第36話同窓会だ

翌日。

つまり、旭日町高校文化祭、二日目。

午前中は盛況とは言えなかった。

廊下に人は少ない。

しかし、落ち込むことはない。

講堂、体育館で色々なイベントがあるので生徒たち、来客者の大半はそちらに詰めかける。

つまりは二年四組の明るいお化け屋敷も、二年六組の大掛かりなコーヒーカップも、人が少ない。

夜に少し雨が降っていたらしく、まあ六月だから仕方ないか―――地面は少し濡れていた。

アスファルトが黒い。



体育館には俺も入っていったが、舞台上で繰り広げられる様々な演目を楽しんでいる自分と、楽しんでいない自分がいた。

高校生のクラス有志によるダンスグループでの、練習を積んだであろう、演技。

観客も盛り上がって、バンド演奏の時、一部の観客はステージ前で彼らを見て、飛び跳ねていた。

なかなかのものだったが、でも俺の時は―――。

俺の時の文化祭は、という想いをはせると辛くなった。

この高校の生徒は何も悪くないのだが、俺は遠ざかりたくなる。



妹からもらったものがある。

出店の割引券というか、出し物の切符。

プリントアウトされたものに、キリトリセンが着いた安っぽいものだ。

しかしそれを使うにも、まだ腹は減っていないなあと思いつつ、ぶらぶらしていた。


幼稚園児が中庭に、一人でポツンといた。

ベンチに座っている。

周りに大人がいないわけではないが、人が少ない時間帯だ。

俺は歩いていく。


「どうしたの?」


幼稚園児はすぐさま、顔を上げる。

表情はあまりない、単に意表を突かれたという反応。

男の子。

私服だ。園児服を着ていない。

それに違和感があったが。


「おい、お前!」


咎める男の声がする。


「うわ、ああっと―――!」


飛び上がる思いだった。

俺は幼児に声掛けした引け目から、怒られたのかと思った。

そうだ、世の中は様変わりしてしまった。

してしまっている。

ニュースで聞いた。

極めて極端な例だが、小さい子に手を振っただけで嫌悪され、ニュース沙汰になってしまうこともあるというご時世である。

この国はイカれてる。

隣人を信用できない国になってしまった………。



だが、それはさておき。

さておいておくどころか、もう、どうでもいい。

顔、近づいてきたその男の顔である。

面影のあるその男が、同年代の男が。

目を細めたり開いたりしながら、問いかけてきた。


「アマ………だろお前、アマ?」


俺も気づく。

口調に覚えがあった。

もしや、と思ったが。


「………テツ」


顔つきはやはり変わっているが、面影がある。

観原鉄志みはらてつし

五年ぶりだった。


「テツか?………な、なんで」


「親戚だよ、この子は。俺は、付き添いできたんだ」


「俺か、俺は妹がこの高校なんだ」


「そうかよ………」


「まさか文化祭で会うとはな………ちょっと、話さないか、どっか言って」


話したいことがある。

俺は、逃がさないぞという意思を持って、言った。


「ああ、俺も………暇してたところだ」


お前からすりゃそれは暇だろうよ。

文化祭は。

内心毒づいて、周囲を見回す。

話が長くなりそうだった。

どこか移動しよう。

ここも人はちらほらとしか見えなかった。

まだ曇り空で天気が不安なので屋外に人は少ない。

校舎裏か、人がいないところはないか、探す。


「同窓会って、あれ………どうなんだろうな」


歩きながら。

テツが、何とはなしに、言う。


「あん?」


声が、記憶と違う気がした。

こんな声だったかな、と考える。

あの時から四年か、五年か。

文化祭の前には全然話せなかったし、覚えていないのも無理はないのか。


「俺は転校しちまって二年生までしかいられなかったから―――その場合、同窓会メンバーには、なれないだろうな」


「そうだな………」


会えた理由、があるとすれば。

昨日よりも中庭に人が少なかったというのはあるだろうが、会えなかったとしても、俺は将来、何らかの形でこいつを探そうとしただろう。

つまらない話が、また始まりそうだなと思った。

そして、そのつまらない話をこれで最後にしたいとも思った。

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