第27話ユキナの世界 3
キョウ達はお昼ご飯を取るために、開けた場所に出る。
この場所なら遠くまで見渡せるし、霧が来ても、暗殺者が来ても
キョウは森から、乾いた
ユキナ・カミザキが彼女の名前だった。
年齢は、二十七歳。本人は「日系だがアメリカ人」と言っていたが、リオやキョウには解らない。アメリカとは聞いたことの無い国だ。考古学で博士号という称号を持っていて、ほかにも簡単な物理知識も、この作戦には必要不可欠なので持ち合わせているみたいだ。
ユキナはリオから、焼きしめたパンを受け取り、礼を言ってから口にする。
「カンパンみたいだな。………とにかくだ、私から言えるのはここまでだ。まずはそっちから話せ」
ユキナは淡い期待を胸に、リオに話を振る。科学も未々
リオは、キョウから塩味の薄いスープを受け取り、熱そうにふっーふっーと冷ましてから話をしていく。
キョウとリオには、王国ファスマの姫と騎士の記憶が有り、その記憶では、その装置を使い空間に穴を開けた事。
そこで、空間に空けた穴と、六次元が
信じがたい内容だが、ユキナにはリオの頭がいい理由が解り、納得をした。
これなら期待は持てる。
スプーンを振りながら話をしている、リオの言葉を聞きながら、パンをスープに
リオは二万七千の言葉に、まるで触れていない。隠しておきたいのだろうか。
たぶん、何か考えがあるのだろうと、勝手に納得して口を
リオにしてみれば、二万七千の言葉は、気安く話せる内容ではない。駆け引きの最大の場所でもあり、同じく最大の
ある程度の予測はつているのだが、二万七千の言葉の確実な用途が解らないためだ。
「だから、私達はここまで来たわけ。まぁ、私達は何を言われようが、このまま王国ファスマまで行くけどね」
力強いリオの言葉に、キョウは口元を
リオの話を聞いたユキナはしばし黙り込み、
リオ達の話は解った。例えユキナが居なかった所で、リオ達は王国ファスマに行き、あれを閉めようとしただろう。閉まる閉まらないは別として。
しかも、リオもキョウも、一時は自分達があれを開けたと思い込んでいたことから、ユキナを責めてこない。そこがユキナの一番の心配所だった。
どこの世界でも居るものだ、自分は何もしないくせに、他人ばかりを責める者が。しかし、この二人は大丈夫だと考え、ユキナは自分の話をすることにした。
「解った、こっちも話すよ。ただし、難しい話しは飛ばして、簡単に話すからな」
ユキナはまずは断りを入れる。
リオは頷くと、ユキナは水筒の水を飲んでから話し出した。
それは、この世界でない、別の世界の物語。
「あの装置の名前は、空間輸送システムだ。リオの言った通り、重力を使う装置になる。私達はその装置を使い、
ユキナの世界が、空間輸送システムを使うのは、宇宙開発の為であった。
世紀が進んでも、アルバート・アインシュタインの相対性理論をくつがえす理論は出来なく、そのため、光速での移動は不可能な技術と結論された。
しかし、太陽系を離れようとした時、それはどうしても大きな
そこで目を付けられたのが、ブラックホール、ホワイトホールに並ぶ、ワームホールの存在である。
この辺りの話しはユキナは詳しくなく、システムに関しても原案は遺跡から発掘した装置らしいが、
ここまでが
もともと物理は専門外だ、詳しい話をする時は思い出しながらなので頭を使う。
そんなユキナの話を聞いて、キョウはげんなりした顔をしていた。
まずは何から何まで解らない。昔イップ王女が好きだった物語みたいに、現実には有り得ない出来事にも思える。
今のユキナの話でキョウが理解できたのは、技術の進んだ違う世界からユキナが来た事だけだ。宇宙など想像もつかない。
しかし、リオはもっと理解したのだろう。瞳を輝かせ、鼻息を荒くして、身を乗り出して話を聞いている。その様子からして、今までの疲れは取れ、元気が戻って来たのだろう。
キョウはそこだけは嬉しかった。
「ねっ、ねっ、ユキナ、相対性理論って何? 光がどうのこうのって、もう少し詳しく!」
「長くなるから後だ。それに、今は関係無い」
リオの提案を、アッサリとユキナは切り捨てる。
ここからは現代進行形の話になっていく。話はそれでも古く、五十年前からだった。
五十年前にあの装置、空間輸送システムは完成していて、何度も実験を繰り返していたらしい。そして、その星を見つけた。
そう、知的生命体の住む星。
キョウ達の星だ。
ここでもリオの読みは当たっていた。ユキナの世界の人々は、何度かこの世界と
しかし、
最初は数分で、研究が進むたびに、どんどんとその時間を延ばしていったが、最高でも三ヶ月だったらしい。
しかも、困ったことに、細かい
ユキナの世界の人々は考えた。その
