第26話ユキナの世界 2

 キョウとリオは、次の日の昼近くに、グウィネビア王国からウルファン王国を目指して出港した。

 朝よりも多くなった人ごみにまぎれて出港する。

 船は丸一日かけてウルファン王国の港町に着いた。着いた港町ではご飯と買い物を済ませ、直ぐにウルファン王国を後にした。

 船上では狙われる事もなく、これで上手く暗殺者を巻いていれば良いのが、まだまだ安心は出来ない。どの道、こちらの目的地が解っているので、いずれは出会えことになるだろう。

 ここから、王国ファスマまでは、あと二国だ。一時も気は抜けない。

 次のアイストラ王国、そして最後の国、ストラ。それより王国ファスマに近い国は廃国はいこくしている。両国共にくせのある国で、本来なら、今出国したウルファン王国が、王国ファスマまでの、唯一心をゆるせる国だったが、欲を言えばきりが無い。

 ここからは、イップ王女とセリオンの記憶のおかげで、残りの国の情勢じょうせいや、道のりも詳しく解る。それに、王国ファスマに近付くにつれて、霧との戦闘も激しくなるだろう。

 そして、それを予感させるように、野良犬らしきもの十数匹の群れが現れた。いずれも、霧に乗っ取られた後だ。

 形はバラバラだが、中型の霧に乗っ取られた物だ。キョウの剣の大きさなら、両断りょうだんも出来る大きさだが、数が多いので手こずるだろう。

 しかし、何故かキョウは安堵あんどのため息を吐いた。

 暗殺者に狙われるより、敵が見えている分、剣で斬れるならはるかにましだ。それに、あの時に比べて、数も少ないし、折れない丈夫な剣もある。

 キョウは何時もの担ぎ構えをとった。

 現在のキョウにとっては、敵がどんな形態けいたいかも、いくらいるかも関係がない。

 二のうでの筋肉を盛り上がらせ、闘気とうきを引き連れながら、キョウは袈裟斬りに剣を振り下ろした。

 キョウの戦う姿を見て、リオは別の物を想像する。

 まるで竜巻だ。

 今までのストレスを吐き捨てる様に、身体を大きく動かせ、剣を振り抜くキョウには、魔法による援護射撃は必要でなかった。いや、それどころか霧に乗っ取られた野良犬が、攻撃する時間すらも与えない。

 バスターソードにまでいかない大剣が、いく筋も軌道きどうを変え、霧に乗っ取られた野良犬達を切り裂いていく。

 霧に乗っ取られた野良犬達は、両断りょうだんされ、吹っ飛ばされ、みるみる数を減らし、またたぐ間に決着が着く。

 改めて、キョウの凄さか解った戦いだった。

 全てを斬り終えるとキョウは、愛刀を地面に突き刺し、それを杖代わりにしながら息を整えている。しかし、その口元は少しゆるんでおり、戦闘を楽しんだようだ。

 最近は、霧に乗っ取られた大型動物はリオに止めを刺してもらい、暗殺者と言う見えない敵におびえ、不本意なバードとの戦闘では、本気とは言いながらも、心のどこかで、制御しながら剣を振っていた。

 頭を真っ白にして、何も考えずに、ただ、敵を倒すために剣を振るのは久しぶりにすら思う。

 息を整えながらキョウはたずねた。

「リオ、大丈夫か?」

「うん。………私は大丈夫だよ」

 リオには今のキョウの心理状態しんりじょうたいが解り、心配に成る。

 彼女はバードの言った、暗殺者が飛んでいるの言葉に対しての不安はあるが、キョウが守ってくれるから大丈夫だと言う安心もあった。

 しかし、キョウにはリオを守ると言う使命がある。一時も警戒を切らせられない。精神はり切れ、眠っている時ですら休むことは許されない。

 早く休みたい。早くキョウを休ませてあげたい。

 そんな想いを胸にめ、リオはあえて笑顔をキョウに見せる。せめて自分の事で心配はけたくは無かった。

 しかし、リオの想いはむなしく、ここからはそんなに甘くは無かった。

 五十対もの霧。

 意識を強く持とうとしても、二人とも精神的に追い詰められている。状況は一向に良くならない。

 イップ王女の時は、王国ファスマ人でったために邪魔をされた。しかし、リオやキョウは王国ファスマ人では無い、それなのに暗殺者が飛んでいる。

 リオは声をだいにして叫びたかった。

 何故、人々は協力して、霧を止めようとしないの? そうすれば明るい未来が約束されるはずなのに。でも、それは装置を理解できないから仕方が無いよ。

 ならば、せめて、――――私の騎士の邪魔はするな!!

