第5話入学式

「えぇー………皆様におかれましては、大学で得た経験を糧として、広く、社会に貢献できるように―――」


入学式、当日。

俺がこれからお世話になる大学、その学長が、学生としての心構えを壇上で論じていた。

学長の訓示だか説明だかは、真面目に聞いていたつもりである。

学業は大切なことではある―――が。

学業よりも早急に、解決すべき問題に直面している。

それを認めざるを得ない。

人生に問題はつきものだが、俺はこの問題の解決方法がわからずに困っている。

困った時には人に相談すべきで、教師陣は人生の先輩であるから、頼りやすい。

いや、そんなことはない、残念ながら。

かりに、学長および教員の方々に尋ねても解決しない、もしくは一笑に付されることは目に見えていた。

俺は途方に暮れる。




あの幽霊たちと出会った日。

あの日から、一週間が経っていた。

俺は入学式が終わると、その足で学内の図書館に向かう。


「あのう、新聞って、読めますか」

少し緊張したが、図書館の受付の職員に聞く。

「もちろん読めます―――では、どの新聞でしょうか」

「あ、出版社、というか………新聞社は特にこだわりません………ただ、去年の九月四日です」

「かしこまりました」


高校の図書館よりは広い―――広いかな?

学生数は増えているはずだけれど、妙な静かさがあった。

単に周りの声が聞こえない気分なだけだろうか―――俺が。

九月四日の新聞を手に入れて、空いている机に向かう。

個別の勉強机もあったが、新聞が十分おけるような複数人用の大机に到着し、カバンを置き、新聞を広げた。


「えっと………」


俺は事故の記事を中心に、探す。

そしてようやく、『それ』を見つける。


「―――『女子学生が車にはねられる事故、意識不明の重体』」


顔写真も載っていた。

まあ、写真写りの良さ悪さは判別しづらいだろう。

モノクロ印刷では。


「………『初江はつえゆうめ』さん、 十九歳、か………」


俺はそれだけを確認し、新聞をじる。

苗字はこの時、初めて知った………いや、ちらりと聞いたかな、話の流れで。

なんにしろ、これは、あまりじろじろ見るもんじゃない。

見る気が失せて、さっさと立ち去ろうとする。

受付の人は、少し不思議がる顔をしていた。





図書館をあとにすると、そこで一人の男に『よっ』と、声をかけられる。


「ああ、こんにちは―――ええと清州きよす、くんだったっけ」


「清州!そうそう―――高次たかつぐ君、調子はどう?」


彼は、表情を明るくする。


「ん―――、学長の話長かったな」


「だよなあ。しかし、覚えていてくれたか、いやあー、どきどきしたわ、明日は部活紹介だからさ一緒に行かねえ?」


「ん、ああ」


この清州という男と、俺はすごく親しい―――と、言うわけでもなかった。

しかし、提案自体はいいものだ―――比較的、知っている男ではあるからだ。

彼とは、高校で三年間一緒だった。

そして、大学に進学して周りが全く知らない人たちばかりの中では、その孤立無援の中では、見知った顔であり。

確かにつるんでいると、安心できるのだった。

実際彼は、人懐っこい印象で、表情で、友達が集まりそうな男ではある。


「部活、か………そうだな、うん、そうしよう」


うわの空で俺は答える。


「あっ!でも、『サークル』だよな、部活じゃなくて………もう。はは、オレっちったら、高校気分が抜け切れていないぜ」


「はは、そうだな………」


「あ、迷惑じゃなかったら、アドレス交換しない」


「………うん」


俺は不愛想に、それでも彼とスマートフォンを突き合わせて、アドレスを交換。

クールを気取っていたわけではない

ただ、ちょっと、悩みがあるだけである。

この悩みを察しろと言うのも無理な話だが。

彼が俺の悩みを知るよしなどないし、知ってほしくもないからである。

よーし、交換完了。


「………うん?」


携帯が、振動した。


高次たかつぐ君、なんかあった?もしかしてアドレス届いていない?」


