第21話一人暮らしが楽しかった
崇常燈はまた帰って行った。
帰っていく、と言っても家に帰るわけではないのだろうが。
忙しい身分らしいが、俺の部屋は休憩場なのか。
部屋だから休憩室か。
初江さんと話すのは結構だが、しかしあいつ何が目的なんだ。
「あいつ何しに来たんだ………コントがしたかっただけなのか。」
「ふふ、そうかもしれない」
「いいのか」
「どうせいつかは出ていくと決まっていたわけですし………正確には、この部屋から出ていくというより、他の場所にも行けるようになった、ていうことですよ」
「本当だな!本当に、消えるわけじゃないんだな!」
「昼間はお出かけしようかな、外にはほかの幽霊さんもいますしね」
崇常燈の言い方が悪かったせいで、俺は感情的になり食い下がった。
出ていくなんて突然すぎる―――と。
しかしそんな急な話ではなく。
この部屋への異常な固定がなくなった。
と言うことらしかった。
霊質の変化がどうこう、という説明をしたが、俺にはよくわからないし、知りすぎるといけないのだろう。
近づきすぎると、ろくなことがない。
「電気消しますねー」
そう言って布団を並べて夜に寝るのも、驚くべきことだが、慣れた。
習慣とは怖いものだ。
「固定がほぐれた理由ですけれど」
ほぐれる、という表現に少し失笑した後。
遅かれ早かれ、彼女にお迎えが来ることはわかっている。
だから俺はそれについて、そういうものなのだろう、と思って突っ込まなかった。
「高次さんが来たから、かもしれませんね」
「俺が来たから………人間がいるからってことか、影響されたの」
寝る前の議論がてら、聞くとしよう。
「この部屋に固定されたのは、未練があったからかもしれませんね」
「別に悪いことではないだろ、開き直っていいんだよ」
暗い話かな、と言う風に身構えつつ、話す。
そうなるとやはり漫才はいいな。
崇常燈はいいところもある。
「高次さん、この部屋に、と言うのが問題なんです。私が人間に執着しているなら、実家じゃないですか………この部屋に住んでいたのは半年で、半年ぐらいで、生まれ育った実家には霊体の私が行きつきませんでした」
「うん………?」
それは、確かに妙な話なのだろう。
思い入れがあるのは彼女の実家のはずだ。
推測だが、そこそこ育ちは良さそうである。
「たぶん私、生きていることよりも、大学生活に未練があったんです。もっと言えば、一人暮らしが楽しかった」
「そりゃあ―――」
俺だってそうだ。
「一人暮らしをしたら、大人になれる気がして」
「自炊していれば、自分で生活すればそれは大人になれるだろうよ」
「ううん、色々やりました。うち、親が厳しくて………アロマキャンドルってあるじゃないですか、あれも禁止されてて。近所のお姉さんにあこがれて買ったんですけど………それは小学六年くらいかな、親が香りを嫌がったんです。一人暮らしをすれば、もっと自分の自由に出来るから―――物もどんどん増えて」
「ああ、そうだったのか?え、でもそれじゃああのキャンドルは苦手?」
「いえ、私も好きでした。ただ、人の物まねで、最初は。綺麗な人だったんです―――その人の持ってるものが、全部素敵に見えて………自分なんかでも、そういうものがあれば自信が持てるのかなって、思ったり」
隣の芝は青いという奴か。
その人を見たことはないが、あんたより美人だったら相当だな。
「アロマキャンドル………本当は、好きだったのかな。ただ、今まで出来なかったからやったというだけのことで。香りだって、どれくらいわかっていたのか」
「俺が買ってきたのは………どうだった」
「いえ、決して不満があるわけじゃあないんです。ただ一人暮らしの気分が欲しかったんです」
「それだけは、すげーわかる」
暗闇も手伝ってか、俺が怒っているように聞こえただろうか。
初江さんは慌てた。
暗いと声が綺麗に聞こえる。
「えっと―――オチある?その話」
沈黙が起きたのでツッコミを入れたが、俺は少しうれしかった。
彼女が俺と、同じことを考えていた。
一人暮らしをしたい。
それを知って、同類だとわかって安心しているのか、俺は………。
崇常燈よりも馬が合いそうだな、と心のどこかでわかっていたのか。
「話のオチ、ですか………?ううん、ただ話したいだけなんですけれど」
「そうか………?じゃあさ、一人暮らしの先輩として―――一人暮らしについてのアドバイスって、あるか。意見を聞きたいんだけど」
「言えることなんて、わからないですよ………。ただ一人暮らしをするわけではなくて、こう―――わからないです」
「なんだよ、それ」
すこし笑う。
子守歌のように。
あんなくだらないコントをやっておきながら。
しんみりした話題もするものだ。
「初江さん、あんたでも―――悩みってあるのか」
「えっありますよ―――たくさん」
「へえ。でも………例えばあのネタ、『ボクシング』見てたら、悩みがあるようには思えなかったけどなー」
「ちょっ………あれは別ですよ」
「あ、そういえば夜、寝る場所ここでいいの?」
「え?」
「だから………男子と二人で寝るの、とか………」
「夜はお布団で寝たいんです。霊体とはいえ、野ざらしで寝るのは、落ち着かないですよ」
「ああ、そう………?」
質問の答えを逸らされたが、そんなこんなで、眠りについた。
妹がゴールデンウィークと言うことで、親と一緒にやってきた。
まず母親は俺がお菓子のことを忘れていた件について叱った後、大家さんのところに挨拶に行く。
昔のことを―――と、思う、そしてお隣さんは起こらなかったどころか、友人になったのに。
そして俺と妹が二人っきりになり、息をつく。
なんかなあ。
あんまり自立できねえな、と思う。
もうほんと、これじゃあ俺がマザコンみたいじゃねえか。
「お兄ちゃん」
「妹よ、何も言うな」
かっこ悪い、とは思わん。
いろいろ事情があった末のこれだ。
しかし妹の目線の先は、ベランダだった。
ベランダには自分でやるようになった洗濯物のほかに、布団があった。
お客様用の布団を、日光に当てているのである。
俺はそれをじっと見る妹に一抹の不安を覚え、話しかける。
「最近どうだ、学校楽しいか?」
お父さんかよ、と言うような質問をしてしまう俺。
「うーん、わかんない普通」
こんなもんだ、最近のガキは。
しかし妹は言ってから、気づいたことがあるようで、付け加える。
「学校でさ………私、文化祭委員になったんだけど」
喜ばしいこと………という表情ではない。
何か悩んでいるようだった。
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