第11話アマくんとお買い物


蝋燭ろうそくってどこに売ってるんだっけ」


翌朝、俺は自転車に乗り、店が多い方へ出かけた。

まあ、大学方面である………いや、どうかな。大学よりは標高が下のあたりだろうか。

初江ゆうめはお留守番である―――

一人ソロで出かけたわけではない。

案の定と言うべきか、活発な幽霊、崇常燈とともにである。

彼女は初江さんと違い、俺の部屋以外にも、自由に移動できるらしい。


「まあ営業だしね、飛んでいくのが仕事だよ」


「営業職なのか?宇喜多さんは、じゃあ上司?」


「んー、企業秘密」


「そうですか」


「あ………ちょっと待って、やり直す」


「やりなお………?」


まるで吸血鬼が噛みつくように、そっと俺の首すじ近くに、顔を寄せる。

な、何事か。

そう思っていると。


「………ヒ・ミ・ツ………!」


と、囁く。


「………あのさ」


「ふふふ、これやってみたかったー!」


「なんつーか………古い」


古いよ………昭和のノリか。


「あ、蝋燭がどこに売ってるかだっけ―――普通のスーパーで買えるよ」



俺は生まれてこのかた、蝋燭を自分で買ったことはなかった………まあ、たしかに普通に小学中学高校と、蝋燭を買う機会などそうそうない。

あ、でもレジの近くで見た覚えがあるな。

百円ショップでもあるか。

そんな風に考えていた。


「スーパーって………本当に、そんなものでいいのか」


「火を灯せるなら燭台しょくだいでもアロマキャンドルでもいいよ」


「燭台なんてどこで売ってるんだよ、映画でしか出てこない気がするが………アロマキャンドルでもいいのか」


「重要なのは火だからね。そういえばゆうめもいくつか持ってたよ、香りフレバまではあんまり見てないけど」


………ふれば………振れ場?

と、言ってる頃にスーパーマーケット『コープありが』に到着した。

最寄りのスーパーだ。

俺はこれからの大学生活、主にこのスーパーから食料を確保することになるだろう。

そこそこ念入りに見ておいた方がいい、と考えつつ、崇常燈とともに自動ドアをくぐる。

………幽霊と一緒に回るのか。

プラスチック製の買い物カゴを手に取り、ふと、崇常燈を見やる。


「なぁにアマくん、そんなにじろじろ見て。私の顔に何かついてる?」


「………ご飯粒も何もつかねえよ、幽霊には」


「それもそうだね」


ついてるっていうか、いているっていうか。

俺の一歩後ろを浮遊しつつ、俺の買い物を眺める。


「ネギと、お味噌と、梅干しと………」


俺の買い物かごに入っているものを、復唱する崇常燈。


「うん、普通の買い物だね………あれ、蝋燭は?」


「もちろん通りかかったら買うよ、でも少し待て、他にも必需品が………」


「えー、直行しようよ」


「確かにそうだが、でも待てよ」


その時、年配のおばさん………主婦だろう、俺を怪訝そうな目で見つめてきた。


「………あなた、今の、私に?」


おばさんは言う。


「あ、いえいえ………独り言です、はは………は」


答える俺。

気まずそうに笑う俺を見て、その人は足早に立ち去って行った。

やあねえ、最近の子は、と呟きながら。

むう………変な男だと思われた。

不審人物だと思われた………。

確かに客観的に見てもこんなもの、失敗だった、ただの不審者である。

もう少し落ち着かなければ。


「静かにした方がよさそうだな」


「そうだね」


「なんにしろ、蝋燭以外も買うよ………ていうか、蝋燭だけを買っていったら、目立つだろ」


「気にしすぎだよぉ」



かくして、俺はレジの近くではなく、洗剤や筆記用具などを打っているあたりで、蝋燭を発見した。


「あ、これこれ、これでいいよ」


そんな彼女の声を聴いたが、結局その蝋燭を手に取らず、俺は、そのまま食料だけを買って外に出た。

食料も重要なことではあった………腹が減っては戦が出来ぬ。

それと料理の問題もあった。

本格的に授業が始まってから料理の練習をするのも、大変そうだ。

まあ極論、卵焼きやソーセージを炒めるなどができれば、そんなに困りはしないだろうが。

俺はそうやってレジまで行き、会計を済ませ、自動ドアの外に出た。

店の前で立ち尽くす。

崇常燈は当然ながら、疑問を口にした。


「蝋燭買わないの、なんで?また別の時に買うの?」


「ううむ」


それもいいんだが………。

宇喜多さん………あのジェントルマンな骸骨が来るまでに、一週間のうち一日だけを消費した。

つまりあと六日間あるから、別の日というのは十分に可能だ。

しかしだ。

それとは別に、ひとつ、気になることがあった。

さっき、このお調子者の幽霊が口にしたワードで、気になることがあった。


「普通の蝋燭じゃあ、なくてもいいんだよな」


俺は問う。


「うん、そうだけど………」


彼女は首を傾げるので、俺はさらに重ねて、質問する。


「初江さんは、アロマキャンドル欲しいって言ってたのか?」

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