第3話続きまして
「えー………続きましてェ………」
知らない女子が俺の新居で漫才をやっている。
しかも続いている。
今、現在進行形かよ!
「ショートコント、『女子サッカー』」
「なぁ、ゆうめはん、この前テレビサッカー見たかいなー」
「見たよ、見た見た。録画してCMカットまでバッチリだよ。日本女子サッカー強かったねー」
「なー、強かったなー………イヤァ、なでしこジャパンさまさまやわー」
「すごかったねー」
「なあなあ、ウチらも幽霊なって身体が軽くなったわけやし、いっちょスポーツでも
「いいねそれ。実は私も、運動には自信があってね。
ゆうめ―――それが名前だろう、その女子が。
俺のベッドの上で飛びあがり、全身をひるがえし、脚が天井すれすれにぶつかりそうになる―――いや、脚は消えているのだが。
豪快に宙を一回転し。
そして着地するがベッドは
風も起こらないからカーテンも揺れないのだ。
着地音は微塵も聞こえなかったのがシュールである。
「メダル狙えますやん、
「ああっ!見て燈ちゃん!こんなところにスポーツ用品店があるよ!」
指を差すジェスチャーをとる、ゆうめさん。
「お、ホンマかいなァ、じゃあちょっと聞いてみるかい、店員さんにー?」
そう言って、顔を明らかににこやかに、目じりを下げ、愛想のいいような表情になるあかりさん。
「いらっしゃいませへェ~儲かりまっかァは~?」
あかりさんが妙な口調に変える。
どうやら店員役に徹し始めるらしい。
「すいませーん、これくださーい」
「なんでもありまっすよホー、お客さぁん、ああでも参ったなァ、お客さんに合うシューズはちょっとないですねスイマセンねへー」
「え、ほんまかいなー?結構おっきい靴屋に見えるけどなー、なんや店長さん、言いたくないけれど、品ぞろえもうちょっと頑張れないですかー。他のお客さんも愛想つかすでー?」
「いえいえ、ちゃいますん、どんな大手でもお客さんのご期待には沿えられへんわ、こんなん」
「ええっ?どうして」
「だってお客さん―――、脚、ないですから」
「たはー!こりゃまいった、一本取られたわー!」
「来世ではご
………まあ。
面白い、と少しだけ思いつつも、俺はそれを黙って見ていた。
………笑った、ほうがいいのだろう。
いや、難しいな。
幽霊が自虐ネタを展開しているときにはどんな反応をすればいいのか。
肝心なところで、若干ホラーなんだよ。
笑えば、いいと思うよ。
新世紀エヴァンゲリオンの有名なセリフが浮かんだが、はてさて、このシーンで通用するのか。
いや、今は隠れて黙って覗き見ているわけだから、音を立ててはアウトなのだ。
ここはむしろ『絶対に笑ってはいけない』シーンである。
しかし、なんだこれ………思っていた幽霊と違う。
それとも最近の幽霊って、こうなのか?
わかんねえ!
最近まで勉強、勉強で―――テレビ見る時間は少なかったけれど、その間に何らかの何かがあって。
だから、幽霊とは、こういうものなのか………?
「えー………続きましてェ、『大雪が降って張り切っているスキー場に来た、ワガママな客ゥ』」
「あ、ちょっと待って?」
「なんや」
「ね、やっぱりボツにしたの、入れない?あのさ、おにぎり」
「おにぎりネタって―――おにぎり作っている幽霊?」
「うん」
おにぎりを作るネタ?
それは何か面白いのだろうか、と俺は首を傾げる。
そういえばおにぎりに使う焼き海苔は、お葬式の香典を受け取った遺族が香典返しとして、参列者の方々に送ることが多いらしい。
海苔に限らず、お茶などの、保存がきくものだ。
不幸というものは意図しないときにやってきて、そういう時に普段からおいているものを送るということらしい―――などという雑学を思い出したが、どうやら、ここではあまり関係ないようだった。
「あーあれね………おにぎりネタ、私は微妙だと思う。微妙じゃなく明確に、一般の人にはウケないと思う」
「えー、そんなことないよ―――エプロンつけたら日本の女幽霊っぽい雰囲気が増したところとか」
「それ、いけるかな?」
「塩を手にとってぎゅぎゅってやりながら、だんだん成仏していく時にさ」
ふふッ………!
「え?」
「えっ」
しまった。声を出してしまった、彼女らに聞こえた?
「な、なんか今―――誰かがウケたような」
くっそ、意図せずしてツボった。
くっそ、くっそくっそ!
コントを中断したんじゃなかったのか、こいつら。
こんなところで、これかよ、中断したと思ったのに!
今のはナシだろ!
「台所の方で―――何か、そこで動いた?猫かな?」
「いや、それよりももっとくぐもった感じの………、豚みたいな声がしたけど、ウケていたかも」
誰が豚だ、失礼な。
二人を見返すと、落ち着きがなさそうな方の女子、『あかり』は、いなくなっていた。
あれ―――と思う間もなく、次の瞬間。
ドアをニュルっと透けて、何かが飛び出してきた。
やってきた。
彼女の身体は俺の左半身あたりに出現し、心臓や腹のあたりを貫通していた。
俺の身体を、透明な女体が貫通している。
「うわあッ―――――――――?」
「きゃあああああああああああ!」
「う、あああああ」
「きゃあああああ!」
といった具合に、俺は叫び、俺を貫通している女子も驚愕、悲鳴を上げる。
―――き、気持ち悪い!
俺は逃げようとして、ぶつかったドアが外れて、ぶっ倒れる。
カーペットだから床にキズはつかないだろうが―――、いや、そんな場合ではない。
足がもつれる。
『ゆうめ』という女子の座っている目の前に、俺もまたドアと同様に倒れこんだ。
驚愕するゆうめさん。
「きゃあ!だッ誰この人ッ」
「ごめんなさい―――じゃねえ!お前らだろ、泥棒は!」
いや正確に言うならば、泥棒ではなくもっと他の何か―――幽霊とか、悪霊とか、はたまた地縛霊か―――とにかく
かくして、俺と彼女らは出会うこととなった。
出会って良かったのか、悪かったのか、それはこれから明らかになるが。
一人暮らしとはそうそううまく始まらないものだということは、わかった。
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