第2話滅んだ国 2
騎士養成学園でも、霧の情報は入っていた。
学園生達は
「我々学園生は城内を守る。各自武装して、各講師の指示にあたれ」
たしかにそうだろう。騎士養成学園とは言え、まだまだ経験の浅いもの達を危険な前線に送ることは出来ない。
しかし、キョウは直ぐ様、討伐に参加したい気持ちに駆り立てられていた。
親が騎士団長だからでなく、剣技に自信があったからでもない。
絶望としか表せない、記憶が頭をよぎるからだ。
前世の記憶とでも呼ぶのだろうか。まったく可笑しな話だ、自分が生まれる前に滅んだ国の、逃げまとう人々の姿が脳裏から離れない。
空は夜にもかかわらず真っ赤に染まっていた。誰かが魔法を使ったのだろう。所々で炎が燃え盛り、空を赤く染めているのである。霧に乗っ取られた人々は姿を変え襲ってくる。恐怖の余り、まだ霧に乗っ取られていない者を切りつける者まで居た。
そして、姿を変えた者に剣を振るい、人々を守れずいた自分を呪う。
隣を走るのは、少し左ほほを
解っている。
彼女がそれを開けたからだ。
彼女を思い出すと、胸が張り裂けそうだ。
キョウは頭をふり、記憶を払いのけた。
どうかしている。生まれる前の記憶などあるはずもない。ただの幻想だ。
キョウは素直に講師に従い付いていく。しかし、学園から城下町に出たとき、城壁の門が閉じられるのを目の辺りにした。まだ、外から人がなだれ込んでいるにもかかわらずだ。
キョウは思わず門に向かって走っていた。有るはずの無い記憶の、滅んだ国が閉める門と記憶が重なった。まだ町の中に取り残された人々の叫びは、
後ろでは講師が何かを叫んでいたが、耳に入らなかった。
霧の対処法として、城下町の民家に掛かっている、小鳥の鳥籠を三つ掴み取り走る。
門前に着くと、人々がなんとか門を閉じさせまいと、門番に詰めよっているところだった。確かに閉めるにしても、まだ早すぎる。
「お願いです。まだ娘が帰って来ていない。もう少しだけ、もう少しだけ待ってください」
「駄目だ! 直ぐに閉めろと上からの命令だ!」
門番の騎士が、上からの命令とするなら、命令したのは騎士団長バード・ニグスベール。すなわち父親。
何と浅はかな。
キョウ初めてニグスベールと言う名を恥じた。
「今、門を閉めれば霧に乗っ取られる者が出る!
周りの人々もキョウの叫びに、「そうだ! そうだ!」と
門番はキョウの制服を見て、騎士養成学園生と解ったのだろう。門番は騎士がいかなる者かを語った。
「騎士は
確かに門番の言っていることは正しい。キョウにも理解できる。しかし、その話を聞いても、周りの人々は門を閉じないでほしいと嘆く。それなら、間違っているのは他でもない、騎士団長のほうだ。
父親は会話こそあまり無いが、嫌いではなかった。
一代で騎士団長まで上がり、騎士を指揮する難しさは、キョウも解っているつもりだ。しかし、周りの人々の悲願を見て、そんな作戦を出す、父親が正しいとは思えなかった。
「解った、なら通してくれ。俺が何とかする。俺ならまだ騎士と呼べない、上からの命令を聞かなくてもいい」
確かに、霧の数も分からない、鳥も六羽しかいない状況だが、記憶が確かなら誰よりも対処は見えている。
後は何人が犠牲になってしまうかだけだ。
覚悟の決まったキョウは、闘志をみなぎらせる。ただの騎士養成学園生だと思っていた門番は、キョウの闘志に押されてか、一歩後退した。
「あっ、有り難いが、止めてくれ。まだ見習いに行かすのは気が引ける。それに、討伐用の小動物もこちらに届いていない。一人行った所で現状は何も変わらん」