「リオ、意識だぞ、意識を強く持てよ!」

「うん、解ってる」

 リオの声には何時もの張りがない。

 キョウも同じだが、こんなに心が弱っている時に、この数の霧は不味い。意識をしっかり持ちたいが、あの数を見ればどうしても恐怖を感じてしまう。

 少しでも弱気に成ればおしまいだ。

 キョウは、とにかくリオをかついで、一旦いったんこの場を離れようと考えた。その時だ、後ろから声が掛かけられる。

「大丈夫か! 私も手伝おう」

 キョウはその声で咄嗟とっさに振り向く。

 声を掛けてきたのは二十代の女性で、手に八十センチほどの鉄の棒を持ち立っていた。

 その女性は何ともみょうな格好で、緑と黄緑と深緑をりばめた服を着ている。帽子も同じ色で、背中には大きな深緑のリックを背負い、腰には真新しいロングソード一本ぶら下げている。

 そして、彼女の左のわき

 そこには黒い鉄製品があるが、何に使う道具かキョウは見たことがなかった。

 しかし彼女は妙な事を言う。霧を相手に手伝うことは何もない。倒すことが出来ないからだ。

 キョウはその女性に「あんたも逃げろ」と口を開き掛けたその時、女性は手に持っている鉄の棒で、霧を切る動作をした。

 その動作からして、女性は剣にれていない素人だとキョウには解った。霧相手に剣を向けるのも、素人以前に馬鹿馬鹿しい者だ。

 しかし、その次に起こった状態がまるで解らなかった。

 女性に鉄の棒で斬られた霧は、二つに分かれ、地面に横たわると動きを止めたのだ。

「………えっ?」

 キョウは思わず、口を開けたまま、彼女を見つめていた。

 今起こった状態の、意味が解らなかった。

 いち早く気付いたのはリオの方だ。

「どうしてそんな物が存在そんざいするの!!」

 驚きながら女性を見る。

 二つに分かれた霧は動かない。その様子からして、彼女は霧を斬ったのだ。

「なっ、何で………」

 キョウも信じられない光景こうけいを見るように、ただ、目を見開き女性から目が離せないでいた。

 女性は同じ動作を続けている。動きは素人臭しろうとくさいが、関係がない。霧はただただようだけなので、女性は簡単に霧をとらえることが出来た。

 キョウは呆然ぼうぜんと立ちくしていた。動いている霧はドンドンと減っていく。

 散々人々を苦しめ、対策たいさくを取らないと倒せなかった霧が、キョウの目の前で、いとも簡単に倒されていく。今の今まで脅威きょういに感じていた霧が、まるで、ただの動く練習用の巻きわらだ。

