第49話黙っていたほうが

「燈ちゃんには、もう会えません」


初江さんは目をつむった。

静かにうつむく。


「あの子は霊界むこうで忙しいみたいですし―――元々身体は、ありません」


「む………」


崇常燈は―――あのお調子者は―――あいつは、まあそうなのだろう。

残念な話だが。

別れたのか、あの二人は。


「私にこの話、実は生き返れるかもしれない―――という話が来た時、あの子が言ったんです」


おおげさに、手をぶん―――、と振るジェスチャーをとる。


「ばしーん、と背中叩かれて、それで『生きてこいっ』って言いました、燈ちゃん」


「―――あいつが」


そんなことを。

いや、ハッとしない。

わかっていた気はする。あのお調子者はそういうことを言う。

実にあいつらしいが、その心中は―――?


「二回楽しめておトクじゃん、せっかくだし生きてこい―――、だったかも」


「急に安っぽくなったな………」


大安売りか、特売日か。


「それで、それを踏まえてコントをやってたのか………?なんか波長が合う日、が来るまで」


「それは―――いえ、高次さんが来ることとはちょっと、別の話ですし―――あの時ですよ、宇喜多さんが資料を渡すとき、だったかな?もちろん、確実じゃないって言われました。ただ、可能性はあると知ったのは、入学式の日です」


「俺が入居して、一週間くらいか………じゃあ、ショートコントは、………完全に死んだきで、それでも笑わせようとして………」


「それは、はい。幽霊が人間の入居者と仲良くするための、コントですから」


マッチャニラの初回公演、ファーストライブ。

完全に死んだ気で、あれをやっていたのか。

なんていうか―――。


「あとその頃でしたら『ボクシング』のネタの思い付きとか、予定を立てている頃といいますか、段階です。いや、完成度は低かったですけれど」


「レフトストレートのヤツ?」


「はい。最初はどの格闘技にしようか迷っていましたけど」


なんていうか、すごすぎだろ。

最初からわかっていたが、こいつら―――。

死ぬ気でコント、いや死んだ気でコントしてやがった。

俺を笑わそうと、必死で。

頭おかしいんじゃねえの?



きょろきょろと。

初江さんは少し周りを見回し―――というか一○三号室を。

俺の部屋のお隣を指さす。


「―――すみません、高次さん、少し準備があるので、戻りますね、お部屋」


引っ越し。

そうだ、引っ越してきたのは彼女。

ということはこれから荷物だのなんだの、準備や手続きはある。

にやにやと、笑う初江ゆうめ。


「て、手伝おうか………なにか」


俺の時も、段ボール開けるのを手伝ってもらったし。


「実際、病み上がりです、検査とか色々あったので遅れちゃいました。あとで来てもらえると助かります」


「あ、ああ―――」


「黙っていた理由ですけれど―――うまく復活、出来るか心配だった、という理由もありますが」


にやにや―――と。

コップの水。

表面張力でぎりぎりまで膨らんだ、しかしついに溢れるような笑み。


「黙っていたほうが―――あとで面白そうだな、って思って」


ああ―――面白かった、面白いカオ………

呟き、彼女は扉を開けて自室に入る。

バタン、と閉じた。


蝉の音、夏の音は世界から響き、俺を小さくする。





立ち尽くす俺。


「こ、この………芸人くずれが………!」


俺は半笑いで悪態をついた。

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