第12話アマくんとお買い物 その2
大学の近くには、店が集まっている、学生街とでもいうべき場所がある。
多くの店が立ち並ぶ通りを自転車で行けば、はたして目的地、雑貨屋にたどり着く。
小物を中心に、扱っているお店だ。
店名が英語かもしくはドイツ語(?)………なので、ちょっと読めなかったが、とにかく入るとしよう。
店内は至るところに小物類、家具類、ティーカップやガーデニング用品、というか観葉植物そのものも置いてある。
家具屋の小さい、お手軽なバージョンとでも言うべきか。
機能よりもデザインを重視したものが、自己主張しつつ調和していた。
「燭台なんて売ってるわけないよって、さっきは言ったけれど………ここでなら見つかりそうだな」
そんな感想を漏らす。
全体的にお洒落なインテリアで、男が一人で用事も無しに入るのはためらわれる雰囲気だ。
今は一人ではなく幽霊も同伴だし、用事もあるから入ったのだが。
店内は女性客が多い………ようでいて、そうでもない。
男女比は半々か。
だが全体的にふわふわした空気が、肌に合わないというか、なんというか。
「賑やかだねー………」
「結構客はいるなあ」
「いや、そうじゃなくて色がね………それで、肝心のキャンドルはどこかな」
がさり、とスーパー袋が揺れる。
先ほど買った食料を持ちながらでの来店である。
マナー的にも他店の袋を持ち込むのは見習えない行為だが、自転車の籠に置きっぱなしというわけにもいかないので、仕方ない。
「さて、キャンドル、探さないとな」
歩き出す俺………その発言を受けて、崇常燈はにんまりと笑った。
「へぇ………ゆうめが欲しがってるものを選ぶんだ、ふぅん、へぇー………」
みるみるうちに喜ぶ………いや、悦ぶ崇常燈。
笑顔のまま俺の横にぴったりと、並走してくる。
音がない。
磁石か何かで動くようについてくる。
リニアモーターか。
その時の崇常燈の表情と言ったら、なかった。
あえて言葉で表そうとするならば。
感情豊かな頬は笑いをこらえきれずに持ち上がり、好奇心に満ち溢れた瞳を下品に細め、口がだらしなく開いて前歯が露出し、愉快で堪らないといった様子の吐息を漏らす。
「ゆうめが欲しいものを選ぶんだぁ………!」
もう一度言ってきた。
彼女は勝ち誇っていた。
この世に存在する、全ての
見下されている。
俺は馬鹿にされている。
つまり、むかつく。
どつきたい。
どつくが、彼女の二の腕を、腹のあたりを、俺の腕が素通りする。
むなしく空を切る。
あ、幽霊か…………くっそ、素通りするから殴れねえんだ。
でもこいつむかつく。
「そっかぁ一日で、アマくん、見くびっていたよ………。やるねェ………!」
「そんなんじゃねーよ………ただ、怒らせたかも知んねーからさ」
昨日の夜。
あの会話で、俺は酷いことを言ってしまったのかもしれなかった。
「え、そうなの?何かやったのアマくん、お風呂覗いたとか?」
「………俺が帰ってきた時点でもう、上がってただろ」
「そりゃそうか………じゃあなんだろう、うっかり胸を触ってしまったとか?」
「………幽霊に対して、なんて話せばいいのやら、わからなくてな」
―――どうして、幽霊になったんだ
―――天国って行く気はないのか。
「失礼なことを言ったかもしれない」
あのセリフはなんだか、初江ゆうめのプライベートな、そしてデリケートな部分に。
土足で入り込んだ質問だったのかもしれない。
考えすぎだろうか。
しかし、俺個人の意見としては、失言とは思わなかった。
天国は天国で、つまりはいい場所であるし。
もしかしたら、これもいいのかもしれない。
命を失ってからも、楽しそうに生きている初江さんと、このお調子者の女子が、羨ましいのだ。
はっとさせられた。
人は死んでからも、そこそこ愉快に生きることができるのだ。
なるほど目から鱗である。
少なくとも俺の人生よりは面白いだろう、と。
本心で、そう思った。
まあ、ちょっと引いているといえば、引いているが。
「確かにねー、でもゆうめもそこまでメンタル弱い子じゃないよ、割とおとなしいし。霊魂の中にはね、色々とうるさい人もいるの、自分が死んだってことを、認めたくない―――そんな人がね」
まあ、それは当然だろう。
事故死ならなおさらだ。
「クレームの対応もあるのよ………っとと、あんまりしゃべると信用落ちちゃうよね」
「いまさら………」
「なんか言った?」
「口数減らせ。それだけだ………そういや、蝋燭の話だっけ、本当にアロマキャンドルでいいのか?」
「うん、火を灯せるならなんでも………そっか、ゆうめがタイプかぁ、くっくっく………」
「別にそんなんじゃねえよ」
何でもかんでも直で―――へえ、好きなんだ、か。
もう発想が小学生でも言えそうな、それである。
苦笑いしか出ねえよ。
「お前以外の女なら誰でもいい、それだけは言える………お前よりむかつくのは、いない」
「ぐはー」
けらけら笑う、燈。
終始楽しそうな女である。
生前もさぞやアタマ空っぽにして生きていたのだろう。
まあいい、これから俺は、悪いことをするわけではないのだ。
好きにするさ。
ああ、別に好きじゃないよ?