 こんなにも簡単に、こんなにも単純に、霧達が倒れていく。

 今までの苦しい思いが、キョウにとっては最も斬りたくて、斬れなかった相手が倒されていく。

 それは、物語の一節いっせつを見ているようだった。

 霧の何体かはスウーっとその場を離れ、森の中に消えていくが、女性は霧を追い掛けもしない。彼女にとっては敵ですら無いのだろう。

「よし、もう大丈夫だな」

 女性はキョウ達にそれだけを言い残し、この場からろうと振り向いた。慌ててリオが声を掛ける。

「待って!」

 女性は振り向くと、れたように笑った。

「礼ならいいよ、困った時はお互い様だ」

 違うとリオは首を横に振ると、要約ようやくキョウの金縛かなしばりが解けた。

「あんた、――――霧を斬れるのか?」

 女性は少しだけ困った顔をして、ほほいた。

「まぁな、霧は多くなければ、たいしたこと無いが、乗っ取られた物は厄介やっかいだ」

 五十体もの霧を、多くないとは中々言えない。意識をしっかり持てば大丈夫と解っているキョウ達も、さっき恐怖を感じた数だ。

 リオは女性に駆け寄ると、頭を下げた。

「すいません、それ、見せてください!」

 リオは女性が腰に下げている、さきほどの鉄の棒を指差した。女性は再び困った顔をしたが、相手が子供なのでことわれ無かったのだろう、渋々と言ったぐあいに渡す。

「悪いが見せるだけだぞ、あげないからな」

 ことわりを入れてから、女性は鉄の棒をリオに渡す。

 理由の解らない武器だ。触って良い物かキョウは不安を感じるが、リオはすんなりと受け取った。

 リオは女性の言葉に何度も頷きながら、渡された鉄の棒を繁々しげしげと見つめる。それから、表面の手触りを調べたり、叩いて音を聞いたりしている。

 その様子に、キョウもリオの隣に並ぶと、めずらしいそうに横から覗き込み、同じく鉄の棒を見る。

 一見いっけん、何処にでもあるただの鉄の棒だ。円柱えんちゅうで八十センチほど。握りに使うためか布が巻かれているだけで、これと言って変なところはない。

 しかし、これは霧を切り裂いた。

 キョウは信じられない様につぶやいた。

「こんな物で………こんな単純な物で、霧が切れるのか?」

 キョウは悔しそうに呟く。

 試した事がないが、もっと早く鉄の棒で霧が斬れると解っていれば、霧の被害はもっと少なかっただろう。

 そんなキョウに対して、リオは誤解ごかいを解く。

「キョウ、ここを見て。溶接ようせつしてるでしょ?」

 リオに指差された鉄の棒の先端せんたんを見る。

 確かにその部分だけは、鉄をかしたような後があった。

 しかし、細かくて綺麗で、よく見ないと直ぐには解らない溶接ようせつのあとだ。かなりの腕を持った者が加工かこうしたのだろう。

 手先の器用きようなライマ共和国の人々でも、これ程のすぐれた技術は持ち合わせていないだろう。

「これは多分ね、六次元の物質を、この次元の鉄でコーキングしているの。六次元の物質を加工出来ないから包んだのね。でも、ただの鉄なら六次元の物質はすり抜けてしまう。どういう技術だろ?」

 キョウはリオの回答に頭をひねった。

 リオの言っている意味が解らない。しかし、キョウにしてみれば、そんな理由はどっちでもよく思えた。

 何がどうあれ、霧を斬る武器がある。それだけで十分だ。

 一刻いっこくも早く、この武器を量産りょうさんしてほしかった。これさえあれば、世界中で何万の人が助かる。

 しかし、女性はリオの答えに驚きの目を見せた。

「お前、………分かるのか?」

理屈りくつだけならね。だけど、どうやって六次元の物質を、鉄に閉じ込めるか解らない」

 女性は「すごいな」と呟き、鉄の棒の説明をしだした。

「これは鉄じゃない、正確にはネオジュウムと言うレアアースで、希少価値きしょうかちの高い鉱石こうせきだ。まっ、簡単に言えば磁石じしゃくだな」

 彼女の説明を聞いたリオは、鉄の棒を眺めたまま、黙り込み考えている。彼女はその行動に、無駄なことだとリオを眺めた。

 磁石じしゃくと言っても磁場じばだけでない。電気の電場でんばも一緒に考えないと答えは出ない。しかしそれは、素粒子そりゅうしレベルで考えないと、理屈りくつは解らない答えだ。

 リオはうなりながら、独り言のように答えた。

「磁石だったら、方向性の問題かな。縦、横だけでない、力のの方向性が三本あったと仮定したら答えが出そうだけど………駄目、解らないや」

 女性は驚き目を見開いた。

 高次元による第三の輪の想定。少しぐらい物理に詳しくても、今の解答は出ることはない。

 キョウは慌てて二人の会話の間に入る。

「リオ、原理げんりはいい。それより、これは何処で手に入れた? それとも、自分で打ったのか? これが有れば人々はもっと助かる。頼む、教えてくれ!」

 あせるキョウをリオは止める。

「キョウ違うよ。これはこの世界の技術で無いの。私達の今の技術ではこれは作れないよ。それに、ネオジュウムと言う鉱石は聞いた事もない」

 リオの説明に、キョウは信じられない顔をしていた。

 作れないと言っても、現に目の前にある。有るものが作れないはずがない。作り方を聞きもっと世界に広めれば………。

 そこまで考えて、やっと前のリオの話を思い出した。

 霧は同じ次元の物質なら斬る事が出来る。しかし、今の世界の技術では、その物質を加工することは、出来ないはずだ。ならばどういう事だ? 世界の技術が、その次元の物質を、加工出来るまで一気に伸びたとしか考えられない。

 キョウは技術に関しても理解がりないのでそう考えた。しかし、リオには解る。技術は理論りろんなしではすぐには伸びない。その技術は後何十年経たないと、この世界には追い着けない技術だ。

