃が厄介だが、それでも、狙うならやはり足か。

 キョウはその体制のまま馬が近付くのを待ち、馬が近付き攻撃し出すと、剣を右手左手と、何度も持ち変え攻撃をいなす。

「マジカルアイス!」

 リオの魔法で、キョウの周りにも冷気を感じる。

 凍らせて足止めする気か?

「キョウ、準備出来た。馬の間に雷の魔法を出すから一旦いったん下がって!」

 リオの声に反応して、キョウは剣を両手に持つと、足払いのように、下段で大きく横に振り抜く。

 両方の馬に手応えは有った。足を切り取りは出来なかったが、馬は一瞬足を止めたと思われる。

 キョウは大きくツーステップで、リオの後ろにすべり込む。すべり込んだ勢いで、砂煙が起こり、それと同時にリオの声が響く。

「マジカルサンダー!」

 リオの声に反応して、突如とつじょ、馬二体の間に雷を放つ球体が現れ、一つ激しい音を立てた。

 その音に反応してリオは顔をしかめる。

「あっ、ちょっと距離が近いかも」

 リオの不審ふしんな一言に、思わずキョウはリオを抱え急いで馬から離れる。

「えっ? ちょっと、キョウ待って! 今離れたら魔法が制御出来ないの。このままだと、魔法が暴走する!」

 リオの抗議の声を無視して走る。そこからはまるで雷撃の雨だ。

 何度も馬に雷が走り、周りの木々にまで雷が走る。肉体の中を雷が通るので、馬はもう生きてはいないだろう。

 キョウはかなりの距離を開けてから、やっとリオを下ろした。目を細めて、やっと見える雷も収まったようだ。

 キョウは肩で息をしながら、急いでリオを見た。

「危ないだろ! あんな近くで雷を出したら!」

 キョウの抗議の声に、リオは眉間みけんしわを寄せ、腰に手を当てて反撃した。

「キョウ、魔法の基本は教えたよね?」

 「うっ、」とキョウはひるむ。

「あっ、あぁ」

 頷くキョウに対して、リオはさらにせまる。

「じゃ、力ある言葉はどう言う意味だった?」

 リオは目を細め完全に怒っている。キョウは狼狽うろたえながら答えた。

「魔法の名前を唱えれば、意思通りに動かせれる」

「よろしい! 解っているじゃない」

 リオの言いたい事は解る。しかし、あんな、不審ふしんな呟きを聞けば、誰だって逃げ出すだろう。

「リオ、だったら何ぜあの時、近いと言ったんだ?」

 キョウの問い掛けに、今度はリオが「うっ、」と詰まった。

「あれは、ほら、雷の魔法は初めて使ったから、心配で………」

 聞きたく無かった、そんな怖い情報。

「雷の魔法は、本当に危ない時しか使用禁止だ!」

 キョウの言葉にブーたれていたリオも、再び二人して歩きだした。先ほどの馬を越えないと、先には進めない。キョウは雷の魔法を使った現場を見て、息を飲み込んだ。

 周りは広く焼け焦げていて、地面にも何ヵ所も穴が開いている。木々は小規模ながらも、いまだに燃えていて、馬は相変あいかわらず彫刻のように固まったままで無傷だが、横たわっていた。元々動かないので、倒したかどうか解らないので、大きく迂回うかいして通り抜ける。