同居人と、なるべくなら衝突したくない、間違っても険悪になりたくない。
そう、その意図で買うのだから。
平常心平常心。
ていうか、そもそも宇喜多さんに言われたことだし?
つまりアロマキャンドルを選ぶのは、骸骨紳士に気に入られるためなんだよ。
とはいうものの、実際、彼女は、初江ゆうめは、美人だった。
その容姿は、俺のツボだった。
仮に同じ教室にいたならば、毎日、彼女の後ろ姿、友人と話している様子を眼で追ってしまうだろう。
そう確信せざるを得ないくらいの―――。
ううむ、付き合いたかった………幽霊じゃなければ―――いやいや。
しかしながら、見た目だけで判断したくない、という硬派な一面もあった。
俺は簡単な男ではないのだ。
俺はレベルの高い男なのだ。
彼女は美人かもしれないが、俺だって、頭すっからかんな野郎ではない。
可愛い女の子だ、わーい、付き合おうよ………と言うような、安易な発想には至らない。
どっかの漫画の主人公のように、ナンパ、という………あの、およそ常人の神経では不可能と思われる行動を平然とできる、シンプルな人間に生まれれば。
もう少し人生は楽だったかもしれないが。
悩みも少なかったかもしれないが。
アロマキャンドルのコーナーを見つけて立ち止まり、俺は腕を組む。
幽霊が現れる、その儀式に使うものだというらしいから、すぐ消えるようなものは選びたくない。
赤、薄緑、オレンジ、アイボリー、………陳列されたキャンドルはカラフルな絵の具のようだった。
透明なガラス容器に入った、それこそ見た目はアイスクリームのようだ。
「ふうむ………ラベンダーだけど、あとバニラの方が好きだったっけ、あの子」
「え、バニラはアイスだろ」
「
「ううむ」
「あ、でもバニラはちょっと長時間は強いかぁ、ここはジャスミンの方が」
「匂い付きでいいのか?今更な質問だけど」
これは初江さんの好みの心配というよりも、宇喜多氏のことを考えての質問だった。
「バラモン教ではジャスミンのキャンドルはスタンダードなんだよ」
俺は初江ゆうめの家庭に関して全く情報を持たないが、バラモン教ではないだろう。
バラモン教の奴、いるのかな、この国。
質問には結局答えてくれなかったが、下手の考え、休むに似たりなのだろう。
幽霊のことに関しては崇常燈の方が詳しいはずだ。
………詳しいはずだよな?
「よおし、君に決めた!」
とかなんとか、マサラタウン出身の10歳児みたいなことを言いつつ、崇常燈は白っぽいキャンドルを取る。
………あいつ、いつになったらポケモンマスターになるんだろ。
アニメ、全話は見てないからわからないが、妹が言うにはバトルフロンティアは制覇したらしい。
だとしたら相当の実力者だが。
主人公が簡単にリーグ優勝できないあたり、現実味があるアニメかもしれない。
まあ十歳児ではないにしろ、崇常燈は。
こいつは、小学生なのだと思って対応したほうがよさそうだな。
まあこの崇常燈は霊界ではそこそこのキャリアを持つ、らしい。
ならばこいつに従うしかない………。
まあだからと言って、何も考えないわけではないが。
「もしかしてだけど―――初江さんが、生前に使っていたものだと効果が上がるっていうことは?」
半ば,当てずっぽうだった。
「おおっ、鋭いねアマくん。そうそう、本人にゆかりのある品だと、霊魂との親和性もアップ!」
じゃあアロマキャンドルの方がいいのか。
まあ、普通の蝋燭や線香なんて用意しようものなら、お葬式ムードになってしまう。
蝋燭の歴史………俺は詳しく知らないが、無臭のものの方が少ないのだろうか?
蝋燭の匂い、ね。
ていうか、このキャンドルコーナー、色んな匂いがする。
酔いそう。
「本当に高級志向のキャンドルだと、一本で一万円くらいするんだって」
「………うん、俺はね、それアホだと思うよ」
減るもんじゃないし、という表現があるが。
熔けるもんだし。
蝋燭は。
まあ金を何に使おうが、人の勝手かもしれんが………なあに、安さで決めはしないさ。
買うとしても、使用用途は重要。
なにぶん、死者にまつわる儀式だ。
下手にお徳用みたいなものを買って、骸骨紳士にいやな顔をされるのも気が引けた。
お徳用イコール低品質とは限らないだろうけど。
そんなこんなでオチも特になく、俺は雑貨屋でアロマキャンドルだけを買い、その包装袋もなんだかお洒落だった―――帰路に着くことになる。
しかしなんだろう、自転車こぎながらの考えだが、何か、欠落している、足りないものがある気がするのだ。
何か、大きなことではないが、忘れているような。
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