しかし、王国ファスマの人々は、ユキナの世界の人々が、こちらの世界に攻め込む作戦と考え、なかなか建設しなかったのである。
そのため、ここからはしばらく計画が進まないまま、三十年ほどの時間が
そう、今から十八年前までだ。
その間にユキナの世界の人は、エネルギーを安定させるために、核融合炉をこのシステムを建設していた。
原子炉よりも燃料がいらず、安定した核融合炉。これが間違いの元だった。
起こってはならないことが、起きてしまった。
空いた空間の穴と、六次元が
しかも、今回繋がったのは、核融合炉が存在するので、エネルギーは十分にあり止まることはない。ユキナの世界の人々は、止める事を考えて、建設して居なかった。
予定通り、空間輸送システムは、王国ファスマに建設されたシステムと共鳴して、王国ファスマの地下で開いた。共鳴なので、王国ファスマ側にエネルギーは必要としない。
このとき、有り得ない
太陽や他の惑星の動きから、空間輸送システムを動かせたのか、
理由が解らないので、ただの
ちょうど、ユキナの世界の人々が、空間輸送システムを使うのと、イップ王女の
ここから、イップ王女の悲劇が始まった。
ユキナはここまで話してから、キョウがくれた味気ないスープに口を付け、口に合わなかったのか顔をしかめた。少しだけキョウはムッとする。
リオは黙って話を聞いていたが、
「どうして失敗したの? 今までは成功してたのでしょ?」
リオの問い掛けに、ユキナは頷く。
「私は、その時期は加わっていないから、聞いた話だぞ。………これは
「
「あぁ、本来なら、空間に
リオはパンを持つ手を止めて、ユキナの話を真剣に聞いている。キョウはすでに話に着いていけず、詳しい内容は二人に任せ、周りに警戒を向けていた。
リオは
「
「十のマイナス二十五
「十のマイナス二十五乗ってどれ位?」
「そうだな、大体、電子が十のマイナス十七乗だから、電子より小さい」
「電子って?」
「素粒子の一種だ。分子、原子の元で、それ以上、分解できないのが素粒子。素粒子を形作っているのが超ひもだ。………話が
リオにしては、その話は自分の考えている理論の完成形で、もっと詳しく教えてほしいのだが、渋々と口をふさいだ。たしかに話からは、大きく逸れてしまう。
「しかし、空間を
ユキナは元より物理学者で無いので、説明は上手くないのだが、リオは自分の
ようするに、空間を
ゼロはぴったりくっついた成功した開き方。それに対して無限は隙間が出来た開き方。無限の隙間は空間の距離に関係無く開いている。簡単に言えば、最初の隙間は一センチで、直ぐに長くなった。
「隙間の正確な長さが解らないが、
「ハイゾーン、ようするに六次元の空間のことね。そこで六次元の物質を採取したって訳か」
リオの
「しかし、一番最悪なのは、そのズレが私達の世界の方でズレてしまった事だ」
ユキナの台詞に、リオは目を大きく広げ驚く。
「じゃ、操作する場所が、私達の方に来ているの?」
リオの台詞にユキナは頷く。
「それだけでない。エネルギーを作る核融合炉も共に来ている」
それでは、ユキナの世界の方から、空間輸送システムを止めることが出来なく、空間は空いたままだ。しかも、その話からすれば、ユキナの世界の空間の穴はかなり大きい筈だ。こっちの世界より被害は大きいだろう。
「私達は空間の穴を止めたかったが、操作室もエネルギー施設もハイゾーンの向こう側だ。だから、霧を斬れる武器を作り、三ヶ月前に、操作室までの突入隊が結成された」
リオは次のユキナの台詞が解った。
「――――失敗したのね」
ユキナは苦しそうに頷いた。
彼女は三ヶ月前に、その
「学者、技術者合わせて五名。軍人四十五名………私を残して全滅だ」
ユキナは唇を噛む。
キョウは今までの話は解らなかったが、そこだけはハッキリと解った。
ユキナが見てきた所は、本当に地獄だったろう。ちょうどイップ王女とセリオンが居た、あの王国ファスマの地下と同じだ。キョウにしても未だに脳裏に焼き付いている。
リオは厳しい顔をしてから、不思議そうに聞いた。どうしても
「ハイゾーンの空間には何が在ったの?」
ユキナは重く首を横に振った。
「何も。………歩けるから、床らしき物は有ったと思うが、上手く言い表せない。………暗くて明るいとしか、私たちには理解出来なかった。ただ、霧は多く、とてもじゃないが対処できなかった」
リオは納得をしたように頷いた。
この世界で生きている者は、時間は見えないので、三次元を見る目しか持っていない。だから、ハイゾーンの六次元は見ることが出来ないのだ。しかし、現実にはたしかに物質は在るはず。だから、そこからユキナの世界の人達は、ハイゾーンから物質を持ち帰り、十八年掛けて、霧に
