第3話リオの騎士 1

二  リオの騎士



 一人の道のりは、やはり大変だった。

 あまりにも体力の無い自分の体を不便だと思う。記憶通りなら、二山ほど休まず歩けたはずだが、仕方が無いかと彼女は思う。

 何度か、霧に取り付かれた小動物との戦闘もこなしたが、数が少なかったから良かったものの、流石に多く集まられるとまずい。体力が持たないだろう。

 彼女は一人で行くと決めたのだが、本格的に誰かに頼ることを考え始める。

 一番良いのは、護衛として傭兵をやとうのが妥当だとうだが、数日分の宿代を考えれば、資金も余裕があるわけではない。さすがに危険な世の中だ、そう何度も野宿に頼るわけには行かない。

 しかしと彼女は思う。

 野宿すれば、資金に余裕も出る、その分に美味しい食事も取れる。霧ぐらいなら意識を強く持てばたいした物ではない。ハンモックを使えば大丈夫だろう。ただ、傭兵が嫌がらなければの話だが。

 彼女は決めたと、水筒のキャップを閉め、道端の石から腰をあげ、立ち寄るつもりの無かった、ティーライ王国に立ち寄る決意をする。どうせなら、セリオン並みの者が良いのだが、無理な話だろう。

 彼女はティーライ王国の、国境付近の領地に足を入れた。

 一ヶ月前、かなりの被害をこうむったと聞いていたが、流石は王国、回復は早い。国境に有るため、優先的にこちらを回復させたのか、人々は活気も取り戻し生活している。

 ティーライ王国の領地は形式上、村と呼ばれているが、規模的きぼてきに言えば町と言っても間違いが無いほどである。

 監視の役目も含めているのだろう、低地から高台にかけて町は出来ており、坂や階段の多い町だ。

 彼女は国境の門で、パスポートを取り出し、簡単な書類に記入してから、町に入っていった。

 まずは露店でリンゴを売っているおじさんに、傭兵を雇える場所を聞いてみた。おじさんはおかしな顔をしていたが、理由が解っているので無視する。

「あぁ、それなら飲み屋のマストロに相談すればいいが、君が雇うのか? 代理人とかでなく?」

「そうよ。それより、その傭兵は使えるの?」

「あぁ、この前の霧を止めたのも、マストロ達だ。騎士なんぞ、クソ役にもたたん」

 これは意外だと彼女は感心した。

 ティーライ王国と言えば伝統ある騎士の王国だ。なのに、その騎士よりも信頼がある傭兵とはたいしたものだ。

 彼女は飲み屋の場所を聞き、リンゴを一つ手に取ると代金を渡し、リンゴをかじりながら、町の中の地図を便りにその場所にやって来た。

 木製の年期の入った建物に、これまた、年期の入った店の看板が掛かっている。先程のリンゴ屋に聞いた名前と同じだ。

 飲み屋と言うなら、昼の二時にまだ客は来ていないと思っていたが、店中からは話し声が聞こえる。

 傭兵どうしの会話だろうか。彼女は店先に屈み、窓からこっそり中を盗み見する。

 依頼の内容を、多くの人に聞かれたくなかった為だ。

 中には二人の人物。

 一人は四十代の男。カウンターの中で料理でもしているのか、大きな寸胴をおたまで混ぜている。もう一人はカウンターに座っており、背中をこちらに向けているので顔が見えない。その人はカウンター内の男に、ブツブツと文句を言っている様子である。

 文句を言っていた人物は、カウンター内の男に何かを言われ、不貞腐ふてくされた様に横を向く。その時、顔が見えた。

 若い。

 まだ十代の少年のようだ。

 その横顔を見た瞬間に、彼女は目を見開き息を飲み込んだ。鼓動こどうが高鳴り、胸が張り裂けそうになる。頬をつたう、涙が止まらない。

 解る、それはきっと嬉し涙だ。

 彼女は立ち上がると、店を背にして、逃げるように町の中へ駆け出した。

 逃げ出す必要はないが、彼を見た瞬間に、後悔や、口に表せない複雑な感情が心に現れ、どうしてもあの場には居られなかった。全くもってむしゃくしゃする。こんな気持ちに成りたくない。

