第27話つまらない話をするぞ

幽霊と布団を並べて寝ることに慣れて、二か月近く経った。


大学では、授業………いや、講義か。

ちゃんと出席しているし、それなりに学生生活は軌道に乗ってきた。

清洲君とは連絡を取っているが、学部が違うのでそんなに会うことはない。

しかし、友人もできた。

友人と言っても、教室で話す、という程度の付き合いである。

彼らは、あいつらは俺がこんな体験をしていることを知っているだろうか。


「文化祭ですか、いいですね」


初江さんは、言う。

ベッドの上の俺も、布団に入った彼女も、同じ天井を見上げる。

蛍光灯は消し、小さな豆電球だけをつけてある。

同じ年頃の女性と薄暗い部屋で、二人。

男として生物学的にオスである立場として、この状況に何か言うこと、感じることはないのかと問われれば。

別に、何も。

強がりでも意地でもないつもりだ。

前にも考えたように、彼女は人間の女性ではなく、幽霊だった。


そうだ、彼女は霊体なのだ。

そのため、なんと言うのだろう、この部屋にはあれから何度か香りを変えた、今の香りはローズマリーのキャンドルで―――その匂いが微かに漂っているが、俺は彼女の匂いを嗅いだことがない。

彼女には匂いもそうだが、気配がない。

でも、悪いことだけではない。

残酷な現実だとは思わない。

俺にとっては夢のような、心地良さがあった。

悩み事も、だから、話しやすい。

良くも悪くも、人間と幽霊だった。

淡白で、平坦で、淡い………。

それもまた、いいじゃあないか。


でも。

仮に生身なまみの女性だったらどうだったか、だって?

答えねえよ、また崇常にからかわれそうだ。

ただ、初江さん、なのだ。

あくまで他人―――いや、他人ですらない、他の―――他の生き物?

なんなのだろう、彼女は。


「学校、学校かあ………」


「高校生に、口出ししすぎたかな………家族とはいえ」


「高次さん、文化祭が好きなんですね―――妹さんにも色々とアドバイスしていましたね」


「いや、文化祭は嫌いだ」


俺は断言した。

はっきりと。


「え」


「文化祭は嫌いだ………だから面白くしようと思う、俺が」


「………ああ、そうですよね」


そこから先、俺が何故続ける気になったか、話を続ける気になったのか、それはよくわからないが。

しいて言えば初江ゆうめが幽霊だったから、ではないだろうか。

人には言えない悩みーーー。

彼女になら言えたのだろうか。


「つまらない話をするぞ」


「………良いですけれど、オチをつけてくださいね」


「なんだそれ」


「この前の仕返し、です」


「………テツって奴がいてな。昔。鉄志てつし、だな、名前は―――みんなからはテツ、テツって、呼ばれてた」


中学の時の、奴だ………文化祭があった。

昔のことだ。

俺がくじ引きで選ばれた文化祭委員で、テツは違う何かの委員だけど、やたらと出しゃばり屋で。

一緒に、企画したんだ。文化祭は、出し物について、積極的に意見出すやつでな。

友達。

いい友達だった。

もともと休み時間はいつも二人でいた。

クラスはまとまりにくかったが、俺とあいつで計画立てていって。











「―――いい話ですね」


「そんなんじゃなかったよ。転校していったし、あいつ」


「あら………」


「文化祭の直後だぜ?信じられるか?」


「………残念ですね」


「迷惑。そう、迷惑な奴だったよ。俺とテツのツートップで進めていったクラスの出し物、それが―――まあ、失敗した。テツは転校でいなくなる。本番直前で無茶をいろいろとする羽目になった。じゃあ誰が責められるか、失敗した責任を負うか―――想像つかないか?」


「………」


「俺だよ―――クラスの奴らに、言われる、責められる」


「それは―――そんなことはないですよ」


「引っ越した。そういうことだったのなら、言ってくれれば、良かった。テツを責めるやつはいた………でも転校なら仕方がない、親の都合だし。でもさ、でもさ………」


―――やっぱ、テツがいないと駄目だな。


そう、一人がそんなことを、何でもないように言った。

クラスが騒いでいる中。

床を向いた、睨んだ俺は、歯を食いしばった。







「初江さん、あんたのこと、全然怖くないよ」


「………え、なんですか」


「幽霊が、さ………部屋にいたときに、ね、二人並んでコントやってたのはさすがに、驚いたけれど―――この俺に限って言うと、幽霊なんか怖くない」


「べ、別に強がらなくてもいいんですよ。高次さんがあの漫才で喜んでくれて、私、それが嬉しくて―――」


初江さんは少し困ったような口調になる。


「いいや、強がりじゃねえ、強がりじゃねえんだ。幽霊なんか怖くない、怖くねえんだ、全然………」


幽霊は怖くないが―――。


「俺は、人間が怖い」


本心だった。


「人間のほうが怖いに決まってる………一番の、友達だと、俺は、思ってて………テツは」


何故こんな話を。

俺はしているのか。


「人間と会いたくない―――一人暮らしがいい。ずっと」







豆電球を消して、完全に暗闇になる。

もう寝よう、小さくそう言ったが。

初江さんが、口を開く。


「さっきの話ですけれど」


「うん?」


「アマさんの所為せいじゃないっていう意味で―――言ったんじゃないですか?そういう意味の、テツさんがいないと駄目だな………ということだったんじゃないですか?」


「………なんで、アマさんなの?」


「あ………あっごめんなさい、燈ちゃんのが移っちゃったのかな」


「あいつの真似をすんのかよ………まあ、いいけどさ。いや、良くない。アマさんだったら海女あまさんみたいじゃん、貝とか取るのかよ俺………海に潜って」


「ふふふっ………」


「面白いか?」


「オチはつきました。そうですよ、オチがないから私が付け加えました、そういうことです」


「………ちぃ」


オチのない話でごめんなさいね。

だから言ったじゃないですか、つまらないと。

でもまあ、文化祭にイマイチ、いい思い出がないのは確かである。


実際。

一人でやるなんて、あの時は無理だったんだ。

男子中学生の俺には。

男子中学生が一生懸命やることなんて、どっかで上手くいかなくて当然。

仮に問題なく、テツがいたとしても―――なにか失敗はあったかもしれない。


「でも………やれること、全部やりたかったんだ」


少し、衣擦れ音が聞こえた気がした。

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