第40話大人にならなきゃ

「なんか食べないか、テツ」


言うに事欠いて、とりあえず呟く。


「出店とかも、あるし―――」


「ああ、そうだな」


「………出店は、やったのかよ」


「うん?」


「俺らと別になってから………引っ越してから、転校先で、文化祭はあっただろ」


「ああ、もちろん、あった。楽しんだよ………いや、どうかな」


「微妙か」


「面白い奴らはいたよ………でも、お前らに、悪いことしたなあって、思って。いつも、思い出して。文化祭のたびに。だからそればかりで………」


あんまり文化祭覚えてない、と、テツ。


「いや、やっぱ、悪いとは思わなかったな」


「え」


「だってよ………毎日毎日、俺は、頑張ったぜ―――たぶんお前よりも、たぶんだけど、努力してたと、思うんだよ」


まだ足りなかったのかな―――と。

遠くを眺め、見開かれたテツの目が、潤んだ気がした。

俺は、何も言えず―――確かに何も言えない。

学校でのテツを見ただけで、そのじつ、どれくらい知っていたのか。


「そうだな、もう少し、俺に言ってくれれば」


と、俺は責めるような言葉を返すものの―――。

内心驚いていたこともある。

俺と同じだった。

高校時代の文化祭、あまり記憶にない。

手を抜いたわけではない。

そんなつもりではないが―――どこか、心には残らなかった。

テツに裏切られたからもうだれにも頼らない、という気持ちからの、孤独な張り切りはあった。

俺は増々、人を恐れた。

信用ができない人間がいることを、悟った。

実際、それで表面上、上手く行きもした。

人に頼らない、テツに頼らない。

それも、もしかしたら大事なのか。

そう思いもした。


「たこ焼きは、やったよ」


テツは言う。


「たこ焼きか。あれはいいなあ」


「あれ?でもアマ、お前知らないっけか」


「何を?」


「俺、たこ嫌いなんだよ」


「ぶふっ………マジ?」


「だってあれ、固くね?ガムじゃん」


「そこがいいんだろ、感触だよ」


「俺はもう表面専門だけどな、ソースとマヨネーズかけてあるトコロ。たこ以外の部分」


「それ、たこ焼きじゃねーじゃん、焼きじゃん」


「最近やっとたこ焼き全体が食えるようになってさ。まあ美味しいよ」


「まあって」


「高い店で買うと美味しいんだよ」


「そりゃそうだろ」


中学生の時に戻ったような錯覚をした。

錯覚を覚えた。

でも覚えている記憶と、テツの表情は何か違ったし、違っていいのだろう。

大人びている、気がする。


「なあ、テツ」


「んー?」


「お前、なんか………けた?………歳が」


「はあ?いや、何言って」


「やっぱ違うなあ、なんか顔つき違うよ、久々に会うと」


「そう、だな………もう大人になんねーといかねー。全然できてねえけど、ぼちぼち、大人にならなきゃいけねえ」


楽しそうに嬌声を上げる生徒たちが、遠くに見える。

もう制服を着れない俺たちは、校舎の影、学校の隅から、鑑賞する。


「俺今、専門学校せんもん行っててさ―――作りたいものがあるんだ」


「へえ、いいじゃん」


「お前は?アマ」


「俺は………?」


俺の最近、幽霊とドタバタやって、色々あったが、これを言えないのはつらいな。


「一人暮らし。やってる」


「おお!うわ、マジか憧れるわー………大学?」


「うん」


「そっか、お前、頭いいもんな」


「………」


「アマ?」


「ひとりぐらし!」


「な、なに?」


「いや、こうすると日常アニメっぽくなるなって思って」


「………ふーん」


「なあ、テツ、聞くけど」


「うん?何、もう出店行く?」


「さっき言った、作りたいものがあるって、あれのことだけどさ―――」


「ああ………」


「それは―――面白いものか?」


俺は聞く。

テツは笑みを消し、真面目な顔をして、悩む。


「完成すれば―――これが完成すれば。世界中が、たぶんヤバくなる」


テツはにやりとする。


「せ、世界スケールなのか?」


「いや、ちょっと待て、言い過ぎた………謙虚に行こう。日本か。日本がヤバい程度。せいぜい、日本がヤバい程度で落ち着く」


「結構ヤバいな」


「いや、待て。外人受けだな。全米が爆笑するくらいにはなるという予測はある」


「安定しねえな」


「完成するまで見せねえけどな」


「………そっか」


やっと、久しぶりに会えた。

ずっとこの話を、逃げずに聞いていたのは確信があったからだ。

テツは大丈夫だ、今はもう。

色々、思い通りにいかず、こんがらがってしまった時はあったけれど。

中学に入った時、最初に見た時に思った通りの人間だった。

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