「いや、ちゃんと届いたけどさ………」


それとは別に、メールが来ていた。

送信者の表示を見て、俺は顔をしかめる。

高次 多々良たかつぐ たたら』とある。

げえ………妹からだ。





メールに目を通した後、俺は応挙荘の102号室に帰る。

アパートの一室であり。

まごうことなき我が家である。

カードキーを差し込み、ドアを開ける。


「あ、お帰りなさい」


初江ゆうめ(十九歳)さんが、ぬるっと出てきた。

廊下で浮いている。


「あ、こんちは、アタシも上がってるよ、アマくん」


もう一人、こちらは『あかり』という幽霊が、部屋の机の前に座っている。

本名は崇常 燈そうじょうあかりというらしい。

享年がいくつなのかは知らない。


「ねー、アマくん帰ってきたし、なんか食べようよ」


「燈ちゃん、失礼でしょ」


「毎日一緒なんだから失礼とかナンとかいう方がおかしいっての、マドレーヌとかないの?」


享年は知らないが、精神年齢は知れている。

大体この一週間で把握した。

アマくん、というのは俺の名前、高次天端たかつぐあまはしだからアマくん、らしい。

馴れ馴れしい幽霊もいたものだが、年上の可能性もあるので、強く言えない俺である。


「この前買ってきたクッキーがまだあるだろう」


「………わーい」


あかりは中途半端なテンションで喜んだ。

安物だということはわかってるのだろう。


「………なんてね、私も美味しそうなもん持ってきた、ハイこれ最中モナカ、アマくんもどーぞ」


「ん、ありがと」


「あ、じゃあ私、コーヒー入れてくるね」


ゆうめが席を立つ。

まあ席を立つも何も、浮いてスーッと、こう、―――飛ぶ、だけなんだが。

ヤカンや、コンロの扱いはもう慣れたものだった。


「仕事の知り合いがね、和菓子屋の子だったんだけど、死んじゃって。一緒に食べよって言って、よく貰うのよ」


そんなんでいいのか、幽霊。


「まあ、それはそうとして、そろそろ、来るからね宇喜多うきたさん」


「宇喜多さんが来るのか」


「うん、手続きだって………ねぇ、ゆうめー、宇喜多さん来るの、お昼前だったよねー?」


台所に向かって大きめに声を張る燈。

隣の部屋の住人には、何も聞こえないらしい。

まあ幽霊の声が聞こえられても困るが。


「うん!」


答えるゆうめ。

崇常燈そうじょうあかりは、一見失礼で忙しないだけの女に見えるが、それだけではないらしかった。

というのも彼女は霊界の仕事をやっていて、ちゃんと働いているというらしい。

ゆうめとは、その仕事中に出会った。

そしてこの部屋には休憩や、ゆうめと遊ぶために立ち寄るらしい。

それについていろいろ言いたいことがないでもなかったが。

彼女は彼女で、何か事情があるらしい。

すべてを説明してはくれなかったが、初江はつえゆうめよりも幽霊歴が長い………つまり、どれくらいか、期間はわからないが、昔に亡くなった。

そして霊界の仕事歴が長いということだった。


「ありがとうねー、アマくん」


燈が言う。


「何がですか」


一応敬語を使う、俺。


「ゆうめを部屋に置いてくれて………あの子、今行くところないからさ」


「………」


「ハイこれ、このモナカ、あんこじゃなくてクリームのやつなんだよ、けっこう高いんだから」


「―――いただきます」


面倒なことだ。

俺はため息は、つかない。

最中もなかが美味しかったからだ。

上品な甘みで、ここは最近の料理漫画のように、派手なリアクションを決めてみようかと思ったくらいだった。



さて。

これから話を進めるにあたり、話を一週間前にさかのぼろう。

今こうしている、三人でいる理由、こうなるに至った道すじをあきらかにしたほうが、都合がいい。

宇喜多うきた氏についても、説明が必要だ。

あの男―――いや………男、かな?

兎に角、時間帯はあの衝撃的な茶番、っていうか、コントのあとの話ということになる。

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