第6話骸骨紳士

「まあ、悪いけど出て行ってくれる?」


あの日あの時あのコントの後、俺はそう言った。


「幽霊が二人、なんでここにいるのか、それを問いただすのも大切かもしれないけれど―――悪いけど、出て行ってね」


「………」


「いや、『悪くないけど』出て行ってくれる?俺の部屋だよね」


「………あの」


煮え切らない態度にいらいらと―――するが、初対面の人を怒鳴りつけるのは苦手だった。

妹に対してならいいが。

だから俺もここで態度を軟化させようとした。

テーブルから座椅子を引っ張り出し、座り込む。

冬はこたつとして使えるテーブル、いわゆるカジュアルこたつだが、まだ電源は差していない。




事情があるのならば、いいけれど、と。

俺はそんなことをもやもやと、言った。

幽霊二人対人間一、という構図が、及び腰を形成したのかもしれない。


「この部屋にいたのはなんでだよ、今まで空き部屋だったんだが、家具見てわかるだろ。俺もう、ここに住むんだよ、もう少し静かな場所へ行ってくれ、他を当たれ」


もともと幽霊の遊び場、溜まり場がここ、一〇二号室だったというパターンもあるが。

だとしたら嫌だな。

しかし今回は、運がいいことに、話せる。

彼女らと言葉が通じる。

問答無用で呪いを吹っ掛ける悪霊のようなものだったら、お手上げだった。

しかし、ゆうめがおずおずと手を上げて言った言葉には、動揺した。


「あの、ここ、一〇二号室ですけど………私が住んでいた部屋なんです、霊じゃないときの話ですけれど」


「………なんだって?」


「そこから先はワタクシから説明いたしましょう」


背後から声が聞こえた。

それは、男の声だった。

しかも知らない男の声だったので、俺は振り返る。

部屋に新しい人物………いや、人物じゃあないが、とにかく、それはいた。

スーツのような衣服に身を包んでいるが、骸骨だった。

骨である。


「うわあああっ!」


「ああ、お静かに―――と言っても聞きませんねぇ」


黒い目で俺を睨む。

いや、黒い目ではなく、穴。

その奥は闇だった。

声は渋く、無駄にダンディズムを感じるが、しかし骸骨だった。


「―――えい………ッ」


と、掛け声を上げ。

彼は俺の口元にマスクのようなものをつける―――動作はスマートそのもの、手際のいいことだ。

マスクをつける(つけられる)際、彼の灰色の指さき、というか指の骨を間近で見てしまう。

セメントのような色合いに、炭のような黒が混じっている。

線香のにおいがした。


「むぐっ―――!」


うあああああ!

と、叫ぼうとしても、声は出ない、小さく、静かなものになる。

音量を下げられたようだ。


「みなさんビックリされますからね、しかし落ち着いて話を聞いていただきたい。そのマスクは消音目的です、ええ―――」


「えーーーえ、何だお前!死神か!俺はまだ死んでないぞ、この世に生を受けたときから骨折すらしてないのが自慢なんだ!お迎えなら他を当たれ!」


「ハイ、私は確かに死神と呼ばれる者です。もう、慣れましたって―――みなさん示し合わせたように死神だって確信なさるんです、ええ。とっさに懐から十字架を取り出すかたもいらっしゃいましたよ、つわものですねえ―――まあ正確には霊界案内所で営業をやっている、宇喜多うきたというものですが」


全然違うじゃないか。

ウキタ?

