第7話魔法と科学と過去 1
三 魔法と科学と過去
暗い森の中だ。
日没から数時間が経ち、辺りは暗闇に支配されている。
彼はその暗闇の中を走り続けた。
左肩には幼い少女の重みが在り、右手には最後の頼みのロングソードが握られている。刃こぼれが
追ってくる者は今のところ居ない。しかし急がなくては、いつ追い付かれるか解らないという焦りが
息はとうに上がっていて、汗は乾くこと無く、草に
もう駄目だと何度も諦めかけたが、左肩の重みだけがそれを許してくれず、重い足をただただ動かせ続けた。
突然、右前の草むらから音がして、立ち止まりそれに剣先を向ける。
五秒待つが何も現れない。ただの風のいたずらだと思い、息を整える暇も無く、また走り出す。今のところ後ろから追ってくる者は居ないはずなのに、真後ろには常に気配が付きまとっていた。
馴れない道のりを跳ぶように駆けぬけ、生い茂る木々が途切れ、開けた場所に出る。追っ手を
森の中からは数匹の野犬が、ゆっくりと現れた。
さきほどの音も、風ではなく野犬達の
追っ手では無かったので、ひとまず安心するが、次から次へと現れる野犬の数に圧倒された。野犬の群れは予想を越えている。
ロングソードを片手で正眼に構え、飛び付いてきた先陣の野犬、数匹を切りつける。
急所を狙う必要はない、傷つけられた仲間を何匹か見せれば引いて行くだろう。切り付け、傷を負った野犬は無視して、次の野犬に注意を傾ける。
早くこの場を離れなくては追っ手がせまるという焦りが出てくる。
次の野犬達が攻撃のため、
その時、急に背筋が凍る。心臓が高く脈打ち、汗が一気に噴き出す。
理由が解らないが、なぜか野犬の群れの、後ろの方が気になって仕方がなかった。
次の野犬に警戒しつつも、目を凝らして後ろの方の野犬の様子をうかがう。その
しかし、たしかに避けたはずだが、突如口の中に柔らかい感触が飛び込んできた。
野犬が口の中に飛び込んできたのか!
キョウは慌てて目を覚ました。
キョウの口の中には小さい足のかかと。
クソッと思い足をどかす。
リオはベッド上を、我が物顔で支配していた。
旅の長さによる金銭の問題から、二人は一部屋しか取らなかった。「私の護衛もかね一石二鳥だね」と、リオは
確かに、これから幾らお金が掛かるのか検討も付かないので、キョウも了承はしたが、部屋にはベッドが一つしか無かった。
仕方無くシングルの狭いベットで、お互いに背を向ける形で眠りに着いた。なのに、何故かリオは逆さを向き、大の字に成って眠っている。
体格的にはキョウの方が大きい。三分の二までは言わないが、せめて半分は与えてほしい。
キョウは夜中、何度もベッドから落ちそうになり目を覚まし、朝は口の中に足を突っ込まれ起こされた。毛布さえあれば、床で寝た方がましだっただろう。
キョウは起き上がると頭を掻いた。
さきほどの夢は始めて見た。セリオンの記憶だろうか、肩に担いだまだ幼いイップ王女に、今のキョウより若いセリオン。いったい何に追われていたのだろうか。
キョウは頭を振り、夢を払いのけた。
そんな昔の事を考えても仕方が無い。
キョウは部屋の時計で時間を確認する。そろそろ予定の時間だ、リオを起こさなくてはいけない。
名前を呼び、何度か肩を揺さぶると、彼女は眠そうに目を擦りながら起き上がった。
「おはよ。やっぱり枕が変わると熟睡出来ないものね」
それは嘘だとキョウは思う。
「完全に熟睡してたじゃねーか。こっちは何度も起こされたぞ」
リオは、何故キョウが何度も起きたのか解らず、ボーとキョウを見ている。
少し疲れて頭が動かないのだろう。
基本的に人々が旅をする時、馬は使わない。大型の動物が霧に乗っ取られたら大変だからだ。しかし、自分の足だけで旅をするとなると、体力も使うし時間も掛かる。さらに、霧への対処として小動物も持ち歩くので、荷物が増える。
旅に慣れている者は霧の対処は、意識を強く持つことと解っているので、無駄な荷物を避けるため小動物は持ち歩かない。キョウ達も小動物は持ち歩かないが、さすがに少女の足だ、ここまでの道のりで疲れただろう。
「それより、夜までに法国オスティマに着きたいなら、そろそろ準備しろよ」
