第2話あかりです、ゆうめです
膝から下が消失した女子。
それを目にした俺。
服だけが透けているのならばそれは満更でもない安易な展開なのだが、肌が透けているとなると話は別である。
「そういえば―――」
と、俺は思い出す。
思い出さねばいけない事柄がある。
あれは不動産会社「ウィゼ・ド・ハウス」のお姉さんと、部屋探しのためにやってきた時のこと。
この部屋を回った時のことだ。
俺は部屋の広さ、キッチンの広さと、大型家電の置き場所、特に洗濯機を置けるかなんていうところをチェックして回った時に、なんとはなしに聞いたのだった。
「いい部屋ですね―――でも安い」
「そうでしょう?皆さんそうおっしゃいます」
お姉さんは俺と対して変わらない歳のように見えたので、親しみが持てる。
「いや、すごいな、この値段は何か理由があるんですか?」
言いながら、窓に歩み寄る。
山のふもと、崖沿いという立地で、もう少し登ると大学があるわけだ。
山の影に覆われれるのはせいぜいが駐車場までであり、日当たりは悪くなかった。
都会では高層ビルも多いだろうし、それに比べればマシだろう。
「―――大学までは一本道ですし、スーパーまで五分なんですよ」
お姉さんのその発言は質問の返答にはなっていなかった。
………まあいい、自分の紹介する物件の悪い点など、説明しないものだろう。
自分で判断するしかない。
………とはいうものの、今までの俺の部屋よりは―――実家の部屋だが、あの部屋よりはわずかに広い八畳だし、書類を見ても目立つ点、妙な点は見つからなかった。
「なにか出るんですかね?幽霊が出たりとか―――」
何気なく僕は言った。
「はあっ?お、お客様」
声が裏返るお姉さん―――表情にぎこちない笑みが出る。
「あはは、なんちゃって」
俺もニヤけてしまう。
「チョ、ちょっとセンスがベタと言いますか―――いやはは、ベタであらせらアラ、せられアゥララァ………!」
台詞を噛みすぎて、最終的にソールドアウトみたいなリリックを奏でていたお姉さん。
じっとしていれば、小麦色の肌が魅力的な人だと思っていたのだが。
とうとう部屋の安さの秘密は聞きそびれてしまった。
ひょっとして口から出まかせのあの質問は、いい線いっていたのか―――幽霊?
本当に、ただの住宅の一棟ではなかったようだ。
ドア一枚隔てて、俺は幽霊を見ている―――。
ドアの隙間に近づきすぎると彼ら、いや彼女らにバレるか………?
どうする。
すぐに出て行って止めるか………?
止めるといっても何を。
「だからねェ、『ゆうめ』―――」
片方の、見るからにお喋りが好きそうな方の女子が、部屋をすいっと回った。
すいっと回った、という表現は人間の動作の描写としては珍しいけれど、
表現するなら、音を立てずに宙返りをしたような感じだ。
俺の目にはそう写った。
幽霊であることを、完全に確信した。
俺は目元が疲れるのを感じて指で押さえた―――ドライアイではない。
目が映像を拒絶している―――あるいは脳が拒絶している。
受け入れがたい。
とりあえず今までの人生で―――クラスでそんなスキルを持った女子と会ったことはないのだが。
「協会の人は親切だし………、アタシの時もそうだったから大丈夫、言われた通りにして」
「言うとおりにしていたらどうなるかわからないでしょう」
普通でもいいの、と言っている子はさっきから動かない。
聞き手に回っているらしい。
さっき宙返りをかました方の子は、喋りながらまだまだ動き足りないらしく、102号室の中をスケートリンクだとでも思っているのか、縦横無尽にドリフトをキメている。
ユズル君も真っ青だ。
俺の部屋でアクロバットするなよ………。
その子の動きにカーテンは揺れなかったが、風圧はなく、あるとすれば、寒気。
幽霊を目撃した際に覚える寒気ぐらいだった。
俺はさっきまで、心境としては俺の部屋に女の子がいるのに驚きはしたものの追い出そうという気持ちはまず起こらなかったのだ。
「―――普通の、生き方が良かったの」
腰掛けている方の子、聞き手の方が得意そうなこの子はそう言う。
今までの人生。
彼女たちには人生があり、楽しいこと、辛いこと、色々あったのだろう、そしてそれらをもう、すべて終えた、そしてそれでもこの世に留まっているのだろう。
「おいおい、マジでかよ………」
漏れた感想は、足音よりも静かに呟いたので彼女たちに聞かれはしなかっただろうが。
向こうまで聞こえはしなかっただろうが。
そもそもドアを開ける音に気付かずに話し続けているのだから、ちょっとやそっとの音は聞こえないのか?