門番の言った通り、小動物の数が問題だ。森に今現在、そこまでの動物達がいるか。しかし、誰かがやらねばならない。
「俺が行った所で、助けられる数はたかだか知れている。せめて時間を稼ぐから、騎士を集めるか、小動物を集めるかしてほしい」
そう言い残し、キョウは閉まる門とギリギリに、外へと飛び出した。
門の外には、人々が溢れかえり、その中をすり抜けて先を急ぐ。豊かなぶどう畑の風景が広がり、ここから最も近い領地に差し掛かるとき、ユラッと動く者と対峙した。
正直に早すぎると思う。情報がどこかで止まっていたのだろうか。
キョウは二つの篭をそばに置き、一羽しか鳥の入っていない篭を霧に向かって投げ付けた。本来なら、小鳥と霧が接触すると、霧は小鳥の中に吸い込まれ、小鳥の変形が始まるが、今回は篭が霧を突き抜け、ガシャンと音を立てただけだった。
キョウは目を見開き驚く。
生まれる前の記憶で、キョウは幾つもの霧と対峙してきたのだ。余り知られていないが、中にはこういうタイプの霧が存在する。大きさの問題からか、小動物や小鳥では変形が見られない。大型の動物や人間のみ変化する。しかし対処法は同じだ。
意識を強く持つこと。
ただ、今はどう足掻いても倒すことは出来ない。無理だと解っていても、思わず構えを取ってしまう。
キョウはいつもの、右手の剣を肩に担ぎ、左手を前に差し出す担ぎ構えをとった。
肩に担いでいる剣は愛刀で、バスターソードまでいかないが、大振りの片刃の剣である。
霧は引き返すように、スッーと後ろに向かい遠ざかっていく。その移動は早い。
今の行動は解らない。何度も対峙している記憶にも無い。ただの気まぐれに見えるし、まるで
城に向かわないなら構わないと、キョウは剣を腰に戻し、篭を拾い走り出す。
途中の村で無断に馬をかり、三十分ほど走って近付いた国境の領地では、今まさに攻防が展開していた。キョウは馬を降りると、馬を城の方に向かせ尻を叩く。馬に取り付かれると大きくて厄介だ。
そこからは自分の足で走り、村の中に入ると階段を駆け上がる。この村は坂が多い。
建物の角を回り、さらに階段を上ると、すぐに霧が現れた。キョウは霧に篭を投げつける。今度は篭の中で、ビキビキと音をたて、小鳥は球体に変化していく。
「すまん」
キョウは一言謝ると、いつもの構えから
霧に取り付かれた物は、その姿によってもそれぞれ対処法が違う。
キョウは人々が逃げて来る方向に逆らい、攻防の元に駆け寄った。
「領地主の屋敷の方へ走れ! あそこなら壁が高いし、屋敷も丈夫だ。出来るだけ人々を収容したら、騎士団がくるまで鍵を閉めてたえろ」
指示しているのは傭兵たちだ。騎士では動かない事態を金で解決する。騎士が足りないときも、金で国に雇われる、騎士にはなれなかった者たちだ。今回は金で雇われたとは考えにくいが。
「手伝う!」
キョウは四体目の変化した小鳥を斬りつけ、傭兵に声をかけた。残りの小鳥は後二つ。
「助かる。しかし、村の中に小動物はもうない。近くの村に行けば軒先にまだいると思うが」
キョウは間近の二つ霧に篭を投げつけ、キョウと傭兵がそれぞれを斬りつける。
「こっちも今ので最後だ」
「数人で取りに行かせよう。ここは意識の強い者だけが残り、すでに取り付かれたものだけを相手しよう」
「国境警備の騎士はどうした?」
「数人は城に報告に行ったまま、まだ戻らない。他ははぐれて解らないが、まだ村の中で戦っていると思う」
その返答にキョウが口を開きかけた時、村の中の階段の下から、一人の人間が歩いてきた。