「そうね」
リオは頷き大きな
それから同じ体制で、勢い良く寝間着代わりのワンピースを脱ぎ捨てると、本日は真っ白い清潔なYシャツを着る。ゆっくりとボタンを閉めてから、短いスカートは
何か考えて居るのか、目は真正面を向いている。
旅から一週間が経ち、お互いに色々見えてきた。リオは今、どういうルートで王国ファスマを目指すのか計算しているのだろう。
話をしていて解ったが、リオは凄く頭が良い。イップ王女も頭は良かったのだが、王女の記憶が有るからだけでない。リオは、キョウが今まで会った誰よりも、記憶力が良く、頭の回転が早かった。
頭が良いので、たまに何を言っているのか理解に苦しむところも有る。しかし、キョウは理解が出来なくても、とにかくリオの話は真剣に聞いた。セリオンだった時の様に、横でただ剣を振っているバカに成りたくなかった。
キョウは着替えをすませ、荷物を整頓する。
「リオ、そろそろ準備してくれ」
「あっ、うん」
リオは慌ててベッドの上で立ち上がると、スカートを履いた。それからパァーカーを羽織ると、腰に何時もの鞄を着ける。
「よし、じゃ法国オスティマ目指して参りますか」
リオは勢い良くベッドから飛び降りた。
法国オスティマ。
現在は以前の王国ファスマより大きい、世界で一番の大国だ。
霧の討伐にいち早く成功を収め、討伐に手を焼いている、隣国の討伐を手助けしていった。しかし、それだけを聞けばいい話だが、裏では霧に致命傷を受けて、国の機能しないのを良いことに、その国を吸収していき、今では五ヵ国が統一して、一つの国と成っている。
各国にも王は居るのだが、その上にさらに王がいる形だ。
キョウの住むティーライ王国は、二つほど国が遠く、騎士団によって討伐が早かったことで難を逃れたが、ここまで大きい国の側に居るので、何だかんだと影響はうける。
本日向かうのは、法国オスティマに吸収された国の一つ。元々はリトルラーニ王国と呼ばれていた国だ。現在は法国オスティマ
リトルラーニは海辺に在り、観光の町としても有名だが、霧のおかげで観光の人が激減し、経済が傾き、法国オスティマに保護してもらい、現在は農作物に力を入れている。
キョウ達はリトルラーニから船に乗り、法国オスティマ本国を目指す。
宿の表に有る井戸で歯磨きを済ませ、簡単な朝食を食べると、直ぐにリトルラーニに向かって旅立った。夕方頃までに着けば、船の時間に間に合うだろう。
キョウ達は順調に旅を進めていた。
今では霧に乗っ取られた物に会うのも少なく、全て単体の小動物だった。もちろんキョウが一撃で簡単に済ませ、霧自体に会うのも数えるほどだった。
霧は村や町を襲う可能性が無いので、無視して進んだ。
昼御飯は、道沿い近くの川で魚を取って済ませ、少し休憩してから先を急ぐ。こんなことなら馬で先を急いだ方が良かったかも知れない。
「あっ、そうだ。キョウ、法国オスティマに着いたら、二日ほど滞在するからね」
「別に構わないが、何か有るのか?」
一週間歩き続けだったので、リオの身体を考えると良いことだと思う。そろそろ疲れも溜まっている頃だろう。
「うん、法国オスティマには大きな図書館が有るの。一度行ってみたかったんだ」
リオは目を輝かせた。
なるほど、リオらしい理由だ。キョウとしては旅のプランはリオに任せているので、別に不満は無かった。
「図書館か。何か調べるのか?」
「うん。まだまだ知らなくては成らない事は多くあるよ。ライマでは、手に入らない書物も多くあるし」
そこでキョウは驚き声を上げた。
「リオはライマ共和国出身か!」
「そうだよ。あれ? 言って無かったっけ?」
ライマ共和国と言えば、この世界で唯一王を持たない国である。
元々ライマ共和国は、武器の輸出で発展した国だ。
鉱山で取れる鉄が上質で、手先が器用な人々も多く、細かい細工も見事だということもあり、ライマ共和国産の剣を持っているだけで、一目置かれるほどの大きな産業だった。
しかし、大戦が無くなってからは、剣や鎧も売れなくなり、職人達が溢れた。
さらに霧により家畜のほとんどがやられ、人々は食糧難におちいる。国はお金が無くなって行ったが、王や国の
