第9話魔法と科学と過去 3

 空にかげりが見え始めた夕方、二人はようやくリトルラーニ到着した。

 直ぐに船の出発時間を調べると、最終便までまだしばらく時間が有ったので、二人は船乗り場の近場で食事をとることにする。

 流石は観光地、海の幸満載でリオは大喜びだ。

「キョウ、この海老見て! こんな大きいの食べたこと有る?」

「見たことも無い、それよりこの魚食べてみろ、焼いているだけなのに、すっごい旨いぞ。やっぱり新鮮だからか」

「ほんとだ。すっごいおいしい!」

 二人は久しぶりに気を抜いていた。ここから法国オスティマ本国までは比較的安全な船旅だし、足も休ませられる。

 食事を済ませた二人は、まだ時間が余っているので、リトルラーニを見物することにした。

 二人は海が見渡せる場所にやってくる。

 港には、漁の船や定期便の船、大小いろいろな船が停まっており、その周りで人々が仕事をしていた。春先なので浜辺の方には人が居なく、波の音だけが静かに聞こえている。海原には遮るものが無く、遠くまで見渡せる。ずっと向こうの方に、帆を張った船がたたずんでいた。

 穏やかな時間が過ぎていく。

 この風景を見ていると、世界は綺麗だと思う。大戦は愚かな行為だったし、大戦が終わった今、人々はもっと幸せに成るべきだった。この浜辺も人が溢れるぐらいの観光地に成るはずだった。

 たった一人が壊した現実。

 キョウにはそれを責める権利はないし、止められなかった責任もある。

 俺とリオは霧を止める。そうしたら、皆で止まった時間を取り戻すんだ。

「ねっ、キョウはさ、お父さんが騎士団長だから騎士を目指したの?」

 二人して共に浜辺を見ているとき、不意に海を見たままに、リオが話しかけてきた。

 思えば記憶で過去の事は知っているが、今のお互いの事は何も知らない。

「いや、目指すとかでなく当たり前に思っていたんだ。兄貴も騎士養成学園に行っていたし、俺も行くんだろうなって。当たり前に騎士に成ると思っていた。でも、たとえ騎士に成らなくても、剣にたずさわっていたかもな」

 キョウはリオの横顔を見る。何だか嬉しそうで辛そうな複雑な表情をしている。

「リオはライマ共和国でどうしていた?」

「私? 私は普通に学校に通ってたよ。ただ、勉強において、他の子より理解は早かったかな。………私のお父さんはね、学者なの。小さい時からずっと、お父さんのしていることを見てきたから」

 なるほど、リオの頭が良いのはそう言うことか。

「お父さんはこれから教師になる人に、化学や物理を教えていたの」

「なぁ、さっきも言っていたけど、その化学や物理って?」

 キョウの行っていた騎士養成学園にも学問は有ったが、どちらかと言えば剣術や作戦、歴史などがメインで、その他の学問は少ない。

「キョウの行っていた騎士養成学園には、理科はあった?」

「あぁ、初等部では有ったな。あと中等部から急所を知る為や倒す為の生物も有った」

「ちょっと違うけど、その理科が科学。科学を詳しく割ったのが、生物や化学や物理。簡単に言えば物理はその物を知る学問。例えば石は何で出来ているか考えみる。二酸化珪素、カルシウム、鉄、そんな物から出来ている。それをさらに小さくして行く。今解っているのは、物質は全て分子で出来ているって所まで。私が思うに、分子ももっと小さい物で出来ているはず。その辺りはまだまだ調べなきゃ駄目だけどね。そして、化学はその物質の変化を見たりするもの。火が燃えるのも化学変化で、燃える物質と酸素が結びつき、熱と光を出している」

 リオはキョウでも解るように、簡単にして話しているのだろう。しかし、キョウには言っている事は解るが、内容までは想像が出来ない。だが、話の腰を折るのが嫌で曖昧に頷いておいた。

「まぁ、お父さんも学者だから色々調べたり、実験もしていたけど、化学や物理以外に霧についても調べていた。多分………私のお母さんが居ないことに関係してると思うけどね」

