第9話崇常燈と、これからのこと


「それでアマくん、宇喜多さんとはなんて話したの?」


「いや、話と言えるようなものは、した………けれどまあ、初江ゆうめがこの部屋の住人で、でも霊になった、離れられない、という話くらいか」


俺は料理をめぐっての言い争い、問答の後、初江さんを一人置いて一〇二号室から外出し、近くの公園に訪れていた。

―――崇常燈とともに。

空が暗く、赤く、電灯が着き始める時間帯である。

広い場所、他人に話を聞かれないというが好ましいという理由でここまで来て、ベンチに腰掛けた。

電灯の真下だった。

ここからは崇常燈と、二人だけでの会話になる。


「それだけ?」


宇喜多さんから聞いたことは―――と、崇常燈が問う。


「ああ、話自体は五分か十分程度だったよ、短かった。霊的濃度が薄いやらなにやら、蝋燭買って来いって言ってた。」


「ああ、なるほどそっちかあ」


ふむふむ、なるほどと頷く、崇常燈。


「そっちかあって」


じゃああっちとかもあったのだろうか。 

なんにしろ、あの骸骨と旧知きゅうちの間柄だったように思える、燈。


「蝋燭、蝋燭か。うん、じゃあアマくんと今度買いに行こっか」


「………その呼び方、気安過ぎないか、さっきからさ」


「え、いいじゃん、アマくん………それとも、堅苦しい言い方の方がいい?でも最速で友達になりたいんだよね、アタシ。だから、渾名あだな


「それを失礼と感じる人もいるんだぜ」

アマ、と呼ばれることについては、なぜか強い抵抗感があった。

でも


「アマくんもそうなの?………タカツグくん………ああもう、むず痒いなあ」


言い方で、慣れないことをしているという印象は、確かに俺にも伝わってきた。

素人が弾く楽器のように、微妙に外れたイントネーションだった。

今まで彼女は、まさかすべての人をニックネームで呼んで、短縮形で世の中を渡ってきたのか。

だとしたら脅威的なフレンドリーさである。

関西人、商人の町出身か?

それとも幽霊とは、こういう奴が多いのか。

まあ、俺も自分の人付き合いのスキルは低いと自負しているから、大層なことは言えないが。


「仲良くなる気がゼロな感じがして気が進まないけど、『タカツグくん』、これからのことについて説明していくよ」


「これからのこと、か」


どうやら当分一人暮らしをお預けなようだ、と半ばあきらめかけた俺だった。

待てよ―――、当分?


「ええと、崇常さん、あんた………」


「燈でいいよ」


「あ、あかり………さん」


「えっへへ、名前ナマエ呼び、いただきぃー」


一瞬、いらっとくる………だが、話は事務的に進めよう。

それで、押し切ろう。


「………。ええと、初江さんが事情あって一〇二号室から離れられない、っていう事情はわかっただがそれは、いつまでだ?四十九日、死者がとどまるというのは聞いたことがあるけれど」


「うん、最低でも四十九日だったけれど、それはだいぶ前の話。霊界にも事情があってね、延長しているのよ、消費税増税みたいにね………」


そんなことが起こっているのか、本当に?

この女が言うと、どこまでが冗談なのかわからない。

信用できないぜ。


「延長したくてしてるわけじゃないんだよ?なんにせよ、永遠にあそこに留まるということはないわ、長くて二か月半」


「二か月………」


な、長い。

おいおい、待てよ、その間、俺は女子と二人暮らしをしなければならないのか。


「その間、俺は、初江さんと?まあ―――暮らせっていうことなのか?」


「そうなるねー」


「そうなるねーって………何とかできないのか」


「嫌なの?あの子が」


「嫌ってわけじゃあないが、ほら、困るだろ、色々」


「男女のもつれは起きないと考えているよー、だって高次くんが発情してさ、あの子に襲い掛かっても、指一本さわれないじゃん、霊体には」


「人聞き悪いなあ!」


が、確かに触れれないということは事実。

それはそうだった。

それは料理の時に実践済みで(彼女からなら、努力次第で触れることができるようだが)、それは確かに、あらぬ誤解を受ける心配がないのだった。

だが、問題の一部が解決しただけで、やはり問題自体は残ったままなのである。

俺は、自由になりたいのだ。

ほとんど初対面の女子に見られたままだと、あと緊張とかあるし………。

それに―――。


「あ、でも静かにした方がいいよ、人聞き悪いっていうけど、あの子や私の声は一般人には聞こえない。けど高、次、くんは………」


彼女はやはり、言いにくいらしかった。


「―――もういいよ、アマくんって呼んで」


「本当?やったぁ」


喜ぶ崇常燈。

しかし気を付ける点を新しく知った。

俺は声を小さくしなければならない。


「後は何だっけ、ああ―――そろそろ戻るか、俺が思うに、初江さんも同じ場で、この話はした方がいいぜ。彼女が中心なんだから」


「ああ、もうちょっと待って、まだ駄目、ゆうめ、入ってる頃だから」


崇常燈はどこからか手に持った時計………懐中時計を取り出し、時間を確認していた。

その時計に一瞬目を奪われてしまう。

年季が入った金属特有のにぶい輝きがある。

夕陽を強く反射する一方、影は黒かった。

素人目ではあるが、高価な代物に見える。


「………入っている頃?どういう意味だ、それ」


「私がアマくんをさらって公園まで来たのには、深いわけがあるのさー」


適当な、気の抜けたトーンで彼女は言う。


「高次くんがいたら、ゆうめ、頼みづらいと思って。私が今のうちに入っちゃいな、って言っておいたのさ」


話がつかめない。

そして、なんだよその口調。

おい、こっち向いて喋れ幽霊。


「今のうちに入れって?何に入るんだ」


「だからほら、―――お風呂だよ」


「………なに?」


お風呂だと?

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