 すなわち、オーバーテクノロジー、そして、そこからうかがえる真実。

「あなたは、向こうから来たのね」

 リオの問い掛けに、キョウは驚いた様に女性を見る。女性はあっさりと認めた。

「あぁ、そうだ」

 肌の色や、髪の毛の色、体の特徴にもキョウ達と変わりは無い。一目で見たところで、何処の国の人間か、何処の世界の人間か解らないはずだ。それを、リオは鉄の棒一本から読み取った。

 リオは当然の様に頷くと、真顔に戻って彼女を見た。

「そう、なら、――――あれを閉じるために来たの?」

 リオの問い掛けの意味が、キョウには解らない。閉じるのは自分達で、他に閉められる者が居るとは思わない。

「………っ」

 彼女はバツの悪そうに顔を背ける。

 きっちり話せば長く掛かるし、真実を語って、自分の命の危険が無いのか考える。

 さらに、リオの追及ついきゅうは続いた。

「教えてくれませんか。私達はあの装置そうちを止めたくてここ来たの。あなたの話を聞かせてください」

 キョウはきびししい瞳のまま女性を見る。

 内容が解らないので、今はリオに任せておいた方がいいとんだのだろう。

 女性は真剣な瞳で、しばらくリオを見ていたが、直ぐにあきらめたように溜め息を吐いた。

 リオの言葉は、射抜いぬく様に正確に答えをしていた。

「お前の言う通りだ。私はあれを閉めるために来た。だが、それはお前には無理だ」

 簡単に答える女性に対して、リオは大声を上げた。

「どうしてですか! 私は理解しています。重力をシステムとした装置ですよね? あれはあなた達の方から開いた。なのに、あなた達は閉めない! だから私が閉めます!」

 リオの台詞に、キョウはおどろきの表情を浮かべる。

 そんな話は初耳だし、セリオンの記憶にも無い。確かにあの時、イップ王女が開けたはずだ、セリオンもあの場所にいた。

「あなた達が開けた? リオ、あれはイップ姫が開けたわけでないのか?」

 にわかに信じがたいその事実は、キョウの胸に激しく食い込んだ。

 リオは女性を見たままキョウに頷く。

「キョウ、そうなの。黙っててごめんなさい。………でも、あれを開けたのは、向こうからよ。イップ王女は気付いてなかったけど」

 リオの台詞にキョウは力が抜けていくのが解る。

 瞬間的にキョウの頭の中に二つの感情がよぎった。

 一つは良かったと言える安堵感あんどかんだ。

 イップ王女は、自分自身が考えていたようなつみは無く、彼女がそれを開けて、世界が霧に包まれたのでは無いと言う喜び。

 もう一つは、あそこまで国を想い、国民の事を考えたのに対して、失敗していたと言う残念な思い。結果として、開けなくて良かったが、これでは何の為にイップ王女が頑張っていたのか解らない。

 しかし、それでも、今は良かったと思いたい。せめて、イップ王女が生きている時に、知りたかった内容だが、リオが気付いているなら同じことで、これで良かったのだ。

 キョウは、悩んでいるように眉間みけんしわを寄せ、喜んでいるように口元をゆるませた、複雑な表情をしている。それを横目に、リオと女性の二人の会話は続いていった。

「あぁ、それも合っているがもっと単純なことだ。………お前、パソコンが使えないだろ?」

「パソコン?」

「だろ、だから無理なんだ」

 女性に言われた意味が解らず、リオは黙り込む。

 内容的には、彼女が言っているのは、多分だが閉めるための動作だろう。しかし、それならレナ姫が言った通り、二万七千の言葉は要らなかったのだろうか。

「教えて下さい。そのパソコンとは何ですか?」

「教えてくれと簡単に言うが………」

 彼女は困ったように言葉をにごす。今ここで、パソコンがどういった原理の物か説明しても意味がないし、かと言って、操作を教えるにしても、現物が無いと教えにくい。

 しかしと、彼女は考える。

 今の自分の現状は、このまま行っても好転こうてんはしないだろう。

 ならば、簡単に鉄の棒の内容を当てたリオなら、何とか成るかも知れない。心境しんきょうとしてはわらをもすがる思いで、現実的ではないのだが。

「解った。ただし、お互いの解っている所まで話してからだ。そっちが、私のしたいことといちじるしく違ったら、教えない。それでも良いか?」

 解ったと頷き、リオは彼女に鉄の棒を返した。

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