人々の我慢も限界だった。
国民は反乱を起こし、王や国の
それからは一般人の中から、
そして国の支援や、人々の努力により、産業も一気に跳ね上がり、産業と経済に革命をもたらせた国とされるほど、王が居なくなってライマ共和国は繁栄した。霧が無ければ、他国のモデルとなっていただろう。
「ライマ共和国か、すごいな。王が居なくてよく成り立つな。それに産業も多いし」
「みんな努力したからでしょうね。だけど難点も多いよ。外交とか、やっぱり王族しか周りの国は相手してくれないようだし、
リオは徐々に
「えっ? なんだろ、霧の討伐?」
「ぶっぶー」
歩きながらリオはキョウの方を向き、手をバツにした。
「いい、ティーライ王国とライマは有る一点に置いては共通している。それはどこか、キョウが所属してた所は?」
ヒントと言うか、ほとんど答えを言いつつも、リオはキョウを見る。なるほどと、キョウはうなずいた。
「騎士養成学園か。………あれ? なら、やっぱり霧の討伐か?」
「だから違う。騎士養成学園はあっているよ。騎士養成学園でも学問の授業はあったでしょ? 要するに、両国とも若者の教育に力をいれたの。まぁ、ライマの方は産業やそれに通じる学問が多いけど」
「なるほどな」
「これからの時代はこう言う国が残って行くわ、教育に力を入れる国。今からの時代が向かっているは戦いでない、技術や産業に人は向かっている」
リオの頭が良いのは、色々知っているからだけでない。キョウとは目線が違うのだ。
同じものを見ているにしても、見る方向性が違う。
「いい、キョウ、」
今までの会話とは違い、リオは真剣にキョウの瞳を見ていた。あの「剣をかして」の時と同じだ。
「この考えは、イップ王女の考えと同じなの。彼女はマダマダ甘かったけど」
キョウはその台詞と、もう一つの事に驚き、
薄っぺらいタイプで、真横を通るまでまるで気が付かなかった。まっ平らな牛だ。
キョウは何度か剣を振る。まっ平らな牛から放たれる一撃は、目に見えないので、何をされたのか解らないが、その辺は今までのカンで
「キョウ、見た目に惑わされないで! 薄っぺらく見えても質量は変わること無いから!」
「質量?」
「体積や重さみたいなもの!」
「あぁ、それは解っている。今のは
キョウは少し間合いを開け、いつもの担ぎ構えをとった。
理由は解らないが、薄っぺらく見えても、紙をナイフで切るようにはいかない。しかし、対処法はわかる。横から見て生物に見えるなら、生物と急所は同じはずだ。
リオはその辺りの理由も知って居るようだ。時間が空いたときに
頭部は頭蓋骨が有るし、攻撃を放っているようなので、それを避けながらの、頭蓋骨ごと砕く、必殺の一撃にもって行くのは困難。そうなれば腹部か。腹部は下から競り上げか、突き。
キョウは牛からの攻撃を何度かいなし、腹部に的を絞った時、後ろからリオが声を上げた。
「マジカルアロー!」
声と共に、金色の三十センチ程の細い矢のようなものが一本、牛に向かって放たれる。
「魔法か!」
キョウは驚いた。
イップ王女は魔法を使えなかった。リオは戦いの面に置いても王女より努力したのだろう。
リオが放った光は、このまま行けば牛の目の五センチ手前を通過する。
目を狙ったのは良かったが外したか。
それでも目眩ましになると思い、キョウは腹部に一撃を叩き込もうとした時、リオが大声をかけた。
「キョウ、首!」
「?!」
キョウは剣筋を腹から首に変える。
そこで外れるはずの魔法が牛の目に刺さった。
「!!」
牛が暴れだすが、キョウは的確に喉元を切り裂く。牛は喉元から血を吹き出し倒れ込んだ。
キョウは
今の戦闘、確かに腹部では直ぐに絶命は出来なかった。首を狙った方が確かだろう。しかし、聞きたいことはたくさん有る。
「何故、魔法が当たった?」
「物理的な
リオはスカートの
「物理的?」
「科学の仲間よ。とにかくここを離れましょう」
リオは適当に答えた。詳しく話せば時間が掛かる。
キョウは曖昧にうなずき、剣を拭くと再びリオと歩き出す。
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