「私は一人生き残り、帰る事も出来ずに、とにかくハイゾーンから逃げるため、こちらの世界に出てきた。第二部隊が来てくれるかもしれないと、穴の近くで待っていたが、一週間経っても表れなかった。だから、もう、どうして良いのか解らなくて、色々な場所を回っているのだが………」
ここまで
当たり前だろう。霧の
一人で不安に耐えてきたのだろう。そして、自分の話をすることにより、心の
ユキナは指先で、何度も何度も涙を拭いていたが、もう限界だった。「帰りたい」と呟きながら、子供の様に泣き続ける。キョウには掛ける言葉が見つからなかった。
「――――帰れるよ」
その言葉にユキナは顔を上げる。
リオの真剣な、自信に満ち
「私達はあれを閉める。それなら空間が元に戻るから、ユキナは帰れるでしょ?」
全く違う世界で、自分達よりも科学力の
少女の瞳がそれを語っていた。
ユキナは、涙を溜めたまま、大きく目を見開いてリオを見つめていた。
リオは未来を信じているから。
その表情で、リオはやっとユキナが隠している内容が解った。
「そっか、ユキナは止める為のパスワードを知らないのね」
その言葉に、ユキナは悔しそうに頷いた。
「………その通りだ。私は元々、こちらの世界の言葉が上手いことから、こちらの人間とトラブルが起こった時の、交渉役に選ばれた。だから、システムの内容は
暗くユキナは言葉を返した。
パスワードを知らない、止め方も解らないユキナは、帰る事も出来ず、一人この世界にやって来たのだ。
リオは笑顔で、ユキナに頷いた。ユキナも泣き顔のまま頷き返す。
――――怖かった。
誰かに頼りたかった。しかし、誰も居ずに独りで不安と戦い続けた。こんな幼い少女にですら、しがみつきたかった。
リオの隣でキョウも頷いていた。
「ユキナ、一緒に行こう。私達で閉めようよ。それで、ユキナは私に閉めるための知識を教えて」
ユキナは声には出さなかったが、何度も何度も頷いた。
ユキナには断る理由は見つからなかった。
三人はかたづけを済ませ、立ち上がると、次の国アイストラ王国を目指して歩き出す。再び霧や、霧に乗っ取られた物と出くわすが、今の三人には敵ではなかった。
霧に乗っ取られた物は、キョウが切り裂き、リオが魔法を使い倒していく。そして、霧に対しては、ユキナが直接に霧を斬り捨てていく。
ユキナが一緒に旅をしてくれているおかげで、霧に対しての恐怖心が無くなった。
キョウは暗殺者に対して、警戒も切らして居なかったが、先程の疲れはもう無かった。
残りは一つだけ。
「リオ、行くのはいいが、パスワードはどうするんだ? 私は知らないんだぞ」
「うん。少し思い当たることがあって、――――ユキナは二万七千の言葉って聞いた事が無い? 私はこれがパスワードと関係あると思うの」
リオはやっとその言葉を口にした。
意味が解らない、二万七千の言葉。
リオはゆっくりと二万七千の言葉を語っていく。
リオの考えが正しければ、それこそユキナの世界の言葉で、パスワードかも知れない。しかし、ユキナは首を横に振った。
「それは、確かに私達の世界の言葉だが、パスワードではないはずだ。一般的に使われるパスワードとはそんなに長くない。長くても十から十八ぐらいだ」
「あれ?」っとリオは頭をひねる。
これこそが意味がある言葉と思っていたが、確かに言われてみれば不自然だ。
誰もパスワードに、こんなに長い文章は使わ無いだろう。では、やはりレナ姫の言った通り、意味がなかったのだろうか?
「それは、有名な物語の、ただのあらすじだ」
イップ王女やリオは、今の今まで物語のあらすじを、意味在る言葉として覚えていたのだろうか。
「あらすじ………ユキナ、その物語の題名は解る?」
「あぁ、不思議の国のアリスだが………」
そこで、ユキナはしばらく足を止めた。何かがユキナの
ユキナは再び何度も口の中で「不思議の国のアリス、不思議の国のアリス」と何度も題名を呟く。リオは物語の内容が知りたくてウズウズしながら待っていたが、その前に、ユキナがいきなりリオの方を向いた。
「ウサギの穴か!!」
「?」
物語を知らないリオは何の事か解らず、目を白黒させる。ユキナは一人、納得するように何度も頷いた。
「それだよ、それ。リオ、正解かもしれないぞ。その物語で重要なキーワードを、パスワードを知っている奴が何度も口にしていた。その時は意味が解らなかったが、そう言うことか。関連のある単語を使ってみれば、何とかなるかもしれない」
一人
閉められる。あれは、閉められるのだ。
「
「あぁ、閉められる。もう直ぐ、あれを閉められるぞ」
三人して喜び、アイストラ王国への道を急いだ。
その最中にリオは誰にも聞こえないように呟く。
「後はレナ姫との約束だけね」
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