 リオは、自分の気持ちを隠すために、軽く言ったつもりだろうが、今度はキョウにも言っている意味が解り、目を見開きリオの顔を見た。

「………霧のせいか?」

「多分ね。お父さんは言わないけど、私のお母さんは霧にやられたと思う。私の小さい時だから記憶も無いの」

「………そうか」

 キョウは何も言えなかった。なぐさめの言葉すらも。

 なんとも複雑な思いだろうか。

 もちろんリオみたいに、親が霧に変化させられ、両親が居ない子供は多く居る。孤児に成った子供も多いだろう。それは世界では当たり前の出来事だ。しかし、リオは霧の発生の原因、イップ王女の記憶が有る。

 前世をいくら否定しようが、リオは母親が、自分のせいでそう成ってしまったと思えるだろう。

 それは、どれ程の苦痛かキョウには計り知れない。

 この小さい体で何処まで耐えてきたのか。

 キョウは思わずリオの手を力強く握った。そうしないとリオが崩れて行きそうに思えたからだ。

 リオにはキョウの優しさが解ったのか、少し驚いてはいたが手は離さず、恥ずかしそうに頬を赤らめながら、優しく握り返す。

「まぁ、仕方ないけどね。それに、私にはお父さんもいる。今は私だけの騎士もいる。寂しくないよ」

 そう言ってキョウを見て笑った。リオは気遣って言っているのだろう。その優しさが辛かった。

「なら良い」

 キョウも優しく答える。

 また一つ、リオを守らなければいけない理由が出来た。

 リオはさらに話を続ける、彼女は徐々に真剣な顔付きに成っていく。

「それに私はイップ王女の記憶があったから、お父さんの研究を手伝い、有ることにたどり着いた」

「――――閉め方か?」

 キョウはリオを覗き込む。リオはキョウを見て頷いた。

「そう。それにそのシステムも。これは予想だけど、今は作った人より私の方が遥かに理解している」

 リオの自信の有る言葉。これは本当だろう。しかし、次の言葉はキョウも耳を疑った。

 リオは顔を歪めた。

「ただ、あとワンピースなの。それが解れば全て埋まる」

「………リオにもまだ解らない事があるのか?」

「えぇ、出来れば法国オスティマ本国の図書館で、ヒントがあれば良いけど」

 それが、リオが法国オスティマに寄る答え。しかし内容は教えてくれない。それが何なのか今のキョウには理解出来ないのだろう。

 その状況で王国ファスマに向かって、大丈夫なのだろうか? それにイップ王女は何にしっぱいしたのか、近くにいたセリオンも知らない。二万七千の言葉だけでは無理なのだろうか?

 あの時失敗したのは、パスワードが間違えたからだとキョウは思っていた。二万七千の言葉、一文字でも間違えたらダメなだけだと。

 解らない。まだまだ俺では力になれない。

 リオにも解らないなら、俺が悩んでも仕方ない。それに情報が少なすぎる。

 キョウはあきらめて、リオは声をかける。

「そろそろ時間だ。行こう」

「うん」

 そこでキョウは手を離そうとするが、リオは顔を下に向け、力を入れて離せない。

「?」

 リオは下に向けた顔を上げると、焦りながら早口で答えた。

「あっと、めぇ、命令です! わ、私を船場まで、エスコートしなさい!」

 夕焼けのせいかリオは顔が赤い。これからの旅、法国オスティマを抜けると、ゆっくりする時間も少ないだろうと思う。少しぐらい楽しんでも罰は当たらない。

 キョウはそっとリオの手を離し、彼女の方を向いた。

「あっ………」

 リオは手を離されたので、寂しそうにキョウを見る。

 キョウはリオの前に片膝を付いて、その離した手を差し出した。

「リオ姫様、御手を御借りすることを御許しください」

 キョウは騎士らしく挨拶する。

 リオが言った、私の騎士と。それなら彼女の騎士らしく在りたかった。

 そこでリオも解ったのか、まんべんな笑顔を表せる。

「ゆっ、許して遣わす」

 わざと芝居掛かった台詞を残し、リオはキョウの手の上に、自分の小さな手を置いた。

 キョウには、今はこの手を守ることが精一杯だった。

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