日本人か。


「生前からの名前ですがね、ふふ………ア、申し遅れました。これが私の名刺です―――どうぞお納めください。高次天端たかつぐあまはし様………」


名刺だ。

テーブルを挟まず礼儀正しく名刺を差し出してきた、その人―――いや、骸骨。

人間だったら俺も身体を折りたたむだろうが、名刺を持っているその手が人骨である以上、恐怖以外何も湧かない。


俺視点で読めるように文字の向きに気を使っている。

まともな社会人の態度作法だ―――だが、骸骨だ。

寒気を覚える。

乾ききった老木のような指先に、名刺はあった。

触れたら寿命が縮むんじゃあないかという恐怖はあったが、丁寧な骸骨に対して強く出ることができない。


「いただき、ます………」


おそるおそるというか、実際恐ろしいが、受け取るしかないだろう。

骸骨の頼みを断り、呪われても嫌だ。


「宇喜多さん、それじゃあ、私はこれで―――」


「はあい、お疲れ様です、崇常さん」


崇常燈と骸骨が、にこやかに話し、燈の方は、壁を通って出て行った。




「こちらの霊体―――えー、初江ゆうめ様がですね。生きている肉体から抜け出て、霊体になった。

その際、直前まで生活していた部屋、この応挙荘の一〇二号室に、強く固定されてしまった。

基本的に彼女はここから移動できません」


「この部屋に住み着いた幽霊………じゃあ、地縛霊ということか?」


「そうです、そのようなもの………なのですが、特殊な場合ケースでして。ええ、非常に稀な―――。ああ、すみません。すべてをお話しするわけにもいきません―――『生きている』お方に説明できることは制限があるのですが、ご了承ください。詳しくは、資料をご覧になってください」


「資料」


骸骨は鞄からいくつかの書類を取り出す。

いよいよ幽霊っぽくない、訪問販売か何かの様相である。

俺の新居、一〇二号室に始めてきた勧誘は、新聞でも宗教関係でもなく、この骸骨。

これなのか。


「ちょっと薄いですね」


骸骨は言う。


「薄いとは?」


「霊的環境が薄くなってしまったのです。まあもともと、不安定が我々ですからね。次回までに蝋燭ろうそくをご用意ください。この資料は霊界の文字で書かれているのですが、薄まっています―――そうですねぇ」


骸骨はこの部屋を一通り見まわして、言う。


「来週の日曜日、午前十二時にしましょうか。高次さま、空いていますか」


「あ、ああ………入学式だ」


スケジュールは一通り見たが、部活紹介などは別の日なので、十時からの学長の挨拶の後は、特に何もない。


「よろしいです。部屋を閉め切らず少し風を通し、暗くして、蝋燭ろうそくを灯してお待ちください。この世とあの世をつなぎやすくするのです」


「そんな特殊な儀式を、俺にやれと?」


「初心者向けの簡易な形式ですよ。火を灯せるものならばなんでも結構です。気味の悪い儀式であるとお思いでしょう、いずれ関わることだとわかりますよ、あなたが―――死んだ後にね」


「………」


「では、来週のお昼に」


結局、その日の説明は、それだけ。

納得のいく答えは得られなかった。


「どうします?」


「どうしますって、俺が聞きたいんだが………」


「あのう、ずうずうしいことは承知なのですが、住まわせていただけませんか」


「そこまでかしこまらなくても………まあ、アンタが先に住んでたんだっていうのなら、アンタの―――なんだ、事情にも配慮するけどよ………災難だったな………その」


「最初に脚がないと気づいたときは、それはもう驚きました」


「………」


ゆうめ………だったか、彼女も、なりたくて幽霊になったわけではないのだろう。

ここに住み着くのも、きっと色々と霊界の、死者の都合があるのか。

俺は彼女を見つめる。


「わ、私のことはいいんです、私のヘマが原因なので………」


「じゃあ―――、そういえばあの燈は、さっきの幽霊」


「燈ちゃん、あの子は―――私とは全然違う理由です。幽霊の知り合いがすごく多いんです、あの子は私みたいな新参者と違って―――コントをやろうって思いついたのもその子の提案で」


「それだけは同意しがたいな」


苦笑する俺。

あれは奇抜すぎる。


「お茶をれますね」


台所への、しきりのドア。

それは最初に倒してしまったものを、直しておいた。壊れてはいなかった。

彼女はそのドアにするりと融ける。

すぐに台所から、ガスコンロに火が着く音が、聞こえた。

………お茶を淹れることができるのか。


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