 傭兵を雇って、直ぐにティーライ王国を後にする予定が、完全に狂った。

 その日の日中にっちゅうは何も手につかず、考えもまとまらないまま、ボーっと町の中やぶどう畑を見て回った。

 それでも時間が余り、感情を誤魔化ごまかせようと、町の中の人々と色々な話をした。ほとんどが一ヶ月前の霧が攻めてきた内容だった。

 夕方近くに安そうな宿を取り、軽い食事をとってから、冷静になるために眠ろうとしたが、眠れるはずもない。

 頭の中には、色々な場面が現れては消えた。

 情けない。もっとしっかりしなければ、目的を遂行すいこうできない。しかし心の中にある、記憶の本音が溢れ出す。

 出来ることなら、一緒に着いてきてほしい。どう言って切り出せば良いのか。やはり二人は、そういう運命なのか。

 そんなことばかりが頭に浮かぶ。

 違うと彼女は何度も頭をふる。これは古い記憶のせいだ。私は違う。

 結局、自分の答えが出たのは明け方で、少しだけは眠れた。



 次の日は朝一番に、マストロの飲み屋に向かった。

 元から覚悟は決まっていたし、大体、あの時は自分らしくない。一度決めた道だ。

 よしと、彼女は両頬を叩く。

 店に着くと、今度は窓から覗くこともなく扉を開けた。中に誰が居ようと自分は自分だ。

 有り難いことに、店の中には昨日の四十代の男が居るだけだった。

「すいません。マストロさんをお願いしたいのですが」

 少し眠くて声が小さかったが、ハッキリと言えた。

「マストロは私だ。どうかしたのか? 村民会そんみんかいの回覧板なら、そこのテーブルに置いていてくれ」

 マストロは、チラッと彼女を見ただけで、直ぐに顔を戻し作業に没頭した。夜に向けて、料理の仕込みでもしているのか、魚をさばいている。

「回覧板ではないです。傭兵を頼みたいのです。護衛として」

 マストロは、言われた言葉が理解出来ない顔で、今度はしっかりと彼女を見る。またしても理由は解る。

「君がか?」

「町の中であなたの噂は聞きました。騎士よりも信頼があると」

 彼女は服装や口調からして、王族の者や、権力者の子族しぞくでは無いだろう。それに、領地の事を町と呼ぶ時点で、この王国の人間ではない。

「あぁ、有り難よ」

 そう、一応礼を言ってから、マストロは首をかしげる。

「護衛といったら、命を狙われているとかか? それとも、この国以外の、どこかの国までと言うことか?」

「この国以外の方です。出来れば腕の立つ傭兵がいいんだけど、高いかな?」

 彼女は昨日の感情は捨て、ともかく前に進もうと考えた。護衛なら誰でも良い、記憶に振り回されたくない。

 マストロは少し顔を曇らせる。冗談の様にも聞こえるし、本当でも少し厄介だ。

「確かに場所にもよるが、他国までと言うと通常料金より上乗せさせてもらわないかん。それに、腕が立つと言われれば、やはり騎士に相談した方が良いかもな。村人が何を言ったか解らんが、ただの買いかぶりすぎだよ。傭兵は訓練している騎士になんぞかなわん」

 他国となると、傭兵でも本格的にやっている奴しか無理だ。かなりの金を積めば行きたがる奴はいるかも知れないが、彼女は普通の町人に見える。そこまで金を持って居ないだろう。それどころか、傭兵を雇う金も怪しい。

「騎士に相談しても、私の護衛をやってくれると思わないし、それに、他国まで着いて来てくれます?」

 マストロは自分で言ったが、それは無理な話だと思った。騎士は王族や国政に通じない、一般人の護衛はしてくれない。

「そりゃ、確かに無理だが、こっちにも居たかな?」

 マストロは頭を働かせる。たしかに色々なタイプの傭兵がいるが、騎士ほど腕が立ち、安くて、他国まで護衛に付き合うほど時間の空いている奴などほとんどいない。

 そこで、フッと一人の人物が頭に浮かんだ。

「あぁ、それなら、あいつが良いかもな。腕は現役の騎士並だし、いや、それ以上か。それに確か、最近学園も辞めたがって居るみたいだしな。あいつならピッタリだ。ただし、他国となると、本人に聞いてみないと解らんがな」

「その人は、料金が高いですか?」

 彼女はそこを一番心配そうに聞く。やはり、あまり金を持っていないのだろう。

「それも本人に聞かなきゃ解らん。料金の目安は私が決めているが、基本的には傭兵をまとめているだけなんだ。だから、料金も内容も本人次第にしている。契約したら紹介料は貰うがな」

 話を聞き、望みに近付いたのだろう。彼女の顔は明るくなった。

「だったら、その人物を丸め込めば、紹介料だけで済むのですね」

 笑顔のまま答える彼女に少し恐怖を感じるが、悪い人物には見えない。

「まー、そう言うこったな、上手く丸め込め。それから、そいつは学園生だ。学園が終わるまでしばらく待たなくては成らないが、構わないか? なんならこの店で待ってもらっても良い」

「本当ですか、助かります」

 彼女は笑顔をこぼすと頭を下げ、マストロの指示したカウンターのストゥールに座った。

「時間が有るだろ、まかないで良いなら飯でもおごるよ。それに、どうして傭兵が必要で、何処に行くのか興味もあるしな」

「有り難う。ただし、話すとなると変な話に成るよ。それに、誰にも言わないで下さいね」

 マストロは「もちろん」と笑顔で答えるが、彼女が語りだした内容に、笑顔がゆっくりと消えていった。

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