 しかし、リオの弱い魔法でもこの威力だ。

 これは魔法を使える者と対峙たいじしても、最早もはや、個人で相手が出来るレベルを超えている。

「魔法とは、凄まじいな」

 キョウは歩きながら、率直な意見を述べた。

「でしょ? それに、基本魔法より威力が上がるでしょ。私はこっち方が、最強魔法と思うわけ」

 リオは得意気に話してくるが、確かにあの現場を見れば納得する。

「でも、リオは雷の前に、氷の魔法を唱えなかったか? あれは、失敗したのか?」

 キョウの発言に、リオは久々に得意気に、右手の人差し指をピンと立てて「おっほん」と咳払せきばらいをした。

「よろしい! では久々に講義してやろう。あれは、私のオリジナル魔法である」

 キョウは首を傾げた。

 王国ファスマでも、雷の魔法を使う者は少なかったが、数人はいた。それではオリジナルとは呼べない。

 そこまで考えて、やっと気付いた。

「あれ? 確か雷の魔法は、雷撃一本が敵に向かって進むだけだな。あんなに何度も起こらなかった」

 そんなキョウを見て、リオは何度も頷く。

「その通りよ。私がしたのは、先に雲の中を作ったわけ。まずは氷の分子を一杯作って振動させておいた。すると、摩擦まさつで電気がまりやすくなり、そこに、雷の魔法を唱えると、自然界の物質が多くあるので、結合が一杯出来る。これはまさしく、魔法科学よ!」

 それは、今までの魔法をくつがえす、新しい魔法の理論の誕生かも知れないが、生憎あいにくとキョウはあまり魔法に詳しくない。だから「そっか、凄いな」程度で終わった。

 もっとめて欲しいとリオは目で合図するが、キョウはまるで気付いていない。

「それより先を急ごう。このままでは、グウィネビア王国に着くまでに夜に成ってしまう」

 キョウの台詞に、リオはほほふくらませ顔を背ける。キョウは何故リオが怒っているのか解らなかった。

 結局けっきょく、あれからも何度かの霧に乗っ取られた物との戦闘をこなし、グウィネビア王国の港町に着いた頃には、とうに日は暮れていた。

 キョウとリオは慌てて、船の時間を確認するが、やはり本日は終了していたので、二人はしかた無く宿を探す。

 港町はティーライ王国の領地並みの大きさで、一般的な町の規模きぼだ。もちろん人の流れもまばらで、法国ファスマを体験した二人にとっては、少し寂しく感じる。

 そして町の中を歩くキョウは、人の動きに何かを感じとる。

 すれ違う人が徐々に少なくなり、後ろを歩く人は離れない。

 キョウはリオの右に身体を置き、剣に手を掛けたまま、後ろの人に抜かれるため、ゆっくりと歩いていく。しかし、後ろの人も歩調を遅くして、キョウ達を抜く事はしなかった。

 後ろをつけられていると確信して、後ろの気配を探る。

 人数は二人。こちらから仕掛ければ、まだ何とかなる人数である。そう考え、タイミングを計っていると、噴水のある広場に出たので、さらに周りにも気を配る。

 囲まれては不味い。

 そう気持ちが焦り、速足でその広場を抜けようとした時、前から一人の男が現れた。

 正規せいきの騎士の鎧。ロングソードを抜き身ぬきみで右手にぶら下げ、こちらを向いている。暗くて顔が見えないが、後ろを着けていた者より、格段かくだんに出来だろう。今まで対峙してきた中でもトップクラスに思える程の殺気。

 咄嗟とっさに足を止め、左手でリオを斜め後ろにおき小声で話した。

「リオ、不味い。相手はかなりやる、俺がもし危なく成ったら、魔法を使って逃げて、何処どこでも良いから、とにかく身を隠せ」

 キョウの台詞にリオは青ざめたが、何度も首を横に振り、従えないことを伝える。

 キョウが負ければ、リオ一人ではこれ以上進めない。この旅はそこで終りにすると、リオはそう思った。

 リオは自分の騎士に対しての言葉を発した。

「キョウ、私は負けることを許しません。最後まで私を守りなさい!」

 出来れば言うことを聞いて逃げて欲しいが、知らない町の中なら捕まる可能性も高い。キョウはリオの台詞に頷き、覚悟を決めた。

 そこで、近づいて来る騎士の殺気が、突如とつじょ消えた。

「キョウ?」

 その声と顔に驚き、キョウも声を上げた。

「………オヤジ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る