頭の左側から、体が真っ二つに
傭兵はあからさまに顔をしかめた。
「………妊婦か」
いくら心が強くても、心が折れる時がある。これも霧の被害の多い点である。
キョウは一歩踏み込み、袈裟斬りに剣を振り下ろした。
「後悔なら後で死ぬほどしてやる! 今は生きている者が大切だ!」
まるで自分に言い聞かせる様に叫ぶ。隣で傭兵が頷いていた。
「確かにそうだ。俺はマストロ。お前は?」
「キョウ」
現在恥じている、ファミリーネームの方は
「よし、キョウ、ドンドン行くぞ、皆も恐れるな! 意識をしっかり持て! 直ぐに騎士が来るぞ、それまで持たすぞ!」
マストロ叫んでからしばらく経ち、霧たちは徐々に城の方に流れていく。他の村から持ってきた小動物で、国境の村は終息に向かった。
キョウとマストロ達は霧を追いかけ、同じような手立てで、幾らか残っていた騎士達と共に霧の討伐を進めていった。
そして、四時間後。
城の最も近い領地に着いたとき、多くの犠牲と共に、やっと本当の終息が見えてきた。皮肉な事に、何人もの傭兵や騎士達が、心を折られ変化するのも一役かっている。後は五十を下回るだろう。
しかし未だに門は閉じ、城下町の騎士達は現れなかった。
キョウ達残されたものは小動物待ちで、霧と対峙しているが、双方手出し出来ぬまま、時間だけが過ぎて行く。このままでは、外壁の近くの城に入れぬ者が多く死ぬ。少なくても五十人近くだ。
しかし、小動物は未だに集まらない。キョウ達はブドウ畑を右手に、手出し出来ない霧たちと対峙したまま進む。
霧はとにかく早い。走って追いかけなくてはならない。そして、ついに目の片隅に外壁が見え始める。
そこにやっと一人の傭兵が、他の村から戻って来たが、届いた小動物は二匹だった。
キョウは痺れを切らし、近道をして先回りし、門を開けるよう悲願するが、先程から閉まった門は、霧たちが近くにいる恐怖心から、さらに重く成ったのは言うまでもない。開かない門の前の人々に逃げるように指示するが、中に入れば助かると思い込んでいる人々は、思う様に逃げてくれない。
キョウは覚悟を決めて、霧に向かい構えを取った。
「みんな頼むから、意識をしっかり持て!」
キョウの願いに似た叫びが、夕焼け空に
結局は、門が開いたのは、全ての悲劇が終わり、一時間以上もたった後だった。
城内の騎士は一人として命令を破らなかった。
少なくなった傭兵たちとキョウは、霧に変化した者に傷つけられた人々の、応急処置を続けたが、ひどすぎて手の施しの無い者もいた。
「もう霧がいないので、治療を手助けしてほしい」と、門に向って何度も叫ぶが一向に返答もなく、城下町に入って治療を受ければ助かる者を諦めた後に、やっと門が開いた。「大丈夫か」の遅すぎる声と、完全武装の騎士たち。
もう助けは要らなかった。
一週間前にそんな事があり、そして現在。
キョウはニグスベールのファミリーネームを嫌い、ティーライ王国の騎士にたいして疑問を持ちはじめていた。彼は木製の剣をほり投げた後に、残りの訓練そのままにして、城下町を出て馬をレンタルすると傭兵の集まるマストロの場所へ向かった。
あれ以来、マストロとは気が合い、何度も顔を会わせている。マストロは建前上と、頻繁にない傭兵業のため、飲み屋をやっており、キョウも傭兵に登録している。未だに傭兵の仕事をしたことはないが。
キョウは挨拶もそこそこに、マストロの傭兵を派遣する飲み屋に足を踏み入れた。
そこに彼女が居た。
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