しかし、待ってくれ。なんでよりにもよって俺の新居にいるんだよ。
おかしいっていうか―――もう、なんだ。
出て行くタイミング、俺の登場するタイミングは完全に逃してしまっていた。
このまま話を聞き続けるか―――。
「
「アタシは
「………えー」
黙っちゃったぞ。
ゆうめちゃん、黙っちゃったぞ、重いわ発言が。
どうやらこのふたりは友達のようだが―――友達なのか?
この世を去ったとして、あの世で友人を作ることができるだろうか。
いや、この子たちは死ぬ前には仲が良かった?
そうだったとして、一緒に死んで………そもそも心中でこの世を去ったという可能性もある。
なんで幽霊が二人でだべってるんだ、俺の部屋のベッドの上で。
幽霊であると決まってしまった。
不動産会社の事務の人ではないかという淡い期待も消えてしまった。
ゆうめの周りを落ち着きなく飛び回り、なおも話し続ける『あかり』という女子だが―――。
そこから先は『協会』のことがどうとか、あとは知らない用語が多く、内容はわからなかった。
幽霊なら、『教会』の方か?キリスト系?
しかしこういう飛び回る子鬼みたいな魔物、何かの映画にいそうだな。
インプかグレムリンか―――。
「そもそも変じゃないの、『私たち』がさ、生きてる人と、ちゃんと息してる人と―――」
「変とかじゃなくてェー?まあ、会って話してみなって。話はそこから」
「それは―――言われたとおり。いや言われなくてもだよ。ちゃんと、話そうと思うよ」
「さしあたって一番面倒なパターンは―――気絶されるパタァーン?だよねー。驚いて、気絶されるパターン」
「それは確かに!でも、―――越してくるのは男子なんでしょう?度胸はあると思うけど」
「いやァいやいや、仮にゴリラみたいな人の方が………腕っぷしがね?イチコロっていうのは有り得るね、だって幽霊相手だよ、失神確実!」
「だから丁寧に頼むって言ったじゃない。ここはもともと私の部屋だったってことも説明するし」
ん―――私の部屋だった?
ゆうめという女子幽霊の言葉に、引っかかる。
「でもそれなら逃がす恐れはないじゃん、それと、最悪のパターンは―――さっきの、気絶より最悪なパターンはあるよね」
「そうよ、でもそれに関しては対策を二人で練ってきたじゃないの」
「知恵と勇気で解決するよ」
「じゃあ、『通してみる』―?」
「今から?………まあいいけど」
俺は意を決して、そのドアを開けようと、取っ手に手をかける。
黙っていればこの二人はどこかにいなくなってくれて、そして幸せに暮らすかもしくは成仏してくれるのでは―――という可能性もあるが、俺は今、完全に一人暮らしを始める気満々の気分だった。間が悪い。
彼女たちがタチの悪い悪霊であることも考え、驚かして追い出した方が得策だ。
いくぞ、今行くぞ。
俺は覚悟を決めた。
「はい、
「ゆうめです」
「「二人合わせてマッチャニラです」」
しばし、おとずれる沈黙。
「―――ショートコント、『新学期』」
女子二人が。
幽霊女子二人が。
二人して立ちあがり、位置を変更し、観客に見やすいように向き直る―――観客がいるとすればだが。
「いやー4月といえば進級、進学のシーズンですねェー?燈はん」
「ええ、ゆうめはん、今年もうちのガッコ、ピカピカの一年生がわんさかやって来ますわ」
「ピカピカて!小学校やないんやから!」
「しかしですねー、あんたは全然変わらへんなー」
「む、失礼なやっちゃな、ウチやって身長は伸びひんけど、進化しとるんやでー。こないだも、成人式でなー?」
「いや変わらへんといってもアレやで、生前の姿と変わらんっちゅうこっちゃ」
ゆうめ、という女子は、腕を振り動かし、ビシィ、と小さく呟いて、
「
「………」
二人の女子がいそいそと、少し立ち位置を直し、初期位置に戻りながら、「ゆうめ」が言う。
「えー………続きましてェ………」
続くらしい。
俺はドアの取っ手にかけた手を離せないまま、
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