第22話文化祭という存在


「えっとねー、実はウチの高校、文化祭が今度あって―――、そう六月末なの」


と、妹はテンション高くはしゃぎ、話してくれた。

いつもはじっとりとした、片足大人に突っ込んだような目つきだが。

今日は心なしか、幼く見える。


「文化祭、いいなあ文化祭。俺も何かの屋台をやったよ」


素直に、懐かしい。

そう思うべきだ。

文化祭と言う存在。

確かものすごい雨が降って午後はそれだけだったような気がするが。


「何かの屋台って何?」


「いやあ―――焼きそばだったかなたこ焼きだったかな、何かよくわからないものを炒めていた記憶がある」


正確には他にも思い出した。

雨で人口密度が高かったこと。

客足は確かに減ったんだろうが、あの組み立て式のテント―――小学校の運動会でも使うようなもの、意外に雨漏りのなかったあの屋根の下にギュウギュウ詰めだった記憶がある。


「何かって何」


「何かって―――文化祭の変なテンションで忘れちまったよ」


「なんか怖いよそれ………?」


「ひどいとは俺も思うよ、今思い出すから―――あっれー鉄板で炒めていたんだよ、そう、何らかの物体を………あれ、なんだっけ、たこ焼きではなかったような気がするが」


屋台はできたんだ。

一回、ああいうのやってみるのはいいよな。

屋台で何かを作らないと思い出にならない、そう思って。

事前にノロウイルス対策の検便とかあったけど。


「なんでおぼろげなの、そんなに。文化祭は―――微妙だったの?」


「いやあ―――雨が凄くてな、土砂降り。途中から降ってきたんだ。それは覚えてるんだが朝から夕方まで俺が何を必死で炒めて売っていたかが―――それだけがついぞ思い出せない」


「えぇ………何それ怖い―――焼きそば?お好み焼き?」 


鉄板の上で跳ねるそばや、キャベツに浮かんだ香ばしい焦げ目を思い浮かべてみたものの、何かが違うと感じる。

思い出に残るかなと思って始めたのに、卒業したらすっかり忘れているんだもんな。


「思い出とかはないの」


妹が言う。

思い出―――思い出か。

思い出を作るのは、もういいよ。


なあ、文化祭に幻想を持つのはやめておけ、先輩からの忠告だ。

と言おうとしたが、どうだろう、ネガティブ発言はできるなら口にしたくない。

多くの生徒が文化祭と聞いて、何をやるか。


「他には何が人気なんだ」


「喫茶店かな。あとは、ええっと―――カラオケ大会?」


「ふーん………え、カラオケ大会なんてやんの?それ、中庭とかで?」


「クラス、教室で」


「うるさくないのかな」


「わかんないけど………防音加工みたいなの、するでしょ」


「マイクとかあるの?」


「カラオケセットみたいのがあるでしょ?昔、公民館にもなかった?」


「ふうん―――でも、それでさ、お前だよお前、多々良………文化祭何やるかはお前だろ」


「兄ちゃんだってやるでしょ………学園祭があるでしょ」


「それはまた話が別だろ、ていうか文化祭の準備今からって―――秋だろ?」


「ううん、うちは六月にやるの六月十七、十八日の二日間………前夜祭もあるけど」


「へえ、そりゃまた随分と………でも頑張ればいいだろ、何やんの」


「お化け屋敷を………」


妹がゆっくり言った言葉を反芻する。

飲み込む。

お化け屋敷。


「そうか………お化け屋敷ね」


学校でも、妹の通う高校でも、お化け関連のものはあるのだな、と再確認。

盲点だった。

意識していなかった。

だが、文化祭でお化け屋敷なんて、王道だ。

全くもって、王道ど真ん中じゃあないか。




「ふむふむ。それでそれで?」


俺はちらり、とクローゼットの中に隠れている初江さんに目をやる………あ、違う。

彼女は外出しているんだった。

悪いが、もう移動できるなら、家族が部屋に来る前に外でぶらぶらしてくれとお願いしたのだった。

俺は、妹に続きを促す。

進捗しんちょくどうなんだ―――まあ俺は『本物』の幽霊と会っていますけれどね、と言った優越感を混ぜながら返す。

しかし妹はそれに気づかず反応せず、重々しく言葉を返す。


「うん、それなんだけれどね。お化け屋敷を選ぼうとしたんだけれど―――選べなかったの」


「選べなかったっていうのは」


ちょっと意味が分からないので、俺も少しばかり、頭を回してみる。

高校の頃の、文化祭か。

俺は部活に属していなかったので………そこそこの進学校だったので、教員たちも特にとがめはしなかったのだ。

せめて頑張ろうと、策を弄していた。

ていうか、本当は祭り事が好きなのだ、俺は。


「喫茶店とかカラオケ大会とか、屋台とか、ドミノやコーヒーカップなんていうのもあるけれど、どのクラスでやるか分担。そもそも、抽選で決まるの」


「―――ああ!ああ、そういうことね」


俺は意気揚々と返事する。


「選びたかったけど抽選なら狙えねえよな―――完全に運の勝負だから恥でもなんでもねえよ、お前のは」


おそらく他のクラスがやるのだろう。

っていうか抽選にしないと、どのクラスもおそらくやりたがる―――三つも四つもお化け屋敷が出来たら、文化祭はちょっと変な事態になるからな。

そういうことだと納得した。


「うん、私も、くじ引きか、ジャンケンなら納得がいったんだけれど―――そもそもお化け屋敷が、なかったの」


「え?」


「うちの高校、今年からお化け屋敷が禁止なの」

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